84. お友達
久しぶりの更新となりましたが、どうかよろしくお願いします。
王城の中の応接室の一つ。壁や家具は柔らかい茶色で統一され、高級感を醸し出しながらも寛ぎやすい空間を演出している。
その中心で、ふわりと柔らかいソファにレオノラは腰掛けていた。目の前には、色とりどりの菓子が並び、淹れたばかりの紅茶が湯気を立てている
そして、レオノラを呼び出した筈のセラフィーネ王女殿下は、向かいのソファでなんと、しょんぼりと俯いていた。
「ゲルツ侯爵夫人。その、すみませんでした。私は、ご都合を伺ってきて欲しいと頼んだつもりだったんですが…」
『王女からの呼び出し』と言われて身構えたレオノラだったが、どうやら本人の意図は違ったらしい。
しかし王族は本来、他人の都合を聞くなどしない。しかも相手はあの蛇宰相の身内。和やかなお茶会をするような間柄には思われず、使用人の間で誤解が生じてしまったようだ。
「侯爵夫人とお話がしたくて。次に王城にお見えになったらすぐに知らせて欲しい。とお願いしていたのも悪かったみたいで」
「王女殿下。どうかお顔を上げてください。私は気にしておりませんので。特に午前中は予定もありませんでしたし」
昨日のベルナールの最悪な登場のことで呼び出された訳ではなかったようだが、美少女が瞳を潤ませているのは大変気まずい。
必死に王女を慰めるレオノラだが、これは謝罪するチャンスでもあると気付いた。
「こちらこそ、昨日は大変な無礼をしてしまい申し訳ございませんでした。夫の分も謝罪させていただきます」
「そんな無礼だなんて…そういえば、仲直りはできました?」
「えっ?…あ、はい。なんとか」
レオノラが答えれば、王女は「よかった」と笑顔で頷いてみせる。昨日あんな姿を見た筈なのに、王女の表情には蛇宰相に対する嫌悪感は見られなかった。
「それで、昨日は途中で宰相様が来ちゃってお話できなかったんですが…」
「は、はい」
何の話が始まるのだ、とレオノラが身構えると、王女が期待と不安の入り混じった顔を向けてきた。
「あの、ゲルツ侯爵夫人。よろしければ、私とお友達になっていただけないでしょうか?」
「はい……え!へっ?」
天使の後光と見紛うばかりの輝きを背にする、美少女の上目遣いに反射的に頷いてしまったが。レオノラはハッと我に返ると慌てて姿勢を正した。
「し、失礼しました。あの、お友達というのはその……。大変光栄なのですが、私の夫は…」
「分かってます!宰相様と夫人のお立場も分かってますので。その、秘密のお友達、と言いますか。こうやって、非公式に時々お茶をしていただくだけでも…」
縋るように瞳を潤ませるものだから、レオノラは内心大慌てだ。この美少女から友達になって、などと可愛くお願いされたら、答えは一つしかないも同然。ではあるのだが…
「あの、どうして私なのでしょう?」
疑問を投げかけたレオノラに、セラフィーネ王女は少し困ったように目尻を下げた。
「その、王女という身分は、好きにお友達を選べないらしいんです」
「…ん??」
「それで、ゲルツ宰相様と、フェザシエーラ公爵様。二人が選んでくれることになって。それぞれ貴族のご令嬢方を紹介されました」
蛇宰相が登場した途端、話の方向に不穏な気配を感じ、レオノラは背筋に冷たいものが伝う感覚がした。
「まずは宰相様がご紹介してくださった方々とお茶会をしたんですが。その、……」
「…何となく分かりました。どうか遠慮なさらず、言ってください」
「はい。それが…私へのお世辞と、ご実家のアピールと、他家の悪口ばかりで。お友達にはなれませんでした」
「……………あぁぁ」
レオノラはたまらず、悲痛な声が喉から漏れ出てしまった。
やはり蛇宰相は、蛇宰相。宰相派閥のトップとして、がっつり王女殿下に取り入る気満々で、その手の協力的な御家のご令嬢を集めたのだろう。
自分が貴族でなければ、今すぐ地面に這い蹲って謝罪したいくらいだが。そうもいかないので、必死に淑女らしい言葉を選ぶ。
「夫が紹介した方々とはお話が合わなかったのですね。そういうこともありますもの。どうかお気になさらず、フェザシエーラ公爵様のご紹介の方々と…」
「あ、いえ。それはもっと酷くて」
「え?」
「フェザシエーラ公爵様の紹介してくださった方々は……全員、アレク様が好きみたいで」
フェザシエーラ公爵家はアレクの実家であり、公爵はアレクの父親だ。そこが紹介する高位貴族の令嬢となれば、アレクとも関わりのあるお嬢様であっても何も不思議はない。
「敵意が凄かったです。お友達なんて、絶対に無理です」
「そ、そうですか……」
なんということか。そんな悲惨なお茶会に参加させられたなんて。
ふっと悲し気に伏せられた王女の顔に、レオノラも胸が痛くなった。
「変ですよね。田舎娘の時は自由にお友達が作れたのに、王女だとそんな風にお友達を誰かに選んで貰うなんて。王女になっても私は私なのに」
もう胸が潰れそうだ。切なさを堪えるように若干震える声が、余計にいじらしくてレオノラの心臓を揺さぶってくる。
だがしかし、そんな話を聞いてしまえば、余計に了承する訳にはいかない。
「であれば、私はますます相応しくありません。ベルナール様の妻ですから」
「いえ。侯爵夫人は大丈夫だと信じています」
「……な、なぜでしょうか?私こそ、王女殿下に取り入るよう、夫に命令されていても可笑しくありませんが」
「さっき話したお茶会に呼ばなかったということは、宰相様には夫人にそんなことさせるつもりはないのだと思います」
王女の言葉にレオノラは「たしかに…」と返してしまった。
取り巻き選びのお茶会のことなど何も聞かされていないし、ベルナールからその様な指示を受けたこともない。王女の言う通りだった。
「それに、侯爵夫人ならそうなっても良いんです。それでもお友達になっていただけると思っています」
「えぇ?」
「だって、宰相様と仲良しですもの。私が宰相様の希望に添えなくても、侯爵夫人が後で叱られたり、酷い目にあったりはしないと思って」
「……」
「この間の舞踏会で、侯爵夫人がアレク様と踊った時。宰相様ったらそれは怖い顔していて。きっとすごくヤキモチを焼いてるんだな、って分かっちゃったんです。お二人は仲良しなんですね」
セラフィーネとしては、それは自分も同じ気持ちを抱いたからこそ察することができたことなのだが、そこは言わないことにする。
言葉と一緒に静かに紅茶を飲む王女を前に、レオノラはポカンと口が開いてしまった。
ベルナールの顔がそれは凶悪だったことは、容易に想像できる。それを、“ヤキモチ”という言葉で済ますというのは、彼をよほど好意的に思っていないと無理だろう。
「あ、あの…ベルナール様のことは、苦手に思われたりはしないのですか?」
ぶしつけだろうが、これだけ言葉を尽くしてくれる王女に、レオノラも少しだけ本音の会話がしたくなった。
「正直に申しますと、とても苦手でした」
「そ、そうですか…」
「でも!それは以前までなんです!…その、私のことなんですが、少しお話してもよろしいですか?」
レオノラが小さく頷くのを見た王女は、スッと紅茶のカップを置いた。
「自分が王女だって言われて、王城に来て。それから沢山の人に会いましたが、誰も彼もが私を王女としてしか見ていませんでした」
田舎娘として暮らしていた時に関わった人達と比べて明らかに違う。良く知りもしない自分に誰もが傅き、謙り。にも関わらず、品定めをするような目で見てきた。
「特に、宰相様はその感じが強くて…少し怖かったのも本当です」
一向にセラフィーネ個人ではなく、王女の立場だけを尊重するベルナールを、自然と苦手に思っていた。
「でも、侯爵夫人と初めてお会いした時、印象が変わったんです」
初めてレオノラとベルナールと二人に遭遇した時、不満そうにしながらも、唐突なレオノラの意見を聞き入れていたベルナールに、セラフィーネは驚いた。
「それで、もっとちゃんと宰相様のこと考えてみようと思って。私が女王になったら、一緒にお仕事をすることになるんですし」
そこまで言ったセラフィーネだが、次の言葉は言い難いのか。躊躇うように視線が少しだけ逸らされた。
「その、最初は私が帝国の血筋だから、好かれていないのかも、なんて考えたりもしちゃったんです。帝国主義に反対する意見が多いって伺っていたので…」
「そ、それは…きっと違います。ベルナール様は…」
「分かってます!今は私も分かってます!」
咄嗟に否定したものの、どう反論すれば良いか分からなかったレオノラは、王女に遮られたことでまた口を閉じた。
「宰相様は帝国が嫌いな訳じゃない。ただ、帝国を優先する意見が多いこの国で、反対することで帝国に寄り過ぎないよう、調整役を担ってくださってるんです」
「……は、はぁ」
「宰相様が嫌われ役をしてくださるから、むしろアレク様達の様に帝国に友好的な方も自由に意見が言えるのだと思いました」
いや。ベルナールに嫌われ役を引き受けているつもりはなく。本音で帝国主義を嫌っているし、己の権威を示す為に声高に主張している方が真実に近い気もする。
「お父様…国王陛下にも聞いたら、その通りだって言われました。よく気付いたなって褒められたんですよ」
「っ!?」
「だから宰相様のこと、怖いだけじゃないって思えるようになったんです」
ニコリと微笑む王女を前に、レオノラはただただ固まってしまった。急に出てきた国王の名にも驚いたが、それよりも予想外だったのは、ベルナールに対する評価だ。
声も出せずレオノラが硬直していれば、また王女がおずおずと覗き込んできた。
「あの、ですから、宰相様はまだ時々怖いですけど、苦手じゃありません。なので、どうでしょうか?他に気になることがなければ、どうかお友達に…」
「なって欲しい」と、最初の話題に戻ったセラフィーネ王女は、キラキラと期待に輝く瞳を向けてくる。
王女の言葉を信じるなら、レオノラはベルナールの心配する必要はもう無い。
蛇宰相の破滅を防ぐ為、セラフィーネ王女に取り入る必要はないのだ。
だから、セラフィーネが向けてくれた本音に、本音で返せる。
「その、私でよければ。ベルナール様と王女殿下やフェザシエーラ様の意見が対立するようなこともあるかもしれませんが… それでもよければ、是非王女殿下のお友達に…」
「セラフィーネ」
「え?」
「お友達なら、どうか私のことはセラフィーネって呼んでください」
ほんのり頬を染めたセラフィーネの微笑みが天使の様に美しく、レオノラは眩しさに目が眩みながらなんとか言葉を返した。
「では、私のことも、レオノラと」
「はい、レオノラ様!」
帝国女帝の血筋を証明する真っ赤な髪がフワリと跳ねるほど笑ったセラフィーネの笑顔に、レオノラは余計に目が潰されてしまった。
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