表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/188

張り詰める弦 ―紡―

    ◇   ◇   ◇




 護とオウルが出会う前。


 護が空に跳びあがった瞬間、いや、突然顔色が変わった瞬間、紡は言いようのない恐怖を感じた。


 それは護自身を怖いと思ったのではない。 


 護が自分の知らない何かになってしまったような恐怖だ。


「行かなきゃ」


「あ、待ってください!」


「音無さんは椿先輩への連絡を優先して」


 律花の方を見ることも無くそう言うと、紡は『念動糸(クリアチェイン)』を建物に伸ばした。


 壁を糸で捉えると、身体を引っ張って一気に飛び上がる。


「うぉっ!」


「なになに、撮影⁉」


「すげー」


 建物から建物へ、糸を伸ばして紡は空を飛ぶ。椿のような自由な飛行は出来ないが、紡も建物が多ければ立体機動を行うことができる。


 魔法(マギ)の中でも空を飛べる魔法(マギ)は貴重で、使い手も少ないため、どうしても人々の視線を集める。紡が普段使わない理由の一つだ。


(明らかに普段の護と違った。一人にしちゃ駄目だ)


 周囲の視線を無視し、紡は最短距離で街を突っ切った。


 護の目が頭にこべりついている。


 燃えるように揺れる光の中に、紡の知る彼は消えてしまっていた。


 転校した後、紡は護が来てくれるのをずっと待っていた。子供の頃の約束だからもう忘れているだろう、という現実的な考えで予防線を張りながら、心の片隅で諦めきれなかった。


 それくらい転校した先での生活は紡にとって辛いものだった。


 私塾に通い、『念動糸(クリアチェイン)』の訓練を続けながら、様々な研究施設で検査を受けた。


 『固有(ユニーク)』は発現数が少なく、所有者は様々な優遇を受けられる代わりに、研究の協力を要請されるのだ。


 固有(ユニーク)を持った者の進路は社会の圧によって限定される。


 力ある者には、それに相応しい責任が付きまとう。 


 たとえそれが望んだ力ではなかったとしても。


 だから高校で護に会えた時、嬉しかったのだ。約束を忘れられていたのは辛かったけれど、千歩、一万歩譲ってそれを許せるくらいには。


 しかし護の話を聞いて、後悔した。


 憧れだった父を失い、友達になった妖精を失い、望まぬ力に押されるように桜花魔法学園へと訪れたのだ。


 どうして自分はその近くにいられなかったのか。


 何故待つばかりだったのか。


 自分が近くにいてあげられたら、一人になんてしなかった。魔法(マギ)を使わなくたって、守衛魔法師(ガード)の夢を失ったっていい。


 ただ隣にいてくれるのなら、紡は幸せでいられるのだから。


『いや、何か声が聞こえた気がして』


 行っちゃ駄目だ。


 誰が呼んでいるのかは分からない。友達だった妖精か、それとも別の何かなのか。


 なんであれ、護にあんな目をさせる声がまともであるはずがない。


 もう二度と、あなたを一人にしない。


 何が起きたって、私の糸があなたを掴み続ける。


 街を抜け、山を駆ける。木々の密集した山の中であっても、幅跳びを繰り返すように糸で加速を続ける。精密かつ強力な糸の操作は、紡が長い間鍛錬を続けてきた証拠だ。


「――あれは」


 駆け抜けながら、紡はある音を聞いた。先行させている糸が、先の音を拾ったのだ。


 明らかな戦闘音。


 間違いない、護が何かと戦っている。


「『イーグルアイ』」


 紡は片目だけ魔法(マギ)を発動させた。視力を強化させるこの魔法(マギ)は、高速移動中に発動すると、事故を起こす可能性が高まる。カーレース中に双眼鏡を覗き込むようなものだ。


 だから片目だけ。


 目の開け閉めを繰り返し、移動と観測を両立させる。


 ――見えた。


 木々の隙間から炎の光と、青い光が見えた。


 護と怪物(モンスター)だ。それも複数の怪物(モンスター)によって攻撃を受けている。


 紡は木の枝に着地すると、念動糸(クリアチェイン)で身体を固定化する。


 同時に背中にかけていた鞄を開いて、中にしまわれていた物を取り出した。


 それは優美な曲線と武骨なエッジが組み合わさった漆黒の弓。




 紡の専用武機(マキナ)、『弦月(ゲンゲツ)』。




 しかしこの弦月(ゲンゲツ)には、弓には必須の(つる)が存在しなかった。


 紡は鞄から取り出した矢を番え、『念動糸(クリアチェイン)』を発動する。


 魔力(マナ)の光が収束し、弦となった。


 この『弦月(ゲンゲツ)』は、紡のために国の研究機関が制作した特別な武機(マキナ)である。


 両端に滑車をつけたコンパウンドボウと呼ばれる代物で、通常より軽い力で重い弓を引くことができる。


 しかしこの『弦月(ゲンゲツ)』は、弦があったとしても通常の人間では絶対に引けない。あるいは『エナジーメイル』を発動した守衛魔法師(ガード)でさえ、引くのは難しいだろう。


 それほどまでの強弓を、紡は難なく引き絞った。


 当然それを可能にしたのは、弦として張った『念動糸(クリアチェイン)』だ。


 弦月(ゲンゲツ)の内側には念動糸(クリアチェイン)を通せる機構が存在し、糸を束ねて通し、引いたのだ。


 紡は大きく息を吐き、深く吸った。


 イメージするのは、水面。そこにゆっくりと入り込む。


 ――集中。


 思考の一切を水の中に沈め、身体に叩き込んだ感覚だけを呼び起こす。


 回転する怪物(モンスター)が地面を削り、護へと突撃しようとしていた。


「――」


 どんな危機的状況であれ、どんな不安定な体勢であれ、何万回と繰り返した動作は揺らがない。


 自然と脳内に矢の軌道が描かれた。


 視界と頭の中に思い浮かべた射線が一致した瞬間、紡は溜めに溜めた力を解き放つ。


 ゾンッ‼ と矢は命を脅かす音を立てて飛んだ。


 この矢も怪物(モンスター)の素材で作られた特注品であり、『クリエイトアロー』の効果を最大限に高める。


 笹川八知(ささがわやち)は矢に魔法(マギ)の容量を振っていたが、紡は逆。念動糸(クリアチェイン)を最大限生かし、弓の力を限界まで高めた。


 結果、矢は音速を超えて山を切り裂き、今まさに護へと突撃しようとしていた怪物(モンスター)を射抜いた。


 斧の怪物(モンスター)は何回転もしながら宙を舞う。


 それを見届けながら紡は護へと伸ばした糸を使って声を届けた。


「さっさと構えなさい護。後ろから援護する」


 相手はランク2の怪物(モンスター)が今のを除いて三体。


 驚くべきことに、どの個体も紡の知る怪物(モンスター)とは姿が違っていた。


 ベースが明らかに人間である。


 おそらく一番奥で空を飛んでいるのが探していた少女だろう。


 その個体も含め、全ての怪物(モンスター)が人間の名残を残しているのだ。


 護といい、怪物(モンスター)といい、明らかな異常事態。


 それを目前にしながら、紡は静かに深呼吸をしただけで心を鎮めた。


 たとえ敵が人間に類するものであったとしても、その眉間を射抜くことに一切躊躇いはない。


 何故なら、


『ありがとう紡』


 糸を通して聞こえる声は、紡のよく知る護だった。


 ――良かった、元に戻ってる。


 これなら、ぶれない。


 護の敵は全て自分が排除する。


「次は後ろの奴。剣を抑えて」


 護に指示を出しながら矢を(つが)える。狙うのは銃を構えた怪物(モンスター)だ。

 あちらも紡を認識している。その銃口は確実に自分を捉えていた。


『了解』


 飛び出した護が剣の怪物(モンスター)と衝突した。


 炎と斬撃が交錯し、視界が一気に悪くなった。


「‥‥」


 それでも紡は揺るがない。


 引き絞った矢を保持しながら、微塵の揺れもなく矢じりの切っ先を炎に向け続けた。


 互いの一撃は、護と剣が離れた瞬間に放たれた。


 白と黒の光がぶつかり合い、刹那の均衡を破って黒の矢が光を穿った。


「ぁああ⁉」


 銃となっていた左腕が弾け、怪物(モンスター)はボールのように地面を転がった。


 ――二体目。


 今回のミッションのために用意できた矢は五本のみ。一本一本に怪物(モンスター)の素材を使うこの矢は、そうそう用意できるものではない。


 三本目を番えた瞬間、それは来た。



固有(ユニーク)持ち――!」



 オウルが大気を打ち、紡へと突っ込んできたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ