その256
「ふふ、姫を独り占めしてお散歩できるなんて役得だね。ねえねえ姫、やっぱり抱っこしてあげようか? と言うかしてあげたいんだけど」
「う? ううん? 私は手を繋いで歩きたい気分かなー。カルディナさんの家に着いたらお膝に乗せてもらうからね」
私は今、メアさんと手を繋いでドミニクさんカルディナさん夫婦の家、クレアさんの実家へと向かっている。目的は家で使う分のお野菜の受け取りだ。安定のアイテムボックス扱いにももう慣れてしまった。
メアさんは私と二人だけで散歩できるのがとても嬉しいみたいで、出発してからずっと上機嫌なままなのであった。
まあ、嬉しいのは私も同じなんだけどね。ふふ。抱き上げられて行くと早く着いちゃうからゆっくりと歩いて行きたい、っていうのは内緒にしておこっと。
「カルディナさんは姫を見つけると問答無用で抱き上げに来ちゃうからね……、うーん、帰りでいいかな。姫もカルディナさんに甘えたいでしょ?」
「あ、そう言われてみればそうかも。それじゃ、帰りはお願いしちゃうね。ふふ」
カルディナさんは私の姿を確認すると何を置いてでも抱き上げに来るんだよねー。クレアさんと一緒の場合でも私しか目に入らないみたいなのがちょっと心苦しいよ。
でも私もカルディナさんに抱き上げられるのは嬉しいんだよね……。まあ、クレアさんはもう両親に甘える年でもないからあんまり気にしなくてもいいと思うんだけどね。
私は勿論父様と母様だけではなく、誰にでも甘えまくりですが!
「あー、もう、可愛い! シアとフランのいない間に可愛がりまくらなきゃ!」
また足を止めて私を可愛がり始めてしまうメアさん。
「わぅ! これじゃいつまで掛かるか分からないよ! もう!」
実は家を出てから、少し歩いては可愛がられ、また少し歩いては可愛がられを繰り返している。メアさんは私と二人っきりだと全く自重しないのが面白い。たまにメア姉様って呼んであげると本当に嬉しそうにしてくれる。
まったくメアさんは……。まあ、急ぐ理由がある訳でもないからいいけどねー。ふふふ。
それからの道中は、大幅に時間が掛かってしまった事を除けば特に何事もなく、終始楽しい気分のままドミニクさんカルディナさん宅に到着した。
しかし二人の姿はどこにも見えない。これくらいの時間ならいつもバルコニーの椅子に座ってのんびりとしていると思ったのだけど……。
多分家の中にいるか畑の方へ行っているかのどちらかだろうと思う。私たちが今日来る事は伝わっている筈なので、二人揃ってどこか遠くへ出かけているという事はない筈だ。
「ドミニクさーん? カルディナさーん?」
メアさんがドアをノックしながら二人の名前を呼んだその数秒後、すぐにドアが開いた。
「カルディナさんこんにち、わあ!」
「姫様! ああ、ようこそお出でくださいました、ふふふ。今はお客様が一人いらしてるのですけど、さ、奥へ参りましょう? あ、あの人は畑の方へ出かけてまして……」
ドアを開けて出て来たカルディナさんは私を即座に抱き上げまずは軽く頬擦りをして歓迎の意を示すと、メアさんを完全放置したままで家の中へと戻って行ってしまう。
「待って待って! メアさーん!」
「あら、メアリー? いらっしゃい。お野菜はまだ用意ができていないから中でもう少し待ってて頂戴ね」
「あはは、こんにちは。私も人のことはあんまり言えないけど、カルディナさんは姫大好きだよね。ふふ」
まるで今気付きましたと言わんばかりの反応を見せるカルディナさんだが、それももういつもの事。メアさんも笑顔で後に続いて家の中へ入って行く。
寛ぎの空間、居間に通された私たちには先客が一人待っていた。
「あ、シラユキ様も一緒だったんですねー。カルディナ様がやけに嬉しそうにお出迎えに行かれたのはそういう事だったんですか。ふふ」
そこにいたのは珍しく単独行動をしているキャンキャンさんだった。
さすがに私の前で座っている訳にはいかないのか、キャンキャンさんはすぐにソファーから立ち上がってしまった。
むう、気にしなくてもいいのにー。
「あれ? キャンキャン一人? マリーはどうしたの?」
カルディナさんは、お客様が一人、と言っていた筈。マリーさんは他の誰かの所へ遊びに行っているのかもしれない。姉様かウルリカさん辺りか。
「お嬢様は……、ええと、実はですね、そのお嬢様のことでちょっとカルディナ様にお話を聞いて頂きに来ていたんですよ」
「マリーさんのことで? あ、もしかしてお邪魔しちゃったかな? 私たちは外で待っててもいいよー」
これはあれかな? 最近よく注意を受けまくってるマリーさんをどう教育したらいいか、とかそんなお話かな。私の方へ飛び火してくる前に急いで退散しなければ!
私がそんな事を考えているとは思う事すらある筈もなく、カルディナさんは私を抱えたまま対面のソファーに座る。
「丁度いいから姫様とメアリーにも聞いて頂きましょう? 離れて暮らしている私では正直なところあまり力になれそうもないから……。ごめんなさいね。あ、二人とも座って頂戴?」
「いえいえ! お話を聞いて頂くだけでも充分ですよー。それじゃ失礼して、と」
「む、ここで私一人で立ってる訳にもいかないよね。それじゃ、姫とカルディナさんの隣に座らせてもらっちゃおっかな」
キャンキャンさんがまた座り直し、メアさんも私たちのすぐ隣に腰を降ろす。
「早速なんですけど、最近お嬢様の態度変わったとか、おかしな行動をしているところを目撃したとか、とにかく何かお嬢様について違和感など感じられていませんか? どんな細かい事でもいいんです」
メアさんが座った事を確認すると、キャンキャンさんは本当に早速本題を切り出した。
「マリーに何か違和感? うーん……? 私は特に無いかなあ。いつもみたいにどうにか姫からお姉さん扱いされたくて頑張ってて微笑ましいよ」
「あら? あの子は姫様を妹の様に見ているの? これは少しお話をしないといけないかしら……」
と、私を撫でたり頬擦りする事は一切やめずに言うカルディナさん。人のことは言えない、という言葉を体現したような人だ。
「カルディナさんだって私のことを自分の子供みたいに構ってくれてるのにー。あ、キャンキャンさん、私も何も変わってないと思うよ? いつもみたいにシアさんにからかわれてて……、って、マリーさんと会う時は大体キャンキャンさんとも一緒だから、多分私の言葉は当てにならないかもしれないねー」
多分キャンキャンさんと二人だけの時とか、私たち王族を抜いたメイドさんズとの集まりでとか……。そういう完全に気を抜ける所での話だと思う。
「むむう、やっぱりそうですよねー。それじゃ、ここ最近のお嬢様の奇行をお話しちゃいますね。カルディナ様には先に少しだけお話しちゃってますけど、お二人が見えましたからまた最初からで」
「それがいいわね。私は姫様を甘やかせて差し上げるのに忙しくてあまり反応は返せないと思うから……、メアリー、よく聞いてあげてね」
「はいはい。カルディナさんはホントにマイペースなんだから、クレアとは大違いだよね」
「クレアさんは性格はドミニクさん似だよねー。私もカルディナさんに甘えるのに忙しくなりそうだからメアさんお願ーい」
「こらこら姫まで……。ま、いいけどね、可愛いし」
「ふふ、シラユキ様は本当に甘えんぼさんですねー」
そんなこんなでカルディナさんに甘えまくりながらキャンキャンさんから聞いたお話を纏めると……。
まず一つ、今までとは一番大きな違いから。マリーさんは最近一人で行動する事が極端に増えたらしい。
今までも私の家の周りを軽く散歩するくらいの別行動は取っていたみたいなのだが、それが急にコーラスさんの花畑辺りまで足を延ばすようになったんだとか。
私はマリーさんとキャンキャンさんは必ずセットで行動していると思っていたので、それまで短時間でも別行動をしていた事に驚いてしまった。
次に、よくぼんやりと考え事をしている事が多くなったらしい。
窓の外を眺めながら軽くため息をついたりと、まるで何か悩み事でもあるかのような憂鬱な雰囲気を醸し出しているとかなんとか。あんにゅい。
マリーさんは森に通い始めの頃は毎日キャンキャンさんと散策に出かけていたものだけど、確かに今は談話室でぼーっとしている事も多い様な気がする。
でもこれは、お嬢様修行の息抜きも兼ねて森に遊びに来ているのだからそのせいだと思うんだけど……。悩み事があるかもしれないというのは気になるところだね。
そして最後、これが一番の大問題。なんと、まるで誰かと楽しくお話をしているかのような独り言を呟いていたんだそうだ。いや、独り言とかいうレベルではないらしい。
ある日キャンキャンさんが部屋に戻ると、中から楽しそうに笑っているマリーさんの声が聞こえてきた……のだが、実際にドアを開けてみるとマリーさん一人だったという話だ。
勿論今誰と話していたのか問い質しても、マリーさんの答えは自分一人だったとの一点張り。その時はそれ以上の無理な追求もできず終いで誤魔化されてしまったみたいだった。
しかもその一回だけではなく、度々同じ様な出来事が起こっているらしい……。
ほうほう、それはそれは……。あ、あれじゃね? 幽霊とか脳内のお友達とかとお話してたんじゃね? なにそれ本気でこわいんですけど。
私はそれを聞いて、マジ震えてきやがった……、怖いです。とカルディナさんのおっぱいに顔を埋めていたのだけど、逆にカルディナさんとメアさんは呆れたように笑っていた。
「なあに? そんなお話だったの? 真面目な相談があるからって言うから何かと思えば……。ふふふ」
「だよねえ。でもまさかマリーがね……、しかも森の誰かと? いいの? カルディナさん?」
「いいも悪いも本人達次第じゃないかしら? でも、アリアの大切な一人娘だし、まだ年齢的に少し早いのも確かよね。反対されると思うわ」
「うーん、まだ成人してすぐだもんね。これは関係者を集めて一度相談した方がよさそうだね」
「そうね、まずはそれが一番だと思うわ。そう言う私も駆け落ち同然にこちらに嫁いで着てる身だから、あまり強く反対はできそうにないけどね」
むむむ? 二人は今のキャンキャンさんの説明で全部、何から何まで答えが分かってしまった、っていう事?
さ、さすがは私自慢のメイドさんとクレアさんのお母さんだ。そこに痺れる憧れる。
「あのー……、え? お二人はお嬢様の身に何が起こっているのかお分かりなんですか!? お、教えてください!」
「わ、私も分かんなーい。メアさん教えてー?」
「姫にはまだ分かんないかー。でも意外、キャンキャンにも分からないなんてね」
「姫様はまだまだお小さいのだから考え付かなくても仕方がないわよ。ふふ、可愛らしいですね。でもそこは私にお尋ねくださると嬉しかったのですけれど……、ふふふ」
私の体を横にして抱え直し、本当に小さな子供をあやすかのように頬を摘んでくるカルディナさん。うにうに。
むう! どうせ私はまだ小さい子供ですよーだ。でもカルディナさんに甘えられるなら子供でもいいけどねー。ふふふ。
「カルディナさんに甘えてる姫ってエネフェア様への甘え方に近いよね、かーわいい! っと、キャンキャンごめん。んとね、マリーは多分恋してるんだと思うよ。って言うか既に隠れてお付き合いしちゃってるんだと思うね」
「シラユキ様はホントに可愛らし……、は? お嬢様が……、恋? 既にお付き合いしている?」
「ええ!? あ、ああー、言われてみればそんな気もするねー。でも、誰なんだろ?」
一人での行動が増えたのは、その恋人さんに会いに行ってただけで、外を眺めて物思いに耽っていたのも恋する乙女特有の行動か……。なるほど、それは私には分からない訳だ。
独り言の正体も、多分キャンキャンさんに気付いてその誰かは窓から出て行っちゃった後だった、っていう事なんだろうね。なにそれ楽しそう。
「キャンキャン。貴女にとってマリーは妹とも娘とも呼べる存在だと思うのだけどね、頭ごなしに反対だけはしないであげてね。まずは落ち着いて、同じ女性として同じ目線で話してあげてほしいの。お願いできるかしら?」
「は、はい……。そうですよね、お嬢様ももう一人前の大人、には程遠いですけど成人された女性なんですよね。あー、すみません、ちょっとショックが強すぎて……。か、風に当たってきます……」
「あ……、キャンキャンさん……」
そう言うとキャンキャンさんは、私たちの返事も待たずにそのまま部屋の外、家の外へと出て行ってしまった。フラフラとした足取りだったのが気に掛かる。
「これはさすがに相当ショックだろうね……。でも気持ちは本当に痛いほど分かるよ。私も姫に好きな人が出来たーなんて言われたらその相手絶対刺しに行くもん」
「さ、刺さないで! うーん、それにしてもマリーさんに恋人かー。誰なんだろうねー」
「あの子はあまり男性と進んでお話するような子ではないと思うのですけれどね。ふふ、一体どんな方なんでしょうね? 少し楽しみでもありますわ。ふふふ」
まあ、私もどんな人なのかは楽しみではあるね。でも、うーん? あー……、ちょっと複雑な気分かも。
気になるマリーのお相手とは……
続きます!




