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40. 眠る王女様

「これは…どうすれば良いの…?」


 レオノラは思わず声を漏らした。しかし、目の前で疲れた表情のまま眠っている乙女を起こさぬよう、本当に小声で。


 弁当をクリスに預けたレオノラはいつもの様に、王城の散策に勤しむことにした。

 その時、僅かに。本当に僅かにだが、王女と鉢合わせしないか、と考えてはいた。しかし、まさか本当にするとは思っていなかったのに。


 レオノラが今日向かったのは、王城の北側にある裏庭だ。


(いや、会えるならここかもとは思ったけど。でも、ここに居るって、良くないことじゃ…)


 裏庭のベンチで、寝息を立てる乙女の情熱的な赤い髪が、そよ風でフワフワと揺れている。帝国女帝や、国王陛下と同じ色の髪の彼女の容姿は、レオノラの前世の知識と同じ、王女であるセラフィーネのものだ。

 しかし、その顔色は悪く、目の下には化粧で隠しきれていない隈がある。


 ストーリーはともかく、ミニクエストやステータス設定がゲームと現実でどこまで一緒かは分からない。

 ただゲームでは王女(ヒロイン)を操作するなかで、勉強によるステータス上昇を優先して疲労度を無視し続けると、気絶する様にこの場所で眠ってしまうのだ。


 だがここは現実で、王女殿下が気絶するまで厳しく勉強漬けにするものだろうか。昔は病弱だったのだし、今だって細心の注意を向けられているとレオノラは思うのだが、王女の顔色を見る限り少なくとも体調は悪そうだ。


(王女様の教育だもんね。色々あるか…)


 そして、そんな風に王女が気絶してしまったのなら、起こすのも忍びない。折角の機会だが、ここは退散した方が良いだろう。


 寝たままの王女をそのままに、そっとその場を離れようとレオノラが踵を返した瞬間…


「何をしている?」

「っ!!」


 地を這う様なゾクゾクする声。

 いつの間に真後ろに居たのか。驚きすぎてバクバクと煩い心臓を抑えながら、レオノラは目の前の男、ベルナールを見上げた。


「べ、ベルナール様…どうしてここに?」

「渡り廊下から姿が見えたので来てみれば。こんなところで何をしている」

「えっと、それは…」

「しかも、なぜ王女殿下がここに居る?」


 チラリとレオノラの後ろに視線を投げたベルナール。声は普段より幾分穏やかで、表情も普通だ。しかしレオノラにはなんとなく、物凄く機嫌が悪そうだと感じてしまう。そして、たぶんその勘は当たっている。

 取り繕っているのは、ここが王宮で、眠ったままとはいえ王女がそこに居るからだろう。


 気配が刺々しいベルナールの視線を遮る様に、レオノラはベルナールと王女の間に立った。


「ここはそっとしておいた方が良さそうなので。ベルナール様、行きましょう」

「はっ?」


 提案はお気に召さなかったのか、頬がひくりと引き攣ったのが見えた。が、そんな場合ではないとベルナールの背を押して退散しようとしたのだが、一歩遅かったらしい。


 もそり、とベンチで眠っていた王女殿下がその体を気怠そうにゆっくりと起こしてしまった。

 そしてその瞼がゆっくりと開き、瞳が目の前に立つ人物を捉える。


「…えあぅ!うっ、さ、宰相さま……っ!」


 短い悲鳴の様な声は、決して嬉しそうなものではなかった。

 

 ベルナールを見詰めたままサッと緊張した王女の表情に、レオノラは若干の頭痛を覚える。まさか、既に嫌われているのでは。


 しかし、そんな王女殿下の戸惑いに気付かないのか、敢えてなのか。ベルナールは一見穏やかな顔のまま、レオノラの横を通って王女殿下の座るベンチにグッと距離を詰める。その際に、レオノラにはベルナールの影に隠れて王女が見えにくくなってしまった。


「これは王女殿下。この様なところで如何されましたかな。皆が貴方様を探しておりましたが」

「あ、うぅ…その、ご、ごめんなさい。すぐ戻ります」

「もしやお疲れでしょうか。教師の指導方針に問題があればすぐに代わりの者を用意いたしますので、どうぞこの私になんなりとお申しつけを」

「いえいえ、そんな。先生方に問題なんて、何もないです!」


 何やら不穏な物言いに、王女の肩がビクリと跳ねた。 

 なんという言い方をするのだこの男は。レオノラもベルナールの影で目尻が思わずつり上がる。


 ベルナールとしては王女の為、ひいては気に入られる為の言葉なのだろうが、教師がクビになっても何とも思わないのは悪役の思考回路だ。心優しい王女にしてみれば、自分の所為で誰かがそんな目に合うのは望まないだろうに。


 これ以上悪印象にならない為に割って入るか、とレオノラがベルナールの叱責を覚悟して口を開きかけたのだが、言葉が出る前に背後からまた別の人物が登場した。


「ゲルツ宰相、ここで何を?……え、セラフィーネ殿下!?」


 またしても王城の方から歩いきたのは、キラキラと陽光を反射して輝く美貌のアレク(攻略対象)だった。


 最悪である。アレクがこの場に入ってきては、その対比でベルナールが悪い印象を与える想像しかできない。たった今、ベルナールが悪役っぽい台詞を吐いて王女を戸惑わせたばかりだというのに。


 突然のヒロイン、攻略対象、悪役宰相、の会合に、レオノラは思わず興奮してゴクリと唾を飲み込む。が同時にベルナール(推し)の不穏な未来を思い、内心で頭を抱えたのだった。



ここまで読んでくださりありがとうございます。

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