銃と剣 ―剣崎ー
剣崎祇遠が受けた依頼は女王の契約者と思しき真堂護の確保である。
今日エンジェルスに来たのは、ただの肩慣らしだった。
数年間監獄にいると、流石に腕が錆び付く。身体も満足に動かせず、魔法も発動できない状態だ。
今は全盛期の半分程度の力しかないだろう。
裏天宮に言って肩慣らしの場を用意してもらったのだ。それなりに実力があり、処理が楽で、排除すれば公益になる。そんな相手がいる場所を。
「嫌だね、自分の弱さを見つめるのは」
祇遠は元の色が分からなくなった部屋の真ん中で、机に座ったまま呟いた。
会議室にいた人間は全員殺した。
まだこの部屋にとどまっているのは、本命が来るのを待っていたからだ。祇遠の狙いは番犬でも、ましてエンジェルスでもない。
ほどなくして、彼らは現れた。
「あれ、本当に全員殺されてんだけど」
「だから言ったろ。あー、こんな面倒ごとなんて運が悪いわ‥‥」
半分になった扉を開け、ちぐはぐな二人が現れた。
初めに入って来たのは中学生程度の少女だ。季節外れのミニスカートに、上半身はボアのダウンジャケット。ボブの髪色は鮮烈なピンク色だ。
一方は少女の影になるかのような、ダークスーツにブラウンのコートを合わせた四十代ほどの男だった。
祇遠が待っていたのはこの二人だった。
「やあ」
「あんた誰? こいつら殺したのあんた? というかちょっと待ってイケメン!」
「馬鹿落ち着け。どう見たって敵だろうが」
二人の掛け合いを面白そうに眺める。
「君たちは桜庭組のヒットマンだろ。仕事を取ってしまってごめんね」
男の眉が微かに動いた。
「そこまで分かってんのか。どっから依頼を受けた?」
「――まじ、喋ると余計にイケメン」
「お前はちょっと黙ってろ」
ピンクの頭を掴んで男が少女を下がらせる。
「私は依頼を受けたわけじゃないよ。君たちを待ってたんだ」
「あん?」
「この後の仕事の為に少しばかり肩慣らしの相手が欲しくてさ」
祇遠はそう言うと立ち上がった。これだけ血みどろの中心にいて、その身体には一滴の血も付いていない。
左手にぶら下げた刀を見て、祇遠の顔を見て、男は目を見開いた。
「――お前、いつ出てきやがった」
「私を知ってるのかい?」
「知らねーわけねーだろ。クソが、運が悪すぎるぞ」
「え、この方知ってるの?」
少女の問いに、男は苦々し気に答えた。
「元A級守衛魔法師、剣崎祇遠だ。今は殺人罪で無間に収監されてたはずなんだがな」
「へー、ってことは強いの?」
「俺の今日の星座占いは最下位だ」
祇遠は頬をかいた。
「そこまで有名なつもりはないけど、君たちの名前は?」
聞いた瞬間、後ろに追いやられていた少女が目をキラキラさせて飛び出してきた。
「よくぞ聞いてくれたわ! 私は煉瓦の塔の知縁弧鋸! 最年少で監督者、極致へと至る者よ‼」
「馬鹿、敵にペラペラと名乗るな」
「君は?」
「‥‥」
祇遠の目には有無を言わせない光があった。男は観念したように両手を上げる。
「俺は監督者、『銃弾』だ。‥‥提案なんだが、今回は見なかったことにしてくれないか?」
「はぁ⁉ 何腑抜けたこと言ってんのおっさん!」
「ちょっとは目の前の相手見て喋れ馬鹿‥‥」
驚いたのは弧鋸だけではなかった。
「煉瓦の塔の監督者がそんなことを言うなんて珍しいね」
「命が惜しい。そもそも俺はそこまで最強だの魔法の深淵だのは興味ないんだよ」
「今まで会ってきた監督者は全員好戦的だったけど」
「参考までに聞くが、そいつら全員どうなったんだ?」
「殺したよ」
銃弾は舌打ちの音を抑え込んだ。
噂で聞いていた通りだ。煉瓦の塔の情報を聞くと、嬉々として殺しに来るイカれた守衛魔法師。
「ふーん、じゃああんたを倒せば私も監督者レベルの戦闘力があるってわけね。イケメンだけど、残念」
弧鋸はそう言うと、手を前に引っ張った。そこから外に伸びるのは、黒のコード。
「死んで」
壁を突き破り、鉄塊が部屋の中に入って来た。
そのまま鉄塊は祇遠へと叩きつけられた。
粉砕されたガラスと大理石が刃物となって飛び散る。
「元気がいいね」
避けた祇遠は、鉄塊の正体を見た。
鉄塊は弧鋸手元に戻り、巨大な刀身を祇遠へと向けている。
「あんたのそれさ、刀型の武機でしょ。私ずっと不思議なんだけどさ、なんで魔法が使えるのに軽い武器ばっかり使うのかなーって」
スターターが引かれ、ブオンブオンと巨刃が唸りを上げる。
「どう考えたってでかい方が強いっしょ」
弧鋸の武機はチェーンソーだった。魔法の力で回転しているのだろう。走る鋸刃が紫電を散らしている。
「そうか、ロマンのある武器が好きなんだね」
「そのほっそい刀じゃ、まともに受けられないっしょ」
祇遠は驚いていた。
それはチェーンソーの武機にではない。
弧鋸から発せられる膨大な魔力の圧にだ。
ある意味では、魔力の制御がまだ甘い。だから身体から余剰の魔力が溢れてしまう。
それが余剰でしかないという驚き。
おそらく彼女がハンズフレイムを使えば、巨大な火球が生まれることだろう。
煉瓦の塔にいるのも頷ける異質の才である。
「おい馬鹿やめろ。せめて俺の指示に合わせて動け」
「やだよー、そういう弱気な姿勢」
ゴッ! と弧鋸が跳んだ。
小細工なしの真っ向勝負。巨大な暴力と、分厚いエナジーメイルで相手を轢き潰す重戦車の戦い方だ。
それに対し、祇遠はわずかに腰を通した。
左手で鯉口を切りながら腰で抜く。
勝負は一閃で決した。
「――⁉」
斬られたチェーンソーの部品が宙を舞い、勢いを失った弧鋸の身体が死に体のまま落ちていく。
何が起こったのか、弧鋸には分からなかった。
ただ唯一分かるのは、既に祇遠が刀を鞘に納めているという事実だった。
つまり自分が地面に落ちる前に、二撃目が来る。
今度はチェーンソーではなく、首が飛ぶ。
鞘から走る白刃が大気を滑り、弧鋸のダウンを通り抜けた。
瞬き一つする間に、弧鋸は外に飛び出していた。
「っだから言ったろ‼」
銃弾が寸前で弧鋸を抱え、窓から脱出したのだ。
おかげで彼女の首はまだ繋がっている。
着地した銃弾はそのまま走って逃げようとした。
弧鋸はまだまだ粗削りだが、魔力の総量と魔法の威力だけは一級品だ。
それを正面から受けて一刀両断にする男である。
まともじゃない。
「待った待った。そんなに逃げ腰じゃあ面白くないよ」
剣崎祇遠が前に立っていた。
いつ現れたのか、どのように移動したのか、まったく分からなかった。
化物め、と毒づきながら銃弾は弧鋸を空に放り投げた。
「きゃっ!」
コートをひらめかせ、レッグホルスターから引き抜いた拳銃を祇遠に向けた。
音が重なった。
発砲音とそれを斬った音だ。
「当たり前に銃弾を斬るんじゃねーよ‼」
「いや、速くて驚いた。山勘で当てただけだよ」
銃弾は続けざまに引き金を引いた。
さっきの言葉は嘘ではなかったのか、祇遠は迎撃ではなく回避を選ぶ。緩急をつけた足さばきで弾丸を避けながら前進する。
クソが、速すぎる。
銃弾の撃つ弾は通常のものではない。クリエイトバレットによってその都度生成される。曲がり、光り、燃え、加速する。
それら全てを祇遠は体捌きだけで避けているのだ。
しかし回数が多くなれば、銃弾の目も慣れる。
左、右、左、左――右。
勝負は祇遠が銃弾を間合いに捉えた刹那。
銃弾の左手には新たな銃、ソードオフショットガンが握られていた。
身体を向けることなく、右手の脇の下から銃身を右に向ける。エナジーメイルによって反動を制御できる故の構え。
引き金が引かれ、散弾が壁となって祇遠へと展開された。
刀でどうにかできる攻撃ではない。
しかもこの散弾もただの弾丸ではない。内部にハンズフレイムを込めた魔弾だ。
当たれば内部で炸裂し、エナジーメイルだろうが破砕する。
爆炎が夜を塗りつぶした。
それを真横に切り裂きながら白刃が走る。
「ぅおっ!」
見て避けたわけではない。
嫌な予感がして、引き金を引くと同時に後ろに跳んでいたのだ。
それでもぎりぎりだった。切っ先の冷たささえ感じる距離で銃弾は攻撃を避けた。
「クリエイトシールドも一級品だな」
「そっちも、銃弾なんて名前のわりに動けるね」
祇遠はショットガンの一撃を『クリエイトシールド』で防いでいた。流石は監督者というべきか、エナジーメイルだけでは危ういという判断だった。
一方で銃弾は祇遠の魔法の精度に舌を巻いていた。近接武器を使う魔法師の多くはエナジーメイルと攻撃用の魔法を鍛える。クリエイトシールドもこの練度。
――あのスピードに硬さ、抜くのは至難の業だな。
かといって逃がしてもらえそうにもない。
「よっ!」
銃弾の隣に弧鋸が着地した。
「私参上!」
「弧鋸、お前はこの場を離れろ」
「えー、まだ戦えるって!」
「邪魔だから失せろって言ってんだ」
銃弾がコートの前を開くと、黒い支柱が組み合わさって翼のように広げた。
コートの内側に仕込まれていたのは、多数の銃器。
「『八咫烏』」
その様はまさしく一人軍隊。
「消し飛べ」
多数のアイコンが弾け、魔法が引き金を引いた。
黒い闇の中、真っ白な光が連続して瞬いた。
放たれるのはミサイルと弾丸。
沈黙と闇に包まれた路地は、一瞬にして閃光と爆音に埋め尽くされた。
瓦礫と粉塵が突風と共に嵐となって吹き荒れる。
「『フィフスアスタリスク』」
祇遠は即座にクリエイトシ―ルドを発動した。傾斜をつけて弾丸を受け流すアスタリスクを五枚同時に展開したのだ。
衝突と同時に火花と魔力が弾ける。
「お前の剣術は紛れもない一級品だ。‥‥だがな、間合いに入れなきゃ木の棒振り回してんのと変わらねぇ」
ゴガガガガガガガガ! とシールドが削れ、割れた。
一枚、二枚、三枚、四枚、と瞬く間に祇遠を守る壁は消えていく。
銃弾の恐るべきところは、銃の腕だけではない。途方もない量の魔弾を瞬間的に生成、放出できる魔力の総量。
最後の一枚が割れる時、祇遠はゆっくりと頷いた。
「その通り。逆に言えば――」
魔法のアイコンが盾と共に弾けた。
その時銃弾の脳裏に今朝の占いが浮かんだ。
「間合いに入れれば私が勝つ」
声は左から聞こえた。
首に走る熱。そして黒い闇が体を広がり、音も光も飲み込んでいく。
「は‥‥やっぱ今日は、運が、無ぇ‥‥」
銃弾が重い音を立てて地面に倒れた。
チン、と刀が鞘に収まる音がした時、弧鋸は指示通りに走り出そうとしていた時だった。
「‥‥え‥‥は、え‥‥?」
音が消えたから振り返ったら、勝敗は決していた。
銃弾は死に、祇遠は傷一つなく立っている。
あまりにも雄弁な光景に弧鋸の思考は停止した。
銃弾は監督者の中では甘い存在だ。何故煉瓦の塔にいるのか分からない程に、弱腰で、臆病だ。
だが、その強さだけは確かだった。
とうに盛りは過ぎた年齢にもかかわらず、本気になった銃弾が誰かに負けている姿を見たことがなかったのだ。
今この時までは。
「君はどうする?」
「は‥‥は‥‥ぁあ」
「逃げてもいいよ、追わない」
「なん、で‥‥」
「君と対話をする気になれないから」
祇遠は端的に切り捨てた。
「‥‥!」
見逃された。
殺す価値すらないと判断された。
それに対して弧鋸は何も言い返せなかった。
「じゃあ、またね」
震える弧鋸を置いて祇遠は夜に紛れて遠ざかっていく。灰色の毛先が見えなくなる時まで、弧鋸は立ち上がることも出来なかった。




