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68. やり過ぎか

 ベルナールの後について店の扉へ向かったレオノラは、エスコートがないことを指摘すべきか悩んだ。が、それを決める前に、煌びやかな店内とビシッと美しい姿勢の店員達に出迎えられてしまう。


 その中から、支配人と名乗る壮年の男性が進み出て、丁寧に頭を下げた。


「ゲルツ侯爵様。今宵はようこそ、お越しくださいました」


 穏やかな声の支配人の後ろで、ズラリと揃ったウェイター達も礼の姿勢を取った。流石、蛇宰相の来店ともなれば出迎えも豪勢である。

 そう思ったのだが、席の方まで案内されたところで、レオノラはふと違和感を覚えた。ホールがガランとしていて、中央の一つしか席が用意されていない。他にも幾つかテーブルはあるが、大ぶりの花が飾られているだけ。


「……?」


 他の客の姿が一人も見当たらないことに、レオノラは疑問を覚え周囲を探してみた。もしやここは個室か何かだろうか、と一瞬考えるが、建物の構造的にこの部屋がメインホールの筈だ。


 目を凝らしても耳を澄ましても、他の客の気配を感じないことに、レオノラはまさか、と若干嫌な予感を覚える。

 そのことを聞いてもいいのだろうか、と首を捻ったが、本日の料理の説明を支配人が始めてしまったので慌てて意識をそちらへ戻す。


「…~でありまして、本日はえびをふんだんに使ったコースとなっております。どうぞお楽しみください」

「……へ?」


 途中まで聞き逃したが、支配人の“えび”という言葉にレオノラは更に衝撃を受ける。

 ケイティから聞いた話では、この季節はえびではなく、ホタテがメインの料理だった筈だ。えびはレオノラの好物であるのだが、まさか…

 慌ててレオノラが手元に置かれたコースの説明書きに視線を走らせれば、予感がどんどんと確信へ変わっていく。


 全ての品に、レオノラの好物の食材が使われていた。逆に、苦手な食材が一つも入っていない。

 なのに、全体を通して旬の筈の食材が脇に追いやられている感が否めず、これが偶然でないことが分かる。


(貸し切りに、メニュー全変更って…やり過ぎだよ!)


 ここは王都でも屈指の有名店で、普通に予約をしようと思えば半年先まで一杯の筈。しかもそんな高級店の一流料理人が、拘りを持って作ったメニューだろうに、ただの好き嫌いで全て変更させるなんて。


 どうすればいい?とレオノラはサァッと頭から血の気の引く思いだった。

 本当は「何を考えてるんだ!」と盛大に突っ込みたい。その後は、迷惑を掛けただろう支配人と店の人々に思い切り謝罪して回りたい。

 というか、評判の悪い蛇宰相が、とんでもない我が儘を言ってきたから、支配人までが出てくる羽目になったのでは。


 背を這い上がる罪悪感に、今すぐ叫びだしたくなる。が、それをすれば、ベルナールに恥をかかせることになるし、彼の好意を無碍にしてしまう。


 チラリとレオノラが視線を上げれば、ソワソワと落ち着かない様子でベルナールがこちらの顔色を伺ってきた。


「どうした?」

「……えっと…いえ。なんでもないです」

「そ、そうか」


 そう言ってまたキョロキョロと目を泳がせているベルナールに、レオノラも文句の言葉が引っ込んでしまった。


 言いたいことはある。いくら蛇宰相という地位があるといっても、これはやり過ぎだろう。

 それでも、ベルナールがレオノラの為に労力と金銭を割いてくれたことには代わりないのだ。


 方向性としても間違っている訳ではない。


 店を貸切るのも、メニューに口を出すのも、高位貴族や王族の間での持て成し方として普通ではある。それでも夫婦の食事に、しかも直近で決まった予定で、することでもないが。

 高位貴族の中には、こういう持て成し方が好きな貴族令嬢だって居るのも知っている。


 頭ごなしに否定して、ベルナールを責めることではない。


(……まぁ、あとでやんわり言えば良いか)


 そう結論付けたレオノラは、気を取り直して目の前の料理に手を伸ばした。


 レオノラの好みを反映させた、エビの蒸し料理を小さく切って口に運べば、さすが有名店だけあり目が飛び出るほどの旨味が舌に広がる。


「美味しい…」

「そ、そうだろう」


 レオノラが顔を上げれば、ベルナールが固い表情で言葉を考えている様だった。


「ならば、今後も夕食を共にすれば良い」

「……」


 こういう物言いは、まだまだ直らないらしい。

 最初はこの状況に衝撃を受けたレオノラだが、こうしてベルナールの相変わらずな言葉を聞くと少しホッとしてしまう。


 だから、偉そうな物言いに突っ込む余裕を取り戻せた。


「どうしてそんなに誘ってくださるのですか?」

「それは…お互いに、会話を増やすべきだと思って…」

「たしかに、そうかもしれないですね」

「その為には、会食が定番だろう」


 もっともな意見だ。しかし、ここまでは会話が成り立っているとは言いにくいのではないだろうか。


「では、ベルナール様が何か楽しいお話をしてくださるのですね」

「はっ?」

「会話を増やすんですよね?」


 レオノラが言った途端に、ベルナールは思い切り狼狽えた。

 今まではレオノラから懸命に話題を振っていたから、今日もそのつもりだったのだろう。

 明らかに顔色が変わったベルナールに、レオノラは若干愉快な気持ちが込み上げてくる。


「美味しいお食事だけなら、一人でも楽しめます」

「うっ!」


 意地悪な言い方は自覚している。それでも、レオノラはベルナールの反応が見てみたかった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブックマークやリアクションや評価くださった方々も誠にありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
がんばれ!がんばれ! お店のスタッフさんたちも気がついたら心の中でがんばれ蛇宰相コール起こしちゃいそうですね(笑) そして世間に認知される、実はあいつポンコツかもしれない疑惑。
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