放課後デート
◇ ◇ ◇
試合を終えると、学校は大変な騒ぎになっていて、抜け出すのに苦労した。
「‥‥鬼灯先生への挨拶は、明日でいいか」
本当は紡とか村正とか、王人に音無さん。話をしたい人も、話したいことも山ほどあったが、校内は異様な興奮に包まれていて、のこのこ顔を出せる雰囲気でもなかった。
というか、普通に疲れた。
仮想世界であっても、『炎駆』の使用は身体に負担が大きい。
丸一日受験勉強をしたあとのような重さが頭の中に鎮座している。
今日は帰ろう。
帰って、もう一度戦いを振り返り、改善点を洗い出そう。
なんとか勝つことができたけど、反省点も多い戦いだった。
『炎駆』は強力な技だけど、ある程度の魔力を捕食で強奪した後じゃないと使えないし、長時間の維持は厳しい。
あとは花剣との併用もまだ無理だな。
実戦で試して分かったけど、とにかく『炎駆』の維持に神経を使う。
同時に複数種類の『象炎』を操作するためには、まだ鍛錬が必要だ。
――それでも勝てた。
確実に強くなっている。まだ俺は、強くなれる。
校舎を出てからしばらくして、ようやく緊張感が解ける。このあたりまで来れば、もう大丈夫だろう。熱狂ってものは、場所に縛られる。
体育祭や文化祭だって、その場から離れれば現実に戻る。たとえここで俺を見つける生徒がいたとしても、声を掛けてくることはないだろう。
ようやく一息つけた。
「真堂君」
そんな油断を見抜くように、彼女は現れた。
星宮。
まるで気付かなかった。今の今まで姿を消していたかのようだ。
あの日と同じように下ろした髪の毛が、キラキラと金の粒子を散らしている。
「奇遇だな」
「違うわ。待っていたの」
「そ、そうか‥‥」
マジか。面と向かって言われると、照れくさくて顔を見られなくて、視線の置き所に迷った。
「今、付き合ってくれるかしら」
「‥‥それはいいけど、どこか行きたいところがあるのか?」
付き合って、という単語だけで心臓が跳ね上がるが、ステイ。落ち着け。
そんな平成のラブコメみたいな勘違いはいらないんだ。
いやしかし、そもそも「待っていたの」って発言がよろしくないよな。勘違いさせるような言葉だ。
『護は彼女とかいるんですか?』
同じように、勘違いしそうになった時を思い出した。あの時も、変にドギマギしたものだ。
結局、現実は創作のようにドキドキするつくりにはなってない。
星宮がくるりと後ろを向いた。
「どこに行きたいかは決めてないの」
「‥‥どういうことだ?」
「こういう時、高校生ってどういうところに遊びに行くのかしら」
それを俺に聞くのか。
しかし少し前までの俺と違い、今は遊べる場所を知っている。紡や村正に教えてもらったからな。
「そうだな、カラオケとかゲーセンとか、ボウリングとかじゃないのか?」
「そう。じゃあゲーセンに行ってみましょう。こっちかしら」
「あ、おい星宮」
歩き出す星宮の後は慌てて追いかけた。
星宮は行ったことがないという雰囲気だったのに、足取りに迷いがなかった。
それから紡たちと前に歩いた道をなぞり、俺たちは駅前に出た。
この間は入らなかったゲームセンターの前で星宮は立ち止まった。
煌びやかな光と流行りのアイドルの曲があふれ出ている。
うっ、眩しい。
ゲームセンター。ここは戦いを求めるオタクと、青春群像劇真っ只中のリア充という、両極端な者たちが集う混沌の空間である。
どちらにもなれない俺に立ち入る資格はなく、これまでもほとんど入った覚えがない。
ショッピングモールのゲームセンターコーナーとは、佇まいからして違うな。
「それじゃあ入りましょうか」
「あ、ああ」
「こういうところは初めてだから楽しみだわ」
ニコニコしながら光の中に入っていく星宮に続き、俺も店内へと足を踏み入れた。
どうやら一回はUFOキャッチャーゾーンになっているらしく、所狭しと筐体が並べられていた。
なるほど、階ごとに置かれているゲームの種類が違うのか。住む世界が違う住民たちをうまくゾーニングしている。音ゲーや格ゲーを極めに来た求道者と、カップルが出会ってもいいことないからな、うん。
UFOキャッチャーの中身は実に様々で、ぬいぐるみやフィギュア、アニメグッズ、お菓子。ぱっと見何に使うのか分からないような代物まである。
それらをしげしげと覗き込みながら歩く星宮の頭を何となしに見続ける。この煌びやかな空間でさえ、彼女は一際目立っていた。
「ねえ真堂君」
「どうした」
「これにチャレンジしてみたいと思うのだけど、いいかしら」
「これが欲しいのか?」
星宮が指さしたのは、有名なキャラクターのキーホルダーだった。
赤い子ブタのキャラクターで、名前はたしか『トン助』。妙に反骨精神にあふれているというか、ふてぶてしい目をしている。
「可愛いでしょ」
「そうか? 妙にふてぶてしく見えるけど」
「そこがいいの」
そんなもんか。女の子の感性はいまいちよく分からんな。
星宮が五百円玉を入れた。どうやら六回プレイできるらしい。
「真堂君、三回やってみて。その後に私がやるわ」
「星宮のお金だぞ。いいのか?」
「一緒にやらないと楽しくないでしょう。それとも私がやってるのを真堂君がただ眺めている方が楽しいかしら」
「それはそれで悪くないと思う」
まあ折角だからやらせてもらおうか。
UFOキャッチャーなんて、小学生ぶりだ。
情報にあふれたこの時代、動画サイトをなんとなしに眺めているだけで、UFOキャッチャーの攻略法だとか必勝法だとか、否が応でも目に入る。
このタイプのぬいぐるみキーホルダーは、重心を見極め、最も安定する場所を掴む。
トン助は頭が大きいから、頭を掴めばいい。
「行くぞ」
これでも一ミリの空隙を見極め戦っている身だ。この程度、造作も――。
「‥‥随分大きく外れたわね」
「いや待て。これは肩慣らしだ。まずはアームの強さを見極めることが大事だからな」
「掴めてないのに強さを見極められるものなの?」
「‥‥」
落ち着け星宮。これだから素人は結果を急ぎたがる。UFOキャッチャーってのは回数を重ねて確実に獲得するものだ。
二回。この限られた回数で落とす。
――。
――。
「その、気を落とさないで。一回目に比べたら上手くなったと思うわ」
「ごめん‥‥。三回無駄にした」
何これ、普通に難しいんだけど。動画で見た時はもっと簡単に取れると思ったのに。
「いいわよ。そもそもこの手のゲームって、経験回数が物を言うものでしょ」
星宮はそう言いながら、軽くトン助の位置を確認すると、すぐにボタンを押した。
アームは吸い込まれるようにトン助を掴み、持ち上げた。
無言で見つめる俺たちの前で、トン助は出口ギリギリのところで落下した。
「ほ、ほら。やっぱりそんな簡単には上手くいかないわ」
「いや、結構いいところまでいってたと思うけど」
一回目でそんなことある? 俺なんて三回やっても持ち上がりすらしなかったのに。
「ビギナーズラックという言葉もあるし、たまたま――」
星宮が喋りながら押した二回目は、トン助を出口に落とした。
「‥‥たまたまね」
「これはもう実力だろ」
「私も初めて触ったのよ。実力なんてあるわけないでしょう」
「隠れた才能だな」
「たまたまって言ってるじゃない」
ぷくりと軽く頬を膨らませた星宮は取り出し口からトン助を取り出した。
見れば見る程ふてぶてしい顔をしていて、とても可愛いとは思えない。
「どうする、あと一回残ってるけど」
「私に隠れた才能があるのなら、もう一個取れるわね」
「それは期待大だな」
「‥‥」
星宮はからかわれていると思ったのか、ふいと筐体の方を向いてボタンを押した。
そしてアームは正確無比な狙いで二体目のトン助を掴み、出口に落とした。
すげー。
「これはもう紛れもない天才だな」
「守衛魔法師は諦めて、この道で食べて行こうかしら」
取り出し口から摘み上げたトン助2号を揺らしながら、星宮は肩をすくめた。
あの日、屋上で涙を流す彼女が頭を過って、うまい返しが思いつかなかった。
「冗談よ。そんな顔されても困るわ」
「星宮も冗談言ったりするんだな」
「人のことをなんだと思っているのかしら」
そりゃ‥‥。
「高嶺の花?」
「たかっ⁉」
星宮の声が一オクターブ跳ね上がった。
「そりゃそうだろ。学年どころか学校の人気者だ。中学時代なら、俺が話すような機会はなかったよ」
「た、たか‥‥」
「あの、聞いてるか?」
「え、ええもちろん!」
星宮はわざとらしい咳ばらいをし、俺を見上げた。
「それは偏見よ。みんなと同じ桜花魔法学園の一学生に過ぎないわ。特別扱いはやめてほしいわね」
「そ、そうか。悪かった」
苦言を呈しているわりに、機嫌は良さそうだ。
人気者には人気者なりの苦悩ってものがあるんだろう。奇異の視線を向けられ続ける俺には、一生分からないものだ。
「真堂君、これ」
「ん?」
「これ、その‥‥二つもいらないし、あげるわ」
目の前に揺れるトン助2号。
眠いのか嫌なことがあったのか、半分だけ開かれた目が俺を見つめている。
「ありがとう」
「‥‥どういたしまして」
これ、もらったはいいけどどうしよう。
家族以外の誰かからプレゼントをもらうなんて、小学生以来だ。
こういうのって鞄につければいいのかな。しかし貰ったものを嬉々としてぶら下げるなんて、浮かれ過ぎに見えないか?
しかし付けないのも感じ悪い気がする。
どうしようか悩んでいたら、星宮はさっさとトン助1号を鞄に取り付けた。
「真堂君は、こういうの付けないタイプ?」
「‥‥俺が鞄にこれ付けたら、変な勘繰りをする奴が出てくるだろ」
星宮と俺がそろって同じキーホルダーを付けていたら、余計な噂を呼びかねない。
しかも俺は校内での評判が良くない。今回の雲仙先輩との戦いで、それは余計に加速しただろう。少なくとも先輩受けは良くない。間違いない。
星宮に迷惑がかかる。
しかし俺の真っ当な意見に星宮は首を傾げた。
「キーホルダーを付けるのが嫌ではないってことかしら」
「嫌ではないけど、星宮に迷惑がかかるだろ」
「そんなのは言いたい人間に言わせればいいわ。私が誰と仲良くしようと、それは私が決めることよ」
そう言うと、星宮は俺の手からトン助2号を捕まえ、そのまま俺の鞄に付けた。
ちゃらちゃらと揺れるトン助2号が、鞄の横で輝くような存在感を放っている。こ、これが女子からもらったキーホルダー効果‥‥!
「いいんじゃないかしら。初めての放課後遊び記念ね」
「初めてって、本当に遊びに行ったことないのか?」
それは学校で多くの人に囲まれた星宮の姿からは想像がつかないものだった。
「放課後や休日はずっと守衛魔法師としての訓練をしてきたから」
「それは凄いな」
「凄くないわ。それが好きだったから」
星宮はあたりを見回すと、今度は別の場所を指さした。
「今度は太鼓を叩くゲームをやってみましょう」
「やったことあるのか?」
「ないからやってみるのよ」
左様で。
それから俺たちはゲーセンを遊び倒した。
明らかに場違いな音ゲーや格ゲーもやったし、小学生しかやらないであろう銃を使ったゾンビゲームもやった。
全てのゲームで星宮がお金を入れ、全てのゲームで星宮が圧勝した。
もはや対戦相手にもならず申し訳ない程だ。ヒモは女性を楽しませることで養ってもらえると聞いたことがあるが、この実力ではヒモにすらなれない。
一応俺も出そうとしたのだが、
『これまで遊ばず貯まったお小遣いがたくさんあるの‥‥』
という人気者からは聞きたくなかった言葉を前に、財布を閉めることになった。
その理屈で行くと、俺も貯まってるんだけどね。
「あー、遊んだ!」
ゲーセンから出ると、外はもう暗くなっていた。
星宮はぐーっと伸びをして、晩夏の風にピカピカ光る髪を揺らした。
「ありがとう、付き合ってくれて」
「こちらこそ。俺も楽しかったよ」
「こういう時間も大切ね。なんだか頭がすっきりしたわ」
それは良かったよ。
てっきり雲仙先輩との試合についての話だと思った。
もうお開きということだろう。俺たちはざわめきを背に、家路を歩く。
橋の中ほどまで来た時、隣の星宮が俺を見上げた。
「そういえば聞いていなかったけど、受験の時に私を助けてくれたのはどうして?」
突然だなぁ。
見下ろした瞳は、明かりも無いのに星を砕いた夜空のようだった。
「あれは、ごめん」
「謝罪はもういいの。ただ理由を聞いていなかったなと思って」
昔の話を出されるのは、正直恥ずかしい。
理由か。別に特別なものなんてない。
ただ倒れた星宮がホムラと重なって、その後はどうにもならなかった。
「俺にも何かが出来るんじゃないかって、勘違いしたんだよ」
何をしたところで過去は変わらない。俺がホムラを助けられなかった事実は傷口となって、疼き続けている。
俺の言葉を聞いた星宮は何も言わず一歩を詰めてきた。
「うぉ」
思わず後ろに下がると、欄干に背が当たった。
波の音が耳に響く。
すぐ近くに星屑の瞳が瞬いている。
「勘違いではないわ。あなたの行動は、誰かの救いになっている」
「そんなこと――」
分からないだろ、という言葉は続かなかった。
何故なら星宮の指先が、俺の手に触れたからだ。握ったわけじゃない。かといって偶然触れたわけでもない。
お互いの存在を確かに感じ取る、繋がりだ。
「少なくとも、私にとっては」
胸の内に、ストンと言葉が落ちた。
次の瞬間、カッと熱がこみ上げてきた。
それは瞬く間に首から頬へと手を伸ばし、俺は思わず背後の海へ顔を向けた。
赤くなっていると、鏡を見なくても分かったからだ。
「あなたもそういう顔をするのね」
「‥‥からかうのはやめてくれ」
「私は一度もあなたをからかったことはないわ」
指先が離れていく。
本当に、心臓に悪い。一般的な男子高校生だったら今ので心臓麻痺を起こしてもおかしくないぞ。
バレないように深呼吸を繰り返し、星宮の方を見た。
彼女の唇が小さく動く。
「ありがとう」
見惚れた。
夜を照らす彼女の笑顔に。
透き通る彼女の声に。
受験の時も、黒鬼の時も、今回も、全ては俺が自分で決めた行動だ。
それを認めてもらえた。
ただその事実が、素直に嬉しかった。
「――帰りましょうか」
星宮は何かを聞こうと口を開き、少し間を開けてそう言った。
ああ。
そう答えようとした時、夢から覚めるような音が鳴り響いた。
それは奇しくもあの日と同じ。
このファンタジー染みた世界が、紛れもない現実だということを示す叫声。
怪物警報だ。




