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挑戦者の意地

     ◇   ◇   ◇




『おぉぉっと‼ 防戦一方か真堂選手!』


 解説の熱量が画面越しにも伝わってくる。紡は指先を動かしながら視線はスマホから一切外さなかった。


 画面の中では護が武藤の弾丸の雨を受けて、足を止めてしまっている。


 遠距離武器を相手にあれでは格好の的だ。


 しかし護はまともな訓練を受け始めてまだ半年だ。遠距離攻撃をしてくる相手との戦闘経験などほとんどないはず。


 声を届けられればと思っても、そんなことは不可能だ。


 苛立ちを紛らわせるように指を忙しなく動かしている間に、戦況が動く。


『真堂選手、強引に距離を詰めに行くが――!』


『これはうまく攻撃を躱しているようにも見えますね』


『なんと、確かに小刻みに動いているようには見えますけど、そんな簡単に避けられるものですか?』


『難しいですね。クリエイトバレットで生成される弾丸は小さい。それをショックウェーブやハンズフレイムで飛ばすわけですから、その速度は本物の銃弾と変わりません』


『それを真堂選手は躱していると?』


『完璧に、とは言いませんが。普通はエナジーメイルを厚くするか、シールドで防ぐところを、体捌きで対処しています。よほど目がいいのでしょう』


 そうだ。それでいい。護の強みは高い機動力と再生能力だ。豆鉄砲を多少受けたところで止まらず進めば、相手には強い圧になる。


 しかし近付いた護はショックウェーブで動きを止められ、集中砲火を浴びてしまった。


 ――私なら念動糸(クリアチェイン)で逃がせた。


 間合いを取りたい魔法師が、接近する相手に対してショックウェーブを撃つのは常套手段だ。


 慣れていれば、それへの対処はいくらでもある。


『真堂選手、再び距離を取った武藤選手に炎を飛ばしますが――これは避けられます! 武藤選手、徹底した間合い管理で試合をリードに進めているぞ!』


『武藤選手は対策をきちんと練っている印象ですね。最適解への選択が非常に速い』


 それはその通りだ。紡から見ても武藤は護の行動一つ一つに正解を選び続けている。


 使える魔法(マギ)が一つだけという明確な弱点を突かれている。


 一方護は初の対人戦、遠距離の武機(マキナ)に明らかに攻めあぐねている。


 対策の差は歴然だった。


 この配信を見ている多くの人が、護の動きに注目している。春から良くも悪くも目立つことが多かったのだから、それは当然だ。


 ここで手札を見せすぎるのも、弱点を晒し続けるのも今後に響く。


 ――どうするの。


 問いかけるように見つめる紡は、画面の中に小さく映る護の表情が、微かに変わったのを感じた。


 何かを仕掛けるつもりだ。


『真堂選手、再びの突進! 先ほどはうまくいなされてしまったが、次はどうか!』


『‥‥これは』


 肉薄する護に対し、武藤は再びショックウェーブを展開して壁にする。


 この度はそこからが違った。


 護は即座に横に爆炎を噴出し、ショックウェーブの壁を立ったまま転がった。


「うまいっ」


 思わず声が零れる。


 相手の攻撃にすぐに対応できたところもそうだが、タイミングがドンピシャだった。


『凄まじいです真堂選手、回り込むことでショックウェーブを迂回しました』


『武藤選手もよく躱しましたね、お互いここが正念場でしょう』


『超近距離で銃と拳が飛び交っている! どちらが先に相手を捉えるかの勝負かぁ⁉』


 実況の言葉通り、両者は近距離で弾丸と拳を撃ち合った。髪が弾け、風圧に身体が揺れる程の攻撃の応酬。


 ただこの距離になれば、もはや勝負は見えていた。


『捉えた! 真堂選手の拳が――いったぁぁああああ! 鋭くも激しい一撃‼ これはいいのが入った! 決まったか⁉』


 火炎を纏った拳が武藤の顔を正面から殴り飛ばした。


 化蜘蛛(アラクネ)に対しても使っていた、本気の一発だ。いくらエナジーメイルで覆っていても、無事ではすまないだろう。


 勝負は終わった。


 紡も、実況も、見ているほとんどの人がそう思っただろう。


 その中に解説の小さな声が入り込んだ。


『まだ‥‥立ちますね』


『え、そんなまさか』


 言葉通り、倒れていた武藤がゆっくりと地面を掴み、立ち上がる。


 顔の半分近くから血の代わりに光の粒子をこぼしながら、それでもなお衰えぬ眼光で護を見据えていた。


 静まり返った画面に武藤の声が通る。


『はぁ‥‥はぁ‥‥まだだ‥‥まだ、終わってねぇ‥‥』


『‥‥』


 護はゆっくりと武藤に近付いていった。


 画面越しにもその緊張感が伝わってくる。分かるはずがないのに、紡には魔力(マナ)の高まりが目に見えるようだった。


 手負いの獣は何より恐ろしい。


 武藤の恐ろしいところは、その執着心だ。


 推薦組にすら入れない実力で、この桜花序列戦に選ばれるはずがなかった。紡から見ても、彼より相応しい者は他にいる。


 それでも彼が選ばれたのは、勝利への執着。


 この世界は執着心が強い人間が生き残る。


 優しく、自分を後回しにできる人間ほど、いなくなる。


『と、べぇぇええええええええ‼‼』


 叫びと共に二つの銃口が方向を上げた。


 極限まで圧縮した『ハンズフレイム』そのものを『ショックウェーブ』で噴出する高圧の火炎放射だ。


 至近距離からの渾身の一撃を、護は左手一本で迎え撃つ。


 広がるのは巨大な赤の(あぎと)、『捕食(バイト)』だ。


 衝撃がスマホそのものを揺らした気がした。


『これは、凄まじい一撃だぁぁああ‼ 武藤選手、ここぞという瞬間まで切り札を隠していた‼ 真堂選手も防いでいるが、これは苦しいぞ‼』


 炎と炎の衝突は、すぐに優劣がはっきりした。武機(マキナ)を使った渾身の攻撃と、土壇場で放った迎撃、護が押されるのは自明だった。


『ぁぁああああああああああああ‼』


 烈火の如き気迫は銃の火力を更に高め、顎を食い破らんとする。


 護が推しとどめることができたのは、せいぜい二秒程度だろう。


 それで十分だった。



 (ワン)から×(ツー)へ。



 瞳の輝きは火花と共に移り変わり、『黒鉄(クロガネ)』が閉ざしていた牙を開いた。


 もしも護を真正面からの大火力で沈めたいのであれば、不意を突いて急所を抜くか、一点集中で捕食(バイト)を貫かれなければならなかった。


『ふっ――』


 短い呼気に乗せて振るわれる花の剣は、閃光を滑らかに通り抜けた。


 芯を失った火炎放射がほどけた糸のように暴れ、周囲に黒い(わだち)を作った。


「く、そ‥‥」


 そして胸に一筋の傷を刻まれた武藤は、光となって砕け、散った。


 あまりにも静かな決着に、見ている側も言葉を飲む。


 数秒立って、再起動した実況が、異空の崩落に間に合わせるように叫んだ。



『け、決着ぅぅうう‼ 鮮やかな一閃が勝負を決めた‼ 真堂選手、序列上位の力を見せつけたぁぁあああ‼』



『素晴らしい一撃でしたね。あの状況からあの速度での斬り返しは中々考えられない』


『長曽根選手にそこまで言わせるとは‥‥正直私には何が起こったのかあまり見えなかったのですが』


『あまり詳しく言及することは避けますが、今年の一年生は侮れません』


「ふぅ――」


 実況と解説の興奮した声を聞きながら、紡は大きく息を吐いた。


「おいおいおいおい、桜花戦は終わったのか、黒曜ちゃんヨ?」


 やかましい声に横を向くと、そこには紡が所属している専攻練(せんこうれん)の教員、千本松羽針(せんぼんまつはばり)が立っていた。


 声同様に見た目も(やかま)しく、ドレッドヘアにグラサンをかけた教員はこの桜花魔法学園でもこの教員を置いて他にいない。


「それで、やるべきことはきっちりちゃっきり終わってんのかヨ」


「はい」


「見せてみな」


 千本松に言われた通り、紡は観戦しながら作っていたものを見せた。


「ふーむ、悪かねぇ。ただこことここ、ブレが見えるな。心を乱した証拠だ」


「すみません」


「ま、桜花戦観戦しながらでこれなら上出来だロ」


「ありがとうございます」


 千本松から返してもらった布を紡は改めて広げてみた。そこには色とりどりの花束が刺繍されていた。紡が針と糸を通した念動糸(クリアチェイン)で、観戦しながら縫ったものだ。


 千本松に言われて中等部に入学したころからやっている念動糸(クリアチェイン)の鍛錬である。


 これのおかげで紡は念動糸(クリアチェイン)を自分の指よりも精密に、素早く動かすことができる。


 高等部に進学し、無事千本松の専攻練(せんこうれん)に入ることが出来た紡は、徹底して念動糸(クリアチェイン)の操作性を上げることに注力していた。


 得意を極めるのが千本松のやり方だ。


 試合も終わったので、ここから本格的な専攻練(せんこうれん)が始まる。


「そんで、愛しの真堂ちゃんは勝ったのかヨ」


「護なら勝ち――待ってください、なんて言いました?」


「だから、愛しの真堂ちゃんは」


「愛しじゃないです!」


 思わぬ言葉に紡の語気が強くなるが、千本松はあは~んと言わんばかりに肩をすくめた。


「でもでもだってよ、他の戦いならいちいち見ねーだロ」


「それはそうですけど‥‥単なる幼馴染ってだけです」


「幼馴染なんて! 純愛の象徴じゃねーノ‼」


 ビシッと指さしてくる千本松を無視して紡はスマホの画面を消して立ち上がった。


「そんなんじゃないです」


「本当ニ~?」


「本当です」


 少なくとも、護はそう思っている。


 紡はそんな一言を口の中で押しとどめた。


 幼馴染なんて聞こえはいいが、恋愛に関して言えば大してメリットにはならない。それどころかデメリットでさえあると紡は思っている。


 女として見てもらうよりも先に、つむちゃんとして見られてしまう。護の顔を見れば、それがありありと分かるのだ。


 そして心のどこかで、それでいいと思ってしまう自分がいる。


 そこにいる間は自分が一番近くにいると勘違いしていられるから。


「まったく、女心は難しいねェ」


「別に先生に女心を理解しようと思ってないので大丈夫です」


「辛辣ぅ~」


 こんなチャラいんだか若作りなんだかよく分からない先生だが、千本松の魔法師としての実力は本物だ。


 そうでなければ、専攻練(せんこうれん)になど入っていない。


 ただの幼馴染でなんでもいい。ただ護が助けを求めた時に、誰よりも速く、誰よりも強く力になりたい。


 確実に強くなり続ける護に頼ってもらうために、紡は腕を磨くのだ。


 初戦を勝利で飾った幼馴染の姿を思い出しながら、紡は足取り軽やかに歩き始めた。


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― 新着の感想 ―
lv2には絶対に勝てない学生相手にlv2を使った時点で試合に勝っても負けだと思う...
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