34. 補佐
なし崩し的ではあるが場が話し合いの空気になったので、レオノラも堂々と居座ることにする。
折角だからと、長いソファのベルナールの隣に座ったのだが、途端に思い切り眉を寄せられてしまったが、そこは気にしない。
「それでベルナール様。クリスさんを飛ばすのは別の人、というのは?」
「出世したなら、まずは自分のライバルを飛ばすか潰すのは当然のことだろう。そこで震えている男が室長にならないなら、もう一人の室長候補が最近根回ししていた通り、王宮図書館辺りに異動になるだろうな」
「っ!?」
息を呑んだ音にレオノラがクリスを振り返れば、青い顔をして瞳に衝撃の色が浮かんでいる。しかしすぐに何かを思い出したのか、ハッとした表情を見せた。今の話に納得する覚えが何かあるのだろう。
「本と埃塗れになる未来を変えてやろうと言うのに。本来泣いて恩義を返すところを、要らないというなら結構だ。カビ臭い人生を楽しめばいい。さっさとお引き取り願おうか?」
「えっと…その左遷を防いで、今の部署のままにしてあげる、というのは…?」
「すぐ次の左遷先が用意されるだけだろうが。記録課の書庫番か、下級使用人の相談係か。出世争いに負けた文官の末路など幾らでもある」
当然だ、とばかりに呆れた顔をするベルナールに、レオノラは胃が重くなる思いだった。
王宮の出世争いの厳しさを、まるで分かっていなかったと言うしかない。話の流れから、てっきりベルナールが左遷するものとばかり思っていた。
彼に対して責める様な言葉を向けたことに罪悪感が胸を過ぎる。
それに、左遷がベルナールの仕業でないのだとしたら、クリスは昇進の話を受けるしか文官として生き残る道はない。
チラリと本人の顔を確認すると、額に大粒の汗が玉を作り、目はこれでもかと泳いでいた。レオノラと考えは同じ、というところか。
かといって、あれだけきっぱり断った後すぐに手の平を返す決断をする様子もない。
ただ重い沈黙が続くだけの空間に、レオノラは耐えきれずにとにかく話題を探した。
「あの…ところでベルナール様は、どうしてクリスさんに目をつけ……目を掛けたんですか?」
まだ罪悪感が抜けきらず、とりあえずマイルドに言い換えたレオノラは、ベルナールのずっと皺が寄ったままの眉間に問いかけてみる。
「その男が室長になれば、北の国への政策方針としてあがってくる書類が、少しはまともになると思ったが…見込み違いだったようだな」
「えっと、それはどういう意味でしょうか?」
いちいちチクチクと嫌味を挟んでこられるのはキツイが、その内容は興味深い。
続きを促すレオノラに、ベルナールは未だ不機嫌そうな声のまま続けた。
「帝国主義一辺倒ではなく、我が国の主体性を主張する為の意見が第4室から所々見受けられた。調べてみれば、概ねその男の意見が採用された形で、だ」
「は、はぁ…」
「以前の関税に関しても、上がってきた報告書に“時期は検討の余地あり”との一文があった。案の定、その男からの提案だ。帝国に追従の形にならない為の措置は、生温いが方針としては正しい」
“正しい”という言葉が適切か、と一瞬アレクの顔が過ぎる。が、ベルナールの言いたいところは、自分の考えと近い、ということなのだろうし、余計なことは言わないでおく。
「そ、そうなんですね」
「だから、室長にしてやれば何かと面倒が減るかと思えば…そもそも、特に第4室、第7室、第11室は帝国主義者が室長な所為でいちいちバカな提案を持ってくるんだ…」
苛立ちの篭った言葉は、レオノラの記憶にも新しい。
帝国に阿る政策に傾きすぎるのを良しとしないのがベルナールである。関税引き下げの時も、帝国主義共が、と憎らし気にフェザシエーラ公爵と嫡男アレクを罵っていた。
「では、宰相様も、明らかに帝国の動きに合わせた関税引き下げはマズいとお考えで…?」
「私はずっとそう言っているだろうが!」
不機嫌が前面に押し出された顔でベルナールが瞳を剣呑に光らせる。
しかし、彼の公の場での言葉はほぼ全て建前で、その頭の中には己の権力のことしかない。と、いう印象が強すぎて、あまり本気にされていないのが現状だ。
アレクにも同じようなことを言われていた、と思い出す。
(でも、出世とか権力に重きを置いてるのも事実なんだよね~)
丸っきり誤解とも言えないのが厄介なところだ。
とは思いながらも、レオノラは、さてこの後は一体どうしたものか、と内心頭を抱えた。
(何か、何かないの?)
ゲームや前世の記憶も掘り起こし、なにか無いかと頭を捻る。
なんでも良い、この状況を打破できるような。すくなくとも話題が逸れるような。事件でもイベントでも、なんでも良い。
頭をフル回転させていたところで、ふと、レオノラはあることを思い出した。
そういえばたしか、ベルナールにとっても、クリスにとっても利になる役職が、一つ空いているかもしれない。
「…宰相の、補佐…」
「は?…何か言ったか?」
「宰相補佐になってもらうのは、いかがですか?」
「なっ!?」
ゲームのベルナールを片っ端から思い返せば、ヒロインを王宮の執務室に連れ込んだ時の台詞に、その単語があった。
『あの、他の方はいらっしゃらないのですか?』
『私と二人ではご不満かな、王女殿下』
『い、いえ。ただ、宰相職には、補佐が付いている、と習いましたので』
『さすが王女殿下。勉強熱心で大変感服いたします。生憎と補佐役の者は随分前に家庭の都合で退職したのですが。仕事に支障はないので、そのままにしているのです。それにしても、勉強熱心な王女殿下のこと。いかがですか、これからお時間がある時は、こちらの部屋で実際の国政に関して、私がお教えできますが…』
その後も、ゲス顔で長いネットリした台詞が続くが、以下略とする。
二人っきりの部屋で、手取り足取り何を教える気だ!と案の定プレイヤーからは気持ち悪がられたシーンである。
そして当然、攻略対象がいい感じに宰相の部屋に偶然立ち寄り、いい感じに連れ出し、そのまま慰めデートと洒落こむ訳だ
前世のレオノラも大興奮のシーンで、【ベルナールと二人っきりで勉強する】という選択肢が何故ないのか、と涙を飲んだものだが。
とにかく、そこに出てきた“宰相補佐”という単語と、退職している、という情報。
もし、今既にその席が空いているのなら、と聞いてみる。
そして問われた当のベルナールは、急に振られた単語とその話の進む結論に思い至ると、思い切り不服そうに口の端を曲げた。
「空いているとして、どうして私が…」
「空きがあるんですね!」
「だから、何故私がっ」
「ベルナール様、お願いします。クリスさんを宰相補佐にはしてあげられませんか?」
何を無茶苦茶なことを言ってるんだ、とはっきり顔色に書かれたベルナールを、レオノラは目を反らさずじっと見つめる。
ここまで来たなら、恥も何もない。言ってみるだけ言って、ダメなら更に打開策を考えるだけだ。
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