眠れない夜 ―星宮―
◇ ◇ ◇
「星宮さん、警戒変わるよ」
「‥‥もうそんな時間かしら。ありがとう」
有朱が微笑みかけると、同じチームの空道航は暗闇でも分かるくらいに頬を赤く染めた。
それに気付きながら、見なかった振りをして有朱は立ち上がった。
ここはある商業施設の最上階。家具売り場だったらしく、寝具には事欠かない。
その一部にバリケードを築き、有朱たちは拠点にしているのだ。
既に試験が始まって二日目の夜だ。街は初日と同じく、不気味な静けさを保ったまま、夜を抱え込んでいた。
「ほ、星宮さん、何か気になることはあった?」
「大丈夫、何もないわ。それに、何かあったら起こしているでしょう」
「そ、そそれもそうだね」
羞恥からか顔を更に赤くする。魔法、『ナイトビジョン』を発動している有朱には、青い月明りの下でもそれが鮮明に見えた。
実際のところ、空道だって、本気で何かが起こったとは思っていないのだ。
ただ有朱と少しでも会話をしたくて、とっかかりの一言がそれしか出てこなかった。
その緊張感の無さを嘆くべきか、頼もしく思うべきか、有朱は曖昧な笑みを浮かべた。
有朱たちのチームは、彼女をリーダーに学校側が決めたチームだ。
星宮有朱、空道航、騎町樹里。
全員がB組の生徒。
二人とチームを組むと知った時、有朱の中に上位を狙うという考えはなかった。彼女に与えられたオーダーは、チームの二人に経験を積ませることだ。
そのために必要なのは、生き残る術を教えることと、怪物との実戦の場をセッティングすること。
有朱は試験が始まると同時に、拠点の候補をいくつか見繕い、最終的にここに拠点を構えた。
日中は周囲の探索と、出会った怪物の討伐。メモリオーブは無理に狙わない。
あんなあからさまなボーナスポイント、何もないわけがない。
大方、触れた途端に怪物が現れるとか、そんなトラップギミックが仕込まれているのだろう。
だから有朱は少数で出現している怪物を探す作戦にした。
その作戦が功を奏し、現在有朱たちのチームは五体の怪物を倒すことに成功していた。
二人は高等部から入学してきた外部生。経験としては内部生よりも少ないが、決して実力がないわけではなかった。
学校に決められたとはいえ、弱いチームではない。
いかんせん、空道の尊敬を超えた熱い視線には、どう対応すべきか目下悩み中であるが。
そんな悩みの種はこのまま戻るわけにはいかないと思ったのか、更に言葉を重ねた。
「でも、本当にありがとう。僕たちがここまで残れているのは、星宮さんのおかげだよ」
「そんなことはないわ。怪物を倒したのだって、空道君たちでしょ」
「星宮さんの支援あってのことだよ。怪物を前にしてもあの冷静さ、本当に流石だよ」
「‥‥ええ、ありがとう」
有朱は言葉を飲み込んだ。
怪物を前にしても冷静でいられたのは、一度経験があったからだ。
真堂護と共に遭遇した鬼の群れ。あの時は、何も出来ずに固まってしまった。
あれがあったから、今回は動揺することなく動くことが出来たのだ。
しかしそれを丁寧に説明する気にはなれなかった。
「それじゃ、おやすみなさい」
「あ、ああ。おやすみなさい」
有朱は自分のベッドに行くと、そのまま横になった。
目を閉じると思い出す。ここ最近、ずっと同じ夢を見ている。
人生で初めて告白し、そしてそれにすら気付かれないまま失恋した、あの日。
『俺もいるよ』
『その人との約束のために、ここに来たんだ』
少年の頃の宝物を慈しむような優しい表情で、悲しさを宿した目で、彼はそう言った。
「ぁぁぁあ――!」
ゴロゴロと無駄に大きなベッドの上を転がる。
恥ずかしさと悔しさと恥ずかしさで顔から火が出そうだ。多分出ている。このままこの火で何もかも燃やし尽くしてしまえとさえ思ってしまう。
これまでの人生で、好意とは寄せられるものだった。
まさかそんな自分の精一杯の告白が、断られるどころか、届きもしないとは思わなかった。
「星宮さん、どうかした? なんだか悲鳴みたいな声が聞こえたけど」
「いえ、なんでもないわ」
「そ、そう?」
「大丈夫よ」
戻ってきた空道の声に冷静に返す。
危ないところだった。
こんな醜態を人に見せるわけにはいかない。
しかも、しかもだ。気になることはまだある。
ここ最近、有朱は『ミラージュ』を使って護の様子を見守っていた。決してストーキングとかではなく、あの話について、もう少し聞きたくて、話しかけるタイミングをうかがっていたのだ。
すると最近、護の身近に、ある女生徒がいることが多くなった。
黒曜紡。
固有魔法を持つことで有名な同級生だ。中等部の途中から、一匹狼のような態度を取り始め、誰も寄せ付けようとしない少女。
推薦組の一人であることからも分かる通り、魔法戦闘の能力は非常に高く、有朱もその実力は一目置いている。
そんな孤高の黒曜紡が、何故か真堂護の近くにいるのだ。
しかも、今回はチームを組んでいるらしい。
一体どういう関係なのか。
まさか、まさかとは思うが。
護の言っていた『約束の人』。それが黒曜紡である可能性は、十分に考えられる。
星宮有朱は勤勉で真面目な性格だ。
分からないことがあれば徹底的に調べ上げ、学習し、克服する。
今回も例にもれず、少女漫画と恋愛指南者で自室に山を作った。
その中の定番。いわゆるテンプレートの中に、幼馴染との約束というものがあった。
(まさか、約束っていうのは――――結婚⁉)
『将来は僕のお嫁さんになってね』
『私、まもるのお嫁さんになる』
そんな野イチゴよりも甘酸っぱい約束が二人の間にあったとしたら、もう有朱の入る隙間はない。
「もぉぉ――――」
「星宮さん、どうかし」
「何でもないわ」
「そ、そう?」
再び現れた空道を間髪入れずに追い返す。
最近は寝ても覚めてもこんなことばかり頭の片隅で考えている自分がいる。失恋のショックのせいとは言いたくないが、エナジーメイルの最終試験も、まるで身が入っていなかった。
学生としてあるまじき愚行だ。
「落ち着きなさい星宮有朱。大体、私が彼に好意を抱いていたかどうかさえ、今となっては定かではないのよ。考えるべきは、適性試験のこと‥‥」
今のところ街に大きな変化はない。このままいけば残りの三日を生き残ることは簡単だ。
しかし、この桜花魔法学園がわざわざ用意した適性試験、この程度で終わるはずがない。
リーダーとして、今すべきことは恋にうつつをぬかす事ではない。
そう理解しながらも、どこかで護と出会ったり、あるいは共闘するような流れになったりしないかなあと思ってしまうのは、止められなかった。
こうして、乙女の眠れない夜は更けていくのだった。
そうして二日目の夜が明けていく。
現状、脱落者の数は〇。
当然だ、ここまではオープニング。ひな鳥たちが空気感に肌を慣らすための、準備期間。
それが明けた時、本当の適性試験が始まる。
何よりも残酷に、平等に、荒廃した街並みの真実を、朝日が照らし出した。




