共闘
◇ ◇ ◇
椿は事ここに至り、ランク３を正しく理解した。
怪物は人類に仇なす天敵だ。
ランク１は出来の悪い人工知能のように、真っ直ぐに人を殺しに行く。
ランク２は型ごとの特性が強く表れ、人を殺すために知能が働くようになる。
そしてランク３。
彼らは人を殺すため、人に近付く進化をした。
人語を学び、文化を理解し、感情を己がものとした。
なんともおぞましい在り方だ。
進化の先にある目的が、ただ人間を殺すというだけなのが、生物としての理に反している。
しかし人間に近付いたということは、動きを想像しやすいということでもある。
だったら潰せる。
「はぁぁあああああああ‼」
椿は地を低く飛翔してシュテンへと突っ込んだ。
『北風の主』。
斧の遠心力を利用し、回転しながら斬撃を浴びせかける。
警戒すべきはさっきの『森羅剣』だ。あれを至近距離で打たれたら、躱すのは難しい。
さっきのを見るに、あれには相応の溜めが必要なはず。
その隙すら与えない勢いで攻撃を叩き込む。
シュテンは全ての斬撃を剣で受けた。人に近付くということは、技術も習得するということだ。
ランク２は本能と直感で攻撃に反応してくるが、ランク３は違う。直感はそのままに、椿の動きを予測して動いている。
――ああ、本当にやってくれる。
椿にとって怪物との戦いは狩りに近いものだった。戦いの駆け引きなどない。
シンプルな力の衝突で、勝敗は一瞬で決する。
だがシュテンとの戦いは違う。
自分よりも遥かに強大な能力を持つ敵が、椿と同等の技巧を持って前に立っているのだ。
血がたぎる。
「ハァ――」
鬼面から漏れる吐息。
斧をいなし、カウンターで振るわれる大剣の一閃。
椿はそれを身体の捻りだけで躱すと、回避の勢いのまま斧を振った。
入る。
ギィィン‼ と刃がシュテンの腕で止められた。
外殻の硬度もランク２とは比べ物にならない。
それでも刃がわずかに食い込む感触があった。
斬れる。
確証があったわけではない。微かな手応えだけを頼りに、椿はそう判断した。
回転の速度は更に上がる。
大気を切り裂く嵐となり、椿はシュテンを蹂躙した。
もはやその足が地面に着くことはない。
飛行能力は人間の枷を容易に外した。
颶風はシュテンの肉体を飲み込み、大地も樹々も微塵に切り刻む。
――『森羅剣』。
黒の稲妻が暴風を食い破った。
「ッ⁉ 溜め無しでも撃てんのは違くない⁉」
左脇腹と右頬に掠った。ビキビキと痛みが身体を這いあがり、血が噴き出す。
それでもさっきの一撃より明らかに軽い。
破壊の罅は攻撃の威力に比例する。
「ァア」
距離を取った瞬間、シュテンが構えた。
肩に剣を担ぎ、全身の筋肉が硬く引き絞られる。
――あれが来る。
距離はさっきよりも近い。あの威力と範囲で来られたら、避けるのは不可能だ。
何かを失ってもいい。
――命さえあれば、戦えるじゃん。
椿が前に出ようとした時だった。
爆炎。
シュテンの真横から迸る一筋の光が、シュテンを吹き飛ばした。
それは驚くべきことだった。
地を発火させる踏み込みと共に、縦に突きこんだ拳が、がら空きだったシュテンの脇腹を捉えたのだ。
「マモ君！」
真堂護は炎を纏い、『×』の瞳を輝かせて立っている。
その姿を見た椿は再びの驚愕にそれ以上の言葉を出せなかった。
――本当に、マモ君？
真堂護は天災と称される椿から見ても異質な存在だった。
王人や椿が強くあるのは、当然の道理だ。生まれながらに才を持ち、それを鍛えることになんの疑念もなく、それを可能にする環境があった。
しかし護は違う。
輝くような才覚があるようには見えなかった。特別な魔法と、それに食らいつこうとする気概。
それが椿の興味を引いたのだ。
鍛えればあるいは自分の前に立つに相応しい人間になるかもしれないと。
それがどうだ。
「――」
ランク３を前に、真堂護は臆すことなく立っている。その背は朝とは別人だ。
再生能力があるから瀕死状態から回復できたことは不思議ではないが、戦えるかは全く別の話だ。
理由はこの際置いておく。
大事なのは、護が最強の敵を前に折れず、戦える精神力を持っているという事実だけだ。
「いいじゃんいいじゃん！ 最高に格好いいじゃん‼」
護が戦えるというのなら、シュテンを崩す手はある。
椿の全身から魔力が放たれ、それが一気に圧縮される。砕ける魔法のアイコンは、当然のように――進化。
「付いて来てねマモ君‼」
日向椿は護という異物が投入され、波打つ水面に勝機を見た。
勝負を決めるため、全力を解放する。
