その237
今回ちょっと、描写が色々省かれてます。いつものスーパー雑談タイムに近いですね。
……驚いた。
この世界にお米がある事はみんなの話や図鑑等から判明してはいたのだが、実際に実物を目の前にするのはこれが初めてだった。いつかのバームクーヘンのように、名前と見た目がちょっと似てるくらいの物かもしれないとも思っていたけど、これはどこからどう見ても完全にお米、完全におにぎりだ。
ふむ、おにぎり……、うん、おにぎりだね……。まあ、だから何だっていう事でもないんだけどね。
大袈裟に驚いてみたものの、別に白いご飯を渇望していた訳でもない。私はご飯派でもパン派でもなく、美味しければどちらでもいいや派なので、純粋にいきなりの登場にビックリしただけのことだ。驚きさ加減で言えば、狐族の人に会えた事の方がよっぽど驚いたし、嬉しかった。
「おにぎり? ほう、可愛らしい名じゃな。こちらの国では米自体あまり見かけんもんじゃが、一国の姫様ともなると色々食しておるんじゃろうなあ」
食べた事は、あると言えばあるんだけど、実際のところは一度もないんだよね。我が事ながら本当に意味不明すぎる。
味は知ってるけど食べた事は無いとか、お前は一体何を言ってるんだ? 的な反応をされてしまいそうだから黙っておこう。
私が失礼にも他人のお昼ご飯を見て盛大に驚いてしまったのに、ウルリカさんは特に気分を害していたりはいないみたいで、にこやかな笑顔のまま話を続ける。
「儂の故郷では米が主食でしてな、もうこれでないと落ち着かんようになってしまっておって……。買い足しに難儀しておったら運良く行商の者の荷にあるのを見かけて譲ってもらったんですじゃ。数にはまだまだ余裕があるもんで、どうですかな、姫様もお一つ」
そう言うと葉っぱの端を摘み、引き摺るようにして私の前におにぎりを差し出してくれるウルリカさん。
う……、どうしよう。断るのも悪い気がして嫌だし、私も久しぶりにお米を食べてみたいんだけどね……。
「申し訳ありません。ウルリカさんが信用できない、疑っているという訳ではないのですが、今日、今さっき初めてお会いした方からの贈り物を姫様に召し上がって頂く訳には……。大変失礼な物言いだとは理解しております、どうかご容赦ください」
三個のおにぎりを目の前に、さてどうしたものかと数秒思案したところで、シアさんが変わりに丁寧にお断りをしてくれた。
そう、私はこれでもお姫様なんだよね。
まだちょっとしか話してないけど、ウルリカさんは絶対にいい人だって言いきれる。でも初対面でいきなり食べ物を貰うっていうのはやめておかなきゃいけないよね。本当に失礼な事だって分かってるんだけど……。
「それもそうじゃったか……。いやいや当然の事、気になさらんでくだされ」
「申し訳ありません……」
「あう……、ごめんなさい……」
ううう、ひどい事しちゃったなー、おにぎり食べたかったなー。
またずるずると引き摺られて元の位置へ戻っていくおにぎりを未練がましく見続けていたら、横から急に手が伸びてきて、おにぎりを一つ掴んで攫っていく。
咄嗟の事だったので、驚く事も誰の手かとも考えずにそれを目で追うと、その手の主はエレナさんだった。
「ん、おお? エレナ嬢ちゃんか」
「エレナさん? エレナさんはもう一包み貰ってたよね? 三個じゃ足りないの?」
「そうじゃないよバーカ。師匠もちょっと頭固すぎだって。あと嬢ちゃんはやめて、普通に呼び捨てでいいから」
バカって言われた! 悪い気はしないけど、すっごく新鮮に感じちゃう。
エレナさんはやれやれと肩をすくめた後、掴み取ったおにぎりをそのまま一口食べ、
「ん」
と残った食べかけを私に差し出した。これもまた急な事だったので、つい反射的に受け取ってしまった。
「ちょ、エレナ、何を勝手な……」
「そうよ。バレンシアさんの気遣いとか全部台無しじゃない……」
キャロルさんとミランさんがエレナさんのいきなりな行動を咎めるが……
「姫様、それは一旦お皿へ。手を拭いた後に箸で、は難しいですか。フォークで頂きましょう。……ふふ」
「う? ……うん!」
シアさんは逆に結構な上機嫌。エレナさんの頭をポンポンと叩く様に撫でて、まるで褒めているみたいだ。
「やめてよ師匠、恥ずかしい。そんなん姫かキャロルにやったげてよ」
「シア姉様に撫でてもらってその反応!? いや、うーん、これがリーフエンドの森のエルフの凄いところかあ。シラユキ様にバカとか普通言えないって……」
「私たちも一応その筈なんですけど、まだまだですね」
「ええ、本当に……。私もまだまだですね。とりあえず毒味は全てエレナさんにをお任せするとしましょうか。……と、姫様? 贈り物を頂いたときには、どうするんでした?」
「あ! ありがとうウルリカさん! ふふ、エレナさんもありがとう!」
「ふふ、姫様もエレナも、いい子じゃのう」
「子供扱いもヤメレ。お? そっちの包みはおかず? そっちも早く開けてよ痛い!!」
「あはは……」
またまたシアさんチョップが炸裂しちゃったけど、みんな楽しそうでいい空気だね。このほんわかほのぼのとした空気なら、ウルリカさんの気になる謎を色々と突っ込んで聞いちゃってもよさそうだ。
でも、何か食べてる時にお話するのは、お姫様である私はあんまりやっちゃいけない事だと思うな! 自分の家ではそれでもいいかもしれないけど、ここは一般の町の人、じゃないや、冒険者の人の目があるからね。
という訳で、ウルリカさんへの質問はみんなにお任せして、私は早速……、おにぎりをいただきます!! 実に三十年以上ぶりのお米だー!
「それ、何? お肉? ちょーだいちょーだい」
「豚肉の塩漬けじゃな。この塩っ辛さが米によう合うんじゃよ。ほれ」
「おお! ありがと。そんじゃお一つ」
ほうほう? お肉の塩漬けって保存食的な物だっけ? このおにぎりの塩味が薄いのはそのおかずを考えての事なのかもね。
ううむ、美味しいけど物足りない。たくあんみたいなお漬物はさすがに無いか。残念。あ、お味噌汁が欲しいね! ……もしかしてお味噌とかもあったりするんだろうか? 帰ったらフランさんに聞いてみよっと。
「うっへー、結構しょっぱいねこれ。確かに合うっちゃ合うけど、つい食べ過ぎちゃうから米だけでお腹いっぱいになっちゃうわ」
「冒険者が外で食べる物って言ったら大体そんなもんよ? バームクーヘンの生地焼いて、後は干し肉炙って齧るくらい。色々持ってくと嵩張るからね」
「ふーん、味気無さそだね。ショコラは魔物狩って食べてそうなイメージだけど。あ、そっちの筒は?」
上手に焼けましたー!! って焼いてから丸齧りしそうだよね。いやいや、そうじゃなくてさ、食べ物関係以外にも色々と聞こうよ!
ふう、まあいいや、焦らない焦らない。あ、シアさん次はカスタードパイお願いね。おにぎりは半分で満足だよ。
「酒じゃよ、米で出来た、な。こればっかりは故郷に帰らんと補充ができんでやれんがの」
「こ、米酒!? 凄い貴重品じゃないですか! ルーディン様がいらっしゃらなくてよかったですね。ふふ」
米酒? お米で出来たお酒かな。……それ、日本酒じゃね? ウルリカさん実は日本人なんじゃないのか!? なーんてね。
前に一度、すごーく遠くの国で作られてる珍しいお酒だ、って兄様に見せてもらった事あるんだよね。見せてくれただけで飲ませてはもらえなかったけど。お酒に興味は無かったから、ふーん、の一言で返しておいた。
「お酒か、ならいいや。んー、初めて食べたけど米も結構イケるなあ……。なんでこの辺りじゃ作られてないんだろ?」
「さあ? 土や気候が合わなかったりするんでしょう。……? 姫様、お口を」
「え? ご飯粒付いてた?」
ひゃあ恥ずかしい! お姫様っぽく大人しくしてたのに台無しだ。
「あ、クリームが少し付いちゃってますね。ふふふ、私が拭いて……、ひっ、すみませんすみません!! もうしませんから!!」
シアさんのお仕事を取ろうとしちゃ駄目だよミランさん……。
「お米やお酒の事も確かに気になるけど、私はそれをどこから出したのかの方がもっと気になってるんだけどね。それってやっぱ、収納と保存の能力?」
おお、ナイス質問だよキャロルさん。
多分ウルリカさんも私と同じか似たような能力持ちなんだろうね。……同じタイプ……、同じタイプの能力! なんとなくだけど、ちょっと嬉しく感じちゃうねー。
「キャロ、他人の能力をそんな風に気軽に聞くものではありませんよ」
「あ、っと! すみません!! ウルリカもごめん、今のは忘れて」
そういえば、冒険者の人の能力についてはあんまり詮索するような真似はしちゃいけないんだったね。
ウルリカさんは話しやすい人だから、ついつい聞いちゃったのも仕方のない事だと思うよ。キャロルさんが聞かなかったら私が聞いてただろうし。
「ほほ、別に隠しとりゃせんで構わんよ、そちらのメイド殿は中々に厳しい方のようじゃのう……」
「め、メイド殿……。申し訳ありませんがバレンシアと……、? ああ、私は名乗っていませんでしたね、これは失礼を致しました。私は姫様お付のメイドで、バレンシアと申します」
シアさんにしては珍しいうっかりだね。にやにや。
「バレンシア……? と、バレンシア殿ですな。まあ気にせんでくだされ。ええと、何の話じゃったかな? ……おお、能力の話じゃった。キャロル嬢ちゃんの言うとおり物をどこかへやってしまう能力なんじゃよ。不思議な事に入れた物はどれだけ経とうともなんの変化もないもんで、腐る心配もなくてなあ。本当に便利でありがたい能力を授かったもんじゃよ。女神様には感謝せんといかんの。しかし、よく見ただけでそこまで分かるのう」
あ、やっぱりウルリカさんもどこにしまってるかは分からないんだ? 便利だけど謎の多い能力だよねー。私のは能力と言うか魔法なんだけど。
「私アンタより年上だって! じょ、嬢ちゃんは本気でやめて……」
「お、おお!? それは失礼、全く以ってスマン事を……。いやはや、どこからどう見ても可愛らしい嬢ちゃんじゃったもんでなあ」
うおお……、とくすぐったそうな表情で悶絶するキャロルさんはとりあえず放置。ウルリカさんは全く悪気が無いから何もいい返せないよね……。
「見て分かったって言うか、姫も同じ能力持ちなのよ。ほら姫、見せたげなよ」
「ほ?」
「あ、うん。何を出そうかな……」
私も別に隠してる訳じゃないからいいと思うよ? だから睨んじゃ駄目だよシアさん。エレナさんはシアさんに睨まれても全然平気そうだから凄いなあ……。
ええと、何か面白い物はしまってあったっけ? ……あ、そうだ、丁度いいから昨日貰ったアレにしよう。
「はいこれ、ウルリカさんに。ふふ、おにぎりのお礼です」
テーブルの上に、でん! と取り出したのは、昨日(エレナさんが)手伝った雑草抜きのお礼の大きなスイカ、丸々一つだ。
「あ、忘れてた! それあたしのじゃん!! 返せ痛い!!」
「チョップは程々にね……。もう! エレナさんだっておにぎりもおかずも貰ってるんだから、ちゃんとお返ししないと駄目だよ! あ、私は自分の影からどんな大きさの物でもしまえちゃうんですけど、ウルリカさんは大きさの制限とかあるんですか?」
どこから出し入れするのかは聞いてなかったね。このスイカ、直径は軽く30cm以上ある大物だし、能力に何かしら条件があったらしまえないかもしれない。
「姫様、そこまで詳しくお話にならずともよいのではないかと……」
「いいのいいの」
便利なだけで、誰かに知られたってなんの不利にもならない能力だからねー。
「っほー……、影! これはたまげたのう。いやいや、完全に儂のものより遥か上位の能力ですな、感服致しました。儂の能力はちょいとばかり制限がありましてのう、口はほれ、ご覧の通り……」
ウルリカさんは椅子から立ち上がり、右手を背中に、いや、尻尾の中に入れてごそごそと弄り始める。
そしてほんの数秒後、尻尾から抜き出した手には、例の黄色い葉っぱの包みが一つ乗せられていた。何個あるんだろうあのおにぎりは……。
「尻尾からとなっておりますのじゃ。なんで尻尾の大きさ以上の物は小分けせんとならんですの。さらに入れる時も出す時も尻尾に突っ込まんとならんもんで、覆いをせんと毛が付いてしまうのが困りものなんですじゃ」
そう言うと取り出したばかりの包みをまた尻尾の中へしまい、また椅子に座り直すウルリカさん。
「そうなると今切り分けてすぐに、というのも少し難しいですね。その尻尾のサイズでしたら押し込めば入りそうなものなのですが……。姫様、とりあえず今はしまい直しておきましょう」
「うん。また帰る頃に出しますね」
「ご面倒をお掛けして、申し訳ないのう……」
ちょっと元気なく垂れかかった狐耳の可愛さにに感動を覚えながら、スイカを手で挟むようにして消してしまう。
「姫すげー。普通に考えれば無茶苦茶便利そうな能力なのに、一回姫のを見ちゃうとそこまでのものじゃないみたいに感じちゃうね。あっはは」
いやいやいやいや、何を言ってるのエレナさん、とんでもない素敵能力だよ!? あの尻尾の中にはどんなワンダーランドが展開されているんだろう……。夢が広がるわー!!
私もどうせならああいう可愛らしい発動方法がよかったよ。影にしまうとか、なんか、闇属性っぽくない? 今更過ぎるけどお姫様の使う能力じゃないわ! これは作り直しも考えねばならないか!? ……女神様が泣いちゃいそうだからやめておこっと。
「ふふ、シラユキ様目をキラキラさせちゃって、可愛いですね。それじゃそれってもしかして、他人が迂闊に手を入れたりすると危険だったりするんですか?」
「もしかしたら中に入れちゃったりしてね。私もそうだけど、能力って自分でオンオフができるからそれはないと思うけど……」
ミランさんの言い分も尤もだね。私の場合は自分の影が重なっている物を任意でしまう事ができるんだけど、ウルリカさんの場合は入り口が設定されているからね。能力使用がオンの状態で他の人が手を入れたらどうなるんだろう? っていう疑問が出て来てしまう。
「儂以外が手を入れたところでなんともなりはしやせんよ。頭を突っ込んでも目に毛が入るのが落ちじゃの。能力ゆーモンは使ってる本人でさえよく分からんもんじゃしのう……」
ああ、うん、分かる分かる、と頷く私、とシアさん。
そういえばシアさんも能力持ちさんだったね……。あまりに自然にナイフを取り出すものだから完全に忘れちゃってたよ。
「あ……、と、質問ばっかりしちゃってごめんなさい。ウルリカさんは私に何か聞きたい事があるんでしたよね?」
ウルリカさんの個人的な話題に花が咲きすぎちゃって、いつの間にか結構な時間が経ってしまっていた。
外に食事に出てた冒険者の人も戻って来始めているし、受付にいる黒い有翼族の人(巨乳)も、早く戻って来なさいよー、と言わんばかりの視線をミランさんに送っている。そのミランさんはデザートのチョコケーキに夢中みたいだけど。
「いやいや、本当は年を重ねたハイエルフの方にお会いしとうて。姫様には失礼なんじゃが、ご家族の方を誰か紹介してもらおうかと思っておったんですじゃ」
「そうだったんですかー。いいですよ、父様を今度ここまで連れて来ちゃいますから空いてる日を、あ、父様の予定を先に聞かなきゃ」
なるほどね。確かに私ってただの子供だから、個人的なお話でもなければ特に聞きたい事なんてある訳ないよね。疑問に対する答えを求めるなら大人を選ぶのが当然だったよ。
「儂の能力を知っても即答とは、ありがたい事ですのう。しかしそれももう必要なくなってしまいましての、遠い土地まで足を運んだ甲斐はあったというもんですじゃ。ふふふ」
上機嫌でそう言い、朗らかに笑うウルリカさん。
能力を知っても? それってどういう……、う? 父様とは会わなくていいんだ? ウルリカさんにどんな悩みや目的があったか分からないけど、このお昼のお食事会でそれが解決、達成できちゃったって事なのかな。ううむ、ちょっと気になるね。
「一応会っとけば? どっからか知らないけど態々国を跨いでここまで来たんでしょ? でもウルギス様は強いってだけで普通の子煩悩パパさんだしなあ、会うとイメージ崩すよ多分。ってかさ」
「ほ、その言葉だけで充分じゃな。ありがとうの、エレナ。と、なんじゃ?」
「ウルリカじゃなくてね、あ、ウルリカもか。んっとね、姫もウルリカも、お互い敬語やめない? ウルリカのは敬語って言うか丁寧に喋ってるだけなんだろうけどさ。こうやってテーブル一緒に囲めばみんな友達ってもんよ。だから、さ」
「いや、しかしの、姫様に対してはさすがにのう……」
「ウルリカさんさえよければ、じゃないや、私は普通に敬語抜きでお話したいです。私からはさん付けしちゃいますけど、ウルリカさんは呼び捨てでもいいですよー」
「ほほ、呼び捨てまではちと、の。姫様、いや、シラユキ様は本当にいい子じゃのう。こんな婆でもよければ是非友人になってくだされ」
「うん! やったやった! もう友達だからね!! 尻尾触ってもいいよね? ね?」
「ほれほれ、こんな物でよければいくらでもの、と、芯の部分は触ってはいかんぞ? くくっ、長生きはするもんじゃのう」
「エレナ……、やるね。完全に負けたわ」
「ん? 何が?」
「ええ、見直しましたよ」
「師匠まで何よ一体」
「熱でもあるんじゃないですか?」
「え? 何? なんか知らないけどもしかしてあたし、馬鹿にされてる!?」
もう一話続く予定です。




