71. 好みとはいえ
「どうしよう。本当に、心臓が止まるかと思ったわ」
「……そんな場面、あったかしら?」
日差し麗らかな午後。ミシェルの屋敷の庭園で、レオノラの為に集まった同盟仲間がテーブルを囲んでいた。
ベルナールとの現状を説明し、昨夜のレストランでの「目障り」発言まで話し終えたところで、レオノラは熱の篭った溜息をほぅっと吐き出した。その様子を見たミシェル達の顔には、なんとも言えない困惑の色が浮かぶ。
予想はしていたが、やはりレオノラの趣味は理解を得られなかったようだ。
「その…展開というか、見てる分にはすっごく好みなんだけど……」
昨夜のベルナールの弁解は、レオノラにとって非常に好みに刺さるものだった。勿論、悪役らしい、という一点において。
味方や部下を褒めるべきところでわざわざ罵倒する悪役は、前世でも散々見てきた。賞賛も叱咤も等しく嫌味になるのは悪役の鉄板である。
それがまた拗らせ具合を表しているようで、物語によってはその後の展開で孤独になっていく姿も含めてとても可愛いく思えたものだ。
今回のベルナールの事も、たとえばこれがヒロインに対して向けた言葉であったなら、感激と感動に泣いて膝を付く程度には好みの悪役っぷりである。
プライドと自分の感情に無自覚な所為で、ヒロインに惹かれているクセに出てくる言葉が罵倒とは。なんとも言えない不器用さと傲慢さにレオノラは拍手を送りたいくらいだ。
ついでに、その後アレク辺りの攻略対象にさっさとヒロインをかっさらわれて、それを恨めし気に睨みつけるベルナールの顔まで想像してしまう。
そんな想像だけで胸が痛くなるほど、好みの展開ではある。
あくまで、傍から見ている分には。
「でも、自分が言われるってなると、ちょっと嫌かも…」
実際に自分が頑張って着飾った姿を面と向かって「目障り」だと言われるのは、嬉しくはなかった。
「それならそう言えば良いじゃない?」
「だけど…それだとベルナール様の良さが無くなる気がして。好みではある訳だし」
「それって、“良さ”なの?」
ミシェルは引き気味に聞いてくるが、レオノラにしてみればベルナールのこれは立派な美点だ。
「それに、普通に褒められても、ベルナール様っぽくないというか…気持ち悪いというか」
「あなたも大概ね……」
レオノラとしては、無理に賞賛の言葉を引き出しても、やはり嬉しくはない。
もしレオノラが求めれば、今のベルナールなら一般的な賛辞の言葉を並べてきそうではある。でもそんな美辞麗句ではなく、ベルナールの心からの言葉が欲しいのであって。それがあの、明らかに好意を含んだ「目障り」という一言だというなら、その方が良い。
「ただ、やっぱり言葉選びがちょっとだけ問題で…」
「そこに関しては、今後お心を整理しながら、追々詰めていくのでは如何でしょう?ゲルツ宰相様からは、好意を向けられたとのことですし」
「そうそう~。まずは、そっちの話をした方が良いんじゃな~い?」
ポーラの冷静な言葉に続いて、ナンシーが興味津々とばかりに身を乗り出してくる。
「たしかにそうね。レオノラ、まずはおめでとう。愛し愛され夫婦に、一歩前進じゃない」
「そ、そう…だね。ありがとう」
ミシェルに続いてポーラとナンシーにも温かい笑みで「おめでとう」と言われ、レオノラは曖昧に頷いた。
そうだった。こちらも悩みの種の一つだった。とレオノラは短くため息を吐いて、目の前の紅茶のカップを手に取る。
「でも、なんだかまだ信じられないというか。素直に受け止められないというか…」
散々愛し愛され、と言っておきながら、いざベルナールにそう言われて戸惑うのは勝手だろうか。そんな不安が生まれるが、それもこれも原因はベルナールにあると内心で主張しておく。
「だからつい、意地悪というか、試すようなこと言ってしまって」
「いいんじゃないかしら。それくらい」
ミシェルからすかさず力強い肯定の言葉が飛んでくる。レオノラが顔を上げれば、当然だ、と言わんばかりに静かな表情でカップの淵を指でなぞっていた。
「今はお互い色々心を整理する期間でしょ。気持ちの探り合いとしては、まだ可愛い方だと思うわ」
「そ、そう…?」
「それに、これからの長い結婚生活を考えるなら、そういうのは今ここでとことん納得するまでやっておいた方がいいわよ」
ずっと我慢を燻らせ続けるよりも。とミシェルに言われ、レオノラは少しだけ胸の内が軽くなった。
もともと、レオノラとて行動を改めるつもりはなく。まだまだベルナールを受け入れる気はなかったが、冷たく断る度に絶望の表情を向けられるものだから、罪悪感に胃がシクシクと痛んでいたのだ。
それを、こうして味方して貰えると気持ちがずっと楽になる。
ニクソンやケイティを含めた屋敷の使用人もどうやらレオノラのすることに反対はしないようだし。やはりもう少し、夫婦の関係はこのままでも良さそうだ。
こうして話も聞いてくれて味方もしてくれる友人三人に感謝していれば、レオノラの頬には自然と笑みが浮かんでいた。
「ところで~、ゲルツ宰相様はなんて言って告白してきたの~?普通に、“好きだ”とか?」
ブッと吹き出しかけた紅茶を、レオノラは咄嗟に喉を引き締めて無理やり飲み込む。
咳き込むレオノラの横で、コテッと首を傾げるナンシーの姿は可愛いが、目の奥には強めの圧が潜んでいた。
気付けばミシェルもポーラも、同じように期待の籠った目を向けてくるものだから、レオノラは軽くなったばかりの胸がまた重くなる。
「実は、まだ…好き、とは言われてなくて…」
「んん?」
「好きなのか?」と聞いたら「そうだ」と返された。それも一応告白ではあるが、肝心の“好き”という言葉は聞いていない。
そんな状態を正直に白状したところで、少しだけベルナールを見直す空気だった三人の目がスッと冷たくなった。
「やっぱりゲルツ宰相様はゲルツ宰相様ね」
「まだまだ、先は長そうですね」
ミシェルの呆れたような口調に、普段は挙動が大人しいポーラが髪が揺れるほど強く頷いている。その横で、頬に指先を置いた可愛らしいポーズのナンシーがニコッと笑みを作った。
「そうそう。ここで有耶無耶にすると、後が大変だからね。経験者は語るよ~」
「皆もそうだったの?」
「う〜ん…一番はミシェルだねぇ」
そう言ってナンシーが視線を向けた方をレオノラも追えば、何かを思い出す様にグッと目を硬く瞑ったミシェルが握った拳を震わせていた。
「ずっとのらりくらり躱されて。何考えてるのか分からなくて」
「ミシェル様も随分悩んでらっしゃいました」
「一回曖昧な空気になったら、もう聞くに聞けないのよ!」
昔のことと言えど未だに当時を思い出すとヤキモキする。と悔しそうに語るミシェルに、レオノラは少しだけ驚いた。普段から強気なミシェルであれば、夫相手にも曖昧な態度を取らせたりしないと思ったのだが。
やはり男女の事、しかもそこに恋愛が絡むと、一筋縄ではいかないということか。
妙に納得したレオノラは、色々思い出しては荒れるミシェルを宥めながら内心で小さく頷いた。
たとえ我が儘であろうと、自分の気持ちをきちんと大事にしよう。
ベルナールが絶望した顔を向けてくる度に、罪悪感は湧いてくる。それでも、まだまだ振り回して相手の反応を見たい、と思う気持ちを無理に押し殺したりはしない。
(もうちょっと、許さなくてもいいかな)
少なくとも、レオノラ自身が納得できるまでは…
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