憧れ
◇ ◇ ◇
「君たちが真堂君と星宮さんかな?」
識宗次郎と名乗った男性が、にこにこと聞いてくる。
「はい、真堂護です」
「星宮有朱です。本日はよろしくお願いいたします」
この人が守衛魔法師‥‥守衛魔法師だよな。
ジャケットのエンブレムに加え、剣を背負っている。ひと昔前ならコスプレイヤーか重度の中二病患者かという出で立ちだが、現代ではこういった姿も珍しくはない。
武器の携帯には資格が必要だが、その内の一つが守衛魔法師の資格だ。
しかし識さんはパーマを当てた金髪に、耳に光るピアスと、国家公務員の守衛魔法師には見えない。
いや、似合ってないわけじゃないんだけど。むしろチャラそうなファッションにがっしりと鍛えられた身体が噛み合って、普通に格好いい。
「なんだなんだ、二人とも表情がかたいな。気楽に行こうぜ」
「あんたの見た目がチャラいせいで困惑しているんでしょ。よろしくね、二人とも」
佐々木さんと名乗った女性は、黒髪をポニーテールにした綺麗な人だ。髪を結ぶゴムに、さりげなく花の飾りがあしらわれているのがお洒落だ。
「チャラくないって。市民の皆さんに受け入れてもらうための愛らしい工夫だよ」
「愛らしいって言うか、賢しいわ」
「辛辣~」
けらけらと笑う識さんに対し、どんな顔をしていいのか分からなくて、愛想笑いを浮かべた。俺、苦手かもしれん、この人。
「ま、いいや。今日は避難ルートの確認だ。二人とも、事前に送った地図は見たかな?」
俺たちは頷く。
事前に避難ルートが書かれた地図を送ってもらっていて、それは目を通している。
「避難先はシェルターか、レッドラインの外の地域だ。怪物の出現位置によってルートや誘導場所が変わってくるから、そういうのを現地でしっかり見るのが仕事だよ」
「分かりました」
怪物は出現時に干渉波と呼ばれる特殊な波長を出すため、それをもとに避難区域が決まる。
どの学校や地域でも死ぬほど避難訓練をしているので、市民の避難意識は高い。
しかし有事にはやはり混乱が起きる。その混乱を落ち着け、冷静に非難ができるようにするのも守衛魔法師の仕事だ。
「実際に見た方が早いだろうから、行こうか」
俺たちは識さんの後に続いて歩き始めた。
初夏の日差しに照らされながら、多くの場所を歩いた。まずは人通りの多い大通り。識さん曰く、こういったところは別の組織も誘導をしてくれるため、交通事故にさえ気を付けていれば大きな問題にはなり辛いらしい。
危ないのは、人が通る細い道。
邪魔になるものはないか、怪物の出現位置によって、どのルートに誘導すればよいか、一つ一つ確認していく。
二人で話しながらタブレットを使って細かく何かを書き込んでいく様子は、間違いなくプロのそれだ。
「ごめんな、待たせちゃって。ちょっと確認したいことがあるから、二人はあそこのカフェで休んでてくれ。丁度昼時だし、お金は払うから、ご飯も食べときな」
「いいんですか?」
ぶっちゃけた話、俺と星宮は識さんたちの話を聞きながら、歩いていただけだ。
ボランティア活動というか、もはや職業見学である。
しかし識さんはチャラい雰囲気のまま手を振った。
「いいのいいの。地味な作業ばっかで疲れたっしょ。休憩しときな」
ふー、格好良いな。チャラいのに格好良いのか、格好良さを極めた結果チャラいのかは分からないが、大人の男って感じがする。
「お言葉に甘えましょうか。ついて行っても邪魔になるだろうし」
「そうだな」
星宮に言われ、一緒にカフェに入った。そしてサンドイッチと飲み物を買う。俺は照り焼きサンドとオレンジジュース。星宮はフルーツサンドに紅茶だ。
カフェって、こんなに高いのかよ。識さんが出してくれると言っていなければ、飲み物だけで終わらせていたところだ。しかもサンドイッチもそんなに大きくないし。こんなのダイエット中のOLしか喜ばないだろ。
二人がいつ来てもすぐに分かるように、パラソルのあるテラス席に出た。
食事をある程度食べ終わると、話題は今日のボランティアに移っていった。
「二人とも、格好良いよな」
「そうね。いつもお父様が言っているわ。守衛魔法師は戦うだけが仕事じゃない、本質は人を救うことだって」
へー、お父さんが。
「お父さんも守衛魔法師なのか?」
「ええ、そうよ。お父様に憧れて守衛魔法師を目指したの。魔法は人々の生活を守り、豊かにするためにあると教わってきたわ」
そう言う星宮の顔は、とても輝いていた。
父の教えを信じて疑わない表情だ。変な意地を張り、魔法を忌避していた俺にはあまりにも眩しい。
「真堂君はどうして守衛魔法師になろうと思ったの?」
「え、俺か? 俺は‥‥」
父に憧れて。人々を守るため。
識さんや佐々木さんも、本質的には星宮と同じ思いで守衛魔法師になったんだろう。そうでなきゃ、あれだけ真面目には取り組めないはずだ。
俺は彼らとは違う。
「俺は、大切な人との約束を守るためだ。その人のために、桜花魔法学園に来た」
いつも俺を出迎えてくれた、向日葵のようなホムラの笑顔。あの顔をもう一度見るために、俺はここにいる。
「‥‥そう」
星宮は少し残念そうな顔でそう言った。自分の同級生が個人的な理由で守衛魔法師を志しているから、がっかりさせただろうか。
それでもこの理由に関して、俺は嘘をつけない。
気まずい沈黙をどうしようかと溶けた氷と混ざったオレンジジュースを飲む。
その瞬間、あたり一帯を心臓を鷲掴みにする音がつんざいた。




