クラスメイト全員フルネームで言えますか?
次の日、校内の掲示板と俺たちのスマホに適性試験要項が送られてきた。
ほうほう、なるほどね。
中庭で一人パンを食べながら、要項を見直す。
王人はチームメンバーに会うとかいって、ここにはいない。おかげで人が多い食堂で食べる気にもならず、こうして蒸し暑い中庭でぼっち飯を決め込んでいるというわけである。
ぼっち飯のコツは、誰もいない穴場を探すことだ。別段人の多いところで食べたところで何一つ後ろめたいことはないが、自分が一人でいるという事実に奇妙な劣等感を感じるはめになるので、静かな場所が落ち着いて食べられるのである。
まあ今の俺が食堂に行こうものなら奇異と忌避の視線でグサグサに刺されるので、普通に嫌なんだけど。
にしても、こういう内容か。
とりあえずサバイバルだから、生き残るのが大前提。ついで、適性試験を銘打つだけあり、怪物が現れるから、それを倒せと。
そしてそれらの行動によりポイントが付加され、二学期に何らかの形で還元される。
優遇措置ってのはいくつかあるが、その中でも重要なのは『資料閲覧権拡大』の項目だ。
この桜花魔法学園では、情報の閲覧権利に制限がかかっている。魔法を扱う以上、危険な情報もあるという理由だ。
少しでも新しい情報につながる可能性があるのなら、逃す手はない。
逃す手は、ないんですけどねー。
「現在申請チーム、十八チーム‥‥? え、マジ?」
一年生は全員で六十六人。スリーマンセルを組むとなると、合計チーム数は二十二チームだ。
つまりチームを組んでいないのは、俺を除いてあと十一人。
いや、少ない少ない。海の家のラーメンの具より少ない。少ないわりに高い。
おかしいだろ。
ペアなら分かる。人間誰しも仲の良い相手が一人くらいはいるものだ。
しかしトリオとなれば、チームを組むのはそう容易くはないはずだ。
しかも今回重要なのは仲の良さだけじゃない。怪物相手のサバイバルとなれば、重要なのは戦いの相性だ。
皆、妥協に妥協を重ねたのだろうか。
姉貴が「彼氏に妥協はしないわ。頭が良くて運動出来て実家が太くて、私だけを愛してくれるイケメンだけが狙いよ」という戯言をほざいて、結局年齢=彼氏いない歴を更新し続けていることからも分かる通り、人間関係に妥協は必須とさえ言える。
姉が彼氏を作るためには、小鳥と一緒に歌って踊るくらいの可憐さがなければ無理だろう。
「いや、そんな妥協がどうとか言える段階にさえいないんですけど」
むしろそういう妥協のラインをお互いに重ね合わせられる力がコミュニケーション能力というのだろう。
俺のコミュニケーション能力は推して知るべし。
この際、組んでくれるなら誰でもいいんだけど、そんな考えじゃ失礼か。
「はぁ、どうするかなあ」
そんなことを考えながら顔を上げると、そこには一人の女子生徒が立っていた。
例えるならそう、孤高な狼だろう。
星宮が高嶺から見下ろす猫だとしたら、こちらは荒野を駆ける狼。
どうしてその女子を見て星宮を思い出したのか。それは彼女がつい最近、星宮と一緒にいる場面を見たからだ。
仲良く横を歩いていたのではなく、対戦者として向かい合っている姿だ。
名前はたしか、黒曜さん。
まさしく黒曜石のナイフを思わせる鋭い目が、俺を見ていた。
――ん、気のせいか?
俺を見ている気がする。というかここには俺しかいない。このムシムシした暑さの中、わざわざ中庭に出るもの好きはいないのだ。
「‥‥」
気のせいだろう。俺は黒曜さんとなんら面識がない。ウルフカットといい、耳に光る銀のピアスといい、見たら忘れない容姿だ。
もしかしたらこのベンチを使いたいのかもしれないな。
だとしたらさっさとどくか。教室に戻ったら、昔スマホで撮ったホムラの写真でも整理しよう。あいつ、撮られるの好きだったからアホみたいな枚数あるんだよな。
殿堂入りと、お気に入りと、季節ごととに仕分けている途中なんだ。
よっこらせっと立ち上がり、黒曜さんの横を通り過ぎる。
「真堂護」
名前を呼ばれた。
横を向くと、黒曜さんがすぐ近くから俺を見上げていた。
どうやら用があったのは俺らしい。
最有力が、先生からのお使い。
次点で俺の魔法や噂について聞きに来た。
最悪なのが罰ゲーム。マジで誰も幸せにならないから、あれはやめてほしいんだよな。
「黒曜さん、ですよね。何か用ですか?」
話したことのない女子にはとりえず敬語。うわー、よそよそしい童貞じゃんと言われる可能性もあるが、ため口馴れ馴れしくない? と言われるよりは精神的ダメージ少なめ(俺調べ)。
すると黒曜さんはどこか悲し気に目を伏せた。
何だ、一体何を間違えたんだ。こんな当たり障りない一言で失敗判定は厳しすぎるって。
「‥‥私のこと、分からない?」
「‥‥すみません」
いや分からん。分からなさすぎて何について聞かれているのかさえ分からん。もうちょっと修飾語多めでお願いします。
すると黒曜さんは小さく何かを呟きながらピアスをいじいじした。
「‥‥それは、まあ仕方ない‥‥か。‥‥でも」
とかなんとか、誰に聞かせるでもない言葉はよく聞き取れなかった。
ここ陽射しの下であっついから、早く教室帰りたいんだけど。
黒曜さんも暑さのせいか頬を染めて、目も心なしかうるんでいる。
「私、私の名前‥‥知ってる?」
「黒曜さん、でしょ?」
「違う。下の名前」
知らんがな。
いや待て、知らないのはおかしい。思い出せ、たしか自己紹介で名乗っていたはずだ。王人ショックに全てを持っていかれたせいで、靄のかかった記憶をなんとか思い起こす。
そうだ、確か‥‥。
「黒曜、紡、さん?」
「――」
あからさまに黒曜さんの顔が明るくなった。当たりらしい。




