打ち上げとめっ!
◇ ◇ ◇
学生時代に経験しておきたいことと言えば何か。
青春とか恋愛とか、そういう抽象的なものではなく、もっと具体的なイベントの話だ。
例えば放課後に女子と二人で帰るとか、友達とカラオケに行くとか、学校でお弁当の交換をするとか、そういう人によっては当たり前の一幕が、実は貴重なものだと俺はよく知っている。
その中の一つに、『打ち上げ』というものがある。
行事とか、定期試験とか、いろんな山を乗り越えた時、仲間たちと共にそれを労う会だ。
ホムラと似たようなことをしたことはあるけど、どうしたってあれは打ち上げとは言い辛い。何せ二人きりだし、ホムラは学生ですらないし。
こういうのは同じ行事を体験しているからこその会話とか、空気感があるのだと思うのだ。やったことないから知らんけど。
それがまさか、こんなところで経験することになろうとは思わなかった。
「それでは、真堂の桜花戦初勝利を祝って」
「祝ってー!」
「祝って」
それぞれの手に持つのはソフトドリンクのプラスチックグラス。それを上に掲げ、照れくささを隠すように少し強めの声で次の言葉を言う。
「「「「乾杯!」」」」
カツンとグラスと氷が音を立てた。
妙な甘さと弱い炭酸が気になるコーラも、今日ばかりは特別な味がした。
俺たちは定番になりつつあるファミレスで祝勝会を上げていた。
「いや~、ハラハラしたけどよく勝ったな!」
「あ、ありがとう‥‥」
「一方的に撃たれまくってる時は正直どうなるかと思ったぞ」
うんうんと頷く村正に、なんと返していいやら。
嬉しいには嬉しいんだけど、むず痒い方が勝つ。
「もう少し楽に勝てたと思うけど」
アイスティーを飲む紡から手厳しい声が飛んでくる。
たしかに想像以上に苦戦したから、何も言えない。
「仕方ありませんよ。真堂君は遠距離攻撃主体の相手との戦闘経験が少ないですから。その中でとてもよく頑張っていたと思います!」
「あ、ああ。ありがと」
「‥‥」
紡のジトっとした視線が向けられる。
その理由は、鈍い俺にも理解できた。
小動物みたいに両手でグラスをもってオレンジジュ―スを飲む音無さんが、その理由だろう。
今回の祝勝会を提案してくれたのは村正だったのだが、実は同タイミングで音無さんからもお誘いの連絡が来ていたのだ。
これまでは武機に関することでしか連絡きたことなかったから驚いた。
そこで村正に一緒にどうかと提案してみたところ、村正からは嬉々としてオーケーが出たわけである。
そうしたらなんでか紡の機嫌が悪い悪い。たしかに人見知りするタイプではあったが、昔はこんなに不機嫌を全身で表すタイプじゃなかったのに。
「音無さんはエンジニアなんでしょう。作った人間として、何かアドバイスとかはないの?」
「そういうのがあるなら聞いてみたいな」
紡の声にはそこはかとない小姑感を感じたが、それはさておき音無さんの批評は聞いてみたい。
音無さんは真顔で答えた。
「え、何もないですよ」
「そんなことないだろ。最後の最後まで黒鉄もうまく使えなかったし」
「何もないです。最高の一戦でした」
「あ‥‥そう‥‥」
そうかなぁ。
そんなことはないし、なんならこの祝勝会の前に鬼灯先生から反省という名の言葉の鉄槌を叩きつけられたばかりである。
「銃型の武機はそれだけで近距離戦主体の魔法師には有利なんです。それに対して致命傷を避けながら距離を詰めたのがまず素晴らしかったです」
「でもショックウェーブで距離を取られた」
「はい‥‥」
紡の厳しい指摘が突き刺さる。その通りです。
「でもあれは仕方ないと思います。定石ではありますけど、これまで真堂君が戦ってきた相手にそういう手を使う相手はいなかったはずですから」
「知らなかったから対応できませんでしたなんて甘いこと言ってたら、戦場で死ぬでしょ」
「はぃ‥‥‥‥」
その通りです。すみません。鬼灯先生にもまったく同じこと言われました。
「それでも二回目で対応しました。一回目でも大きなダメージにならなかったのですから、結果を見れば決して悪くありません」
「結果論じゃない。それにあの方法で避けられるのはショックウェーブが甘い相手だけ」
「誰だって経験することでより強い魔法にも対応ができるようになるんです!」
「できるはずの対策が甘いって言ってんの!」
ダンッ! と二つのグラスが机を叩いた。
‥‥これが、祝勝会?
俺の想定していた祝勝会って、もっとこう、なんていうか皆でキャッキャしたり、ドリンクバーでふざけ合ったりするようなものだったんだけど。こんな子供が泣きそうなバチバチの反省会だと思わなかった。
というか既に俺が泣きそうだ。
「すみません、すみません‥‥」
「あっ、ごめ――」
「真堂君、謝らないでください! すみません、少し熱くなってしまいました」
「いや、ありがとう。紡の言ってることは事実だし‥‥‥‥反省します‥‥」
もう祝勝会じゃなくて反省会でいいと思います。
「まあなんだ。反省はそれくらいにして、飯にせんか。今日はスペシャルな日だからな」
「そ、そうね。そうしましょう」
珍しく慌てた様子で紡が備え付けのタブレットを手に取った。
そうだな、気持ちを切り替えよう。
ここは中華系のファミレスだからメニューに目新しさはないけど、普通にうまい。
「俺はまた中華丼にしようかな」
「何言っているんだ真堂、今日頼むものは決まってるだろ」
「なんでだよ」
ふっふっふと村正はあやしい笑みと共に、爽やかなピンクのメニューを出した。
「見ろ、これが桜花セットだ‼」
メニューには九月とは思えない桜の花が乱舞し、仰々しい書体で『桜花序列戦応援メニュー 桜花セット』と書かれていた。
「ただの学校の行事なのに、こんなのやってるのか。」
「桜花序列戦はメディアも大々的に取り上げるイベントだからな。企業もそれに合わせて色々と企画するのだ。ここの桜花セットは凄いぞ」
「理由は分かったけど、季節感のバグり方が凄いな」
どこを見ても緑の季節に、こんな桜満開のメニュー表が許されるのか。
というかこの手の季節限定メニューって、大体旬の食材たくさん使いましたとか、既存メニューをちょいとアレンジしましたってものが大半だろ。そんなに興奮するもんかね。
まあさらさらロングヘアがハーフアップになったり編み込みになったりするとめっちゃ興奮するから、それと一緒なのかもしれない。
えー、何々、大皿サラダボウルに、麺料理一つ、丼もの一つ、定食が一つ、選べる副菜とデートが三つ‥‥。
「多すぎるだろ⁉」
「な、凄いだろ」
「いや凄いには凄いけど、なんでこれで桜花セットなんだよ」
よくばり食いしん坊セットとかにすべきだろ。
「桜花魔法学園の近場に食い放題とかデカ盛りとかの店は存在しない。何故か考えたことはあるか?」
「いや、別に」
たしかに言われてみるとそういう店はないな。体育会系の学校が近いと、そういうのを対象にしたヤスイ、ウマイ、デカイ! みたいな店があっても不思議ではないけど。
「理由は単純だ。桜花魔法学園の生徒はとにかく食べるからな。安くて大盛の店を開店すると、すぐさま飢えた獣たちが群がり、その後には草も残らない」
「んな大げさな‥‥」
「じゃあ貴様は近場に安くて大盛の店があったらどうする」
「通う」
「それ見ろ」
にしたって店がつぶれる程は食わないだろ‥‥と思ったが、よくよく考えてみるとあの華奢な王人だって学食では阿保ほど食べる。
俺も普段は金銭面の問題もあってセーブしているが、食べられるならもっと食べたいなあと思うことは多い。
うーん、てっきり食べ盛りだからだと思ってたけど、桜花魔法学園のあるあるだったのか。そういえば合宿もバイキングだったな。
「魔法を使うととにかく腹が減るからな。普段はそれを警戒する店も、この桜花戦の時期ばかりはこうして俺たち学生向けのメニューを出してくれるわけだ」
「それにしたって、この量でこの値段って、採算取れるのか」
なんとこの桜花セット、お値段千五百円である。学生にたらふく食わせるのが大好きなおばあちゃんとかが値段設定したのだろうか。
「見ろ、これは桜花魔法学園生限定メニューだ。多少の損よりも話題性を優先しているんだろう」
「へー、よく考えられてるもんだ」
とにかく事情は分かった。そういう理由なら頼まない手はない。
麺に丼に定食という主食三つの炭水化物ハッピーセットだけど、今ならいける気がする。
「紡と音無さんはどうする?」
音無さんは流石に普通のメニューにするだろう。紡もいくら専攻練上がりとはいえ、この細い体に全て収まるとは思えない。
ところが紡は髪を払いながら余裕の笑みを浮かべた。
「当然私も桜花セットにするけど?」
何言ってんだ。
「本気か? 凄まじい量だぞ。しかもお残し厳禁って書いてあるし」
こんなん忍たま乱太郎でしか聞いたことないフレーズだぞ。
もはや桜花生への挑戦状のようにも見える。
「専攻練で死ぬほど動いてきたから、楽勝」
「いやいや、にしても物理的に入らないだろ」
思わず紡のお腹を見ると、制服の上からでも分かる細さだ。うちの姉と妹を知っているから分かるが、この細さは並々ならぬ努力がなければ仕上がらない。
にしてもほっそいな、逆に食べているのか心配になってきたぞ。
そんなことを考えていたら、紡がお腹を両腕で隠した。
「見んな変態」
「待て、胸を見てたならともかく腹で変態呼ばわりは納得いかんのだが」
瞬間、念動糸が首に巻き付いた。
なんだ、一体何が起きている‥‥!
「――誰の胸が見る価値がないって?」
「言ってない‼ 言ってない言ってない‼」
言ってない!
しかし必死の弁明は届かず、紡の視線はどんどん冷たく、糸はキリキリと首に食い込んでくる。
「目が語ってた」
「完全な言いがかりだ! たしかにスレンダーだなとは思ったけど――」
「スレンダー? それ貧相の類義語だから」
「無茶苦茶言ってるぞ⁉」
というか紡も一応そういうの気にしてるんだな。どうしてもつむちゃんの姿がちらついて、そういうギャップに妙な照れくささを感じる。
必死の弁明により、なんとか糸はほどいてもらったが、紡の視線は冷たい。
そもそも俺は必ずしも巨乳が好きなわけじゃない。決して嫌いというわけではないが、慎ましやかなものにはそれ独自の魅力というものが――。
「んっ、私も折角なら桜花セットにしましょうか」
ぐっ、と紡の隣に座っている音無さんが伸びをしながら言った。
反らされた上半身は必然的に胸を強調するような姿勢になり、薄い夏服の下に包まれた二つの大きな丸みがその形を露わにする。
うわ、でっか。
「死ね変態」
即座に飛んでくる糸を手で捌く。
「待て、待て待て! 決してそういうつもりじゃなかったから!」
「本当、男って最低。今の顔鏡で見せてあげよっか、鼻の下チンパンジーだから」
「いや、んなことはない、だろ‥‥」
マジ? しかしここで鼻の下に手を当てるのは音無さんの胸を邪な視線で見ていたと認めるようなものだ。
深呼吸によって気持ちを整える。大丈夫、伸びてない伸びてない。
さまよった視線が音無さんに辿り着くと、音無さんは腕を交差させて上目遣いで俺を見上げていた。
「‥‥めっ、ですよ」




