その245
ここ数週間のドタバタ騒ぎが嘘の様に……、まあ、そこまで大騒ぎだ大問題だという訳でもなかったが、また変わりない平和な毎日が戻ってきた。
リズさんとライナーさんはまた旅に戻ってしまい少し寂しくなってしまったけれど、我が家に新たなメイドさんが二人も増員されたので実質プラスと言ってもいいだろう。ごめんねリズさん。ライナーさんはちょこちょことショコラさんの様子を見にやって来るので、またすぐに会えると思う。
そしてその平和な今日、所はいつもの談話室、最近は姉様と一緒に行動をしているマリーさんを迎えてのおやつの時間。話題は勿論注目の新メイドさんであるエレナさんのこと……、ではなく、リリアナさんについて。エレナさんの話題も全くのゼロという訳ではなく、リリアナさんの方にみんな興味を引かれているというだけの事なのだけど。ふふ。
私とマリーさんだけが椅子に座り、いつもの様にメイドさんズは誰一人座ろうとしない。これも慣れたものだが、やっぱり一緒に座ってほしいと思う。……一緒に座るっていうのは膝の上に乗せてほしいっていう意味ではなくてですね……、こほん。
ちなみに、メイドさんズと一纏めにしてしまったけどその内訳は、メアさん、フランさん、リリアナさんと、キャンキャンさんの合計四人。もう一人の話題の主であるエレナさんは、シアさんとキャロルさんに母様の元へと連行されている。まあ、深くは語るまい、母様の怒りがそれほどでもない事を祈るばかりだ。
今日のおやつのシュークリームをもそもそと食しながら、主にリリアナさんを中心としたお話は続いている。マリーさんとキャンキャンさんも、やはり興味津々といった感じで積極的に質問を飛ばしまくっていた。
「リリさんはエネフェア様がお小さい頃からずっとメイドなんですの? そうなるともう七百年は経ってますわよね……。はあ、す、凄いですわ。シラユキ様、私たちにはまだまだ考える事すらできない年数ですわね……」
「だねー。私の年を二十倍してもまだ足りないよ」
私の右隣で柔らかく微笑みながら頷いているリリアナさん。何故かリリアナさんは私の右隣が落ち着くらしい。
多分シアさんと同じで、私に何かあった時に即座に手を出せる様にっていう考えからだと思う。右側にいるのは、左はシアさんの定位置なのでその反対側、というだけの事だろうね。それだけ私は手の掛かる子だという事か……。
ちょっと細かい事だけど、マリーさんとキャンキャンさんはリリアナさんのことをリリさんと呼ぶ。姉様がリリーって愛称で呼んでいるからその影響かな?
……マリーさんがマリー、リリアナさんがリリー? という事は残る一人、エレナさんがエリーになる訳か。ふむ……。うん、まあ、どうでもいいか。
「七百ともなると、私の年齢よりさらに長い年月になっちゃいますね。その間ずっとメイドのみっていう訳じゃないとはいえ、やっぱり凄いの一言に尽きますねー」
「あ、そういえばキャンキャンは六百とちょっとだっけ? それでメイド暦はマリーの年と一緒だから百年くらいか……。充分ベテランなんじゃないの?」
「キャンキャンの場合はただ年を重ねたってだけで、能力の向上が全く見られないからね。フランとメアリーの方がずっと立派なメイドに見えるわ。……見えるだけじゃなくて実際そうよね」
お付のメイドさんの能力差にちょっとショックを受けているマリーさん。
キャンキャンさんのメイド力が低いのではなく、私の家のメイドさんズのメイド力が高すぎるのだと思う。メイド力とは一体……。
お友達に対してもお嬢様言葉で話す様になったマリーさんだけど、メアさんとフランさんに対しては本人たちの希望もあって、前と変わらないフランクな話し方で落ち着いている。
お友達感覚と言うよりかは、メイドさんはメイドさんとして扱えばいいよ、っていう事らしい。マリーさんも家に帰れば使用人さん達に囲まれるお嬢様だからね、言葉分けはできた方がいいだろう。
まあ、我が家のメイドさんズは誰からも全員家族扱いなのだけれど、それはそれ、これはこれ、だね。
「私たちがメイドさんになったのは姫が産まれた頃だから、まだ三十年くらいだね。姫もやっと三十歳かー……。十歳頃から全然大きくなってないけどね。ふふふ」
がーん!!
そ、それは言わない約束でしょう!! くそう……。
メアさんの言葉にショックを受け、いじけかけたその時、頭の上にポンと物が乗った感覚がした。
「ふふ……。いい」
見上げてみるとそれはリリアナさんの手で、そのまま優しく撫で始められてしまった。
「うんうん、小さいままの方がいいって。リリアナさんも姫大好きだよね。これからは毎日でも可愛がってあげられるし、よかったよね。ふふ、姫だって嬉しいでしょ? でも添い寝当番は私たち三人だけの特権だから、リリアナさんはたまにお昼寝に付き合ってあげてよ」
「シラユキはなんでかリリアナと話すと焦っちゃうのよね。言ってる事が分かんなくても何回も聞き直せばいいだけなんだから、落ち着いてゆっくりと、分かるまでお話すればいいの」
「うん!!」
今の、いい、の一言には他にどんな意味が込められていたのかは分からないが、表情が笑顔という事は悪い意味は含まれてない筈。私ももう少し慣れればニュアンスで大体理解できる様になって、もっと気軽にお話できる様になる、といいなあ。
「ふふ。私もシラユキ様にはお小さいままでいらしてほしいですわ……。あ、ふ、深い意味はありませんの! ただ、兄と姉もそうでしたが、弟妹にも憧れていまして……」
なるほど、マリーさんは一人っ子だから兄弟姉妹に憧れていたんだね。まあ、お姉さんはキャンキャンさんがいたからよかったんじゃないかな。ふふ。
「私は妹扱いでも全然気にしないからね、むしろ歓迎しちゃうよ!」
「あはは、かっわいい! エネフェア様のことだから、また百年もしない内に今度は姫の弟か妹が出来ちゃうかもね」
弟か妹かー。あんまり早く出来すぎちゃっても、父様と母様を取られるみたいでなんか嫌だなー。私が成人したら、くらいにしてほしいね。
「ルル様が言うには千年に一人生まれるかどうかって話だったんだけどね、っと、マリーごめん」
「う、ううん!? だだ、大丈夫よ大丈夫!!」
フランさんに焦った風に答えた後、両手を胸に当て、心を落ち着けようとしているマリーさん。
「お嬢様気にしすぎですよ? お名前だけでそんなに取り乱すなんて……」
「うう、仕方ないじゃない……」
マリーさんが一体何に反応して、どうしてここまで取り乱してしまったのかと言うと……、フランさんがお爺様の名前をだしてしまったから。ただそれだけの事だ。
森の中ではみんな気軽に、普通に名前を声に出して呼んでいるのだが、外で暮らしている一般のエルフの人々にとっては始祖ハイエルフであるお爺様とお婆様はまさに女神様と同等かそれ以上の存在。シアさんが言っていた事は大袈裟な意味でも何でもなく、本当に名前を口に出す事すらおこがましいと感じているらしい。フェアフィールド家の教育が今ひとつ抜け切っていないマリーさんは、名前だけでもここまでの衝撃を受けてしまうんだろう。
「ふふ、私も早くお爺様とお婆様に会ってみたいなー。リリアナさんは何度も会ってるんだよね?」
私の頬を軽く摘んだり、頭を撫でたりしてみながらも、頷いて答えてくれるリリアナさん。
「マリーたちもシラユキが成人する頃には会えると思うよ。あの二人は気さくっていう言葉を絵に書いた様な人たちだからねえ、実際会えばこんなもんかって感じるんじゃないかな? ふふふ」
「もも、もうちょっと言葉を選んで! 気を使って!! どうやったらフランみたいにどっしり構えていられるの……」
ううむ、話を聞く限りは父様に似てるっぽいらしいんだけどなー。楽しみは後に取っておくものだけど、それが約七十年も先となるとさすがに後すぎるよ。
しかしマリーさんのこの反応、慣れると面白いなあ……。ふふふ。
「あらら。お嬢様はウルギス様とエネフェア様のお二人とのお話でもまだまだ緊張しちゃいますからねー。まあ、そういったのは大体年月が解決してくれちゃいますよ? ですよねえ? リリさん」
「ん」
この中で一番年月を重ねてきているリリアナさんに確認を取るキャンキャンさん。リリアナさんはまた頷きだけで答えた。
ふむ、当たり前の事だけど、リリアナさんにも子供の頃はあったんだよね。父様と同じくらいの年らしいし、それはつまり、昔のちょっと怖い人だったらしい頃の父様も知ってるのか。それはかなり気になるけど、聞かせてもらうのはまだ怖いかなー。
ちょっとお話ばかりになってしまったので、私はまだ見ぬお爺様とお婆様に思いを馳せながら、またシュークリームをもそもそと処理し始めよう。カスタードと生クリームがたっぷりと、これでもかと言うほど詰め込まれていて、油断するとクリームだけどろりと溢れて服に落ちてしまう。ここは集中せねば……!!
集中はしていてもそこは不器用な私、落としこそはしないものの口の周りを汚してしまう。その度にリリアナさんが微笑ましそうに拭ってくれるのだけれど、これが結構嬉しくも恥ずかしい。特にマリーさんは目をキラキラさせて大喜び。メイドさんズの仕事を取ろうとすると、みんな本気で怒るので手は出してこないが……。
「可愛い……、可愛らしすぎますわシラユキ様!」
でもしっかりと口には出してきます。恥ずかしすぎるううう……。
「見てて」
「う? うん」
さすがに見るに見かねたのか、シュークリームを一つ手に取り、恐らくは綺麗な食べ方を教えてくれようとするリリアナさん。
「あ、ちょ、教えなくていいってば! 可愛いのに!」
「そうですわ! レンさんに殺されてしまいますわよ!?」
はいはい二人とも黙っててねー。
まったくもう、私を構い倒したいからってこういう事は一切教えてくれないんだから! こうなったらリリアナさんはもう、私のお付のメイドさんにしてしまおうか……。苦手意識はどこへやら、だね。
リリアナさんは私に見えやすいように腰を折り、まずは小さく口を付ける。
口を離し、今齧った部分を見せてくれたが、シュー皮に穴が開いた程度の本当に小さな一口だった。
「もっと小さく食べろっていう事かな? でも手で持ってるとどうしてもクリームが溢れてきちゃうんだよねー」
それに、そんなお上品な食べ方だと一つ食べるのにどれだけの時間が掛かる事か……。
シュークリーム自体を小さくしろとか、クリームの量を減らせとは絶対に言わない。さすがにそれはありえないわ。
「ここから」
「え?」
なるほど、まだ続きがあるのか。どれどれ……?
さっき一口齧った同じ箇所へ再度口を付けるリリアナさん。そしてそのまま動きを止めてしまう。
どうしたんだろう? と不思議に思ったのも束の間、なんと、手に持たれたシュークリームが見る見るうちに萎んでいくではないか!
いや、あの、それってつまり……。
「クリームだけ吸ってるー!!」
「うわあ! 変な事教えちゃ駄目だって!! 姫は絶対にやっちゃ駄目だよ!? 忘れて!!」
「ふふ」
「ふふ、じゃなくてね、これでもシラユキはお姫様だからね? まあ、でも、子供の間くらいはいいかもね」
「よくない! はしたないですわ!!」
「そう言うお嬢様も実はやってみたいんですよね?」
「それは……、はっ!? そんな事ある訳無いでしょ!!」
あ、やってみたいんだ? あはは。……これでも?
「まったく、リリアナさんノリがいいんだから。姫、たまにやってみるくらいはいいけど、癖にはしちゃ駄目だよ?」
「はーい。あれ? さすがにそれは分かってるよ?」
「作ったのは、私」
「あ、リリさんがお作りになったんですの? 作り手なら食べ方も自由、という訳ですのね」
「へ? これ作ったのエレナよ? あの子ケーキとかお菓子作りだけは元々しっかり練習してたみたいでね、おやつに関しては教える事はないくらい。自分が食べるためなら苦労は惜しまない性格だからね」
「エレナさんが!!?」「エレナが!?」
「驚きすぎですよお二人とも……。確かにびっくりしちゃうのも無理はないですけどねー」
「? ……考えたのは」
「考えたのは?」「考えたのは?」
「ふふ。こういう時の姫とマリーって可愛いよね」
「似た者姉妹っぽくていいですよねー。お嬢様はもう成人されているんですけどね……」
「言わないで……。でもシラユキ様と姉妹と見られるのは、ふふ、純粋に嬉しいですわ」
「あ、ああ! なるほどそういう意味。そういえばこういうお菓子の元となる物を作ったのってリリアナなんだっけ?」
「ええ!?」「はあ!?」
「お嬢様? もう少し可愛らしく驚きましょうね」
「う……、反省するわ」
笑顔でゆっくりと頷くリリアナさん。
今のはフランさんに答えたのか、それともキャンキャンさんに同意したのかは分からないが……
シュークリームの考案者がリリアナさん!?
まさかのご本人様ですよ……。さすが千七百年くらいも生きているだけの事はあるね。フランさんの言い方からするとシュークリームだけじゃなくて、こういう洋菓子系全般の考案者なのかもしれない。
という事は、だ。この世界では、シュークリームの考案者であるリリアナさんの、今の食べ方こそが正しい食べ方となる訳だ。
マジ震えてきやがった……、でも怖くはないです。
シュークリームは吸って食べる物!
残ったシューはどうするんですかねえ……




