そこは確認しておかないと
◇ ◇ ◇
「そう‥‥おじさんが」
カラン、と紅茶の中で溶けた氷が音を鳴らした。
俺と紡は放課後、一緒に近くの喫茶店に来ていた。
そこで、紡と別れてからの話をした。親父を亡くしたこと。魔法を遠ざけたこと。
そしてホムラとの出会い、別れ。
「ごめん。まさか、そんなことになっているなんて思わなくて、約束のことで責めちゃって」
「いや、それは俺が完全に悪いから」
本当に俺が悪い。
どんなこと理由があろうと、覚えていられないような約束なんてするなって話だ。
紅茶をカラカラとストローで回しながら、紡は窓の外を見た。
「それにしても魔法を渡して消える妖精ね。聞いたことないわよ、そんなの」
「やっぱり紡も知らないか」
「そもそも妖精って、個人に対してそんなに執着しないでしょ」
「そうなのか?」
「あれは異次元種。私たちとは価値観が違う、というか思考の根源がズレてる。たまたま見た目が人に似ているだけで、存在としては怪物と同じレベルで違うのよ」
「そこまでか‥‥」
言われてみれば当たり前の話だが、その理屈と、俺の知るホムラの姿が重ならない。
彼女はいつだって俺の隣で寄り添ってくれた。
そして明確に、他者と俺を区別していた。俺の友人だからという理由で茶髪たちと話してくれたほどだ。
「妖精は私たち人間に優しいけど、それは博愛よ。決して友愛でも親愛でもない」
紡はそう言いきった。完全な博愛は、ある意味じゃ無関心の極致。個人を個人として認識しない、異次元の価値観だ。
「だから聞けば聞くほど、そのホムラさん? って妖精は妖精の中でも異質な感じね」
「そうだな。一回も魔法渡しているのすら見たことないし」
「そんな妖精聞いたことないけど、あなたの魔法を見ていると、嘘ってわけじゃなさそうだなものね‥‥」
紡はそう言って顎に手を当てた。
「俺の魔法、そんな噂になっているのか?」
「そりゃそうよ。私たち一貫生は中等部の頃から、あるいはもっと前から守衛魔法師になるために勉強してきたのよ。それが既存の魔法かどうかなんて、見たら分かるわ」
「そういえば、王人も似たようなこと言ってたな」
受験で戦った時から、王人は『火焔』の異質さに気付いていた。
「それが強力な魔法なら、なおさらね。固有なんじゃないかって話も聞いたわ」
「固有ではないと思うんだけどなあ」
世界に一つという意味なら、もしかしたら固有魔法と言えるかもしれないが、世界的に定義されている固有魔法とは性質が違う。
そんなこと、他の生徒たちからしてみれば知ったこっちゃない話なんだろうが。
「というわけで、今は適性試験でいい成績を取るのが目標なんだけど、みんなチームを組んじゃってて、途方に暮れてるんだよ。変な噂のせいで、声も掛けづらいし」
はぁ、結局この問題は解決してないんだよなあ。
机に突っ伏して、思わず愚痴ってしまった。
「ふーん」
紡は興味なさそうに呟いた。
紡は推薦組だ。一貫生なんだから友人もいて、もうとっくにチームは組んでいるのだろう。
しかも固有魔法の『念動糸』を持っているのだ。引く手あまただろう。
ああ、いいなあ。もう残り物たちでよろしく頑張るしかないか。
「ところで、あのボランティア事件の方の噂は、本当なの?」
「え? いや、あれは」
ランク2の黒鬼と戦った話は、守秘義務が課せられている。紡にもそれを話すことは‥‥。
「あのボランティア‥‥星宮さんと一緒にいたのよね?」
え、そっち?
ランク2と戦った話じゃなくて?
それなら話しようはある。
「ボランティア事件の話かは知らないけど、星宮とボランティアで一緒になったのは事実だよ。それがどうかしたのか?」
「そう。あなた、一体そこで彼女に何を――いや、いいわ」
「何だよ」
そこまで言ったら最後まで聞きたいんだけど。
しかし紡はそれ以上その話をするつもりはないらしく、カラカラとまた紅茶を回しはじめた。
もう大分氷も溶けているし、洗濯機ばりに回転しているけど、いいのか、それ。
「その、私も、あれ」
「私もあれ?」
「だから、私も、適性試験‥‥その、まだだから」
「そりゃそうだろ」
やる時期は全員同じなんだから、先に試験を受けているはずがない。何を言っているんだ。
紡はそっぽを向いたまま忙しなくストローを回した。そろそろスプリンクラーみたいに紅茶が飛んできそうで怖い。
「違うわよ! ‥‥だから、その、私もまだチーム組んでないってこと」
「え、本当か?」
なんでまた。引く手あまただろうに‥‥。
とそこまで考えて、ようやく紡が何を言いたいのか分かった。
窓から差し込む光が白と黒のコントラストを生み出し、その中でもはっきり分かるくらい紡の頬は赤かった。
ここまで散々恥ずかしい思いをさせて、これ以上彼女から何かを言わせるのは、流石の俺でも男としてどうかと思った。
「その、俺と組んでくれるか?」
この状況下でも、その一言は想像以上に恥ずかしく、胸が跳ね上がった。
もし断られたどうしようと、嫌な予想ばかりが頭を過る。
それに対して紡は腕を組んで、明後日の方を見ながら早口で答えた。
「し、仕方ないわね! まあどうせ他に組んでくれる人もいないでしょうし⁉ なんとなくこうなるんじゃないかって待っておいて正解だったわ!」
「俺の為に組まないでいてくれたのか?」
「そ、そそそういうわけでもないけど!」
え、どっち?
とにもかくにも、これで頼れる幼馴染がチームに加わった。
こんなにも心強いことはない。
あとは最後の一人を見つけるだけだ。




