呼び声
◇ ◇ ◇
昼食を終えた俺たちは店を出て、次の行き先へと歩き始めていた。
椿先輩はタクシーでもなんでも使っていいよーと言っていたが、実際はそうはいかない。
タクシーなんて学生が気軽に使えるものじゃない。
電車で移動しようと駅に向かっている途中、ふと後ろから何かに呼びかけられた気がした。
「‥‥」
「どうかしたの?」
「いや、何か声が聞こえた気がして」
「声?」
紡が耳を澄ませ、不思議そうな表情を浮かべた。
「普通に街の音しか聞こえないけど」
「いやごめん。気のせいかもしれない」
紡の隣にいる音無さんも首を傾げているから、本当に気のせいだったんだろう。
音無さんの耳に聞こえないものが、俺に聞こえるはずがない。
「行こう」
歩き始めるが、どうにもさっきの声が気になった。
喉の奥に小骨が突き刺さったような違和感が消えない。
何だ?
おかしく思いながらも俺たちは駅に着いた。
「この後は――」
「それなら」
紡と音無さんの声が遠く聞こえた。
俺を通り越して歩いていく人々の背中が、掠れて見える。
音も光も、何もかもが手で拭った絵のように、輪郭がぼやけて色が混ざり合う。
その中で、俺を呼ぶ声だけが鮮明だった。
『 』
――呼ばれた。
間違いない。何かが俺を呼んでいる。
その時、椿先輩の言葉を思い出した。
『うんうん、やっぱりそうなるよねー。でもさ、怪物が何か探し物なんてする?』
これだ。
それは直感だった。棍距や理屈があったわけではない。
ただ分かった。怪物たちが探し求めていた何かが、たった今その手に落ちたのだ。
「護? どう――」
もはや紡も音無さんも目には入っていなかった。
ここが街中であることも忘れて、『火焔』を発動すると、爆縮を使って空へと飛び上がる。
「っ⁉ 護!」
「真堂君⁉」
方角は向こうだ。距離はそれなり。
頭が燃えるようだ。脳みそに言葉が焼き付く。
――それはあってはならない。存在してはならない。
――まして、誰かの手に渡ってはならない。
じくじくとした痛みに押し出されるように、俺は炎を吹かして空を横切った。
全身の魔力という魔力を燃料に変え、オレンジの尾を引いて飛ぶ。
目指すのは何の変哲もない山の中。
ゴッ‼ と大地を砕き、俺はその場に降り立った。
「なっ――⁉」
高い声が聞こえた。
邪魔な炎と土煙を振り払った先に、一人の少女が立っていた。
ボブカットの髪に、小学生かと見紛う身長。くりくりとした目は、険しく歪み、俺を睨みつけていた。間違いない。これが俺たちの探していた少女だろう。
いや、そんなことはどうだっていい。これが人間か怪物かさえ、たいした 問題ではない。
あの少女が肩から掛けている鞄。
あそこだ。
あそこにある。
あってはならないものが。
――許されざるものが。
一歩を踏み出しながら、俺は聞いていた。
「お前、何を持っている?」
返答は、胸を穿つ刃の一閃だった。




