内部生たち
◇ ◇ ◇
毎年のことなれど、試験官室は静かな熱気に包まれていた。
試験官たちは、スクリーンとタブレットを通して受験生たちの動きを常に見続けている。
スクリーンは特に大きな動きを、タブレットは細かな部分の映像を。
事前に受験番号ごとに審査する担当が振り分けられているため、試験官はタブレットを使って受験生を追っているのだ。
映像は妖精によって録画されており、後から見ることも可能。そのため審査自体は後から時間をかけて行うことができるのだが、全ての教員たちは今日という日を楽しみにしていた。
今この瞬間、全力で戦っている受験生たちを見ることに意味が、意義があるのだ。
彼ら試験官は、内部生はもちろん、外部の受験生たちの情報も事前に確認をしている。
経験豊富な彼らは、その情報からある程度、受かるであろう者とそうでない者の目星をつけていた。
「やっぱり内部の連中は飛び抜けてるなあ。どんどん撃破していってるぜ」
「それはそうでしょう。はっきり言って、意識が違いすぎます。私塾などで魔法戦闘の訓練を積んだ子たちもいるでしょうが、それでも厳しい」
「うちの教育が素晴らしいと思うべきか、魔法教育の停滞を嘆くべきなのか」
桜花魔法学園では、中学から高校への進学の際に、およそ二倍の数の入学者を募集する。
その半数は、内部生だ。
つまり同じ試験でありながら、内部受験の学生が落ちることはほとんどない。
何故なら彼らは中学生の頃から、魔法を用いた戦闘についてを叩き込まれている。
その違いは初めの動きから如実に表れた。
外部生たちが立ち止まったり、相手を見つけるために動き回ったりするのに対し、内部生の多くは、まず身を隠して周囲の観察を徹底している。レーダーに捕捉されるよりも外側から、あるいは捕捉されてもすぐに逃げられる距離を維持して。
何故なら彼らは身をもって知っているからだ。
常に自分が有利になる立ち回りの必要性を。
何より、絶対に勝てない相手がいるということを。
彼らに見つかり、正面から戦闘になった時点で自分の退場が確定することを知っているから、慎重に動く。
それを理解していない人間から、次々に退場しているのだ。
じっとタブレットを見ていた一人の試験官が、思わずといった様子で言葉をこぼした。
「──剣崎と星宮がぶつかる」
その一言は大きな声ではなかったが、ほとんどの試験官たちが反応した。
「本当? もうそこぶつかるの?」
「早いねー、どっちが勝つかな」
「それは見たいな」
試験官室は一気に盛り上がった。同時に妖精の手によって、巨大なスクリーンに映像が映し出される。
そこでは桜花魔法学園中等部の制服を着た二人の男女が、向かい合っていた。
まず目につくのは、少女の方だろう。蜂蜜色の髪を編み込んだ、背の高い少女だ、彫りの深い端正な顔立ちの中で、気の強そうな瞳が正面を睨んでいる。
星宮有朱。
見る者全てを惹きつける美貌と、高い魔法の能力を持ち、中等部で絶大な人気を誇る生徒だ。
対するのは小柄な少年だった。肩ほどまで伸ばした灰色の髪に、華奢な身体も相まって少女のように見えるが、スラックスが示すように、正真正銘男子生徒である。
名を剣崎王人。
彼はどこまでも自然体で、柔和な笑みを浮かべたまま有朱の前に立っていた。
二人の様子を、試験官たちは楽しそうに見つめる。
「どっちが勝つと思う?」
「そうだな、純粋な魔法の能力で比べたら難しいけど‥‥」
「今回の試験なら、剣崎君でしょう」
「星宮さんも状況次第ならなー」
興奮と共に飛び交う言葉たち。
この試験を合格したいのであれば、絶対に出会ってはならない龍と虎が、顔を突き合わせたのだ。
試験官室のボルテージが上がる中、二人の戦いは始まった。
◇ ◇ ◇
星宮有朱は落胆していた。
眼下で光となり消えていく受験生たち。これで既に五人。
試験が始まってまだ十分ほどだというのに、有朱は無防備な連中の頭を撃ち抜くだけで、五人を退場させたのだ。
「外部受験生の質が低いとは聞いていたけれど、酷すぎるわ」
有朱は試験が始まると同時に、すぐに建物の屋上に登った。こういった遭遇戦においては、上を取るのが基本。どうやら意図的に建物の高さに制限を設けているようだが、それで十分だった。
戦い慣れていない受験生たちはレーダーに引かれてのこのこと顔を出し、彼女の魔法によって狩られているのである。
あまりにお粗末だ。
こんなことならば、素直に内部進学の推薦を受けておけばよかった。少なくとも、こんな退屈な時間は過ごさずに済んだだろう。
そう思いながら、場所を変えようかと顔を上げた時だった。
背後に気配を感じた。
「ッ──!」
有朱は即座に『エナジーメイル』を発動しながら横に跳び、振り返る。
そこには柔らかな笑顔を浮かべた少年が立っていた。
油断していたとはいえ、自分が背後を取られたことに驚いたが、相手を見てそれに納得した。
「気配を消してレディの後ろに立つなんて、無作法ね剣崎君」
剣崎王人は困ったように笑い、返した。
「すみません。どう声をかけようかと考えていたのですが」
「冗談よ。後ろから切りかかってもよかったのに、それは余裕かしら?」
その気になれば、王人は有朱に不意打ちをすることもできた。しかし彼はそれを選ばなかったのだ。
可愛らしい見た目からは想像もつかない本質がいかなるものか、有朱はよく知っていた。
「星宮さんも同じでしょう。それは勿体無いじゃないですか」
至極当たり前のことを言うように、王人は言った。
言葉の端々から伝わってくる、ようやく楽しめる相手に出会えたと。
──相変わらずの戦闘狂いね。
楽しそうだからという理由で、わざわざ推薦を蹴って受験をしている男だ。まともではない。自分の言えた義理ではないが。
有朱は考える。
彼を相手するのであれば、この距離はまずい。なんとかして距離を取らなければ、確実に負ける。
そう決断してからは早かった。
「それじゃ、始めましょうか」
有朱は言うが早いか、ショックウェーブを王人に放ち、建物の縁を蹴って空中に身を躍らせた。
この辺りの地形は上から見て頭に入れている。
彼女は身体を翻すと、隣の一段低い屋上に着地した。
そしてすぐに走る。
屋上から屋上へと飛び移り、壁を蹴って地上へ。一歩間違えれば壁に激突するか、空に飛び出すかという道を、速度を緩めることなく走る。
逃走ルートは事前に決めてあった。他の受験生ならばともかく、剣崎王人を相手に、あの距離で戦っても勝ち目はない。レーダーの外側に逃げ切ってからが本番だ。
「やっぱり、速い」
すぐ後ろから声が聞こえた。
「ッ‼︎」
もはやそれは目視しての攻撃ではなかった。有朱は振り向きざまにショックウェーブを叩き込む。
範囲よりも、速度重視で敵の足を止める。
だがその動きを王人も読んでいた。
彼は走る脚を止めることなく、軽やかに跳躍。何なくショックウェーブを超えると、そのまま有朱へと落ちてくる。
「そう来ると思ったわ」
読み勝った。
有朱が選んだ逃走ルートはただの逃げ道ではなく、左右に逃げ場のない一本道。追手はショックウェーブを避けるために、上に行くしかない。
有朱の右手の周りに、小さな光の輝きがいくつも舞っていた。それらは星座のように細い光の線でつながり、明滅していた。
空中で身動きが取れないところを、狙い撃つ。
「発射‼︎」
放つのは『スターダスト』と呼ばれる魔法。待機状態だったエネルギー弾が、空気を焼き焦がして王人に殺到した。
たとえ一発二発は避けられても、被弾は免れない。
そんな予想を嘲笑うように、王人の身体が回転した。
少なくとも有朱の目にはそう見えた。
甲高い音が連続して響き渡り、幾つもの光が弾ける。
その事実に反応するよりも早く、何かが飛来して有朱の右太ももを貫いた。
「くっ!」
痛みはなく、衝撃だけが走った。傷口からは血の代わりに光の粒子が漏れ出す。
勝敗は決まった。
――トン、と目前に着地した王人には傷一つ無く、その右手には硝子細工のような片手剣が握られている。有朱の太ももに刺さっている物と同じ物だ。
その姿を見て理解させられた。『スターダスト』は全弾叩き落とされた上に、カウンターを受けたのだ。
『クリエイトソード』。
魔力によって剣を作り出す魔法。剣とは言っても、刃の部分に『斬る』という概念が付与されただけの、脆い代物だ。
少しでも力の入れ方を間違えれば砕け、刃以外のところに衝撃を受けても砕ける。
見た目通り、硝子のような剣だ。
しかし剣崎王人が一度その剣を握れば、それはあらゆる物を断つ名剣となる。
だから距離を取らなければいけなかった。
遠距離を得意とする有朱にとって、彼の間合いでの戦いは、圧倒的に不利だ。
彼は構えらしい構えも取らないまま、こちらに向かって歩き始めた。
「すみません星宮さん、今回のルールは僕にとって有利すぎる。ただあなたを残しておくと、どこかで必ず狙撃が来る。折角の試験ですから、それは避けたかった」
「何かしらその言い方は。もう勝った気?」
「はい、この状況は詰みです」
有朱は歯噛みするが、王人の言う通りだった。脚をやられた以上、もう逃げることもできない。
一時でも逃げる隙を与えたのは、彼なりの公平さだったのか。どちらにせよ、レーダーがある今回の試験では、先に見つかった時点で有朱の負けだった。
腑抜けて油断していた自分が腹立たしい。
せめて最後に一矢は報いてやろうと王人を見据えた時だった。
何かが上から降ってきた。
「うぉぉおおおおウェエエえええええ⁉︎」
ドゴン! と凄まじい音を立てて、ちょうど有朱と王人の間に、それは落ちてきた。
どこにでもあるスポーツ用のジャージに、何とか着地しましたと言わんばかりの不恰好な体勢。
どういうわけか空から降ってきた少年は、身体から火の粉を散らして顔を上げた。
「──これ、どういう状況?」
こっちが聞きたいと、有朱は心の底から思った。




