戦いの傷跡
◇ ◇ ◇
ランク3との戦いが終わった後、俺たちは奈良県内の病院に担ぎ込まれた。
音無さんを除いてダメージがひど過ぎて、絶対安静とお医者様から厳命されてしまったのだ。
特に椿先輩の怪我は重いものだった。
何せ俺が見た時は血の池に沈んでいたのだから。
「ねーマモ君、今週のジャンピング読んだ? 新連載がめっちゃ面白くてさー」
「なんで俺の病室にいるんですか椿先輩‥‥」
何故か一番重傷だったはずの椿先輩が、パリパリとポテチを食べながら漫画雑誌を読んでいた。
回復能力を持つ俺でさえ、今はすさまじい倦怠感でまともにベッドから起き上がれないのに、この人は病院に運ばれたその日の夜には勝手に個室に入って来た。
『フハハハ椿先輩登場!』
と現れた時はマジで幽霊かと思った。
「だって暇なんだもん。こんな元気なのに病院から出るなとか言われるし」
「そりゃそうでしょ。というかなんでそんな元気なんですか」
聞いた話じゃ、身体を両断されかけたらしい。それでどうして死んでないのこの人。
「『ソフトボディ』っていう身体を柔らかくする魔法で内臓避けて、あとは原点回帰で回復したんだよー。何回も説明したじゃん」
「説明聞いても納得できないことってあるんですよね」
「マモ君にだけは言われたくないねー」
ケラケラと笑う椿先輩の言葉に、俺は何も言い返せなかった。
位階△。
あの戦いの中で突如として開花したその力に、俺は振り回された。
化蜘蛛と戦った時と同じだ。いや、あの時以上かもしれない。
椿先輩から後で聞いた俺の戦い方は、完全に普段の俺とは違っていた。
黙り込んだ俺を見て、椿先輩は表情を柔らかくした。
「ま、そんなに悩んだって仕方ないよ。どんな魔法だって理解不能な力なんだから。それにあれこやこれや考えたって答えは出ないよ。大事なのは、使いこなせるかどうかなんだから」
「そんなもんですか」
「学園一位が言うんだから間違いない!」
むん! と椿先輩は印象以上に豊かな胸を張った。これが学園一位の力なのか、ちょっと元気が出た。
その時、ノックが鳴った。
「真堂くーん、入ってもいいですか?」
「どうぞー!」
何故か俺ではなく椿先輩が元気よく返事をした。
部屋に入って来た音無さんは、あからさまに顔をしかめていた。
「どうしてまた椿先輩が真堂君の病室にいるんですか‥‥」
「暇だから」
「昨日も同じこと言ってませんでしたか?」
「だってだってツッちゃんの部屋に行ったら「邪魔です」って追い出されたんだよー!」
そりゃそうだろ。
紡は椿先輩に比べれば軽傷とはいえ、森羅剣の罅割れを全身に受けていたのだ。
回復能力を持たない紡は、怪我を治すのに時間がかかる。そういう意味では、俺たちよりも重傷だ。
「だからって真堂君の病室に毎日入り浸るのはどうかと思いますよ。真堂君も迷惑ですよね?」
「え?」
「そんなことないよねー、マモ君」
ギュッ、と椿先輩がベッドに乗って身体を寄せてきた。
いい匂い、いい匂いがするんだが⁉ しかもなんか軽く触れる肌が柔らかい。
なんだ、ホムラがくっついてきた時と明確に違う。女性に触れられている感が半端ない。
「なっ! 離れてください!」
「なんで? 別にマモ君も嫌がってないから大丈夫でしょ」
「嫌がってます! 嫌がってますよね真堂君!」
「嫌、嫌ではないですけれども‥‥」
「ほら見ー」
「真堂君‼」
しまった、思わず本音が。
音無さんが物理的に椿先輩をひっぺがそうとするが、当然音無さんの力では椿先輩には勝てない。
いやいやと笑いながら抵抗するたびに、椿先輩の身体がふにふにと当たってくる。
なんだこれ。
明らかに前の日より距離感が近い気がするんだけど、何があったかはとりあえずどうでもよくて、女の人って柔らかいんだなぁ。
――いや待て。
落ち着け真堂護。
ホムラの面白ブリッジを思い出して心を落ち着けるんだ。これはお姉さんトラップだ。これにかかったらマジで駄目な気がする。
「は、な、れ、て、く、だ、さ、い!」
「えーやだー」
やいのやいのやっていると、突如ドアが開かれた。
「――紡?」
そこに立っていたのは紡だった。
点滴のスタンドを杖代わりにしているにもかかわらず、仁王もかくやという迫力で俺たちを見下ろしていた。
「‥‥あれ、ツッちゃん?」
「‥‥椿先輩、私の部屋に来てください」
「え、でも前は邪魔って」
「早く。ダッシュで。今すぐ来てください」
「う、うん」
凄まじい圧に椿先輩がベッドから降りた。
「じゃ、またねマモ君」
ひらひらと手を振ってソフトボディ、間違えた椿先輩が言ってしまう。
その向こう側で、紡が口を尖らせながら言った。
「ちゃんと寝なさい」
「あ、ああ。紡もな」
「‥‥」
紡は頷くと、先輩と一緒に病室を出ていった。スマホでやり取りはしていたけど、意外と元気そうでよかった。それでも全身に巻かれた包帯が痛々しかったけど、魔法師は普通の人間よりも回復力が高い。すぐに良くなるはずだ。
するとしまったはずの扉がまた開いた。
ひょっこりとそこから椿先輩が顔を出した。
「そういえばマモ君」
「どうしたんですか? 忘れ物はないと思いますけど」
「でなくてね」
首を横に振り、スマホを取り出す。
「さっき連絡があったんだけど、学園戻ったら理事長が顔出せってさ」
「‥‥はい?」




