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209/338

その209

 母様とマリーさんのお母さん、アリアさんとの話し合いの結果は、マリーさんを私たちの元で立派な淑女にしてやってください、という事で落ち着いたらしい。そこはまあ、母様とカルディナさんを参考にしてもらえれば何も問題はないだろう。今現在でもどこに出しても恥ずかしくないお嬢様だと思うしね。


 しかし、問題は別のところにあった。それは……、一体いつまでの話なのか。


 そう、特に期限は設けられていないみたいだった。決める前に母様が話を打ち切ったとも言う。それに、何を以ってして淑女修行の完了と認めるのか……、それは誰にも分からない。

 軽い旅行のつもりが一転いつ家に帰れるのかも分からない、長く苦しいかどうかは不明だが、到着点の分からない修行の旅になってしまった。


「好きなだけ居たらいいわ、帰りたくなったら帰りなさい。アリアももうちょっと自分の娘の気持ちを考えてほしいわ……。はぁ……」


 大きくため息をつき、やや投げやり感漂う様子で話してくれた母様。かなりお疲れの様だった。

 アリアさんは死ねと言われたら本当に死んでしまう人らしいので母様も慎重に言葉を選びながら話さなければいけない。そんな訳で今日の母様はテンション低めで仕事が手に付かず、その結果カイナさんが大忙しという事だ。爆発寸前か?


 マリーさんも申し訳無さそうにしながらも、怒られるどころか逆に無期限滞在が許されてしまった事に嬉しそうで、


「家族が恋しくなったら帰る事に致しますわ。ふふ、宜しくお願いします」


 と、上機嫌。

 多分家に訪問してくる偉い人(?)との挨拶や、あるかどうか知らないが習い事の様なものから抜け出せて嬉しいのかもしれない。父様が言ったみたいにゆっくりと羽を広げて、気の済むまで休んでいってもらいたい。


 ……キャンキャンさんは巻き添えみたいなものだけど、マリーさんの側にいられるなら特に思うところはないらしい。メイドさんの鑑だね。






 今日もマリーさんを誘って森の散歩兼案内。お供は姉様とシアさんの二人だけ、キャンキャンさんはフランさんとメアさんに捕まってしまったので別行動だ。

 まだ森に来てから一週間程度での別行動はマリーさんも不安になってしまいそうだけど、一番の不安のタネのシアさんも姉様の前では多少大人しくなるという事で、ややビクビクしながらもなんとか平静を保っている、様に見える。キャンキャンさんとの楽しいボケとツッコミが無ければ失礼ポイントの加算も抑えられるだろう。


「ユーネ様、シラユキ様? 本日はどちらへ向かわれていらっしゃるんですの?」


 シアさんを先頭に、ずんずんと道なき道を進む私たちにマリーさんが問いかける。


 どちら? うーん……?


「どこって言われても名前が付いてる場所じゃないし、何て言えばいいんだろ?」


「空き地? ちょっとした広場? まあ、何だっていいじゃない、もうすぐよ」


「はあ。……空き地?」


 場所が場所だけに明確な答えが返せない私たちにマリーさんも不思議そうな表情。



 マリーさんが不安に思うのも無理もない。今私たちが進んでいるのは普段歩いている石畳で舗装された道ではなく、地面むき出しの獣道の様なもの。月に何度か通っているので踏みしめてあるのと、先頭を歩くシアさんが邪魔な草や枝を払ってくれているから、私と姉様のふんわりスカートでもなんとか歩いていける程度の道なのだ。

 そして向かっている先は、何か特別な物や施設がある訳でもないただの開けた空き地。木々に囲まれた中にぽつんとある、何故か背の高い草と木が生えないスペースなので、一応特別と言えば特別な場所なのかもしれない。



 お嬢様のマリーさんの足にはちょっと辛いかもしれない道なので、気を散らさせないように私たちも黙って歩く。いつぞやの私の様に躓いて転んで怪我をしてしまってはいけない。勿論私も人の事は言えないので歩く事に集中している。

 黙々と、シアさんが草と枝を払う音をBGMに獣道を進み続ける事十数分、やっと目的地に到着だ。


「到着ー。ここが私たちの別に秘密にしてないけど秘密の広場だよ」


「はー、秘密の……、えっ、されてないんですの?」


 ぐりんっと勢いよく私の方へ顔を向けるマリーさん。


 うん、いい反応だ。ごめんね、周りを見てたのに邪魔しちゃって。


「ふふ。ただシラユキが何となくそう思ってるだけね。私とシアの他にお兄様も何度も一緒に来ているし、誰がついて来ても特に追い返すような事もしないしね。男の子が好きそうな秘密基地みたいな場所なんじゃないかしら?」


 フフフ、本当はここには姉様やみんなには内緒にしている事があるんだけどね……。だから場所としては秘密じゃないけど、やっぱり別の意味で秘密の空き地なのだ。兄様にはバレちゃってるけど。


「そういう事でしたか。それにしては不自然なスペースですよね……。レンさんが剪定などして管理しているんですの?」


「いいえ? 私も特には……。姫様がそう望み、森がそれに応えたのではないでしょうか?」


「さ、さすがシラユキ様……」


「ないない」「ないってば」


 マリーさん純粋すぎる。でも修正されないで!


 ここの不思議さは散々みんなと話し合って、何も分からないという結論が出されている。

 直径10mくらいの円く型を取った様にぽつんとある空き地。さんさんと日光が降り注ぎながらも背の高い草は生えなく、新しく木が育つ事も無い。何かしら特別な場所なのでは、と思うのが普通なのだが、危険がなければまあいいやと思うのがリーフエンドの森流なので今後解明される日もきっと来ないだろう。


 とりあえず私専用ではない普通のサイズの、私から見たら大き目のテーブルと椅子、それとピクニック用のバスケットを能力で取り出してシアさんに後はお任せする。

 用意が出来る間ここであった出来事を思い出してみようか……。



 初めてこの場所に来たのは……、確か六歳の頃だったか。今日みたいにシアさんを先頭に、兄様に抱き上げられて連れられて来たのが最初の筈。

 シアさんが見つけた穴場らしく、たまにはこんな所もいいのでは? と案内されて来てみれば、不自然さはあるけれど何の変哲もないただの空き地。しかし私の子供心をくすぐるには充分すぎる場所だった。

 こういう特別かもしれない、秘密の場所が大好きな私は一目で気に入り、ちょくちょく足を運ぶようになったのだ。


 ああ、そういえば初めて怪我をしたのもここだったね。珍しい姿のリスを捕まえようとして走って転んだんだった。懐かしいね。

 膝と手の平を擦り剥いて、これでもかって言うくらい大袈裟に包帯を巻かれて、肉球付き猫の手手袋で保護されて、完全に治るまでは自分で何も持たせてもらえず、歩かせてすらもらえなかった。今思うとシアさんの過保護っぷりが加速したのはその時のせいだったのかもしれないね……。


 他にも色々と、兄様とシアさん以外のみんなに内緒にしている事を含めて、ここでの出来事は一風変わったものが多い、と思う。この世界的には結構普通の事かもしれないので思うだけだ。



 テーブルセッティングが完了し、三人で座っておやつタイム。

 マリーさんには、こんな何も無い場所で紅茶とクッキーを楽しめるなんて……、と、驚きを通り越して呆れられてしまった。でも楽しんでいるみたいなので問題なし。


「姫様、来ている様ですよ」


 何が、誰が、とも言わず、シアさんが簡潔に教えてくれる。


「ホント? それじゃ……」


 シアさんはなんで気付けるんだろうね本当に……。やはりこの人はニュータイプ的な何かなんだよきっと。


 すぐに分かる事なので、ハテナ顔のマリーさんへの説明はとりあえず後回し。先に能力でしまっておいた小さな布袋を取り出す。

 この袋の中身は、シアさん特製の木の実クッキー。森で採れたどんぐりっぽい木の実のみで作られているこのクッキーは、正直なところ美味しいとは言えない。ぶっちゃけ渋くて不味い。興味本位で食べてみるものじゃないと激しく後悔してみんなに笑われるレベルだ。くそう……。


 木の実クッキーを一つ摘んで取り出し、シアさんの向いている方向へ投げる。座ったままの姿勢からの投擲なのであまり遠くへは飛ばせないが、元々狭い場所なので問題ない。


 少し離れた所に落ちる木の実クッキー。そのほんの数秒後、空き地と森との境界線の様な高い草の壁から、小さな青っぽい影が飛び出してきた。


「まあ! リスですの!? それにしては少し大きな……、色合いもなんとも……、? 角!?」


「あれ? マリーさんは角リス見るの初めて?」


「角リス……、まんますぎますわ……」


 あ、私と同じ反応。


「名前を付けたのがお爺様らしいし、そこはもうどうしようもないわね……。名前と言えばシラユキはタイチョーって呼んでるわね」


「タイチョー? ですの?」


「うん、角があるし」


「?」


 マリーさんはまたハテナ顔。


 角と言えば隊長機の象徴でしょう? リス(隊長機)で角リスになるんだよきっと。


「リーフエンドの森の固有種だと思われますよ。私もこの森に住まわせて頂く様になってから初めて見た種ですので。似た様な種で棘リスという……」


 シアさんの棘リス説明は四度目なのでスルーします。マリーさんは聞いておいてね。



 クッキーを拾い上げ、カリカリと齧り始めたのは少し大きめのリス、の様な生き物。こんな小動物でもれっきとした森の生き物なので、一応魔物に分類される。


 体の大きさは20cm程度、尻尾も同じくらいの長さがある。毛の色が特徴的で、胴体部分が青、手足と頭、尻尾部分が水色と、外敵から身を隠すのがほぼ不可能だと思われるカラフルな色合いをしている。最大の特徴の筈の額(?)の三角錐型の角が色合いに全て食われてしまっている。ちなみに角の色は、くすんでしまっているが多分白、長さは5cmもない。

 見た目は普通にリスなのだが、その独特なセンスが光る色合いと立派な角、クリクリと愛らしいつぶらな瞳も血のように赤い赤色でちょっと怖い印象を受けてしまうという残念さにより、私以外には全く人気がない。私は大好きなのに、みんなには何故このカッコよさが理解できないのか不思議でならない。


 六歳の頃に出会った珍しい姿のリスとはこの角リスのこと。その時の初代タイチョーではなくこの子は三代目タイチョーなのだけど、この辺りは特に説明する事もないだろう。



「青い……、青いですわ。あれで自然の中で生きていけますの?」


 私と同じ疑問に行き着いたマリーさん。やっぱりあの毛色は野生動物的におかしいと思うのが普通だろう。


「多分? ここに来ると絶対顔を見せに来てくれるし、多分大丈夫なんだと思うよ?」


 自分を狙うような外敵がいないからこそのあのフリーダムな色合いなんだと思う。……あ、外敵と言うか天敵ははいたわ、一人だけ。


「シラユキ様、私にもお一つお願いしても宜しいですか?」


「うん、いいよー。……はい」


 どうやらマリーさんに気に入ってもらえた? かもしれない? 可愛いとかカッコいいとか一言も言ってないしただの興味かな。ううむ、何故だ、あんなにカッコいいのに……。


 差し出されたマリーさんの手の平に木の実クッキーを一つ乗せてあげる。

 ありがとうございます、の一言の後、一つ目を食べ終わって次はまだかとこちらを見てくるタイチョーに向かってクッキーを投げるマリーさん。


 投げられたクッキーはタイチョーの近く、30cmくらいの距離に落ちたのだが、タイチョーは一瞬顔を向けただけですぐにまたこちら、私をじっと見つめてくる。


「あら? えっと……。お腹いっぱい、ですの?」


 予想外の反応に困惑するマリーさん。


「マリーでも駄目なのね、本当にどうしてかしら……?」


「ええ。あ、姫様はそのままでどうぞ、私が取って参りますので」


 立ち上がろうとした私を言葉で軽く止めて、クッキーを拾いに行くシアさん。

 タイチョーはシアさんが歩き始めるとほぼ同時に、脱兎のごとく逃げ出してしまった。


 シアさんから拾ってきたクッキーを受け取りまた同じ辺りへ投げると、ガサッと音を立てて草陰から飛び出してくるタイチョー。うーん、いい子だ。


「あ、シラユキ様の手ずからでないと食べないんですのね。贅沢者ですわ!」


「あはは。手の上から直接っていうのはまだ一度もないし、手ずからって言うのも違うかもだけどね。私が投げないとなんでか食べてくれないんだー。作ってるのはシアさんなのにね」


 初代タイチョーとの出会いから二十年くらい、年々近づける距離は縮まってはいるが、触れる事ができるのはまだまだ何十年も先の話だと思う。世代交代でなつき度がリセットされないのが不思議だけど、まあ、いい事だと捉えておこう。



 タイチョーが五つ目の木の実クッキーを食べ終わるのを確認して、


「今日はこれで終わりだよ。タイチョー、またね」


 タイチョーとはここでお別れだ。


 私の言葉を聞くと、タイチョーは素直に空き地の外へと帰って行ってしまった。



「シラユキ様の仰っている事も理解している様子ですのね、頭のいいリスですわ。でも全く羨ましく感じないのは何故なんですの……」


「可愛くないからかしらね。シラユキから見るとカッコよくて可愛いんだった?」


「うん! カッコいいし可愛いよね? ね? シアさん?」


「エエ、ソウデスネ」


「むう」


「ふふっ、レンさんったら……。膨れるシラユキ様も可愛らしいですわ……」


「ええ、そうですね……、本当に……」


「さっきと同じ言葉なのに全然ちがーう!」







シラユキに、「間違いない、こいつはエースだ!」と言わしめるツ・ノリスさん(三代目タイチョー)でした。

次回はきっとツ・ノリスさんが大活躍します。(意味深)


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