39. お戻りになった王女様
「ええっ、王女様が!?ケイティそれ本当?」
「はい!さっき街へ買い出しに行った人達から聞いたんですが、もうどこもかしこもその話で持ち切りみたいで」
週に二回の弁当を用意している時、ケイティが伝えてきた情報にレオノラは息を呑んで固まった。
(ついに来ちゃった)
ずっと分かっていたこととはいえ、いざ王女様登場となると、レオノラの中で不安が湧く。
「…だからベルナール様もずっと帰ってこないのね」
最後に弁当を届けてから三日だが、ベルナールは城に泊まり込んでおり、レオノラは一度も顔を見ていない。
きっと急な王女の出現に、何かと忙しくしているのだろう。
そうなると、ここから本格的に蛇宰相の更生に動かねば、レオノラの恐れる崖下落下エンドがいよいよ現実になってしまう。
そうは思うのだが、はてさて、今後は具体的にどう動いたものか…
レオノラが思案していると、横で弁当用のバスケットの敷き布を用意していたケイティが、プンッと頬を膨らませて見せた。
「旦那様は…お帰りにならない時はせめてカードとか、お花とか…奥様はこうやってお弁当を作ってくださってるのに」
「ベルナール様が?……フフ、想像できないわ」
そこがある種レオノラを悩ませているところでもあった。
レオノラが嫁いでから半年近く経つが、結局ベルナールとの夫婦関係はまったく進展が無いように思える。
相変わらず会話はほとんどが「ニクソンに聞け」だし、そうでない場合はレオノラに文句か命令する時だし。夫婦として過ごす時間は朝食の席だけで、それ以外ではデートどころか二人でお茶を飲んだことすらない。
贈り物にしたって、ケイティの言うカードや花など夢のまた夢だ。一応ドレスやアクセサリーは侯爵夫人の予算から買っていてそれはありがたいのだが。「お前の為ではない!」と最初に言われているので、侯爵夫人としての必要経費と思われてる気がして、それを贈り物と言えるのか疑問がある。
そして当然だが、二人は今もまだ白い結婚だ。
そもそも、実はレオノラは侯爵夫人の部屋を与えられていない。
ベルナールの使う当主の私室の隣が侯爵夫人の部屋だが、レオノラはそこから離れた位置にある部屋を、嫁いだ当初に案内されてからずっと使っている。この件に関してはレオノラも変えようとは思ってないのでそのままにしている節があるとはいえ。
この様な現状で、ベルナールが「王女と再婚したいから離婚しろ」と言ってきた場合、なんと言って止めれば説得力があるだろう。
少しでもロマンス的な関係性があれば「離婚したくない、浮気は許さない」と訴えれば聞き入れてくれる気がするが、今のままでそんなことを言ってもまた「頭が可笑しいのか」と怒られる未来がありありと想像できる。
だからといって放置すれば、ベルナールの破滅に近づいてしまう。
なのでレオノラがベルナールの行動を監視し口出しはしなければならないのだが。
これまでなんとかゴリ押しが通じたこともあるが、王女が登場した今、果たしてどこまで聞き入れてもらえるだろうか。
(不安しかない……でも、王女様に気持ち悪い嫌味な迫り方したら絶対嫌われるだろうし)
とはいえ、まだ王女の存在は知らされたばかりで、ベルナールもアレク等も、ましてや王女の様子も分からない今は、とにかく現状を把握することが先決である。
その為にも……
「あ、パンが焼けたみたい」
「奥様、オーブンは私が…」
「はーい。お願いね」
未だオーブンや油など、火傷の恐れがある調理に関してはやらせて貰えないレオノラだが。情報収集にはやはり現場へ突撃だ、と今日の弁当作りに集中した。
***
「え?居ないんですか?」
久しぶりにベルナールに会える、と王女にどんな風に接しているのか聞くつもりで来たのだが、今回初めて不在だとクリスに告げられてしまった。
「申し訳ありません。さっき急に呼び出されて」
「そうですか…それではお弁当を置いていくので、渡して貰えますか」
「勿論です。いつもありがとうございます。レオノラ様は絶対にチーズを入れてくださるので、私はもうこれが楽しみで」
と言いながら自分の分のバスケットを覗き込むクリスにレオノラも思わず笑みがこぼれる。こうして喜んでもらえるのなら、作った甲斐があるというもの。
「ところで、クリスさんは王女様のことを何かご存知ですか?」
「王女様…セラフィーネ王女殿下ですね。レオノラ様も噂をお聞きに?」
「ええ。ベルナール様も帰ってこないし、やっぱり王女殿下が見つかったというのはよっぽどの大事なのかと…」
「そうなんです!ここ数日、本当にどこもかしこもてんやわんやで」
探るつもりでレオノラが話を向けてみれば、クリスはサポートキャラの本領発揮とばかりに面白いくらいに乗ってきた。これも頻繁にチーズを渡していた効果だろうか。
「いやぁ、それはもう大変で。本当に急な知らせだったものですから……ただ聞いた話では、実は王女殿下は一月前には既にお戻りになっていたそうなんですよ。それについては、国王夫妻と侍女長だけが知っていたとか」
「そうなの?」
「ええ。恐らく色々と慣れる為かと。なにせ十五年間、地方貴族の娘として過ごされていたらしくて。病気療養の為とのことでしたが……当時病死されたと発表されたのは、何らかの事情がおありとのことで」
バスケットは手放さないまま熱く語るクリスの言葉から、レオノラはゲーム通りに展開が進んでいることを確信する。
病弱な王女は、一度は病死したことにして、田舎でひっそり暮らせば健康になる。そんな占いを信じた国王夫妻により、地方に隠されていた王女。
「今日からあなたはプリンセス」のコンセプトの下、王女は自身の出自を知らず。ただ、親戚だと言う老夫婦と暮らし、顔も見ない両親とは手紙だけで絆を繋ぎながら、それでも愛を信じて育った。
両親は王都での仕事が忙しく娘と会う時間が作れない。そう聞かされていた王女は、地方貴族らしくのびのびと過ごしていたのだが。
「この度、十八歳のお誕生日を機に、王都へお戻りになったとのことで」
やはりゲームのストーリー通りだ。
そのままクリスの説明によると、急にお戻りになった王女殿下の教育係やら、諸外国へのお披露目の段取りやら、臣下達は色々と手配しなければならず大忙しとのことだ。
「そうですか…それで、ベルナール様はもう王女様にお会いになったんですか?」
「はい。国王陛下が主だった臣下を集めて挨拶の場を…その後もなんだかんだと、お声掛けしてるみたいで」
「うわぁぁぁぁ……あっ、いえ、そうですか」
思わず頓狂な声が出てしまった。ベルナールが王女に既に接触しているとは、嫌な予感しかしない。
(いや、もしかしたらゲス顔が見れるチャンス?……あぁでも、やり過ぎたら崖下真っ逆さまになる)
邪な考えが過ぎるが、欲望に従うだけでは推しが破滅する。まだたった三日だというのに、既にベルナールが王女を蛇の様に付け狙っているとしたら…
(なんとか良い感じに調整させなきゃ)
クリスと向き合いながら、レオノラは気合いを入れるように背に隠した拳をグッと固く握った。
そんな風に気合いを入れた為か、その直後、レオノラは王女様と鉢合わせることになるのだ。
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