大変だ、鬼にばれてしまった
理事長室アゲイン。
まさかこんな短期間で二度もここに来ることになろうとは思わなかった。
アークライト理事長は前と同じように俺を待ち構えていた。今日は善ちゃん先生はいない。
俺は促されるままにソファに座った。
理事長はすぐさま話題に入った。
「早くも厄介なことになった」
「どういうことですか?」
「裏天宮が君の処遇を決定したようだ」
「裏天宮‥‥?」
そんな来ていきなり知らない言葉を出されても困る。
こっちは明らかに不完全燃焼ですって顔で膨れる星宮と、データを取れなくて呆然とする音無さんを置いて来たのだ。
早いところ戻らないと何が起こるか分からないぞ。
「ああ、裏天宮が何か知らないのか。まったく、佐勘は何を教えているんだ」
「すみません」
あれー、授業はそれなりにちゃんと聞いてたつもりなんだけど、魔法師の世界では常識的な話なんだろうか。
俺のせいで善ちゃん先生の評価が下がってしまう。
「裏天宮は魔法省を裏から牛耳っている連中だ」
知るわけないだろ。
「ちょっと待ってください。なんでそんな偉い人たちが俺のことを」
「言っただろう。君が契約した妖精は世界に六体しか存在しない女王だ。奴らからすれば、喉から手が出るほど欲しい存在なのだよ」
「欲しいって‥‥」
「幸いにも再生能力持ちだ。何度でも解剖や摘出が可能な最高の研究サンプルになる」
「‥‥」
研究サンプルって。
「魔法省の、人たちなんですよね。この桜花魔法学園も魔法省が管理しているはずですし、国の人がそんなこと」
「裏天宮の業突く張り共にまともな倫理観など存在しない。奴らからすれば利用できるものは利用するのが当然だ。人が動物を育てて食べるのと感覚的には大差ない」
なんだよ、それ。
国のトップがそんなわけの分からない連中に運営されているのか?
そいつらに俺が狙われていると考えると、途端に背筋が寒くなった。
「桜花魔法学園は魔法省の管轄だが、それは建前上の話だ。私は誰にも縛られない。騎士団がいる限り、奴らも迂闊には手を出せない」
そうか。
「‥‥俺には、騎士団がいない」
「そういうことだ」
それはたしかに厄介だ。
話を整理すると、魔法省のトップには『裏天宮』と呼ばれる組織が存在し、彼らは俺を捕えようとしている。
同じ女王である理事長は、戦力的に手を出せない。
一方で一人きりの俺は狙い目であると。
最悪だ。
ただでさえ怪物に狙われているのに、今度は国にも狙われるってどんなハードモードだよ。
「対話で協力関係を築くって選択肢はありませんか」
「ないな。君は怪物からも狙われる立場だ。守る側からすれば、下手に動かれるより、動けない人形の方が守りやすい」
「基本的人権はどうなってるんですか‥‥」
「魔法師にそんなものは存在しない。少なくとも裏天宮はそう考える」
やばすぎるだろこの国。
「安心していい。裏天宮とて一枚岩ではない。私がかけあって君の捕獲命令を解除させる」
「ありがとうございます」
「しかしそれなりに時間がかかる。その間君が相手に捕まったら終わりだ。行方不明者として扱われ、こちらも手が出せなくなる」
「‥‥話が着くまで、どこかに隠れていろってことですか?」
「どこに隠れるつもりだ? この桜花魔法学園が世界で最も安全な場所だ」
理事長はそう断言した。
いや、適性試験でバグを混入させられたり、煉瓦の塔が入り込んでいたり、わりとセキュリティはガバガバな気がするんですけど。
そんな俺の視線を感じたのか、理事長は苦笑いを浮かべた。
「言いたいことは分かるが、それでもここが最も安全であることは変わらない。内部の清掃も済んだ」
「じゃあしばらくは学校に住んだ方がいいですか?」
「それでもよかったが、異を唱えた者がいてな。それもあってここに呼んだんだ」
「異を?」
一体誰がそんなことを。
「私です」
いることに気付かなかった。
理事長の存在感が強すぎるのもあるだろうが、それにしたって少しも気配を感じなかった。
この人は初めからこの部屋にいたはずなのに。
「ほ、鬼灯先生‥‥」
俺の専攻練短刀、鬼灯薫先生が入り口の横に立っていた。
「この気配にさえ気付けないのでは、裏天宮の差し向ける刺客相手には一日ともちませんね」
俺と目を合わせることなく鬼灯先生は近付いてきて、横に座った。
「話は全て理事長から聞きました。何かあるとは思っていましたが、随分と大きなものを隠していたものですね」
「す、すすすみません‥‥」
まずい、震えが止まらない。
怒りが針となって身体に突き刺さってくる。
いや、いずれ言おうと思っていたんです。ただタイミングがなかったというか、言うと巻き込んでしまうと思ったというか、訓練で死んでいたというか。
「私に黙っていたことはとりあえず置いておきます」
「あ、ありがとうございます」
「置いておくだけですから、勘違いしないように」
じゃあ後で死ぬじゃん。
裏天宮とか関係なく死ぬじゃん。
鬼灯先生は俺との会話を切り上げ、理事長に向けて言った。
「私は学校で保護するのは賛成しかねます」
「理由は先ほど聞いた。まだ校内の安全が取れたという保証がない。そしてもし敵からの襲撃があった場合、他の生徒に被害が及ぶ場合があるということだな」
「はい。理事長と魔法省の関係はそれなりに理解しているつもりですが、それでもここは魔法省の管轄する学校です。スパイまではいかなくても、裏天宮の息がかかった者は十分考えられる。今はまだ灰色の、どちらに転んでもおかしくない人間が」
「ふむ、ならばどうする?」
理事長は心なしか楽しそうな様子だった。
鬼灯先生には騎士団を断られたと言っていたけれど、それだけ鬼灯先生の力を買っているということだろう。
二人の不思議な関係に気を取られていたせいで、次の鬼灯先生の言葉の意味が理解できなかった。
「しばらくはうちで面倒を見ます」
「はい?」
意味が分からなかった。うちで面倒見るってどういうことだ。
というか鬼灯先生ってほぼ学校に住んでるんじゃなかったっけ。
混乱する俺を置いて理事長と鬼灯先生は会話を続けた。
「相手は騎士団かどうかなど関係なく、邪魔なら殺しに来るぞ」
「殺しに来た相手なら、手加減する必要がなくて楽ですね」
言っていることが怖すぎるんだが。
騎士団に誘われたことがあるという話だし、鬼灯先生はアークライト理事長が女王だということは知っていたのだろう。
だから話が早いのは分かるけど、自分の生徒が国に狙われているというのに冷静すぎる。
理事長はゆっくりと頷いた。
「分かった。こちらの交渉が終わるまでは君が真堂護を守りなさい。代わりに騎士団を一人護衛に付けるが、それは構わないな?」
「構いません」
「必要な物は用意する。後で佐勘に申請をしろ」
「分かりました」
俺の知らないところで何かが決定してしまった。
このままだとオールナイト鬼灯ブートキャンプが開催されてしまう。裏天宮に殺されるより先に死ぬぞ。
「ちょっと待っ」
「ところで理事長、一つ伺っても?」
俺の言葉は鬼灯先生によって速攻遮られた。
どうやら俺には決定権どころか反論する余地さえ与えられないらしい。
「構わん」
「裏天宮が差し向けてくる刺客は何者ですか?」
その言葉で部屋の中の空気が数度下がった気がした。
これまでフィクションじみていたことが、急に生々しく、温度と鼓動を感じさせる。
そうか。そうだよな。
これは現実の話なんだ。俺は今、命を狙われている。
こうしている今もだ。
理事長は少し黙り、口を答えた。
「現状で確定的なことは言えない。しかし裏天宮とて表立って動けるわけではない。真堂護は校内でも注目を集めているからな。そうなれば、使える人材は限られてくる」
「‥‥」
「裏天宮の宗郷とA級守衛魔法師の神宮司練磨が無間に入ったことを確認している」
「‥‥無間。最悪」
チッ、と舌打ちが聞こえそうな声で鬼灯先生が言った。
先生は体罰をするし言葉も悪いが、こういった態度はあまり見たことがない。あの教授に対しても丁寧な物腰でボコボコにしに行ってたからな。
「心当たりがあるんですか?」
こっそりと聞くと、心底嫌そうな視線を向けられた。
そういう趣味のある人ならゾクゾクしそうだが、俺は命の危機を感じてゾクゾクする。
「まあ。ここまで予想が外れていてほしいと思うのも久しぶりです」
「無間って、黒魔法師が収監される刑務所ですよね」
「はい。軽犯罪から重犯罪までランク分けされて収監されています」
その先は理事長が引き継いだ。
「わざわざ裏天宮が動くということは、確実に任務を遂行できる人間が選ばれているはずだ。更には世間からの注目を集めにくく、行動原理が明確な者の方が操りやすい。必然的に候補は絞られる」
理事長の目が俺を見た。
俺が会ったことがある黒魔法師は教授だけだ。
なのになぜかその視線には、聞く覚悟を問われている気がした。
だから頷いた。
「裏天宮が接触したのはおそらく元A級守衛魔法師、剣崎祇遠だ」




