隠者と愚者
◇ ◇ ◇
少女を見た瞬間、何かが自分の中で弾けた気がした。
「お前、何を持っている?」
その言葉を言った瞬間、俺自身が最も驚いた。
何故そんな言葉が出たのかも分からなかったからだ。
ただ少女が何かを持っているという確信だけがあった。それが存在してはならないものだということも。
少女を追い詰めた瞬間、青い光が迸った。
やはり怪物。
しかも雲仙先輩とは違い、人間として完全な意識を保持している。
ただ驚くべきはそこではなかった。
少女を中心に黒い光が展開され、そこから三体の怪物が出現したのである。
右手が剣に。
左手が銃に。
背中に斧を。
その身体は人間としての面影を残していたが、話が通じる様子ではなかった。
それら三体の姿を見た瞬間、冷や水を掛けられたように冷静になった。
「‥‥」
落ち着け。深く呼吸をしろ。
「ふぅ‥‥」
何が起こったんだ。自分が自分じゃなくなったような感覚だった。炎に頭の中まで燃やされたような。
深呼吸を繰り返し、少しずつ頭の中がクリアになっていく。
一度、さっきのことも、少女の持ち物のことも忘れよう。
ランク2が四体。
無策で突っ込んでも蹂躙されるだけだ。
椿先輩は兵庫だし、紡と音無さんも置いてきてしまった。
どう考えても最悪の状況だ。
この人数差じゃ逃げるのも難しいな。
だったら、やれることは一つだ。
「なああんた、名前はなんて言う? 俺は真堂護だ」
「──今更何を話そうと? 時間を稼ぐ腹づもりなら、無駄ですよ」
「これから殺し合いしようってのに、相手の名前も素性も、戦う理由も分からないってのは、気持ち悪いだろ」
「むしろ相手のことを知った上で殺したいというのなら、そちらの方がよほど異常だと思います」
それは確かにそうだな。だめだ、普通に論破されてしまった。俺より圧倒的に頭いいぞ、あの子。
頭働かせろ。考えろ、どうしたら情報を引き出せる。
こいつには聞かなきゃいけないことがある。そのためには、こちらからも情報を出さなければならない。相手が食いつくようなキーワードを。
「俺は前にあんたと同じような怪物に会ったことがある。名前は、『レオール』だ」
「‥‥」
明らかに少女の目が変わった。
当たりだ。レオールの名を知っているんだな。
「どこでレオールと」
「俺の質問が先だ。あんたの名は?」
「‥‥オウル」
オウルは飛んだまま答えた。他の怪物たちも動き出す様子はない。ただ青い目でこちらを見つめるだけだ。
なんとか話し合いの土俵に乗せることができた。問題はここからだ。俺が持っている手札はレオールについてと、雲仙先輩について。
そしてホムラのこと。できるだけホムラの情報は出したくないが。
「答えなさい。どこでレオールと会ったんですか」
「地元の神社だよ。あんな明らかに一般人じゃない見た目だからな、怪物になる前から怪しかったよ」
「彼は不必要に姿を見せることはありません。わざわざあなたに姿を見せ、名乗ったということは、あなたが彼の仕事に関係しているということですね」
「‥‥さあ、どうだろうな」
やばい。ちょっとした情報でも真実に辿り着かれかねない。
しかし仕事か。おそらくレオールの仕事はホムラの捜索だろう。
だが彼女はレオールの探していたものについて詳しくは知らない。もし知っていたら、俺の持つ魔法から、ホムラの存在に勘づいたはずだ。
オウルの目が機械的な光で俺を見つめる。まるで全てをつまびらかにするような視線。
なんとか話を引き延ばさないと。
「俺からも聞きたいことがある。あんたやレオールのような存在はなんなんだ。あんたも、そこにいる三体も元は人間なんだろ。それにしても、随分違うようだが」
少なくとも雲仙先輩はこんな理性的に会話ができなかった。レオールとオウルは、明らかに異質だ。
「先に聞かせてください。あなたの魔法は一体なんですか?」
──やっぱりそこに辿り着いたか。
レオールと俺が結びつく場所は、そこしかない。
「あんたが先に答えてくれたらな」
「‥‥いいでしょう」
あれ、思ったよりも簡単に頷いてくれたな。
つまり彼女にとってこの情報はそこまで重要なものではないということか。あるいはどうせ殺すから関係ないからか。
今のオウルからすれば時間をかけずに情報を引き出すことが最重要なんだろう。
「お察しの通り、私たちは人間から怪物になった存在です。私と彼らの違いは、人間性と怪物性のどちらがより強く出たかです」
「あんたやレオールは人間性が強く出たと?」
「ええ。人間性の強い個体を『ハーミット』、怪物性の強い個体を『フール』と呼んでいます」
隠者と、愚者。
雲仙先輩は怪物性が強く出てしまったのか。もしも前者なら、話し合いができた可能性があったのかもしれない。
「どうやって怪物に変身するようになったんだ?」
「それは初めの質問には含まれていませんね。次はあなたの番です」
そこまで甘くはないか。
思い出すのは、雲仙先輩を消滅させた謎の存在。ハーミットやフールには、あれが関わっているのは間違いない。
ただそこまで聞き出すのは難しそうだ。
「俺の魔法は『火焔』だ。炎の操作と、肉体強化。あとは再生が使える」
「‥‥なんですかそのふざけた性能の魔法は。進化だとしてもあまりに破格。複合でもなさそうですし、一体どうやってそれを手に入れたのです?」
「それは初めの質問に含まれてないな」
言い返すと、少女はぐっと唇を噛んだ。
この子、頭の回転は早いけど交渉に慣れている感じはない。だから俺でもなんとか話ができてるんだろう。これが星宮のような相手だったら、今頃好き放題やり込められているはずだ。
「レオールと魔法のこと、聞きたことは山ほどありますが、今は私のやるべきことをやりましょう」
オウルの言葉と共に、三体の怪物たちがそれぞれの得物を構えた。
まだ増援が来る気配はない。
黒鉄を前に、左半身は後ろに退く。吸い込んだ空気を燃やし、体内で循環させる。
意識吹っ飛んで戦うなんて、鬼灯先生にバレたらぶち殺される。
戦意は熱く、理性は冷たく、この拳は毀剣となって敵を貫く。
たとえそれが、元は人間であったとしても。
「かかってこい、怪物」
◇ ◇ ◇
雲仙先輩たちのチームと戦った時は、俺が先手を取った。
しかし今回はそうはいかなかった。
ゴッ! と地面を蹴り、剣と斧の怪物が詰めてくる。
二人とも『エナジーメイル』を使っている様子はない。
レオールも使っていなかったし、全てのハーミットやフールが魔法を使えるわけではないのかもしれない。
だとすれば、こいつらは雲仙先輩より遥か格下。
やりようはある。
剣の怪物が振るう一撃に対し、炎を展開する。
『鋼盾』。
牙を咬み合わせた炎の盾に、剣が衝突した。
その横から飛び込んでくる斧は、振槍で殴り飛ばす。
剣の一撃が、盾を砕いた。
しかし一瞬でも攻撃が止まれば、避けるのは容易い。
攻撃をかいくぐりながら、鋼盾の炎で剣の全身を噛み砕く。
捕食。
奪った魔力を吸収しようとした瞬間、嫌な気配を感じた。
勘だけで頭を横に振る。
「ッ⁉」
ドッ‼ と側頭部をかすめるように光弾が飛来した。
撃ってきたのは、銃の怪物。
ちっ、味方がいようがお構いなしで撃ってくるか。
木々が倒壊する音を背後に、剣と斧の二体を相手取る。
できるだけ銃の射線を怪物で遮るが、相手はランク2だ。
そう簡単に誘導はできない。
剣の一振りが、拳の一発が、重く全身に響く。
花剣を使う溜めも、捕食で喰らう隙も無い。
『鋼盾』で攻撃を遮るが、先の一撃で正体を見破られたのか、回り込むように攻撃してくる。
「それは、卑怯だろ!」
人間性の欠如したフール。
その攻撃は荒々しく、力任せの大振りがほとんどだ。
それが絶妙に連携しながら、こちらの動きを予測してくるのだ。
原因は明確。
「息が上がってきましたね」
空を飛ぶオウルが攻撃することもなく、こちらを睥睨している。
さっきからオウルから妙な音が発生し続けているのだ。
あいつがこの三体に指示を送っている。
オウルを狙うのは――無理だ。
三体の壁が想像以上に厚い。
なんとか隙をこじ開けようとした瞬間、剣と斧の動きが変化した。
剣から斬撃の衝撃波が放たれ、斧は身体を丸めて車輪のように突進してくる。
そうか、魔法が使えずとも、こいつらはランク2。怪物としての異能を兼ね備えている。
受けられない。
爆縮で全力の離脱を試みた瞬間、狙いすました光弾が腹に突き刺さった。
「うぐっ!」
腹に風穴が空く感覚に引っ張られ、後ろに吹き飛ぶ。
完全に動きを誘導された。
体勢を立て直せ。傷口に炎を圧縮し、再生しろ。
両足で地面を捉え、拳を握って顔を上げる。
間髪入れず、回転する斧が突っ込んできた。
それはもはや巨大な丸鋸だ。
「ふ――!」
黒鉄で受け止めると、凄まじい火花と紫電が目を焼いた。
駄目だ、弾かれる。
ゾンッ‼ と命を斬り裂くような音が鳴った。
「オガッ⁉」
斧の怪物が宙に跳ね飛ばされた。
その頭には一本の矢が突き刺さっている。
「これは‥‥」
思わず呆けた顔でそれを見ていると、耳に声が響いた。
『この――馬鹿!』
怒りに満ちた一言が、ハンマーのように頭を殴りつけてくる。
だというのに、心が温かくなった。
来てくれたのか、紡。
『さっさと構えなさい護。後ろから援護する』
続けて声が聞こえた。
これは念動糸だ。首に糸が巻きついている。糸電話の要領で遠方から声を届けているのか。
具体的な援護方法は不明。紡との連携訓練なんてまともにしたことがない。
それでも、つむちゃんがいてくれるというだけで、ランク2が複数体でも負ける気がしなかった。




