その258
シアさんとの幸せなお昼寝から目覚め、談話室へと戻って来た私を待っていたのは……。
「だからさ、何度も言ってるけど別に怒ってる訳じゃないって、ただその相手が誰かって聞いてんのよ。マリーの恋人ってのがどんな奴か気になるだけ、会って話してみたいだけだっつってんでしょ」
少し前に建築素材サイズの棍棒は持ち歩くのに邪魔だからと新調した棘付きメイス、所謂モーニングスターを片手に持ってマリーさんに迫るキャロルさんと、
「そうだぞマリー、私もただ単にそのどこぞの馬の骨がどんな輩か気になるというだけだ。決して生まれてきた事を後悔させてやろうなどとは思っていないから……、早く吐け」
斧の様な大きな刃の付いた槍、斧槍を肩に担いでマリーさんを睨みながら凄む、相変わらず隠し事が苦手なクレアさんと、
「教えてくださいよお嬢様ー、一体どなたと隠れてお付き合いなんて始めちゃったんですか? 私はともかく、キャロルさんとクレア様にまで内緒だなんていけませんよー?」
普段と全く変わらない言動に見えるけど、地味に眼鏡を外してしまっているキャンキャンさんと……、
「さっきから何度も言ってるじゃないですの! 恋人なんてい・ま・せ・ん・わ!! キャンキャンとキャロルは変な勘違いをしたとして仕方がないとしても、クレーアお姉様まで一体どうしたんですの? あ、あの、お姉様? 本気で怖いですから睨まないでください……」
その三人に囲まれても一歩も引かないマリーさんだった。……今思いっきり引いちゃった気もするけど。
メアさんとフランさんはと言うと、ソファーに座るウルリカさんと三人でその様子を面白そうに眺めていた。
談話室にいたのはその四人と三人の2グループ。各グループの温度差が凄い。
ええと、大体の経緯は何となく分かるけど、メアさんとフランさんはなんでマリーさんに助けてあげないんだろう? と言うかクレアさんのせいでパッと見で武器の名前が分かるようになってしまったじゃないか! まあ、いいんだけどね……。
ちなみにシアさんは満面の笑顔でした。
私とのお昼寝の後にさらにこんな面白そうな状況と遭遇できるとは運がいい、とか思ってるんだろうね……。
さてどう介入したものかと入り口で悩んでいたら、私たちの入室に気付いたフランさんがこちらに向かって手招きを始めていた。その表情は苦笑気味で呆れてしまっているようにも見える。
それじゃまずはフランさんからお話を聞こうかな、と歩き出そうとしたところでシアさんに抱き上げられてしまった。そしてそのまま音も無く歩き始めるシアさん。
おお、なにこれ凄い、足音が一切しないんですけど! さすがにもうマリーさん以外の三人は私たちに気付いてると思うけどねー。まあ、シアさんは個人的にこの状況を楽しみたいから邪魔したくないだけなんだと思うけど。
ソファーまで到着すると小声で、失礼します、と私をウルリカさんの膝の上に乗せてくれるシアさん。
「おっと。ほほほ、ありがとうですじゃバレンシア殿。おはようシラユキ、よく眠れたかの?」
「あ、うん、おはようウルリカさん。メアさんとフランさんもおはよー。ウルリカさん尻尾尻尾ー」
「ほいほい。ふふふ、本当にこの子は可愛い子じゃのう……」
左から二本、右から一本の尻尾が私の腿の辺りをさわさわと撫でていく。
わーい! 早速モフらせてもらおっと! うーん、もふもふ最高! おっぱいクッションも素晴らしい! ずっと私の家に住んでくれないかなー。
そういえば、最近エレナさんとキャロルさんにブラッシングされまくってるから毛艶とモフモフ感が大幅アップしてるんだよねー。ふふふふ。
「あーもう、ウルリカ尻尾ずるい! 一本頂戴! 私たち三人に一本ずつでいいからさ!」
メアさんが無茶を言っているが、本当にそうなったら嬉しいな……。
「いやいや、できたとしてもそれだと全部無くなってしまうでの。ほほ」
はっ!? そうだった! ウルリカさんの尻尾が無くなってしまうではないか……。それは由々しき問題であるね。ぐぬぬ。
「それはまた百年後に期待するとしようじゃない? ふふふ。さって、それじゃシラユキとレンも戻って来た事だし、とりあえず止めとく?」
「あ、うん、そうだねー。マリーさん泣いちゃいそうだし、助けに入らないと。メアさんとフランさんはどうして黙って見てたの?」
まさかその方が面白いからとかいうシアさんみたいな理由なんじゃ……? あ、ありえる!
「一応何度か止めたんだけどね、三人とも聞く耳持たずってヤツなのよ。だからシラユキからびしっと言ってあげて」
「まあ、カルディナさんの言葉だからクレアもキャンキャンも疑う余地なしって感じなのかもね。キャロルはシアに怒られるって分かってるのかなあれ……」
なーるほどねー。クレアさんとキャロルさんは思い込んだらそれしか見えないってタイプだからしょうがないか。キャンキャンさんは大切なお嬢様のことだし、周りが見えなくなっちゃってるのかもしれないね。眼鏡を外してるからとかそういう意味じゃなくてですね。はい。
「ちなみに儂は何がなんだかさっぱりじゃな。マリーは大事にされておるという事くらいしか分からんの」
それだけ分かっていれば十二分です! ふふふ。
「姫様? もう少し様子をご覧になりませんか? 折角こんな面白そうな、あ、いえ、止めに入るのは状況をもっと把握してからでも遅くありませんからね」
「そう言うと思ったよ! マリーさんが困ってるのに面白がっちゃだーめ! はいシアさん、三人をこっちに向けてねー。ふふ、命令だよ」
「は、はい! 喜んで!」
私の命令を聞いて、何故かぱあっと花が咲いたような笑顔で大喜びをするシアさん。
ちょっとノリよく命令なんてしてみちゃったけど、シアさんって私に命令されるとなんでこんなに大喜びしちゃうんだろう……。うーん? 前に私の命令は至上の喜びだとか言っていたような覚えがあるような……。
「くく、随分と可愛らしい命令じゃったの」
「うんうん、可愛かったよねー! ひーめ、私にも何か命令してよー。キスしろとかおっぱい吸わせろーとかさ」
「今のは命令って言うかいつものお願いとどこが違うの? って感じなんだけど、可愛かったのは確かかな。ふふふ」
ふーんだ、子供が命令なんてしても様にならないなんて分かってますよーだ! ぐぬぬぬぬ。
「はい! そこの脳筋二名とキャンディスさん、こちらに注目をお願いしますね。姫様より大切なお話がありますので静粛にもお願いします」
大きく何度か手を叩いた後に少し大きめの声で三人を呼ぶシアさん。脳筋とは中々に酷い言い草だ。
「誰が脳筋だ!」「あ、はいな!」「シラユキ様からですか?」
三人は三者三様の反応を返し、こちらに体を向ける。
マリーさんは両手を祈るように組み、涙目で感謝の視線を送ってきている。もう少し早く止めてあげればよかったかもしれない。
クレアさんの反応はもっともだけど、キャンキャンさんはちょっと縮こまっちゃってるかな? 私がうるさいんじゃー! って怒ってるとか思われてたりして。
「ああ、とりあえずキャロルはそこに正座しておきなさい」
「えー? 私だけなんでですかー……」
文句を言いながらも即座にその場に正座をしてしまうキャロルさんには涙を禁じ得ない。
キャロルさんが正座し、キャンキャンさんが眼鏡を掛け直し、クレアさんが斧槍を背中に回して姿勢を正したところで、早速お昼寝前に出た結論を三人に伝えよう。
「マリーさんに恋人がいるっていうのはメアさんとカルディナさんの勘違いだったんだからね。三人ともマリーさんにちゃんと謝らないと駄目だよー」
まあ、根拠も無しにこんな簡単な一言程度で三人が納得する訳はないと思うから、またシアさんから長々と説明をしてもらわないといけなさそうだけどね。
「そうだったのですか……、母も私も早合点してしまっていた様です、申し訳ありません。マリー、悪かったな」
「え? あ、いや、私は最初っからそんな事なんじゃないかと思ってたんですよ? マリーみたいな見た目も中身もまだまだ子供なヤツに恋人なんてそんな……。はあ、悪かったねマリー」
「シラユキ様……、はい、ありがとうございます。お嬢様可愛さに余裕が無くなってしまっていたみたいですね、反省です。お嬢様、すみませんでした」
私の話を聞いた三人は安心した表情で次々と頭を下げて、素直にマリーさんに謝った。キャロルさんは少し投げやり感が漂っていた謝り方だったが。
まさかの完全受け入れ! それは嬉しいけど、私が言った事だからって全く疑問にすら思わないのはどうかと思うよ……。
「キャロルとキャンキャンはどうでもいいとしましても、クレーアお姉様は頭を上げてください! はあ、三人とも私があれだけ否定していても完全に聞く耳持たずでしたのに、やっぱりシラユキ様は違いますわね、ふふ。素晴らしいお方ですわ……」
ああっ、尊敬の眼差しで見るのはやめてください!
マリーさんからは尊敬の、メアさんとフランさんからは微笑ましい光景を見るかのような眼差しを送られてしまった。
シアさんだけは何故か誇らしげに胸を張ってドヤ顔を決めていたけれど、突っ込むのが面倒なので放置する事にしよう。
ちなみにウルリカさんは褒める様に頭を撫でまくってくれていました。ふふふ。
三人が落ち着いてくれたところで、ウルリカさんに抱き上げられてマリーさんの隣の椅子へと移動した。
ウルリカさんに抱きしめられるとおっぱいにギュッと埋められるので、たまらなく幸せな気持ちにさせられてしまう。
「か、可愛らしすぎますわ……、はっ。あ、ありがとうございますシラユキ様、お礼の言葉が遅れてしまって申し訳ありません」
そんな私の様子をなにやら目をキラキラとさせて見ていたマリーさんだったが、気を取り直すと深々と頭を下げてお礼と謝罪の言葉を述べる。
「ううん、私の方こそごめんねー。私がマリーさんが隠れて誰かと付き合ってるんじゃないか、って間違った情報を持って帰って来ちゃったのが悪いんだと思うよ。だから、ごめんなさい」
ぺこり、と頭を下げてしっかりと謝る。ウルリカさんの尻尾を三本纏めて抱きしめながらなので格好は付かないが。
話しちゃったのはメアさんなんだけど、そういう問題じゃないよね多分。私がちゃんと口止めをしておけばこんな無意味に事を荒立ててしまう事にはならなかった筈だもんね。
「そそそそんなっ! お、お顔をお上げください! ……ひっ」
ひっ?
マリーさんの怯えた様な驚きの声に顔を上げると、クレアさんとシアさんの鋭い視線がマリーさんに突き刺さっていた。
どうしてこうなった……。
「はいはい、レンは毎度の事だからともかくクレアもシラユキの前でそんな顔で……、いつもの無表情だけど、そんな目で睨まない! 勝手に勘違いしたのは自分でしょうが、まったくもう……」
「そもそも話しちゃったのは私なんだし、それ以前に今姫が謝る事になったのはクレアとキャロルの過剰反応に対しての結果なんだよ? なんでそこでマリーを睨んじゃうかな……」
あ、フランさんとメアさん怒ってる? マリーさんが睨まれるのもいつもの事だと思うんだけどなー。
「う、申し訳ありませんでした」
「申し訳ありません!! 私の失態で姫様に頭を下げさせる事になってしまうとは、これはどう償えば……!! 本当に申し訳ありませんでした……」
シアさんはちょっとやっちゃったなー、程度の謝り方だったが、クレアさんは見て分かるくらい落ち込んでしまった。
「ううう、シラユキ様、私も申し訳ありませんでした。お嬢様の事となるとつい……」
「あ、あの! 私もすみませんでした! だからその、そろそろそちらに戻っても……」
キャンキャンさんと、まだ正座させられたままだったキャロルさんも私に頭を下げて謝ってくる。
むう、何故だ! マリーさんにならともかく私に謝る事なんて無いと思うんだけどねー。……正座? それだ!
「それじゃ、クレアさんとシアさんもキャロルさんの横で暫く正座ね! ふふふ。キャンキャンさんはしなくてもいいからねー」
「は、はい!」
「はい!! 姫様から直接罰を頂戴できるとは……。姫様、またご成長なさいましたね、とても嬉しく思います」
クレアさんはまた何かおかしな方向に感動して頭を深く下げてから、シアさんは大喜びで返事を返してから二人ともキャロルさんの元へ歩き出す。
シアさんは誰の目から見ても分かるくらいウキウキとした気分だったのが気になるところだが……、これもやはり放置しておく事にしよう。
「あっれー? それって私もまだ正座してろって事ですよね!?」
あ、うん……、仕方ないね。でもシアさんと並んで正座できて嬉しそうだからいいよねー。ふふふ。
「く、クレーアお姉様とレンさんを正座させてしまわれるなんて……。シラユキ様は本当にもう、なんと申し上げればいいのか分からないくらいのお方ですわ……」
「大袈裟だよ、もう。本当は私も正座した方がいいと思うんだけどね。マリーさん、ホントにごめんねー」
「おおお止めください!!」
「お嬢様、これは後が怖いですね。お心を強くお持ちくださいねー」
「え? ……あ!」
「クレアは大丈夫だと思うけど、シアとキャロルには苛められると思うなー私は」
「元凶っぽいキャンキャンじゃなくてマリーが狙われる辺り理不尽だけど、レンには常識は通じないからね。ふふ」
「従者の罪は主の罪、ですよねお嬢様!」
「いい加減それは撤回させて!」
「う? そうなるとやっぱりシアさんの代わりに私が正座をしないといけないかなー?」
「シラユキ様! うう、お願いですから今はからかわないでくださいまし……」
ははは、と一同に笑いが起こる。
これにて一件落着と言ったところかな? クレアさんは完全に気落ちしてしまっているみたいだけど、今度一緒にお散歩でもして気分を晴らしてもらおっと。勿論キャロルさんもねー。ふふふ。
「あー、そろそろ口を挟んでもよさそうかの。それでの、結局のところマリーは部屋で一人何をしておったんじゃ、悩み事なら相談に乗れん事もないかもしれんぞい」
…………あ。
この事態の収拾が付いただけでまだ何一つ解決してなかった!!
次回全ての謎が明らかに……、なるといいですね!
続きます。




