表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/188

煙霞戦 三

    ◇   ◇   ◇




『うぉぉおおおお⁉ これは! これは――信じられません! 真堂選手、戦闘開始から一瞬にして笹川選手、近郷選手をドロップアウトさせました!』


『うまく煙霞君の裏をかきましたね。機動力の有利をうまく使えたというところでしょう』


 実況と解説の声に力がこもる。


 それくらい、この状況は驚くべきことだった。


 雲仙雨霧は真堂護がこれまで何をしてきたのか、きちんと理解していたが、それでもなお勝つのは難しいだろうと考えていた。


 怪物(モンスター)との戦闘と、対人戦は求められる技能に差がある。


 特にチーム戦となると、経験の差は歴然だ。


 良い意味で裏切られた。


 こういう搦め手を交えた戦闘は、鬼灯薫の領分ではない。彼女なら三人まとめてぶっとばせばいいと真顔で言うだろう。


(だとすれば、誰かブレインがいるのかな。剣崎君のスタイルじゃないし、星宮さんにしては、近接戦闘の解像度が高すぎる)


 誰がバックにいるにせよ、それを鮮やかに為してみせた護の実力は疑いようがない。


 しかしまだ最後にして最硬の砦が残っている。


 両者がどんな手を見せるのか、雨霧は久々に感じる期待に胸を高鳴らせた。




    ◇   ◇   ◇




「よぉし! よしよし! いいぞ!」


「――!」


 村正は快哉(かいさい)を叫び、紡は無言で拳を握った。


 護が八知と近郷を打ち破った。


 これは非常に大きい。今回の戦いにおいて、人数差は一番のネックだった。


 距離を取れば八知に射抜かれる。近郷に無理矢理身体を掴まれれば、それだけで致命的な隙になる。


 護が勝利するためには、この二人をいかに素早く倒せるかが鍵だったのだ。


「あれは黒曜が教えた策なのか?」


「‥‥別に。聞かれたからいくつか案を伝えただけ」


「あんなの真堂じゃあ思いつかないだろ。うまくはまったな」


「‥‥」


 褒められたことが照れ臭かったのか、紡はふいと顔をそむけた。


 たしかに護に作戦を伝えたのは紡だ。


 護の機動力を生かしながら、一対一の方向に持っていくやり方だ。紡は念動糸(クリアチェイン)を使った多対一の捌きを得意としている。建物などの環境物を利用するのも彼女の十八番だ。


 寝る間も惜しんで過去の桜花戦データをさらい、煙霞たちの行動パターンを分析した。


 何故そこまでしたのか。


『紡、頼みがある』


 そう真剣な顔で頼まれたら、断れなかった。


 たとえそれが星宮有朱という、別の女のための戦いだったとしても。


 ――正直なことを言えば、ムカつく。


 私以外の誰かのために、そんな顔をしないでほしい。


 星宮有朱のために、戦わないでほしい。


 信じ切った顔で、自分を頼らないで欲しい。


 それでも助けてしまうのは、見続けてしまうのは、結局、目を離せないからだ。


「護‥‥勝って」


 小さな祈りが届いたのか、誰にも分からないまま戦況は次の局面に移ろうとしていた。




    ◇   ◇   ◇



 俺は崩れる近郷へと手をかざし、『捕食(バイト)』を発動。


 ドロップアウトしていく身体を炎がさらい、喰らい尽くす。


 ここまでは予定通りこれた。


 紡が立ててくれた作戦をなぞり、笹川先輩と近郷先輩を倒せた。


 うまくいったから良かったが、正直ここまで綱渡りだ。


 どうやって倒せたのかうまく思い出せない。今も現実感が宙に浮いている。


 身体が熱い。


 奪い取った魔力(マナ)が炎の中で暴れ回っている。


「あーあ。暴れてくれちゃってまぁ」


「‥‥どうして今攻撃してこなかったんですか?」


「うん?」


 雲仙先輩は仲間を二人失ったとは思えない態度で、首を傾げた。


「雲仙先輩なら、加勢間に合ったでしょ」


「ああ。なんで近郷を助けなかったかって?」


 雲仙先輩が本気で動けば、近郷先輩との戦いには間に合ったはずだ。だから常にその動きには注意を払っていたんだが、ついぞ動く気配は見せなかった。


「別に大した理由はないよ。三対一でぼこぼこに出来るなら、それが一番楽だったんだけど。八知が落ちた時点で、近郷が残っててもしょうがないかなって」


「‥‥どういう意味ですか?」


「二体一だからぎり勝てたとか、言われたくないじゃん」


 雲仙先輩がくるりと槍を肩に乗せ、悠々と歩いてくる。


「シナリオとしちゃぁ、調子に乗った一年生が馬鹿なことして、現実を思い知るってのが本来なわけよ。それがなんの奇跡か八知を早々に倒してくれちゃって」


「‥‥」


「そうなったらさあ。あとのシナリオは、一年生が二年生二人倒して、皆大興奮」


 車一台分の距離で、雲仙先輩は足を止めた。


「そんで、それを一対一で倒して、格付けする」


「――そんなことのために」


「そんなことじゃないんだよねー。お前さ、自分が俺の顔に泥塗りたくったって分かってる? 俺に必要なのはただの勝ちじゃないのよ。周囲に力の差ってやつを見せつけなきゃいけないわけ」


 そうか‥‥。


 そこまで考えていたわけではなかったけど、一対三のチーム戦というのは想像以上に雲仙先輩のプライドを傷つけたらしい。


 こっちの身勝手な挑戦で雲仙先輩だけ指名するのも変だし、かといって三人と別々に戦うのもおかしいと思ったからなんだが。


 まあなんだっていいか。


 こうして一対一の状況が作れた以上、あとはシンプルにどっちが勝つかっていう話だ。


 もう既に『火焔(アライブ)』は燃え盛っている。


 二人分の魔力(マナ)を喰らって膨れ上がった火力は、俺の身体すらもじりじりと焼き続けていた。


「それじゃあ、始めましょうか」


「はいはい。ただ一個勘違いしているみたいだから言っておくけど」


「‥‥なんですか?」


 少なくとも、俺はこれ以上話したいことはない。というかホムラが腹の奥でテンションアゲアゲフィーバーナイだから、早く戦いたいんだけど。


「君、自分がなんでランク2に勝てたか分かってないだろ」


「仲間と、魔法(マギ)のおかげです」


「半分正解。君の魔法(マギ)の最大の特徴は、ランク2の外殻すら貫く火力だ。怪物(モンスター)と戦うのに必要なのは細かな技術じゃなくて、シンプルな火力だからね」


「‥‥」


「ただ対人戦は違う。魔法(マギ)の相性、魔法戦闘(マギアーツ)の技術がものを言う」


 はぁ、なるほど‥‥。




「自分の有利をそんなに確認したいんですか?」




 何気なく思ったことを口にしたら、ビキリと雲仙先輩の額に青筋が浮かんだ。


 ようは対人戦なら自分の方が強いって言いたいんだろうけど、だったらさっさと戦えばいい。


 その方が、言葉で百を語るよりよっぽど雄弁だ。


 雲仙先輩はふぅと大きく息を吐き出すと共に、強張った力を抜いた。


「とことん生意気だな」


 来る。


 魔力(マナ)が充足。エナジーメイルによって先輩の身体が淡く光り、槍の穂先が閃光と化した。


「ッ――⁉」


 速い!


 身体を捩じり、初撃は外した。


 しかし雲仙先輩の攻撃は止まらない。槍をいつ引き戻しているのかと思う速度で突き込んでくる。


 脚で身体を振り、避けきれないものは腕で受け流す。それでも全身に裂傷が刻まれていった。


 攻撃どころか、間合いを詰める一歩さえ踏み出す隙が無い。


 多少のダメージは無視して前に進むか。


 いや、このレベルで動けるのなら、俺が進んだところで退かれるだけだ。


 だったら。


「『捕食(バイト)』」


 圧縮した炎を(あぎと)に変えて放つ。


「そう来ると思ったよ」


 瞬間、横からの斬撃が俺の腹を抉った。


 ぐっ――⁉


 ゴッ! と穂先と火炎が衝突し、その反動で地面を転がった。


 痛みだけではなく、胃の奥からせりあがる何かに、息が詰まる。


 止まるな、狙い撃ちにされる。


 地面に爆縮(ブースト)を叩きつけ、跳ね上がるようにして体勢を立て直す。


 今のは、なんだ。


 捕食(バイト)を撃った瞬間、たしかに雲仙先輩は目の前にいたはずだ。


 しかし実際には、真横からの攻撃が飛んできたのだ。


 何かの魔法(マギ)か?


 顔を上げて確認すると、雲仙先輩の立っている場所が変わっていた。信じられないことに、あの一瞬で真横に回り込まれたのだ。


「速さで負けるとは思ってなかった?」


「‥‥正直、驚いてます」


「そういうところが調子乗ってんだよなぁ。やってりゃすぐにばれるから教えてやるけど」


 雲仙先輩の目前で光のアイコンが弾け、一つの魔法(マギ)が発動した。『スモークロウ』か。


 視界を塞がれるのは厄介といえば厄介だが、炎を周囲にばら撒ける俺にとっては、そこまで脅威じゃない。


 煙に隠れようとしたら、即座に炎で広範囲を焼き払えばいい。


 煙に(いぶ)されながら、雲仙先輩が両腕を広げた。


「俺のスモークロウはせいぜい目くらまし程度に思われることが多い」


「まあ、そうでしょうね」


「ただそれは一つの側面だ。捉え方次第で、いくらでも化ける」


 それは知っている。ついこの間、それで花剣を習得したばかりだ。


 そこで気づいた。雲仙先輩がスモークロウをどのように使っているのか。


「まさか、煙を風がわりに‥‥?」


「察しがいいじゃないか。俺はこの煙の流れを鍛えた。大気のうねり、いっちゃえば追い風と向かい風みたいなもんだね」


 煙が視界を覆い隠し、声だけが響く。


「このスモークロウの中では、煙は俺を加速させ、逆に君を減速させる。」


 白煙を貫いて、攻撃が襲ってきた。


 硬質な輝きに反応して、身体を振る。


 火花が煙に紛れて消えるよりも速く、更なる攻撃が飛んでくる。


 しかも正面からの攻撃だけじゃない。左からの攻撃を弾いたと思ったら、右から薙ぎ払いが噛み付いてくる。


「くっ‥‥」


 同時に実感する。煙が全身にまとわりつき、こちらの動きを妨害してきている。


 火焔(アライブ)で煙を燃やしても、他の魔法(マギ)と違って魔力(マナ)の濃度が薄い。燃やしたところでこっちに還元されないし、すぐにまた新しい煙が絡みついてくる。


 ようやく理解した。


 雲仙先輩の戦闘スタイルは、槍の技術を主体とした近接戦闘。魔法(マギ)はそのサポートと割り切っている。


 軽薄な見た目からは想像もできないほど、その槍は洗練されていた。


 不用意に踏み込めない。


 この煙の向こうにある刃が血と熱に鍛えられたものだと理解した瞬間、足が前に出なくなった。


 それでいい。間違ってない。


 敵が強いのなら、思考停止して突っ込んだところでカウンターを喰らう。


 リズムを崩し、こちらが攻撃に出られるチャンスを作る。


「ふっ!」


 教授(プロフェッサー)との戦いでやったように、広範囲に炎を放つ。


 そっちが煙で地の利を作るのなら、俺も同じことをすればいい。炎の中なら、雲仙先輩の動きを捉えられる。


 瞬間、ゴッ! と衝撃に頭をぶん殴られた。


 これは、ショック──、


「『パイルストライク』」


 揺れた身体に、凄まじい一撃が突き込まれた。


 ギリギリで防御が間に合ったのはこれまでの戦いで培われてきた勘によるものだ。


 腹に捩じ込まれた槍の柄を腕で掴み、後ろに跳んで深く突き刺さるのを防ぐ。


 ズプリと引き抜かれた穂先から、赤いエフェクトがこぼれ落ちた。


「まだまだ」


 攻撃は終わらない。


 突き、切り上げ、薙ぎ払い。煙によって加速した攻撃が続け様に叩き込まれる。


 狼狽(うろた)えるな。この程度の痛みで、怯むな。目を開けて、動きを読み切れ。


「そうだ。その目がムカつくんだよ」


 一気呵成(いっきかせい)の攻めは、確実に俺に傷を刻む。


 しかし攻勢に転じたことで、雲仙先輩の動きがよく見えるようになった。


 これなら捌ける。


 鬼灯先生や王人の方が、よっぽど速い。


「シッ!」


 槍を花剣で弾き、雷脚で踏み込む。


 三煉振槍。


 三枚の花弁が爆炎となって散り、拳が雲仙先輩へと迫る。


 それに対し、雲仙先輩は左手を振槍の間に差し込んだ。


 光のアイコンが砕け、ショックウェーブが発動。


 炎と風が混じり合い、俺と雲仙先輩の間で大きく膨れ上がり、破裂した。


 衝撃に押され、お互いに距離を取る。


「‥‥いったいなぁ」


 雲仙先輩が焼けた左手をフラフラと振っていた。怪物(モンスター)の外殻すら砕く一撃を受けたというのに、他にダメージらしいダメージはない。


 ――うまく打点をずらされた。


 こういう技術はたしかに怪物(モンスター)にはないものだ。


 さっき頭をぶん殴られたのも、おそらくショックウェーブの派生魔法(マギ)だろう。スモークロウ以外の魔法(マギ)も練度が高い。


 雲仙先輩が槍を揺らし、穂先を俺に向けた。


「その魔法(マギ)、やっぱりズルだわ。火力が出せて、機動力も高い。その上再生能力もあるんだろ。他の魔法(マギ)が使えなくたって、それ一つで十分お釣りがくる」


「‥‥」


「そういうさぁ、天賦(てんぷ)の才ってやつ。偶然手に入れた時ってどんな気分なわけ?」


 にやにやとしながら聞いてくる雲仙先輩の真意は読み取れない。こちらの隙を伺っているのか、情報を引き出そうとしているのか。


 それとも、単なる好奇心か。




『私を、忘れないで』




 身体から熱が零れ落ち、芯が冷たくなっていく。その中で彼女の温かさだけが、確かだった。


 夕日に溶けて消える緋の光が、夢のようで。夢であってほしいと、何度も願った。


「最低な気分でしたよ」


「――は?」


 いくら言葉を尽くしたところで、全ては伝わらない。


 あんたが歪んでしまった理由が、俺には分からないように。


「先輩の言う通りですよ。俺は偶然『火焔(アライブ)』を手に入れただけの凡夫だ。実力も経験も足りてない」


「それが分かってんのに、なんで挑んできたんだよ。その状態でも勝てるって思われたんなら、やっぱムカつくんだけど」


 雲仙先輩が再び『スモークロウ』を発動した。視界が(けぶ)り、その身体が薄れていく。


 さっきと同じように、的を絞らせず攻撃を畳みかけてくるつもりだろう。


 言葉に苛立ちが滲んでいるが、雲仙先輩の戦術に油断はない。


 化蜘蛛(アラクネ)に殺されかけ、教授(プロフェッサー)には手も足も出なかった。


 それじゃあ駄目だ。


 もう一度ホムラに会うために、俺は強くならなければならない。


「――」


 目を閉じて、意識を己の内側に落とし込む。


 俺は暗闇の中に立っていた。


 白く光る歪な半円が、足元に浮かび上がる。


 半円はあの時と同じように赤く染まり、全身が熱に侵され、ひび割れの痛みが内に、外に広がっていく。


 これが『火焔(アライブ)』を極める代償だというのなら、いくらでもそうしてくれていい。


 俺はもう、大切な物を間違えない。




位階(レベル)×(ツー)へ移行』




 無意識のあの時とは違う。今度こそ、俺は自らの意志で、次の段階へと進化する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ