新章なので性能テストから
「うーん、やっぱり格段に身体能力が上がっていますね」
音無さんがタブレットをシパシパシパと叩きながら言った。
シュテンとの戦いの時に、俺の武機『黒鉄』は甚大なダメージを受けてしまった。
俺の専属エンジニアとなった音無さんが黒鉄を直してくれていたのだが、
『まずは身体能力のデータを取り直しましょう。私が作った時から、大分時間が経ちましたから』
そういうわけで、体力テストを実施しているわけである。
「そうなのか? 魔法なしだと、そんなに変わってないと思うけど」
「いえ、明確に上がってます。魔法を使い続けると、負荷に適応して身体が強くなるとはいえ、この数値は‥‥」
たしかに魔法は毎日使っている。
最近では捕食なしで位階×になれるようになったし、『炎駆』の発動時間も長くなった。
「魔法の出力も上がっているし、今までの強度じゃランク3を相手には戦えない‥‥」
「音無さん」
「そもそも魔法の成長速度に武機がついていけてない。これじゃ、武機を着ける意味が‥‥」
「音無さん?」
「ひゃい!」
少し耳元に近付いて声を掛けると、音無さんが跳び上がった。
ふわふわな髪が綿毛みたいに浮かんだ。
「ど、どどどうしました?」
「いや、次は何をしたらいいかと思って」
「そうですね。次は魔法のテストをしたいです。それと、今度からは肩を叩くとかにしてもらえると、ちょっと耳は、その、よろしくないので」
「え、ごめん」
紡ならともかく、音無さんの小さくて女の子らしい肩を振れるのは大分抵抗がある。
そんなに近付いたつもりはなかったんだけど、気を付けないとな。
今は社会的にセクハラとか厳しいし。
脳裏に体罰上等の鬼教師が浮かんだが、あれは特例中の特例なので気にしないことにする。
「テストってここでやるのか?」
「こんなところで真堂君の炎を全開放したら、機島先生に私がぶっ飛ばされちゃいますよ」
「機島先生、元気にしてる?」
「この間、ランク3と戦ったって言ったら気絶してしまいました」
「大丈夫なのか‥‥それ」
機島螺子先生は開発科の先生で、いつも漆黒のクマを目元に刻んでいる。
合宿の時は一年生全員の武機作成で忙しかったのかと思ったら、どうやらそうではなかったしい。いつ会っても死にそうな顔をしている。
「ランク3の素材を使った矢の作成データを提出したら、その時も倒れちゃいました」
機島先生‥‥もしかして死にそうな顔してるのって、音無さんのせいでしょうか。
この間もランク3との戦いに参加していたし、先生としては胃が痛いだろう。
「とにかく移動しましょう。協力者の方も待っているので」
「協力者‥‥?」
その言葉の意味は、すぐに分かった。
◇ ◇ ◇
「お~、真堂護か~」
開発室に戻ると、そこには桜花魔法学園お抱えの妖精、エディさんがいた。
相も変わらずクッションに乗ってふわふわ浮かんでいる、完璧なマスコットぶりだ。
これで学校のシステムの中核を担っているんだから、妖精ってのは恐ろしい。
「こんにちは、エディさん」
「お~久しぶり~」
エディさんは夏休み前の適性試験でバグが混入してしまったが、今では見ての通り元気いっぱいだ。学校のマスコットとしての側面もあるので、元気になってもらえてとても嬉しい。
「協力者ってエディさんのことだったのか」
「そうですね、協力者のお一人です。異空間ならいくらでも炎を放てますから」
「音無さんも一緒に入るのか?」
「私は全体像が見たいので、外から映像を繋いでもらいます」
「分かった」
魔法の出力テストというのなら、音無さんの言う通り異空間がベストだ。
「じゃあ、お願いします」
「よきにはからえ~」
気の抜けた言葉と共に、俺は足場の感触を失う。
次の瞬間には、見慣れた市街地のマップに立っていた。
「‥‥え?」
そこには思いもよらぬ人が立っていた。
「待っていたわよ、真堂君」
まるでというか、事実待ち構えたいたのだろう。彼女は蜂蜜色の髪を日に輝かせ、俺を見据えていた。
才媛、星宮有朱その人である。
「どうして星宮がここにいるんだ?」
「音無さんに頼まれたの。あなたの魔法をテストしたいから、付き合ってほしいって」
「そんな無茶を聞いてくれたのか‥‥」
「当然でしょう。私はあなたの味方をすると約束したもの」
それはフールと化した雲仙先輩と戦った後の言葉だ。
『あなたが私の味方をしてくれたように、今度は私があなたの味方をする』
星宮の言葉を思い出すと、頬が熱くなる。
わざわざあの時の約束を果たすために来てくれたのか。
「ありがとう」
「お礼なんていいわ」
星宮は軽く手を振ると、改めて俺を見てきた。
気のせいか、視線の温度がいくらか下がっている気がする。なんだ、何か知らない間に踏んではならない何かを踏んでしまったのか。
「それより、この間椿先輩と行ったミッションについて、聞かせてもらってもいいかしら?」
――あー、そっちが本当の用件だな。
ニコニコ笑っているのに、目がマジだ。絶対に逃さないという意志を感じる。
今回のランク3との戦いは流石に隠し通せるものではなく、メディアでも連日報道されている。
基本的には椿先輩が対応してくれているおかげで俺たちにインタビューは来ていないが、同行していた学生たちがいたということは知られている。
そして学園の生徒なら、それが誰なのかは簡単に特定できる。
また卑怯者呼びが復活しているとかいないとか。
「分かった。話すから、先にテストを終えてもいいか?」
「もちろんよ」
そう言うと、星宮の目前で魔法のアイコンが弾けた。
パッと広がる光の弾丸たち。
「あなたの魔法を強くするには、他の魔法が必要でしょう。とはいえ折角の機会だもの、私も色々試させてもらおうかしら」
「お手柔らかに」
「まさか。全力でやらせてもらうわ。」
流石優等生、何事にも手は抜かないスタンスらしい。
参ったな。こんな形でエナジーメイル鬼ごっこのリベンジになるとは思わなかった。
『火焔』を発動。
身体の奥で炎を圧縮し、そこに魔力を送り込んで一気に火力を上げる。
そして全身に炎を行き渡らせ、『象炎』で肉体を内部から強化。
位階×――『炎駆』。
「ハァァア――」
吐き出す息は炎のようで、目の奥で光がパチパチと散る。
全身が炎の塊となった瞬間、星宮の『スターダスト』が放たれた。
走り出す。
炎で迎え撃つことも考えたが、相手は中遠距離のスペシャリストだ。下手に距離を空けると押し切られる可能性がある。
俺の得意な間合いに持ち込んで戦う。
弾幕を抜けて星宮に肉薄しようとした瞬間、真横から光が飛んできた。
「ッ!」
「そう簡単に近づけさせられないわね」
星宮の周りをスターダストが何十発と周回している。まるで衛星だ。
「派生魔法──『サテライト』」
なるほど、こういう技もあるのか。本当に多彩だな。
足を止めた瞬間を狙い、スターダストが撃ち込まれる。
それを避けながら炎を右手に集中。今までみたいに単純な形成じゃダメだ。星宮には対応される。
より鋭く、それそのものが武器になるように。
牙を研ぎ澄ませ。
「捕食」
星屑を喰らい、炎の牙が星宮が展開するサテライトへと迫った。
これまでの捕食よりも圧倒的に速く、鋭い。
しかし星宮はさっさとサテライトを解除すると、炎を避けた。
「そう来ると思った」
構えられるのは右手の人差し指。そこに煌々と光が灯る。
即座に放たれた一閃が腹に突き刺さる。
「ぐっ!」
なんとか身体を捻ったお陰で直撃は避けられたが、完全にこちらの動きを読み切られた。
ランク3とは違う。基本的な力や速さが足りていても、間合いに入らせてもらえない。
考えて戦わないとダメだ。
頭を回せ。
敵は待っちゃくれない。
バチバチと目の奥で火花が散った。
◇ ◇ ◇
有朱は音無律花から協力を頼まれた時、正直驚いた。
律花が専属エンジニアになっていたことに驚いたわけではない。
音無律花。年齢は十六歳。誕生日は十月一日で、身長は一五〇センチ。一年生ながら様々な武機のコンテストで受賞歴を持つ開発科のエース。
シックスセンス持ちで、聴覚が異常に発達。その耳は人の感情さえも聞き分けると言う。
そして護の専属エンジニアに立候補し、先日の名古屋ミッションにも同行した。
有朱が調べた音無律花という少女は、才能に溢れた故に一般社会からは乖離した人間だった。
友達を作らず、必要以上のコミュニケーションを取ろうとせず、己の才能とだけ向き合うしかなかった人種。
それも仕方のない話だ。
もしも有朱が律花と同じシックスセンスを獲得していたら、同じ道を辿っただろう。
そうでなくとも、人の好奇心や悪意に晒されてきたのだから。
そんな律花が護に惹かれるというのは、簡単に納得できた。
護はまっすぐだ。
それが眩しくて、温かく見える。
律花は頭がいい。どうすれば自分が護の近くにいられるか考えた結果、専属エンジニアという立場を目指したのだろう。
しかし自分に協力を仰ぐ意味が分からなかった。
自分が律花の立場だったら、有朱は絶対に近づけない。
男性から見た自分の価値を客観的に判断した結果、そう思う。
「何故私にそれを?」
だから直接聞いた。
律花は目線を泳がせ、身体を震わせ、最後には下から有朱の目を見つめた。
「あなたが、適任だと思ったからです」
――そう。
それ以上は聞かなかった。
ランク3との戦いを経て、恋する音無律花ではなく、専属エンジニアの音無律花として判断をした。
それなら断る理由もない。
何より有朱自身も護と戦ってみたかった。
異常な成長速度で百塚一誠、雲仙煙霞、更にはランク3とも渡り合ってみせた。
味方になると啖呵を切ったのだ。
置いていかれるわけにはいかない。
「分かったわ。よろしくお願いするわね」
有朱はそう言って差し出し、律花はゆっくりとその手を握った。
様々な思惑を握りこみ、護の一切知らないところで有朱と律花の協力関係が築かれたのだった。
護が突っ込んでくるのは予想していた。
予想外だったのは、その速さだ。一歩目から爆発的な加速。
『サテライト』を使うつもりはなかった。敵を近よらせない強力な魔法ではあるが、反面自分の機動力と手数が落ちる。
使わざるを得なかったのだ。
今の護に距離を詰められたら、有朱では対応しきれない。
これが雲仙煙霞を一蹴した護の新しい力、『炎駆』。
――距離を詰められたら終わり。真堂君の動きを、癖を先読みして、魔法を撃ち込み続ける。
もはやそこに『火焔』のテストだという意識はない。
どうしたらこの理不尽な相手を崩せるのか、有朱の思考は完全に戦闘状態に切り替わっていた。
だから気付いた。
護の様子が変わった。
「――」
ゾッとした。
瞳の『×』がバチバチと爆ぜ、纏う雰囲気が一変したのだ。
護の背後で火花が散ったと思った瞬間、護が目前に迫ってきた。
反射的にサテライトの弾数を増やし、壁を厚くする。
それに対して護の取った行動は無茶苦茶だった。
両腕に炎を巻き付かせ、強引にサテライトに割って入ったのだ。
「嘘⁉」
炎が硬質化させてガントレットのようにし、横殴りのサテライトを全て受け止めている。
当然そんなことをすれば足が止まる。
有朱は即座にスターダストを発動し、真正面から護に叩き込んだ。
ほぼ零距離での連射だ。いくら炎による強化があっても受けきれるものではない。
だが弾丸は護に届くことはなかった。
展開されるのは牙の盾。
毀鬼伍剣流――『鋼盾』。
(しまっ――!)
今度は有朱が護に乗せられた。
星の弾丸と炎がぶつかり合い、白と赤の光が乱舞する。
煙霞と戦った時にこの技は見た。
牙が砕け、広がった。
ただ攻撃を防ぐだけではない。砕けた盾は捕食となって有朱に襲い掛かる。
攻防一体の技。
捕食は有朱を噛み砕き、飲み込んだ。しかしそこに実体はない。
「ダミーか!」
掻き消えた有朱の姿を見て、護はその正体を理解した。
『ミラージュ』を使って自分の居場所を一メートル後ろにずらしていたのだ。
指先を空に掲げ、有朱は一つの魔法を発動する。
今の護を相手に出し惜しみをしてはいられない。
「星天──」
今まさに進化を撃とうとした瞬間、それは思わぬ声に中断された。
『真堂護、至急理事長室に来るように』




