ホムラの正体
理事長室にいたのは妖精だった。
どういうことだ、どうして理事長室に妖精が?
学校に常駐しているのはエディさんだけだと思ってたんだけど。他にもいたのか。
「初めまして真堂護。私の名はアークライトだ」
「は、初めまして」
俺の言葉なんて聞いてなかったように差し出された手を握る。
吸い込まれるような瞳が俺を見ていた。
「やはり君の目は特別だな。私が何か、一目で分かる」
「それじゃあ」
アークライトさんが頷いた。
「正しく自己紹介をしよう。私は桜花魔法学園の理事長。そして」
「妖精女王だ」
「‥‥はい?」
手を握ったままなことさえ忘れて、呆けた声が出た。
妖精、女王‥‥。聞いたことがない言葉だ。
「まずは座るといい。少し話が長くなる」
促され、俺はソファに座った。
善ちゃん先生が目の前に紅茶を置いてくれた。担任にこんなことをさせるなんて許されないことだが、今はそれどころじゃない。
というか善ちゃん先生も驚いてないってことは、教師の間じゃ公然の事実だったってことか?
「私が人間でないことは、知っている者も多い事実だ。一目で当てられることはそうないが」
「それじゃあ、女王っていうのは」
「言葉の通り妖精の女王ということだな」
「‥‥妖精に、統治者がいるってことですか?」
「少し違うな。私たちは他の妖精よりも上位ではあるが、統治者ではない。どちらかというと、始祖という言葉が正しいだろう」
「‥‥」
いやいや、嘘だろ。
妖精に始まりの存在がいたなんて聞いたことないぞ。
そもそも世界改革で突如として現れたのが妖精であり、怪物だ。
始祖なんているはずがないのだ。全員が同じ瞬間に生まれたのだから。
「細かい説明をすると日が暮れる。要点だけを伝えるからよく聞くように」
「‥‥はい」
理事長は俺の前に腰掛けた。言われて改めて見ると、妖精であることは疑いようもない。ただ理事長には、妖精独特の浮世離れした雰囲気がなかった。
地に足が着いている、というのも変なたとえだが、俺たちと同じ人間社会の枠組みで生きている印象がある。
「女王は私を含めて五体存在が確認されていた。私たちは元々、人間の『進化したい』という願いに応えて創られた存在だ」
「つく、られた‥‥?」
「ああ、そして私たちを創り出した者たちは、人類の繁栄のためにある存在を殺した」
いや、ちょっと待ってくれ。
情報が渋滞していて理解が追い付かない。
妖精が造られた存在で、そして理事長を含めた五人で何かを殺した?
造られたってことは造った者もいるはずだが、理事長はそこに触れなかった。
あえてなのか、重要でないから省略されたのか。
ただ一つだけ。ある存在というのだけは、なんとなく心当たりがあった。
直感の確信。
理事長はそれを証明する一言を口にした。
「殺したのは、怪物たちの母、あるいは神と呼ばれる存在だ」
ああ、やっぱりか。
「‥‥どうして、そんな話を俺に?」
「いくつか理由はあるが、本質はたった一つだ」
理事長が俺の胸に指を向けた。
あるいはそれは俺を指していたのではないのかもしれない。
なんとなく、なんとなく聞く前から答えは分かっていた。
「真堂護。君に魔法を与えた妖精は六体目の女王だ」
『どうしたんですか護』
『また来たんですか?』
『聞いてください、今日は一日紅葉を掃除していたんですが、少し休憩している間に全部風に飛ばされました‥‥』
思い出すのはケラケラと笑うホムラの姿だった。
たしかに彼女は特別な妖精ではあったが、それは護にとっての話だ。
世間一般的に言えば、それは特別ではなく特殊、あるいは特異と言われるべきものだったと思う。
そんなホムラが、『女王』?
妖精の始祖の一体?
事実をどう傾けても俺の知るホムラと一致しない。
しかし、俺自身がその可能性を否定できなかった。
「君自身も気付いているだろう。『火焔』は特別な魔法だ。この世でたった一人の『女王』だけが持つ、唯一の力」
「‥‥」
「女王は他の妖精とは違い、人間と契約することで特別な魔法を授けることができる。そして契約を結んだ者を『騎士団』と呼ぶ」
理事長は視線を横にずらした。
「佐勘は私の騎士団の一人だ」
驚きの情報が多すぎて、もはやどんなリアクションを取るのが正解かも分からない。
力なく横を向くと、善ちゃん先生がいつもの穏やかな顔で頷いた。
だからここにいて、こんな話を聞いても声一つ漏らさないのか。
「待ってください。じゃあ、鬼灯先生は」
「鬼灯薫は違う。声を掛けたことはあるが、断られた」
そうなのか。
なんだか少しだけホッとした。
鬼灯先生がこれを知っていて黙っていたわけではないんだな。俺自身、ちゃんとホムラの説明もしていないのに、なんとも身勝手な感情だ。
「本来私たちは騎士団を複数人用意するものだが、君に魔法を与えた女王は違ったようだ」
「ホムラが俺をその騎士団にしたってことですか?」
「さて。正直君のような例は他に聞いたことがない。私の知る騎士団と同じものかは不明だ」
「どういうことですか?」
「私たちは騎士団を作ったところで、消滅したりはしない。私の知らないイレギュラーがあったと考えるべきだろう」
そうか。自分の手に視線を落とす。
そういえば、レオールも『契約者』がどうこうと話していたな。
もしかしてレオールはホムラが女王だってことを知っていたのか? だとしたら、ハーミットであるあいつがわざわざホムラを狙いに来たことも納得がいく。
俺の思考は理事長の言葉で現実に戻された。
「この際騎士団であるかどうかよりも、君の中に女王がいるということが重要なんだ」
理事長はある物を机の上に置いた。
木箱に入ったそれを理事長はゆっくりと取り出す。
黒い鞘に収められた短刀だ。
「それは、オウルが持っていた‥‥」
「ああ。椿にあのあと届けてもらったものだ」
理事長は短刀を鞘から引き抜いた。象牙のような白色の刃が姿を表す。
瞬間、ドッと汗が吹き出した。
あれは、そうだ。オウルが持った瞬間に身体が崩れた。
目の奥でバチバチとスパークが散る。
なんだ、これは。
全身の熱量が一気に上がり、今にも体から炎が噴き出しそうだ。
「命を賭して戦ってもらった君に言うには心苦しいが、これは本物の欠片を埋め込んで作った模造品だ」
「本、物‥‥?」
息が苦しい。
火焔が暴れている。
「──」
そんな俺の様子を見た理事長が、刀身を鞘に収めた。
それだけで全身を支配していた嫌なプレッシャーが随分と軽減される。
これは一体なんなんだ?
「名は『獣歯の懐剣』。これの本物は、神殺しに使われた武器だ」
「神殺し‥‥さっきの怪物たちの母のことですか」
「その通り。この剣は英雄の遺品というわけだ」
英雄の遺品というには、あまりにも禍々しい雰囲気だったけど。
「怪物たちは今神殺しの武器を集めている。獣歯の懐剣もそれで狙われたのだろう」
「‥‥その話と俺に何の関係が?」
「怪物たちが集めているのは武器だけではない。女王もだ。心当たりはないかな」
思い出すのは、レオール、黒鬼、化蜘蛛、煉瓦の塔。
どれもこれも本来ならあり得ない異常事態だった。
さらに極めつけは、『フール』と化した雲仙先輩と、突如現れた謎の存在。
びっくりするほど心当たりばかりだ。
「何度か、それらしいものは」
「懐剣のためにランク3が現れたんだ。これからはより苛烈な襲撃があると思ったほうがいい」
「より苛烈って‥‥」
そこまでくると想像もつかない。
そもそもランク3が天災と呼ばれる最悪の敵だ。
あれが襲撃に来た時点で詰む。
「俺は、どうしたらいいんですか?」
「強くなれ」
理事長の返事は端的だった。
「あちらが襲撃の選択肢を握っている以上、こちらができることは迎撃することだけだ。君の魔法はまだ本領には至っていない」
「理事長は『火焔』がどういう魔法かご存じなんですか?」
「知らぬさ。私たちが分かるのは私たちのことだけだ。ただ間違いないこととして、君の授けられた魔法は特別だ。本来であればランク3が相手であっても引けを取るようなものではない」
理事長の言葉は少し間を開け、続いた。
「強くなれ。君がこれから戦うのは、想像もつかない相手ばかりだ」
明けましておめでとうございます。
随分遅くなり申し訳ありません。本年もどうぞよろしくお願いいたします。




