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 宰相補佐、つまりベルナールの補佐にクリスを据えれば、彼という有能なサポートキャラは強制的に悪役側(こちら)になる。

 敵の戦力を削げるだけでなく、レオノラにとって有益な情報源が手に入る訳だ。攻略対象やヒロインの様子だとか、ベルナールの様子や城内の雰囲気だとか。


 そして更に、ヒロインと二人きりで、などという気持ち悪い密室イベントを端から防げる。

 レオノラとしては是非見たいシーンではあるが、『城の執務室で二人きり』と名言されている以上、その光景は拝めない。自分が鑑賞できない蛇宰相イベントなど、潰してまったく構わない。


 そもそも、再婚を目指してヒロインを口説くにしたって、執務室で二人きりは論外だ。そこは、場合によっては追々進言していこう。


 とにかく今は宰相補佐の件だ。とレオノラは推しのゲス顔に想いを馳せそうになる己を奮い立たせ、クリスにもチラリと視線を向けた。


 クリスからも何か言わなければ、この場はどうにもならないのだから。

 彼の懸念していた、蛇宰相の言いなり、という件だが。もうそこは覚悟してもらう他ない。どうあっても左遷されるなら、一度昇進を受けてから、やっぱりやめた、と左遷されても同じ筈。

 

 カフェでそう話したことを思い出せ。そして、室長の席を断ったのなら、あとはこの宰相補佐への引き抜きしかないだろう。とレオノラの意図を汲み取ったのか。

 クリスは、一度コクリと喉を上下させ、スッと頭を下げた。


「ベルナール宰相様。先ほどの無礼、大変失礼いたしました。もし私で良ければ、どうか拾ってください」


 クリスもここまでのベルナールの姿を見て、少しだけ考えが変わっていた。


 はじめは、蛇宰相に一時でも関わるなど、どんな非道なことに巻き込まれるか、という不気味さが何よりも強かった。

 しかし、自分に目を付け…目を掛けた理由を聞き。レオノラに押されている今の姿を見て、大分印象が変わったのだ。


 蛇宰相の悪い印象はまだ残っているが、今はそれよりも左遷は嫌だという気持ちの方が勝った。


 頭を下げるクリスを睨みつけながら、ベルナールは更に眉間に皺を寄せる。

 踵をコツコツと踏み鳴らす様から苛立ちを感じるが、レオノラにはとにかくここで押すしか道はない。


「ベルナール様、お願いします。お願いします!とにかく、左遷を防ぎたいんです!どうか、お願いします!」


 レオノラから縋る視線を向けられたベルナールは、思い切り顔を歪ませ、グゥと低い音を喉の奥で飲み込む。


 そして重い沈黙が続くこと数秒…


「…しゅ…ん…ぁ…」

「何かおっしゃいました?」


 蛇の鳴き声の様な、掠れた声にレオノラが首を傾げれば、ベルナールの緑眼がギロリと凄みを増した。


「二週間だ。その間に役立たずだと思えば、国境沿いの僻地の山小屋の管理職に飛ばしてやる。覚悟しておけ」


 苛立った声で吐き捨てるように言われた意味を飲み込むのに、三秒掛かった。

 表情も声もまるでそうは見えないが、温情ある措置の提案だ。

 それを理解したと同時にレオノラはパッと顔を輝かせた。


「ベルナール様!ありがとうございます!!」


 レオノラの笑みにクリスも緊張が溶けたのか、慌てて頭を下げる。


「…あ、あっ!ありがとうございます!か、必ずお役に…」

「朝までに今ある補佐の席を整理しておけ。明日からどれだけできるか楽しみだな」


 えっ!?とその場の空気が凍る。


 それはつまり明日からどころではなく、今から仕事をしろということか。窓の外は既に夜の闇で真っ暗なのだが。


 クリスも同じ意味を受け取ったと同時に、蛇宰相に頼ったことへの後悔でサッと顔が青くなる。

 が、それでも、宰相補佐にという懇願を聞き入れてもらったことに変わりはない。


 微妙な空気でレオノラとクリスが顔を見合わせている間に、ベルナールは机の横に用意してあった紙にサラサラと何かを書くと、それをクリスに突き出した。


「宰相室への入室は許可してやるが、私の机を初め、棚や資料に指一本でも触れれば捕縛するよう指示を出したから、今夜はそのつもりでいろ」


 その紙は、今はまだ部外者のクリスが、宰相室に入る許可を出すものであった。しかし、警備兵立ち合いの元、という注意書きと共にベルナールの言った通りの文言も付け足されている。

 補佐の机のみ触ることを許す、とキツイ言葉で書かれた署名入りの紙を、クリスは震える手で受け取った。


「さて、もう用は済んだな。あとは好きにしろ」

「あ、ベルナール様!待ってください」


 今度こそ、部屋を出て行ってしまったベルナールをレオノラが慌てて追いかける。

 チラリと後ろを見ると、青い顔で放心したクリスが座ったまままだ震えているが、放っておくしかない。今はベルナールの方が大事だし、きっとすぐ覚悟を決めて王城へ向かうだろう。


「ベルナール様、あの…」


 ガツガツと乱暴な足音のベルナールを追いかけ、レオノラは戸惑いながら声を掛ける。

 とにかく今は礼を言うべきだが、物凄く不機嫌な彼にどう言ったものか。と悩んでる間にベルナールが自室の前で扉に手を掛けたまま止まってくれた。


「あの、ありがとうございました。本当に…ベルナール様。ご無理を言って申し訳ありません。ありがとうございました」

「……いいか、言っておくぞ」


 振り返ったベルナールが思い切り眉を寄せた顔でレオノラを睨みつける。


「あの男が使えなければ飛ばす。いいな。使えないから飛ばすんだ。そうなった時、機嫌を悪くするな。分かったな」

「え?あ、えっと……わ、分かりました。本当に、感謝しています」

「フン!」


 警告するような言葉を残され、レオノラはベルナールの背が部屋の中へ消えていく姿を見送る。

 扉が完全に閉まるのを見届けた瞬間、力が抜けて「はぁぁっ」と思い切り溜息を吐いてしまった。


(これで、首の皮一枚繋がった…よね?)


 クリスに苦労を強いることになるが、猶予は貰えた。ネズミ司書(サポートキャラ)が宰相補佐となり、蛇宰相(悪役)の味方になれば、ベルナールの崖下エンド()回避の可能性がぐっと高まる。クリスにとっても、左遷から大出世の快進撃だ。


 その日から、祈るしかできないレオノラは、クリスが王宮図書館よりもずっと僻地へと左遷されない様にとひたすらやきもきし続けた。


 そして二週間後、クリスからの手紙により、ホッと胸を撫でおろすことになるのだった。



ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

ブックマークやリアクションや評価くださった方々、誠にありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
ベルナールの、悪役らしさや素直じゃないままでいるところも、悪役推しとして最高に推せますし、この作品のこのほんのり、少しず〜つ、変化していく繊細な過程がとても好きです。 特に今回はベルナールがレオノラの…
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