ドキドキ同居生活!
俺を狙っている刺客は剣崎祇遠と言うらしい。
鬼灯先生は何も言わなかったが、王人の親縁か関係者だろう。
王人がこの件に関与しているとは思わないが、いい気持ちはしない。
俺はあれから待たせていた星宮たちと合流し、魔法の出力テストを再度行った。
星宮は俺の様子に何かを勘づいたのか、模擬戦ではなく、文字通り『火焔』の火力がどれくらいまで上がるかというテストになった。それが本来の形であったような気もするけど、細かなことは考えたら負けだ。
ちなみに音無さんはデータを収集すると足早に消えてしまった。目がタブレットから離れなかったので、もう次の武機に向けて脳がフル回転を始めたんだろう。
さて普段ならそのまま家に帰り、適当に飯を食べて、動画を見ながら筋トレをするところだ。
しかし今日はそうもいかなかった。
「帰りますよ、真堂君」
鬼灯先生がそう言って職員室から出てきた。本気で鬼灯先生の家に行くのだろうか。
「あの、荷物とかなんも持ってきてないんですけど」
「もう学校関係者が必要な物は移動させてくれています」
え、いつの間に?
別に見られて困るものもないが、プライバシーという言葉をみんな頭の中からどっかに放り投げてしまったらしい。
さっさと歩きだす鬼灯先生の後を追った。
目的地はバスに乗り、海の近くで降りたところにあった。
冬の冷気が潮風と共に顔に突き刺さる。
先生の家は戸建てだった。二階建てで、そこまで大きくはない。
「そういえば鬼灯先生って一人暮らしなんですか?」
「はい。実家は新潟ですし、結婚もしてませんから」
「結婚‥‥彼氏とかいるんですか?」
ふと気になって聞いてみると、ぐるりと鬼灯先生が俺を向いた。
いつものにこにこした笑みの中、目が爛々と光っている。
ヤバい、殺される。
「いいですか、作れないのではありません。作らないんです」
「いや、別に作れないとは言ってな‥‥」
「私はこう見えてモテるんですよ?」
「そ、そうなんですね‥‥」
鬼灯先生は見た目だけなら陰のある美女だ。若干の地雷臭は拭えないが、それを補ってあまりある魅力があると思う。
ただいかんせん、内からにじみ出る鬼のオーラが怖い。
「さあ、無駄口を言ってないで入りますよ」
俺は圧力に負けて家へと入った。
――待て。よく考えたら、俺はこれから鬼灯先生と一緒に暮らすのか? いくら鬼灯先生とは言え、一応妙齢の女性だぞ。まさか、俺の人生にそんなラブコメ展開が起こるのか?
「お、お邪魔します」
落ち着け、落ち着け真堂護。相手は鬼灯先生だぞ。いくら顔が綺麗でスタイルが抜群でいい匂いがしようと、中身は地獄の三丁目に住んでる鬼灯さんだ。
「あまり片付いていませんので、恥ずかしいですが」
「それは仕方ないですよ。片付ける暇なんてなかったですし」
というか鬼灯先生にも恥ずかしいという感情があった、ん、だな‥‥。
目の前に広がっているのは、腐海だった。
きったな!
きったないなぁ!
‥‥あー、そういえばこんなこと前にもあったな。
廊下にはごみ袋やら通販の段ボールやらが所狭しと置いてある。恥ずかしいよ、これは本当に恥ずかしいよ鬼灯先生。
「どうかしましたか?」
「いえ‥‥たしかに彼氏はいないんですね、よく分かりました」
「なんですかその無礼な物言いは。ぶん殴りますよ」
「もう既に殴られたくらいの衝撃ですよ」
むしろ一発殴られて夢から醒めるならそっちの方がいい。
「こっちがリビングルームです」
「確認なんですけど、鬼灯先生はこの家で暮らしているんですよね」
「さっきからなんですか? 研究室と半々くらいですけど、きちんと住んでます」
「研究室と半々でこれなんだ‥‥」
研究室は俺が専攻練の合間に片付けているからあまりに気にならないが、元々鬼灯先生はずぼらで駄目な大人だった。
リビングも廊下から想像できる状況とまったく同じで、散らばっているものが変わっただけだ。
とにかく脱ぎ散らかされた洋服と、美容品の数々。
美しさは内面からだと懇々と説教したい気持ちだ。
「しばらくは家で暮らすことになります。あなたも思春期の男子高校生ですから、邪な気持ちを抱くのは仕方のないことですが、仮にも師弟として‥‥」
「鬼灯先生、ゴミ袋を出してください」
「はい?」
「ゴミ袋を、出してください」
寝言を言っている場合ではない。今この場に必要なのはラブコメではなく、掃除と消毒である。
「いきなり掃除ですか? いろいろと話を聞きたいことが沢山――」
「ハリーアップ!」
◇ ◇ ◇
鬼灯先生の家は強敵だった。
ただほとんどは外食で済ませていたおかげらしく、生ごみ系が少なかったのは幸いだった。キッチンもほとんど使った形式がなかったし、お風呂は普段から使っているおかげか、腐海化を免れていたのも大きい。
家は2LDKで、一階にリビングとお風呂やトイレ。二階が寝室という感じだった。
鬼灯先生の寝室には入ってない。反対側にある一室が俺の部屋になるようだった。
鬼灯先生の言う通り、部屋にはもう荷物が運び込まれていた。
これを運んだ人たちは鬼灯先生の家の中を見て一体どう思ったのか。気になるところだ。
掃除を終えた頃には、もう窓の外はどっぷり夜に染まっていた。街灯も少なく、耳を澄ませるとさざ波の音が聞こえてくる。
「お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
曲がった腰を伸ばしていると、鬼灯先生がコーヒーを机に置いてくれた。温かな湯気と一緒に芳醇な香りが漂ってくる。
「たった今豆を挽いたものです。缶コーヒーとは別物ですから、ブラックで飲んでみてください」
「すごい苦そうな香りなんですけど」
「飲めば分かりますよ」
本当かいな。
言われた通りに飲んでみると、思ったよりも苦くはない。少しフルーティーな香りと共に爽やかな苦みが鼻を抜ける。
少なくとも合宿の時に飲んだ缶コーヒーとはまるで味が違っていた。
「美味しい‥‥と思います」
「顔に出てますよ。これと一緒に飲むと少し印象が変わるかもしれませんね」
鬼灯先生がテーブルの上に置いたのはチョコレートだった。
俺の知っているメーカーじゃない。外国のものだろうか。
開けて食べてみると、濃厚な甘みとカカオの風味が脳を突き抜けた。
あっま!
慌ててコーヒーを飲むと、苦みが甘さを中和し、程よく落ち着ていてくる。
「あ、これなら美味しいですね」
「そうでしょうそうでしょう」
鬼灯先生は満足そうに頷いた。
これならミルクと砂糖がなくても飲める。というかこのチョコレートにカフェオレを合わせたら、甘い甘いで口の中がくどくなりそうだ。
これが苦みの美味しさか。ちょっと大人になった気分だ。
「掃除ありがとうございました。少し休憩したら行きましょうか」
「行くって、どこにですか?」
掃除で時間を使ったから、もう時計は八時を回っている。夕食でも食べに行くのだろうか。
鬼灯先生は何を言っているんだという顔で俺を見た。
「訓練に決まっているでしょう」
本当に何を言ってるんだ。




