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47. ただの選択肢

 翌朝、久しぶりに屋敷に帰ったベルナールの為、普段よりも少し豪華な朝食が用意されていた。

 トロトロのポーチドエッグをパンに絡めながら、レオノラはチラリとベルナールに視線を向ける。ちょうどバターを塗っていたところで、相変わらずの仏頂面だ。


「今日のパンも美味しいですね」

「ニクソンに聞け」

「私は午後には庭でケイティと一緒にお茶をする予定なんです」

「知らん」

「今日はお天気も良さそうですね」

「ニクソンに聞け」


 これはいつも通り。むしろ、いつも通り過ぎる。

 数日ぶりに顔を会わせた妻に対して愛想良くするでもなく、昨日話題にあったセラフィーネ王女との婚姻の話を気にした風でもない。


 だが、レオノラの次の言葉にはベルナールも反応を見せるだろう。そう確信しつつ、レオノラはこっそり壁際のニクソン達に内心で謝っておいた。


「王女殿下とベルナール様が結婚できたら、なんてお話があるんですか?」


 ゴホッ!とベルナールが齧っていたパンに盛大に咽た。さすがに、話題のインパクトが強くて「ニクソンに聞け」とは返さないだろう、とレオノラはジッと反応を待つ。


「貴様、いったい何を…どこからそんなことを聞いた」

「えっと…昨日、いらっしゃってたお客様が、帰りがけにちらっと呟いているのが聞こえて」

「来客時は近付くなと命じた筈だぞ」

「あ、えぇ…たまたま廊下を通りかかっただけです。お客様とは会ってませんし」


 この言い訳ならなんとかなるか、とレオノラはとりあえず誤魔化しておく。

 しかしベルナールは、眉をひそめて不機嫌そのものの顔を向けてきた。


「くだらないことを真に受けるな。第一、忘れたのか。私はすでに貴様と結婚している。ならばそんな話はあり得ないだろうが」


 忘れているのはそっちでは…?

 レオノラは内心で小さく突っ込んだ。


「でも離婚して独身に戻れば、王女殿下とも結婚できますよ」


 ガチャン!と、カトラリーが落ちる鋭い音が響く。

 落としたベルナールは「離婚」という言葉を初めて聞いたかのように、目を見開いたまま固まっていた。


 さすがに直球過ぎたか。レオノラはバツの悪さを覚え、視線を逸らした。そのまま壁際に顔を向ければ、ニクソンが思い切り青褪めて口元を小刻みに震わせている。


 これは、怒りが大爆発するな。

 身構えたレオノラの耳を、タイミング良く怒号が打ち抜いた。


「バカバカしい。頭が可笑しいのかっ!!」


 ギラッと怒気の籠った視線を、レオノラは肩をすくめてやり過ごす。

 一応、親切のつもりで選択肢も提示しただけだ。

 それに、昨日の伯爵が王女と結婚のことを言った時、「それなら楽だった」と返していたのだから、ここまで怒るとは思わなかったのだが。

 それはつまり、すぐに離婚する気は無い、ということだろうか。


 レオノラが浮かんだ疑問に首を傾げていると、目の前でベルナールが乱暴に椅子から立ち上がった。

 

「付き合ってられん!」

「あ、ベルナール様。まだ途中ですよ…」


 呼び止めるレオノラには目もくれず、ベルナールは食事の途中だというのに部屋を出ていってしまう。

 皿に放り出された齧りかけのパンに呆然とするが、レオノラはハッと正気に返ると見送りの為にその後を追った。


「えっと、ベルナール様…あの、一応選択肢のつもり……」

「……」


 完全に無視である。ガツガツと乱暴な足音だけ立てて、ベルナールはさっさと玄関から出て行ってしまった。

 その表情は後ろ姿で見えなかったが、玄関で待機していた御者がギョッと青褪めたことで、どんな顔だったか想像はつく。


「い、いってらっしゃいませぇ!」


 馬車に乗り込んだベルナールにレオノラは声を張る。が、その頃にはもう馬車は大慌てで発進してしまい、聞こえなかったかもしれない。


 小さく肩を落としたレオノラの後ろで、そんな一連の様子を見守っていた使用人たちは揃って顔を青褪めさせていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブックマークやリアクションや評価くださった方々も誠にありがとうございます。


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