鬼灯先生の一撃
家の窓から外に出ると、テニスコートくらいの広さの空間があった。周囲には支柱とネットが張り巡らされていて、本当に公園のコートみたいだ。
「ここって、もしかして訓練場ですか?」
「はい。この場所を作りたくてわざわざこんな僻地に家を建てたんです」
「僻地って言うほどでもないと思いますけど」
ただ海がすぐ近くにあって、都心部に比べれば広さは確保しやすいんだろう。
「あなたを家で預かるのは単純な護衛だけではありません。ここでなら、昼夜を問わず訓練が出来る」
「それなら学校でも出来たんじゃないですか?」
そう聞くと、鬼灯先生は目を細めた。
「とりあえず打ってきてください。ランク3との戦いでどの程度レベルが上がったか、見てあげましょう」
「‥‥分かりました」
何やら含みがありそうな言葉だな。
とりあえず言われた通り、拳を構える。
鬼灯先生を相手に遠慮はいらない。炎を体内で圧縮し、全身へと走らせる。
位階×――『炎駆』。
雷脚で距離を詰め、振槍を突きこむ。
思い出すのはランク3――シュテンと呼ばれた鬼の攻撃。
見えない速度、掠るだけで致命傷の威力。
どれを取っても遥か高みに存在するあいつを相手にしては、牽制の一発など入れている暇はない。
一撃一撃が確実な必殺になるつもりで打つ。
「‥‥悪くないですね」
少し驚いた様子で鬼灯先生は俺の拳を受け止めていた。
止められることは想定内。絶え間なく攻撃を畳みかける。散る火花よりも速く動け。
それを鬼灯先生は難なく捌く。
硬くしなやかな指先が拳の流れを逸らし、威力を流す。
花剣だ。
俺は斬るためにしか使えない技を、鬼灯先生は柔らかく使いこなす。
それから何度拳を交えたか、鬼灯先生が小さく口を動かした。
「真堂君、そのまま聞きなさい」
「――喋ってる余裕なんて、ない、ですよ!」
「聞きなさいと言ったんです」
この状態でそんな器用に聞けないって。
「理事長の話です」
「‥‥!」
「あの方は世界改革の後に突如として現れ、この桜花魔法学園を設立し、以降、一切姿を変えずそこに君臨し続けています」
設立当初からアークライト理事長なのか。
一切姿が変わらないなんて、誰かが不思議がりそうなものだけど。
「あの浮世離れした雰囲気、女王が何かは詳しく知りませんが、まっとうな生物でないのは確かでしょう」
「まっとうって‥‥」
「理事長を完全に信用してはいけません」
拳が若干ブレた。
その隙を逃さず、カウンターの蹴りが腹に叩き込まれる。
「ぉがっ‼」
唾液と一緒に胃液を口から吹き出す。
「集中力を欠かしたら死にますよ」
「がはっ、はぁ、っ分かってます!」
脚を止めるな。痛みで鈍ったら、なぶり殺しにされる。
爆縮で落ちた速度を強引に戻し、再度攻撃の態勢を作る。
「信用、しては、いけないって! どういうことですか!」
「静かに。学校での会話は全て聞かれていると思った方がいいです。ここも怪しい」
「っ」
「そもそも理事長は当たり前に裏天宮と事を構えようとしていますが、それ自体が異常なんです」
「‥‥」
「今回はあなたの件があったから味方に見えますが、理事長は理事長で一国を相手に戦えるだけの戦力を持った勢力だということを忘れてはいけません。あなたは今回の件で明確に理事長側として判断されるでしょう」
「駄目、なんですか」
「駄目ではありません。自分が今どういう立場にあるのかを見失ってはいけないということです。流され、思考を停止してはいけません。自分で考え歩く道を見極めるんです」
「先生‥‥」
「なんですか?」
「先生っぽいこと、言えたんですね」
踏み込みと共に渾身の一発。確実に捉えたと思った拳は空を切った。
同時、凄まじい衝撃に顔面をぶち抜かれ、俺は後ろに転がった。
いってぇぇええ!
鼻からぼたぼたと流れる血を手で押さえながら、立ち上がる。
指で触った感じこれ、鼻折れてるだろ。炎駆で強化しているのに、どんなパワーだよ。
追撃が来ると思って構え直すと予想に反して鬼灯先生は止まっていた。
「‥‥今のは」
「どうか、したんですか?」
鬼灯先生は首を横に振った。
「いえ。今日はこの程度にしておきましょう。それなりに動けるようになったのは分かりました。訓練も次の段階に進めそうですね」
「‥‥鬼灯先生と組手すると、あんまり強くなった気がしないです」
「強くなっていますよ」
「え?」
鬼灯先生はもう後ろを向いて家へと入ろうとしていた。
今強くなってるって言ってもらえたのか? あの鬼灯先生に?
「ちょ、ちょっと待ってください」
「待ちません。もう夕食の配達が来る時間です」
「いつの間に頼んでたんですか」
「食べながら話を聞かなければいけませんしね。私に黙っていたあれやこれや全て」
――やばい。何を話していて、話してないんだっけ。
冷や汗を流しながら、俺は鬼灯先生の後を追って家へと入った。
そういえば家で誰かと一緒にご飯を食べるのはいつぶりだろうか。
初めはどうなるかと思ったが、こんな生活も悪くないのかもしれないと思えた。
ちなみに風呂の後、下着姿のまま出てきた鬼灯先生に説教を喰らわせるのが俺の最後の仕事だった。
弟子として師匠の艶姿を詳細に思い出すことははばかれるが、黒レースと白い肌の一撃は、ランク3を超える衝撃だったことを添えておこう。




