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79. 風が運ぶ

 風がピュウピュウと乾いた音を立てる午後、王城の入口で馬車から降りたレオノラは、手に持ったバスケットが揺れない様にしっかりと抱え直した。

 今日は朝から風が良く吹く日で、王城の外壁の見張りをしている衛兵達も、服や髪が若干乱れている。


 外で仕事をしている彼等を横目に、安全な屋内にさっさと入ったレオノラは、ホッと安堵しながら少し捲れてしまった裾を直した。


「風が強いな~」


 時折カタカタと窓が揺れる音に釣られ、レオノラは視線を外へ向けた。風に乗って空を舞う木の葉や砂埃を眺めながら、いつもよりゆっくりとした歩みで宰相執務室を目指す。


 あの『触るな』宣言から一週間ほど経ったが、ベルナールがこちらを恨めし気に睨みつけてくる回数がだんだん増えてきた。かと思えば、落ち込んだ様に俯いたり、何かを言いかけて止めたり。情緒が若干心配になってくる。


 レオノラが話し掛ければいつも通りの短い返事は返ってくるし、食事もいつも通り一緒に取っている。

 それなりに普段通りなのだが、ふとした瞬間に何か思い詰めた様に眉間に皺を寄せて、緑眼が暗く湿った視線を向けてくるのだ。


 レオノラの思うツボだった。

 精々自分の行いを後悔して、こちらの機嫌を伺ってヤキモキすれば良い。


 そう開き直って良い筈だが、あの迷子の様にキョロキョロと揺れる瞳に、レオノラは毎回いたたまれない気分になる。

 そろそろはっきり、『そんなに落ち込むくらいなら最初からするな』と文句を言った方が良いかもしれない。


「でも、もう暫く様子を見てからね…」


 たった一週間で宣言を撤回するのも気が引けるし何より悔しい。もう少しこのままにしておこう、と短く溜息を吐き、レオノラは宰相執務室の扉の前に立ったのだが…



***



「居なかった…」


 申し訳なさそうなクリスから聞いたベルナールの不在。肩透かしを食らったレオノラは、仕方なく早々に宰相執務室を辞していた。今は、いつものごとく王城内の散策をしている。


 気まずいとは思っていたが、会えないとなるとそれはそれで拍子抜けしてしまう。なんとも複雑な気持ちだ。


 そんなモヤモヤを振り払うようにレオノラは、さて今日はどこへ行こうかと考える。


「そういえば、あれから王女殿下ってどうしてるのかな」


 ふと気になったレオノラは、念の為、今日は北側の裏庭を覗いてみることにした。


 今の段階でゲームの仕様がどこまで当てになるかは分からないが、以前はゲーム通り、疲れたセラフィーネ王女(ヒロイン)は気絶する様にそこで眠っていた。もしまた王女教育で無理をして疲弊していたとしたら、現れるのはそこの可能性が高い。


 ついこの間の舞踏会では、足をマメだらけにしていたのだし、暫くは静養して欲しいところだ。純粋に心配でもあるし、体調が悪ければ蛇宰相の嫌味が余計悪辣に聞こえる恐れがある。


 崖下(死亡)エンドを防ぎたいレオノラとしては、ベルナールとはどうにかセラフィーネ王女(ヒロイン)とそのお相手(攻略対象)とは、円満な関係を築いて貰いたい。


 とはいえ、最近のベルナールの様子を見るに、もう無理にセラフィーネ王女(ヒロイン)を手に入れようと暗躍することはないだろうから、今後の心配は要らない気もするのだが。


「そもそも、なんでこんな風になったんだろう」


 ゲーム内でゲス顔をしながらセラフィーネ王女(ヒロイン)を着け狙っていた蛇宰相(悪役)が、なにがどうして情けなく顔を青くしてオロオロしながらレオノラの機嫌を伺うベルナールになったのか。


「別に……嫌いじゃない、けどね…」

 

 レオノラが推していたのはゲームのゲス顔で無理やりキスを迫っていた蛇宰相だし、当初はその姿を見たいと思っていた。いや、本音を言えばゲス顔は今でも見たい。

 しかし、顔を赤くしたり青くしたり、狼狽えながら自分と向き合うベルナールの姿に、不覚にもトキめいているのも本当だ。


 とはいえ、今のベルナールにどう接したら良いのか、レオノラとしてもまだ分からないまま。


「…うん。もうちょっとこのままでいいや」


 結局、結論はいつもそこに辿り着くのだった。


 そんな風に小さな独り言を呟きながら歩いていれば、王城の裏庭に設置されたベンチまで辿り着いていた。

 遠目からでも分かったが、今日はそこに誰の姿も無い。


「ま、そんな都合良く会える訳じゃないよね」


 ここで気絶していないのなら、きっと王女殿下が今は安泰に過ごしているのだろう、と良い方向に考えることにし、レオノラは踵を返す。


 その途端、ブワッと吹いた風に乗って何か柔らかいものが顔を直撃してきた。


「わぷっ!」

「ご、ごめんなさ〜い!」


 飛んできたものは布だったらしく、レオノラにダメージはない。しかし驚いたのは事実で、慌てて顔に張り付いたものを剥ぎ取ると、開けた視界にこちらへ走ってくる可憐な美少女の姿が飛び込んできた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブックマークやリアクションや評価くださった方々も誠にありがとうございます。

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