本当の再戦
衝突の直前で『雷脚』と爆縮を使い、一気に真横に曲がる。
刹那、黒煙の中から雲仙先輩が飛び出してきた。
――よし、釣れた。
これまでの戦いで、明らかに俺へのヘイトが高まっていた。無視するなら横から殴りかかるつもりだったが、手間が省けた。
そう、それでいい。星宮を手にしたいのなら、俺を倒してからだ。
雲仙先輩は拳を構えると、連打を放ってくる。
その動きはもう散々見た。
強化と再生は最低限に、炎を内側で圧縮しながら技術で捌く。
一発一発、正面から受けているわけでもないのに、骨が軋み、肉が削げる。
それでも致命傷じゃない。間違えなければ、受けられる。
その時、先輩が不自然な動きを見せた。拳ではない、腕を軽く振る動作と共に、光のアイコンが弾ける。
――あれは。
考えての行動ではなかった。
雷脚で地面を蹴り飛ばし、背後に跳ぶ。
直後、突風の鉄槌が横殴りに振るわれた。
ゾンッ! と身の毛のよだつ音が前髪を攫った。
桜花戦でも見せた、ショックウェーブのハンマーだ。
危ねぇ! あの経験がなければ今ので終わってた。
着地の瞬間、膝を曲げて衝撃を吸収すると同時に、力を溜める。
『雷脚』。
『爆縮』。
加速の重ね掛けで、肉薄する。
あの時の鬼灯先生ほどの威力は出せないが、スピードに乗ってりゃそれなりだろ。
振、槍――!
下に蹴り込む『雷脚』こそ習得したが、まだ蹴りの振槍は完成していない。
それでも雲仙先輩をガードごと蹴り飛ばす。
「真堂君‼︎」
完璧なタイミングで星宮が来た。その背にいるのは、砕けたアスファルトを飲み込む煙龍だ。
星宮に頼んだのは、煙龍を誘導して俺にぶつけて欲しいというものだった。
今の状態であれに衝突されれば、いくら『火焔』の強化があっても、しばらくの戦闘不能は免れない。
それでもそうする必要があった。
雲仙先輩の角を折るために、火力が足りない。
俺がこの夏休みに習得したのは『雷脚』、『炎駆』だけじゃないんだよ。
教授との戦いを経験し、自分に足りない物を痛感した。
基礎的な身体強化だけではない。
強力な攻撃を受ける技。
守衛魔法師として戦う中で、絶対に必要な力だ。
右手を前に、圧縮した炎を黒鉄へと注ぎ込む。バチバチと頭の奥で火花が散り、右目だけが『Ⅰ』から『×』へと変化する。
炎から生み出されるのは、鍛え上げられた鋼の盾。
勝負と行こうか、朧の龍。
「毀鬼伍剣流――『鋼盾』‼︎」
俺の横を星宮が通り過ぎた瞬間、目前に炎の盾を生み出した。
まるで牙を噛み合わせたような形状の炎の盾が、煙龍と衝突した。
ドンッ‼︎ と新幹線にでも突っ込まれたような衝撃に、炎がパッと散った。
『鋼盾』は『象炎』を得て、新たに使えるようになった技だ。
能力は単純、炎の盾で敵の攻撃を受け止める。
しかし極限まで研ぎ澄まし、刃にだけ炎を集中すればいい花剣と違い、鋼盾は使った炎がそのまま硬度になる。
つまり、
「ぐッ――‼︎」
盾に一瞬で罅が広がった。
ほとんど全ての炎を注ぎ込んだが、進化とランク2の突進を同時に受けたのだ。
勢いを止めることができれば、それで十分。
限界を迎え、盾が砕け散った。
煙龍が口を開け、その向こうに青い光を灯す雲仙先輩がいた。
――まだ俺の炎は、死んでない。
開いていた右手を、閉じる。
砕けていた炎が牙となり、大口を開ける龍へと突き立った。
これが俺の編み出した『鋼盾』だ。
相手の攻撃を止めるだけではなく、砕けた炎を捕食に転用する。
捕食は炎の溜めが必要になる上に、使っている間は他の攻撃が出来ない。
その課題に対する答えがこれだ。
鋼盾で敵の攻撃を止め、カウンターで捕食を入れる。
炎と煙がぶつかり合い、黒と赤が互いを食い合う。
『スモークロウ』のままならたいして魔力を奪うことはできなかったが、進化になった『黒煙怪炎』なら、話は別だ。
一瞬にして炎が膨れ上がり、爆炎となって煙を覆いつくした。
「ぐっ、ぅぁああああああ‼︎」
捕食を振り、強引に距離を取る。
そして暴れ回る火炎を引き戻し、身体の内へと戻した。
ドクン‼︎
心臓が破裂せんばかりに鼓動を打ち、血と炎が激流となって全身を駆け巡る。
内臓が焼け、目から炎が噴き出しそうな熱と痛み。
――待ってたんだろ先輩。
こっからが、本気の再戦だ。
「位階×――炎駆」
内から溢れ出す力と全能感。それに振り回されないように深く呼吸をし、構えを取る。
これまでにない熱量だ。
まずはその煙から、引きずり出す。
煙龍が再び突進の構えを取った。これまでなら避けることに全力だったが、今度はこちらから行く。
前へ。
そう思った瞬間、俺は煙龍の牙を砕いて口の中へ突入していた。
煙幕の中、驚きに青い目を見開く雲仙先輩がいた。
こもるなよ、正面からやり合おうぜ。
煙で加速した拳が飛んでくる。俺は膝を曲げてそれを避け、下から雲仙先輩の顎を蹴り上げた。
ゴッ‼︎ と鈍い音と共に雲仙先輩を上空に弾き飛ばす。
それを追って飛び出すと、雲仙先輩が着地して首を鳴らしているところだった。
桜花戦の時は今の一発で勝負が決まっていたんだが、そう簡単にはいかないか。
「――」
「――」
向かい合ったのは数秒。
互いに踏み込み、炎と煙を纏わせた拳を相手の顔面に叩き込む。
首を振った刹那、すぐ横を拳が抜けた。避けたと思ったが、巻き付いた煙がドリルのように回転し、ギャリギャリと顔や首を削り取ってきた。
こちらの拳は真正面から雲仙先輩の角を捉え、頭を後ろに飛ばした。
「っ――‼︎」
角にも煙を纏っているせいで、拳が弾かれる。
次の一発を撃ち込もうとした時、雲仙先輩がその場で回転した。
怪物になって生えた尾による一撃。外殻に覆われたそれは、エナジーメイルと遠心力の融合で、重機にも等しい重さを得ている。
さっきまでなら受けても吹き飛ばされる。避けてから攻撃をするのが正解だ。
しかしもうさっきまでの俺じゃない。
ドンッ‼︎ 骨身に染みる衝撃を燃やし尽くし、尻尾を受け止める。
「らぁああああああ!」
脚をアンカーに、尻尾を掴んでぶん回す。
砕、けろ!
勢いのままに、地面に叩きつけた。地面が陥没し、地揺れが周囲の建物をも軋ませる。
「――かはっ‼︎」
雲仙先輩の口が開き、牙の奥から血が溢れた。
油断するな。
畳みかけろ。
炎駆を維持できるのはあと数分。
その間に勝負を決める。
即座に撃ち出した振槍は、だが先輩には届かなかった。
膨ッ‼︎ と黒煙が爆発し、俺の攻撃を防いだのだ。
構うな撃ち抜け!
炎を燃やし、推進力を高めて煙を貫く。
地面の硬い感触が伝わってきた。
「避け――」
反射的に空を見上げた時、そこには怪物がいた。
青い光を爛々と輝かせ、雲仙先輩が角を構えた。
上空へと飛び上がった煙龍が、月を飲み込んで落ちてくる。
煙による加速。
直感した。
今からくる一撃が、怪物と化した雲仙煙霞、最大の攻撃。
空から落ちてくる龍は雲仙先輩を飲み込み、一本の槍となって俺に落ちてくるだろう。
受けられるか。
いや、受けるしかない。
覚悟を決めて炎の圧を高めた瞬間、すぐ後ろから声が聞こえた。
「完璧よ、真堂君」
驚いたのは星宮の声が聞こえたからじゃない。背中を押す魔力の圧があまりに強く、重かったからだ。
彼女は人差し指を空に向ける。
「次は、私の番」




