表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/197

本当の適性試験

     ◇   ◇   ◇




「ぉぉぉ⁉」


 熊のようなうめき声が聞こえ、俺は身体を跳ね起こした。


 なんだ、敵襲か⁉


 慌てて窓際に駆け寄ると、窓の下に隠れるようにして座り込んでいる村正がいた。


 さっきの声はこいつだろう。変な声を出したわりに、部屋に異変はなかった。


「何が起こったの?」


 俺と同じように起きてきた紡が、寝起きとは思えないはきはきとした声で聞いた。


「外、外に、ななな、何かが」


「外? 怪物(モンスター)でも出たのか?」


「しっ、声が大きい!」


 いや、お前の方がでかいわ。


 とりあえず落ち着け。深呼吸だ。ひっひふー、ひっひふー。これじゃないか。


 少しして、村正は気持ちを落ち着けて口を開いた。


「‥‥いや、すまん。見間違えかもしれん」


「見間違えって、何がだ?」


「窓の外を見てくれ。いや、ただ顔は思いっきり出すなよ。そうっとだぞ、そうっと」


 窓の外って、怪物(モンスター)が出現したのか?


 昨日は一日歩き回り、メモリオーブこそ見つからなかったものの、怪物(モンスター)を二体見付け、倒すことができた。


 しかし、丸一日歩いてその程度の遭遇率だ。窓の外に怪物(モンスター)がいたところで、驚くような数ではないだろう。


 そう思いながら、村正に言われた通り、少しだけ顔を覗かせた。


「ッ――⁉」


 俺は即座に村正と同じように顔を引っ込めた。


 ――おいおい、どういうことだ。


 全身がばくばくと鼓動に揺れている。冷や汗がドッと噴き出し、うまく呼吸ができない。


 この一夜で一体何が起こったんだよ。


 建物のすぐ下。大通りを我が物顔で闊歩(かっぽ)する一体の怪物がいた。


 それは(オーガ)よりも遥かに大きく、強靭で、誰の目にも凶悪だった。


 その正体は、狼だ。


 バスと同じくらいの巨体に、それに等しいサイズの尾。針というにも長大な鈍色の毛を持つ怪物だ。


 それがゆっくりと、己の大地を噛み締めるように、踏みしめて歩いている。


 怪物(モンスター)だ。ちらりと見えた額には、青い『2』の文字が見えた。


 ランク(ツー)


 ようやく適性試験の本当の意味が分かった。至る所が破壊された街並み。それを為した者が、正体を現したのだ。


 考えが甘かった。この試験の目標はポイントを稼ぐことではない。端から全滅を前提とした戦場での、生存。


 いくらなんでもやり過ぎだろ‥‥。


「‥‥外に怪物(モンスター)。タイプは『四足獣(ビースト)』。――多分、ランク2だ」


「ランク、2‥‥?」


 唯一外を見ていない紡が、呆然と繰り返した。


 あれはやばい。一目ちらりと見ただけで、その得体の知れないヤバさに脳が焼けそうになる。


 不幸中の幸いなのは、まだ気付かれていないことだ。この部屋は五階、下とはそれなりに距離がある。無理に戦う必要はない。今は気配を殺して身を隠すべきだ。


 それは言わなくても分かっているのだろう。村正は両手で口も鼻も押さえて顔を真っ赤にしていた。


 すると、紡が窓の方に視線を向けたまま、呟くように言った。


「そういうこと‥‥。先に謝っとく、ごめん」


「ごめんって、何が?」



 

「気付かれた」




 何?


 気付かれたって、どういうことだ。だって紡はずっとここにいて、動いていない。


 その時俺の頭に浮かんだのは、紡の魔法(マギ)だった。


 まさか――。


「私、ずっと建物とその周囲に細い『念動糸(クリアチェイン)』を張っていたの。侵入者にすぐに気付けるように」


 諦めにも似た、淡々とした声。


 本来なら、敵を察知するために張り巡らされた『念動糸(クリアチェイン)』。


 その微かな気配に、狼は気付く。


 嗅覚か、あるいは第六感にも似た直感か。


 奴は確実に俺たちの存在を把握した。心臓を握り潰されるような重圧に、それを理解させられる。


「くそっ‼」


 俺は横で小さくなっていた村正の襟首をつかみ、床を蹴る。


 『火焔(アライブ)』を発動し、火の粉を後に残して加速する。


 一刻も早く窓から離れなければならない。


 空いた右腕で紡の腰を抱え、更に一歩を踏み込む。


 扉を蹴破るよりも先に、それは来た。




「ォォォオオオオオアアアアアアアア――――‼‼」




 爆音。


 鼓膜を破裂させんばかりの雄叫(おたけ)びを上げながら、狼が窓をぶち抜いた。


 いや、もはや窓どころか壁、床、部屋そのものを障子紙のように破って狼は突っ込んできたのだ。


 ここ五階だぞ! 一飛びで届いていい高さじゃないだろ!


「くっ!」


 俺に抱えられたまま紡が両手を振った。


 直後、部屋中の家具という家具が狼の鼻っ柱へ飛んだ。事前に『念動糸(クリアチェイン)』を巻きつけておいたのか。


 ただ、この程度で止まる相手じゃない。


 狼は目の前に飛んできたベッドやタンスを、軽く前脚の一薙で吹き飛ばした。


 まあそうなるよな。結局のところ、足止めが必要だ。


「二人とも、逃げろ‼︎」


 俺は抱えていた二人をドアへとぶん投げた。村正が扉をぶち破り、それを踏みつけるようにして紡が部屋を出た。


 大きく息を吸う。


 ──さて、やるか。


 勝てるか勝てないかじゃない。


 あの二人を生かすために、盾になれるのは俺だけだ。


 炎を両腕に集め、身体を反転させながら両手を前に突き出す。わざわざ狭い場所に頭突っ込んできたんだ。火傷くらいは覚悟してもらおうか。


 両手から炎を噴出し、叩きつける。


 カッ! と白と赤の光が乱舞し、爆炎が視界を覆った。シンプルだが、この逃げ場のない空間では凶悪な一撃だ。


 炎の反動に、両足で踏ん張って耐える。


 確実に捉えた。


 その感触が手にある。狼は間違いなく炎に囚われている。


「‥‥」


 嫌な気配がした。


 黒鬼(ダークオーガ)と戦った時、最後の(いかづち)を撃たれそうになったあの時と同じ感覚だ。


 反射的に身体を回し、壁に身体をぶつける。


 刹那(せつな)のことだった。


 (ザン)ッ‼︎ と炎を一直線に割断し、さっきまで俺が立っていた場所を、鈍色(にびいろ)の残像が駆け抜けた。


「ぐっ⁉︎」


 攻撃はそれだけでは終わらなかった。炎を断ち切った斬撃は、あたり一面を草を刈り取るように切り飛ばす。


 ただ邪魔なものを振り払うだけで、尋常ならざる暴虐が吹き荒れた。


 俺にできたのは、ただ地面に地を伏せ、攻撃を避けるだけだった。




「ルゥォオオ──」




 整地が終わった後、部屋は原型を失っていた。壁らしい壁はなくなり、外の風と朝日が残骸を撫でる。外からこの場所を見れば、まるで巨大な手で(えぐ)られたように見えるだろう。


 狼が、武器を構える。


 それは本体に等しいサイズの尾だった。ただの尾ではない。鈍色の毛が固まり、研ぎ澄まされ、刃となった巨狼の剣。




 図書室の怪物(モンスター)図鑑に載っていたな。名前はそう、『刃狼(ソードウルフ)』。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ