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二体の鬼

    ◇   ◇   ◇




 四日目、俺たちは刃狼(ソードウルフ)に出会わないように慎重に街を探索していた。


 探索の中で気付いたが、どうやら新しく現れた怪物(モンスター)刃狼(ソードウルフ)だけではないらしい。


 ちらりと見えただけだが、空にも巨大な影が浮かんでいた。更には明らかに切り傷ではない街の傷跡。


 厄介な話だ。あのレベルの敵が複数種類となると、気を付けなければいけないポイントが増える。


 神経をすり減らしながら、街を探索し続ける。


 そうして遂に、俺たちは二つ目のメモリオーブを発見した。


「まさか、図書館にあるとはね」


「食べ物があるわけでもないし、遮蔽物は多いし、確かにわざわざ入らないかもしれないな」


 不自然に正方形に置かれた書棚。それをどかしてみると、その中央に台座とメモリオーブが隠されていた。破壊された図書館の中で、美しいその存在は、不自然にもマッチして見えた。


「戦いは短期決戦だ。今のところ敵の気配がないとはいえ、長引けば気付かれる」


 指先で糸の張り具合を確かめていた紡が頷いた。


「ここに来るまでに出来るだけ糸を張ってきたから、ランク2が来ればすぐに分かる。糸の張り方も少し工夫した。逃げる時間くらいは稼げると思う」


「いや、まあ、それに関しては凄いと思うが、そこまでするなら、もう触るのは止めた方がいいんじゃないか‥‥」


 ぼやく村正は一回無視する。


 ここまで来たら覚悟を決めてほしいが、この気質のおかげであの特異な魔法(マギ)のスキルが身に付いたのかと思うと、案外悪いものでもない。


「村正、生き残るのが最優先なのは変わらない。もし何かあったら、頼りにしているからな」


「ぬっ、ぐぐぐ、まあ? そこまで言うのであれば仕方あるまい。俺の力がなければランク2から逃げるのは難しいだろうしな!」


 お、おおう。


 本当いきなり元気になるな。俺も一人だったから、誰かに必要とされると、それだけで嬉しくなる気持ちは分からないでもない。ただ、客観的に見ると恥ずかしいな、これ。


「じゃあ、触るぞ」


 俺は『火焔(アライブ)』を発動し、火を灯す指先でメモリオーブに触れた。


 瞬間、地下の時と同じように虹色が弾け、灰色の図書館が鮮烈に塗り潰される。そしてその上を走る、黒い幾何学模様。


 それらは瞬く間に形を変え、三次元に立ち上がると、二体の(こま)となった。


 ランク1のタイプ(オーガ)だが、出で立ちがこれまでのものとは違う。


 筋骨隆々な巨体の(オーガ)と、女性を思わせる細身で丸みのある(オーガ)


「ゴォォォオオ――」


「ァァアアアア――」


 何だ、ランク1の怪物(モンスター)は基本的に統一された規格で出現する。それらの規格に名を与えたものが、タイプだ。


 今までタイプ(オーガ)とは何度か戦ってきたが、これまでの奴らとは明らかに違う。


「どういうことだ?」


 目を細め、構えを解くことなく観察する。二体はゆらりと距離を詰めてくる。


 その時、紡の切羽詰まった声が聞こえた。


異常個体(イレギュラー)よ! こんなものまで用意しているの⁉」


 異常個体(イレギュラー)‥‥って、たしかランク1の段階で他の怪物(モンスター)とは規格の違う個体だったはずだ。


 これがそうなのか。


 てっきり、俺はあいつが異常個体(イレギュラー)なのだと思っていた。


 金色のたてがみを逆立て、俺の身体を切り裂いた怪物(モンスター)。人語を理解し、人の様に立ち振る舞う本物の異常個体(イレギュラー)、レオール。


 目の前の二体が異常個体(イレギュラー)だったとしたら、レオールは本格的に何だったのかって話になるが、それは置いておこう。


 異常個体(イレギュラー)はランク2のような特殊な能力を持つわけではない。


 ランク1の力を何かしら特化させた戦闘スタイルのはずだ。


 まあ、見た目で何となく分かるか。


 ゴッ‼


 耳を叩いたのは、地面を踏み潰す音だった。


 目と鼻の先に巨岩のような拳。


「ぅっ⁉」


 腕で受けながら、外側に回って避ける。


 重い!


 直撃を避けたにもかかわらず、両腕がミシミシと音を鳴らし、吹っ飛ばされそうになる。それを軸足で強引に流し、回転。


 しかし攻撃はそれに終わらなかった。


 避けた先に突きこまれる槍の刺突。


「ぐぅ!」


 ギリギリで身体を捻って避けたが、避けきれずに脇腹を削られた。血の代わりに赤い光が零れ、衝撃と痛みに顔が歪む。


 この世界では痛みが軽減されるとはいえ、やはり受験の時に比べると痛い。


 槍と思ったものは、鬼の脚だった。


「っらぁああ!」


 全身から炎を放ち、壁を展開。そのまま後ろに跳んで距離を取る。


 はぁ、はぁ。厄介だな。


 あっちのムキムキマッチョな鬼は、拳鬼(けんき)とでも呼ぼうか。そして女性っぽい方は蹴鬼(しゅうき)(オーガ)異常個体(イレギュラー)だけあり、攻撃方法はシンプルな肉弾戦みたいだが、その威力は桁違いだ。


 今の炎で魔力(マナ)を奪えれば良かったんだが、二体はしっかりと壁を避けた。


 ランク1なのに知能も高い。


「紡、村正、女の方の足止めできるか」


「完全には無理だけど、多少なら」


「わ、分かった」


 二体いっぺんに相手するのはきつい。どっちか一体だけでも止めてもらっている間に片方を倒す。


 今度は俺から踏み込んだ。


 連携される前に出端をくじく。


 振槍を拳鬼に叩き込むが、巨大な腕で容易く防がれる。


 まるで分厚い壁を殴ったような感触だ。


 通常の(オーガ)なら一発で頭を吹っ飛ばす威力だぞ。本当にランク1かよ。


「ァァァアアアアア」


 ゾッ‼ と鋭い音を響かせて横合いから蹴鬼の脚を振る音が聞こえた。


 しかしそれが俺に届くことはない。


念動糸(クリアチェイン)


 蹴りが明後日の方向を薙ぎ、そのまま鬼は地面に転がった。


 紡が糸でバランスを崩して転がしたんだろう。便利な力だ。


「さて、お前の相手は俺だぞ」


 拳の隙間からこちらを見据える鬼の顔面が、青く1に輝いた。


 ゴガガガガガガ‼ と互いの拳が交差し、拳鬼は空を、俺は肉を殴る。


 拳鬼に避ける気配はない。


 まるでダメージなどないかのように、振槍を受けても殴り返してくる。


 凄まじい硬度の装甲だ。


 大振りの一発一発は避けるのに苦労しないが、掠るだけでも大ダメージは免れない。


 毀鬼伍剣流(ききごけんりゅう)の基本は、振槍で崩して閃斧などの大技を決めることだ。


 単純な振槍では崩すどころか、よろけもしない。


 だったら、火力を上げる。


 一度攻撃を止め、体内で炎を燃やすことに集中する。ホムラの『火焔(アライブ)』は相手の魔力(マナ)を喰らい、己の炎とする力。


 これまでは攻撃や牽制でしか使ってこなかった炎を、喰らうために使う。


 拳鬼の一発を後ろに跳んで避けながら、俺は手首を合わせるように両手を突き出した。


「『捕食(バイト)』」


 炎の牙が、上下から拳鬼に食らいついた。


「ゴォォァアアアアアア⁉」


 両腕で振り払おうとするが、それの本質は炎だ。一度噛みつかれれば、そうそう逃れることは出来ない。


 ギリギリと牙が硬い装甲に食い込み、魔力(マナ)を喰らい、燃やすのを感じる。


 これ、想像以上にキツイ。


 ただ炎を出している時とは完全に感覚が違う。しかも奪った魔力(マナ)が内部で膨れ上がり、その制御にも神経を使う。


 ――限界だ。


「くっ!」


 制御を外れて暴れ出そうとする炎を強引に回収し、身体に戻す。


 ドクン! と心臓が破裂せんばかりに鼓動を打った。


 灼熱の血潮が頭の先からつま先までを流れる。


 自分のものではない魔力(マナ)。それを燃やして炎に変える。ごうごうと耳鳴りが響き、己の熱に全身が焼かれた。


 やっぱり、外部から魔力(マナ)を供給すると、俺自身が扱いきれない。


 とにかく火力を集中させて、ぶち抜く。


 そこで拳鬼は思いもよらぬ行動に走った。紡たちと戦っていた蹴鬼の身体を掴んだのだ。


 蹴鬼はそれに動揺することもなく、両脚をつま先を揃えて固めた。


 そう、それこそまさしく槍のように。


 嘘だろ⁉


 拳鬼は身体を捻り、蓄えた力を解放する。もはや刺突ではない、力任せの投擲。


 圧倒的な質量を豪速で投げつけてくる。ただそれだけのシンプルな一撃は、凶悪そのものだ。


 拳鬼の思わぬ行動、炎を圧縮するのに集中していたことが重なり、反応が遅れた。


 避けられない。


「護‼」


 瞬間、身体が勝手に動いた。


 反射的にとかではなく、何らかの力によって文字通り勝手に身体が横に跳んだのだ。


 すぐ横を砲弾のように蹴鬼が通り過ぎた。


 これは、紡の念動糸(クリアチェイン)か!


 腰が抜けた村正をマリオネットのように動かした時と同じように、俺に糸を巻き付けて強引に動かしてくれたのだ。


「――――」


 地面に手を着け、視る。


 視野を広く取り、左右から駆けてくる拳鬼と蹴鬼の二体を同時に視界に収める。


 壁に突き立った蹴鬼の動きに合わせ、拳鬼も走り出す。連携を重視する故に、二体が間合いに入る瞬間がある。


 俺が何かしようとしているのを悟ったのか、紡が念動糸(クリアチェイン)を解いた。


 炎を制御しながら、待つ。


 顔面へと迫る拳鬼の拳圧で髪が揺れる瞬間、蹴鬼が飛び蹴りで一直線に突っ込んできた。


 来た。


 ()ッッ‼ と後ろに退いた右足で火炎を爆発させ、脚を吹き飛ばさん勢いで射出する。


 そのまま明後日の方向に飛びそうになる慣性を、体重移動で(さば)く。


 それは赤く鍛えられた、死神の鎌。




「『三煉閃斧(さんれんせんぶ)』」




 灼熱の円弧が、まとめて鬼の首を飛ばした。

 


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