表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/188

異常な力 ―オウル―

    ◇   ◇   ◇




 ――敵だ。


 オウルは護の声を聞いた瞬間、機械のような正確さで動いていた。


 服に仕込んでいたナイフ型の武機(マキナ)を抜き、エナジーメイルによる加速で投擲。


 音もなく、三本のナイフは護の急所へと飛んだ。


 この武機(マキナ)はショックウェーブにより飛来中も加速し、更に高速の振動によって貫通力を高めたものだ。


 たとえエナジーメイルで防御をしたとしても、防ぐことは不可能。


 オウルは怪物(モンスター)としては決して強力な個体ではない。外殻の硬さも、身体能力も、純粋なランク2に比べれば数段落ちる。


 だがそれは怪物(モンスター)としての素質の話だ。


 代わりに人間時代に身に付けた知識、技術はそのまま使うことができる。


 名は捨てた。もう思い出すことも、思い出そうとすることもない。


 ただ人間だった頃のオウルを形容する必要があるのであれば、分かりやすい立場があった。




 煉瓦の塔(バベル)の監督者。




 それが彼女を示す冷たい記号だった。


 オウルは武機(マキナ)の作成と、魔法(マギ)の研究で監督者になった人間である。何かに取り憑かれたように、毎日魔法(マギ)の研究をしていた。


 戦闘系の監督者に比べれば、戦闘技術は遥か下。


 しかし『監督者』であることも事実。


 その力は悪名高い『教授(プロフェッサー)』にさえ劣らない。


 そのオウルが一切の躊躇いなく殺しに動いたのだ。


 訪れる結果は目を閉じていても明白だった。


 しかし、信じられないことが起きた。


「ッ――⁉」


 完全に不意を突いて放った三本のナイフが、全て空を切ったのだ。


 それだけではない。


 目前に護が迫っている。


 既にその拳は硬く握り締められ、オウルへと放たれようとしていた。



 ――嘘⁉



 ナイフを横に避けたのではない。前へ進みながらかいくぐってきたのだ。


 それも、とんでもない速度で。


 防御を――。


 ゴッ‼ と激しい衝撃が両腕に走り、オウルは後ろに吹き飛んだ。


「ぅぐっ‥‥」


 重い。


 オウルのエナジーメイルは戦闘用ではなく開発用に調整されている。そのため精密性は高いが、防御力は低い。


 しかしそれを差し引いたとしても、重い一発だった。


日向椿(ひゅうがつばき)凛善正義(りんぜんただよし)剣崎王人(けんざきおうと)。桜花魔法学園の特別観測対象はこの三人だけだったはず‥‥!)


 地面を蹴り、回り込むように走る。


 相手はまず真っ先に間合いを詰めてきた。近接戦闘を得意とする魔法師だ。


 まず間合いを離す。


(おそらく私が変身している姿は見られていない。この姿のまま決着をつける)


 この少年がミッションで来ているのであれば、一人は考えづらい。


 怪物(モンスター)に変身して一瞬で殺せるのであればいいが、そうでなければ事態が大きくなる可能性がある。


 それは駄目だ。


 オウルは走りながら再びナイフを投擲した。


 今度は先ほどよりも強く、更に時間差をつけて。


 だが結果は同じだった。


 護は全てのナイフを紙一重で避け、一気に踏み込んでくる。


 護の背後で炎が瞬き、オウルへと肉薄した。


 明らかに速度で負けている。距離を取ることは困難だ。


 オウルの判断は護の拳が振るわれる刹那に下された。


「振槍」


 炎の拳がオウルの顔面を捉え、そのまま手応えなく通り過ぎた。


『ミラージュ』。


 この一瞬でオウルは蜃気楼を作り出し、護の一撃を外させたのである。


 ほんの一秒にも満たない時間だが、そこには明確な隙が生まれた。


 それだけあれば充分である。


 オウルは指を二本伸ばし、護の頭へと向けた。


 反射的に腕で守ろうとするが、無意味だ。


 この一撃は、確実に命を刈り取る。




「『殺戮弦調(サイレントサイレン)』」




 音の鎌は透明に、静かに、護の頭に突き刺さった。


「ぉぐっ」


 鼻から、耳から、目から、血が噴き出す。


 ――終わり。


 『殺戮弦調(サイレントサイレン)』はプレイノイズからの進化魔法(イクスマギ)である。


 効果は単純、音の刃で対象の内部を細胞レベルで崩壊させる。


 今の護は両耳の鼓膜が砕け、刃がすり抜けた部分の脳も潰れている状態だ。


 『エナジーメイル』は防御に優れた魔法(マギ)だが、五感を守る機能はない。当然、腕で防御しようとしたところで、音を止めることは不可能。


 『殺戮弦調(サイレントサイレン)』はそういった油断の隙をすり抜ける一撃。


 怪物(モンスター)を相手には効果が薄いが、魔法師相手ならば、文字通り必殺となる。


「ほんの少しの油断。それだけあれば、刃は滑り込む」


 オウルは前のめりに倒れていく護を見つめた。


 彼女は血も涙もない煉瓦の塔(バベル)の監督者だが、研究の性質上、一般人や子供を手に掛けたことはなかった。


 きっとこの感傷に大きな意味はない。


 オウルは一刻も早くこの場を離れようとし、おかしな音を聞いた。



 それは、護の踏み出した一歩が地面を踏みしめる音。



「ぇ――」


 オウルの誤算は三つあった。


 一つ目は、そもそも護が使っていた魔法(マギ)はエナジーメイルではないということ。彼女は炎と共に降ってきた護の魔法(マギ)を、『エナジーメイル』と『ハンズフレイム』の派生(ディライブ)だと判断した。


 普段の彼女ならもっと細かく観察しただろうが、勝負を焦ったことがこのミスを生んだ。


 そして二つ目は、『火焔(アライブ)』に再生能力があったこと。これは一撃必殺を選んだ時点で、ある意味どうしようもない見落としだった。世界で観測されたほとんどの魔法(マギ)を記憶しているオウルをして、『殺戮弦調(サイレントサイレン)』を受けて立ち上がれる魔法(マギ)はほぼ存在しない。


 三つ目は、真堂護が既に教授(プロフェッサ―)と戦っていたこと。


「ァァアアアアアアアア‼」


 生半可な傷で、護は止まらない。




「『五煉振槍』」




 ゴッ‼ と火拳がオウルの腹を下から(えぐ)った。


「がはっ‼」


 展開していたエナジーメイルが砕け、焼けた拳が腹を焦がす。


 オウルの着用している服はただの服ではない。彼女自身が作成した防弾防刃の戦闘用である。


 それがなければ、今の一発で終わっていた。


 とにかく、距離を取って態勢を立て直し――。


 追い打ちの一発がオウルの顔面を弾き飛ばした。


 攻撃はそれにとどまらない。胸に、腕に、顔に、拳が突き刺さる。


「ガァァァァアアアアアアアアア‼‼」


 速すぎる‼


 とても『殺戮弦調(サイレントサイレン)』を受けたとは思えない速度で、拳の連打が放たれる。


 受けきれない。


 なんとか逃れようとするが、護の方が速いせいでそれも不可能。


殺戮弦調(サイレントサイレン)は確実に当たってた! どうやって回復したのかは分からないけど、そんな連続で使えるものじゃないはず)


 明らかに異常な魔法(マギ)に、研究者としての本能が疼くが、今はここを切り抜けることが最優先。


 やるべきことは一つだ。


 再びミラージュで護の攻撃を躱し、『殺戮弦調(サイレントサイレン)』を放つ。今度の狙いは脚。機動力を奪う。


「――」


 しかし『殺戮弦調(サイレントサイレン)』は空を切った。


 オウルの狙いを看破した護が、地面を蹴って避けたのだ。


 ――たった一回で動きを見切られた⁉


 『殺戮弦調(サイレントサイレン)』は透明、無音の刃だ。


 それを避けるということは、オウルの動きを予測して動いたということである。


「閃斧!」


 ドゴッ‼ と真上からギロチンのように振り下ろされた脚が、オウルを地面に叩きつけた。


「かはっ――!」


 駄目だ、やられる。


 事ここに至り、オウルは理解する。


 学生の姿に惑わされたが、この少年は間違いなく自分よりも格上だ。


 単純な魔法(マギ)の力や戦闘技術だけではない。必要があれば人間だろうと容赦なく叩きのめす覚悟、どんな傷を負っても怯まない精神力。


 おそらくオウルが怪物(モンスター)に変身したところで、勝機はない。


『お前、何を持っている?』


 何故こいつがそれを知っているのか。どうしてたった一人で襲撃してきたのか。そんなことはどうだっていい。


 負けたら、苦労して得た宝を奪われるだろう。


 いやその前に、『彼』が動く。今こうしている間にも、その可能性は高まり続けている。


 それは駄目だ。


 それだけはあってはならない。


 彼が動けば問題は一瞬で解決するだろう。だが事が大きくなりすぎる。


 守衛魔法師(ガード)が出撃し、場合によっては騎士団(オーダー)も現れるだろう。


 そうなれば彼は何もかもを蹂躙し、本来の彼へと戻る。


 そんなことは許さない。



「ぁぁああああああ! 『解放(エボル)』‼」



 オウルは叫び声を上げた。


 衝撃波と共に青い光が弾け、オウルの全身が捻じ曲がり、羽があふれ出す。


「ッ――⁉」


 護は即座に後ろに跳んだ。


 人から怪物(モンスター)への変異。護は雲仙煙霞との戦いでそれを見ていたから、怯みはしない。


 しかし護は目を見開き、攻撃を躊躇(ちゅうちょ)した。




 オウルを中心に黒い光が地面を這ったのだ。




 生物の血管のように、グロテスクで、神秘的な美しさを持つ幾何学模様。

 その魔法陣を護が目にするのは何度目か。


「お前は、ここで殺す」


 跳び上がったオウルの足元で、黒い駒が三体召喚された。創造主より彼女に与えられた(しもべ)たち。


 従僕は(まゆ)を開くように、全身を露わにする。


 右手が剣に。


 左手が銃に。


 背中に斧を。


 それぞれが青い『2』と人間の面影を持つ怪物(モンスター)である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ