その234
今日も今日とてエレナさんの冒険者修行の見学だ。
外に出たついでに、私も軽い運動を兼ねたメイドスキルの練習を程々にやっているのだが、今日は場所を転々としながら、行った先々での訓練なので見学オンリーに留まっている。
その気になる本日の訓練内容は、なんと魔法の使い方……、についてなんだろうけど、これがちょっと本当に訓練なのかまた怪しいところ。シアさんの考える事は本当によく分からないことばかりだよ……。
怪しいと感じた事に関しては一旦置いておいて、これまでの冒険者修行を思い返してみよう。まあ、実はまだ始めてから一週間くらいしか経ってないんだけどね。
エレナさんの熱意に押されて弟子にとってしまったシアさんなのだが、いや、熱意に押されてと言うか私がちょっと口添えしちゃったんだけど……、とにかくそのシアさんなのだが、多分本気で修行を見てあげている訳では無いんだろうと思う。
まず一番最初の訓練の日、その日の訓練内容がいきなりおかしかった。それは、力尽きるまで、倒れるまで走り続ける、ただそれだけの事だった。
エレナさんはその指示通りに本当に倒れるまで走り続け、ライスさんに背負われて帰って行った。私はエレナさんが走っている間、ゆったりほのぼのとメイドスキルの練習をする事ができたんだけどね。
その次はもう前回の川幅跳び、体力が回復し切るまで数日を要したのでまだ二回目の訓練だったのだ。こちらも力尽きるまで続けるという厳しいものだったね。
勿論やる気に満ち溢れているエレナさんは、あの後びしょ濡れのまま、体力が尽きてまた川に落ちてしまうまでジャンプし続けていた。その間私はマリーさんたちを含めて楽しくお喋りをしていましたが。……こほん。
そして今日の魔法の訓練は、森を散策している間に出会った人のお仕事や悩み事を、魔法を使って解決やお手伝いをする事、だった。
魔法の上手な、効果的な使い方でも教えるんだろうか? と思っていたが、全然そんな事は無かった。使う魔法や解決の仕方は全部エレナさん任せ、シアさんは見てるだけ、という投げっぱなし。
箒で道を掃除している人を見かけたら、魔法で風を起こしてゴミを一箇所に纏め、ようとしたら余計に散らかって、何故か私も一緒に怒られたり。
家の壁の汚れを磨いて綺麗にしている人を見かけたら、魔法で水を操、ろうと思っても水を操るなんて難しい魔法は使えず、普通に手を使って普通にお手伝いしてみたり。これは喜ばれました。
そして今さっきまでやっていた畑の雑草抜きは、どんな魔法が適しているか思い付けずにこれも手作業でお手伝い。お礼にと夏野菜をいくつか貰ってしまった、私は何もしてなかったのに……。
その後、雑草抜きが一段落付いたところで程よくお昼の時間になったので、そのお手伝いをしたお宅、ドミニクさんカルディナさん宅で昼食をご馳走になっていた。今は食べ終わって、いつもの外のテーブルで、定位置のカルディナさんの膝の上で休憩中。また今日も発見されて即捕まってしまっていたのだ。
まあ、あれだね。よく考えると、いや、よく考えなくても分かると思う事だろうけど……、シアさんは私の散歩ついでにエレナさんで遊んでるだけなんじゃね!? と思ってしまうのは当然の事なんじゃないかな。
エレナさんは森の家族、大切なお友達の一人なので、できたらこんな不毛な事はやめてもらいたい。シアさんにそれとなく言ってみるのもありだとは思うが、その場合は多分、じゃあやめましょうか、とちょっと拗ねた様な一言で弟子入りの話自体無かった事になるに決まっている。
シアさんの無茶振りに文句の一つも無く……、いや、文句は結構言いまくってたけど、何故かちゃんと、本当に力尽きるまで全力を以って応えるエレナさんをこれ以上見ているのは辛い。最悪師匠弟子の関係では無くなってしまうかもしれないけれど、そろそろ口を出すべきなのだと思う。
丁度よくシアさんは洗い物をしていて席を外している、言うならまさに今だろう。ドミニクさんとカルディナさんからも何か、ありがたい助言が貰えるかもしれない。私は当たり前に、エレナさんだって成人してからまだ十年くらいで周りのみんなからは子供扱い。大人の意見はきっと大いに助けになってくれる事だろうね、うんうん。
「ねえエレナさん、シアさんが言う修行って、ちょっと変だなー、とか、これっておかしいなー、とか思わない?」
まずは軽いジャブから。ストレートに、それって冒険者の修行じゃなくね? って聞くのもありだと思うけど、もしかしたらエレナさんもおかしいとは思っているのかもしれないからね。
「んや? 別に? まだ始めて三日目だし修行したっていう気もあんまりしないわー」
食後の紅茶を飲みながら、のほほんとした風に答えられてしまった。
そうなのかな? いやしかし、二回続けて倒れるまで続けさせられるというのはどう考えてもおかしいよ……。エレナさんはシアさんのことをそれだけ信用しているっていう事なのかも?
「修行? ほう、エレナがか。何の修行かは知らんが珍しい事もあったものだな。まあ、何だとしてもやる気を出すのはいい事だ」
「やりたい事でも見つかったの? バレンシアに教えてもらってるのよね? そう、メイドになりたいの……。無理じゃないかしら?」
「なんでメイド!? いや、冒険者だって、冒険者!!」
「ああ、うん、普通に考えるとシアさんイコールメイドさんなんだよエレナさん……」
ははは、うふふ、と二人はにこやかにしている。
森のみんなからすると、シアさんは強くて怖いお姉さんなイメージなんだろうね。そうなるとカルディナさんは素で言ったのか、それとも狙ってボケたのか……、よく分からない。
とりあえずマリーさんにした様に、簡単にエレナさんがSランクの冒険者を目指している事を二人にも説明した。説明と言えばシアさんなのに。と言うかエレナさんが自分で説明してよ!
「そもそもさあ、冒険者って具体的に何やってる人たちなのかも知らないのよねー。だから何ができる様になればいいっていうのも分からないし、とりあえず言われたままやってた訳よ。姫から見ると変だったん? ん?」
へー、なるほど。エレナさんは冒険者っていうのがどんな人達なのかすら知らないのか。ふーん……、? へ?
「え? えー? 本当にそれでなんで冒険者になろうなんて言い出したのエレナさん……」
あ、ただの思い付きだったねそういえば。これはちょっと、私もどうしたらいいのか分からなくなってきちゃったぞ。
エレナさんはいつものテンション高めではなく、普通に話を続ける。
「最近さあ、キャロルから始まって、ショコラとかミーランとか、後ソフィーティアだっけ? 冒険者とか元冒険者をよく見かけるようになってきたじゃない。あ、キャンキャンもか。それで、かな? なーんとなく楽しそうに話さない? あいつ等さ」
「楽しそうに?」
どういう意味だろう? とりあえずもうちょっと話を聞いてみようかな。
「そそ。なーんかさ、こんな変な仕事やってきたぞー、とかそんなん。ショコラなんて愚痴ばっかりだけど、なんか一番楽しそうじゃん?」
ああ、冒険者のお仕事のお話ね。多分雑務依頼の事かな? 確かに一風変わった依頼、聞いてる分には面白そうなお仕事もあるんだよねー。
ショコラさんの場合は、普通の冒険者の人とはまたさらに変わったお仕事になるかもしれない。愚痴を聞いてると、毎日町を駆けずり回っていて大変らしい。ギルド長さんの補佐ってそんなに外を動き回るお仕事なんだろうか?
「ふむ、そういう話か。まあ、バレンシアに任せておけば問題ないか。姫様も特に気に掛ける必要はありませんぞ」
何か、納得がいった、という感じのドミニクさん。今のセリフのどこに納得したんだろう?
「姫様はお優しい方ですからしょうがありませんよ。でも、エレナ? 成人したからって無茶はしちゃ駄目よ? 何をするにもバレンシアの言う事をよく聞くこと。分かった?」
「わーかってるって! はあ、みんな無駄に心配性なんだから……。やれやれよ」
「既に無茶な修行させられてると思うんだけどなあ……」
結局、エレナさんは冒険者のお仕事が楽しそうに思えた、っていう事なのかな? でもなーんとなく違う気がするのよね。
楽しそうだから、なんて軽い理由で冒険者を目指すなんて、いくら成人しているからってこの二人が黙ってる筈がない。シアさんもいくら私のお願いだからって、そんな浮ついた心持の人を弟子として受け入れる訳はないだろうからね。
これはあれかな、さっきのエレナさんの言葉には、それ以上の意味が込められていた、のかもしれない。
ううむ、人生経験の乏しい私には全く読み取る事ができなかったよ……。ぐぬぬ。
しかし今更だけど、エレナさんってこの二人の前だと凄く大人しいね。やっぱり千歳とかそれくらいの年の人の前だといつものあの、やんちゃ(?)なお姉さんっぷりは控えるようにしてるのかも。大人すぎる人の前であれは、さすがに恥ずかしく思えるんだろうね……。
「冒険者なあ……。そうだな、まずは何より体力が物を言う職だな。次いで知識や発想力か。恐らく初日は魔力抜きの、純粋な体力の限界を測るためのものだったんだろう。川跳びは魔力込みの場合か」
「今日は色々な所を回って何か……、お手伝いの様な事をしていたんでしょう? 冒険者なんて基本はそれと同じよ、何でも屋みたいなものなの」
え? あ、ああ、そういう事か! シアさんはちゃんと考えてたんだ……。うう、また余計な気を回しちゃったかな。
「何でも屋かあ……。うん? 体力と知識? 強さは?」
「あ、だよね。キャロルさんもショコラさんもすっごく強いみたいだし……」
何がどうだから強いんだ、っていうのは未だにさっぱり分かんないんだけどね。
「強さも勿論重要だが、まあ、二の次だな。ただ強いだけでは何の意味も無い。姫様には分からないかもしれませんな、絵本の中の英雄に求められるのは強さや優しさ、誠実さだけですからなあ」
「そうだわ、姫様? またお泊まりにいらしてくださいな。お休みになる前に絵本を読み聞かせて差し上げますから。ふふふ」
ドミニクさんには頭を撫でられ、カルディナさんからは後ろから抱きしめられ、頬擦りをされまくってしまった。
もう絵本を読む年じゃないよ、まったくもう……。二人とも私の事は完全に孫扱いだよね。まさか、揃って父様より年上なんじゃないのか!? い、いやいや、まさかね……。
「ふん、甘えん坊め。それでー、ドミニクさん、強さが二の次ってどういう事? 強ければどんな依頼でもこなせるんじゃないの?」
私に一瞬呆れたようなジト目を送った後、脱線しそうになった話の流れを元に戻すエレナさん。
そして、ドミニクさんがそれに応え、口を開きかけたその時。
「確かにある程度以上の強さがあれば、一人で討伐依頼を受ける事も、それを一人で達成させる事も可能でしょう。ですが、考えてみてください。何も勝手が分からず町の外に放り出され、貴女は生きていけるのですか? 水は? 食料は? 夜暗くなってからはどう過ごすのです。まさか明るい内に出掛け、日も沈まぬ間に依頼を済ませ、その日の内にまた町に帰って来れるとでも? そもそも狩るべき魔物のいる場所まで道が続いているとでも思っているのですか? もし道に迷ってしまったら、現在地、進むべき方角を知るにはどうしたら? まあ、キリがありませんのでこの辺りで。カルディナさん、洗い物は全て片付けておきましたので、姫様とごゆっくりお寛ぎください」
「あら、ありがとう。はあ、バレンシアはいつも姫様を可愛がれて、羨ましいわ……」
洗い物を終えたシアさんがドアを開け、ちょっときつい言い方で捲くし立てながら歩いて来た。
なるほどそういう意味ね。私も分かってはいたけど、パッとそこに繋がらなかったよ。エレナさんだってさすがにその辺りはちゃんと理解してると思うんだけどな、常識的に考えて
「うへえ、まーじでー」
全然そんな事はなかったぜ!!
「今のエレナさんは基礎の基礎を覚えるどころか、それ以前の問題なのですよ。森でのほほんと生活してきた方が冒険者になるには……、少なく見ても十、いえ、二十年は欲しいところです。キャロルと違い私が常に付いて、というのは難しいですし、もっと掛かるかもしれませんね」
「ああ、まあ、うん、いいけどね。気長ーにだらだら頑張るよ」
「急にやる気無くした!! 雑務依頼を問題なくこなせるくらいまでにはなろうよー」
「何よそれ地味ぃ。私はもっと分かりやすく目立てる依頼がいいのよ!!」
「どちらが子供か分からんな、まったく……。だがまあ、姫様が成人なさるまでにはきっと形くらいにはなる、か?」
「どうでしょうね? ふふ。まだ若いんだから色々となりたいものを探すのもいいかもね。冒険者は貴女が思っているよりずっと地味な職業なのよ?」
「ショコラとかの話を聞いてるとそうでもなさそうなんだけどねえ。あ、そんじゃ師匠? 今度冒険者ギルド連れてってよ。実物を見てみたい」
「お断りします。一人で行ってください一人で」
「あ、それなら私も一緒に行きたーい!」
「では早速、明日にでも参りましょうか。ふふ」
「何この変わり身の早さ。ありがたいけどなーんか納得いかないなあ……」
「ははは」「ふふふ」
マリーの次は、エレナにも主人公の座を奪われそうな、存在感の薄いシラユキ。
どうしてこうなった!




