22. 挨拶は終わり
アレクの生家であるフェザシエーラ家は、この国で四つしかない公爵家だ。その家柄と血筋から王位継承権も低いが持っている。だがそこに帝国女帝の血筋は入っておらず、もっと以前の王族が降嫁した故の継承権なのだ。
帝国女帝の血筋の影響力が強い今の王国で、アレク本人にも王位を考えている節はない。
現国王も健在で、幼い王女の病死は辛い記憶だが、いつか正当な後継ぎがまた生まれるだろうと誰もが予想している。
ベルナールも当然同じ考えで、もし万一彼を次期国王にと押す声があったとしたなら全力で邪魔してやれば阻止できるだろうくらいに考えているのだろう。
まさか、その王女が実は生きていて、美しく成長しており。目の前のアレクと恋仲になる、なんて誰も思うまい。
だからこそ、アレクにあんな馬鹿にした態度で嫌味が言えるし、フェザシエーラ公爵家に喧嘩が売れるのだ。
しかし、この先アレクは、シナリオの数で言えばほぼ半分、エンディングで国王になってしまう。
ヒロインを手に入れる為に、彼を貶めようとベルナールが暗躍してしまえば、手痛いしっぺ返しは必須。
それでなくとも、いずれアレクが国王となったとき、今のままのベルナールでは間違いなく立場を失う。
自分に何ができるかは分からないが、少なくともアレクとの繋ぎは作っておいて損はない筈。関係の構築にはとにもかくにも会話が必須。今後の機会を少しでも増やす為には、今ここでしっかりと挨拶して繋ぎを作っておかねば。
「フェザシエーラ様にお会いできて光栄です」
「こちらこそ。お初にお目にかかります、ゲルツ侯爵夫人……貴方のご実家が、何代にも渡り我が国の防衛の為に尽力してくださっていることに、感謝申し上げます」
流石才能溢れる公爵家嫡男の攻略対象。レオノラの実家のことも頭に入っているようだ。
しかしその視線はどこか探るような、それでいて若干憐れむような。非常に複雑な感情が見て取れる。
レオノラが必死にアレクと繋ぎを作ろうとする間も、背後のベルナールからはずっと腕をグイグイ引かれるが、踏ん張って耐えながら軽く頭を下げた。
「そんな勿体ないお言葉です。フェザシエーラ様にも、夫がお仕事でお世話になっているようで。夫から聞いた話ですが、この間も…わっ!」
どうにか会話を続けようとしたレオノラだが。いい加減にしろ!と言わんばかりに後ろから遠慮なく引っ張られ、ついにバランスを崩して縺れながら後ずさった。
「なっ、ゲルツ宰相!ご婦人に乱暴をっ!」
「フェザシエーラ公爵令息殿。どうやら妻は具合が悪いようなので、少し休ませます。ではこれで」
そこは流石宰相というべきか、声にも表情にも怒りは感じられない。その場で踵を返したベルナールは冷静に見える。が、ギリギリとレオノラの腕を掴む腕は怒りを隠しきれていない。
そのまま会場からせり出たバルコニーの一つに連れ出された途端、上から形容しがたい程鋭い目で睨まれてしまった。
「貴様、なんのつもりだ」
バルコニーといっても会場はすぐそこな為、声は抑えることにしたようだが、燃えるような怒りは遠慮なくビシバシ伝わってくる
何もそこまで怒らなくとも良いだろうに。
「ベルナール様の妻として挨拶を…」
「会場で口を開くなと命令していた筈だぞ。しかも、よりによってフェザシエーラの小僧に、何を言うつもりだった」
「いや、あの…やっぱり私も、少しは挨拶をした方が良いかと思いまして」
「余計なことをするな!」
妻の挨拶を“余計なこと”と切り捨てるとは。
あんまりな言葉だが、レオノラとしてはそもそも聞き入れる気はないので関係ない。結果的に彼の機嫌は悪くなるだろうが、アレクとの接点は是が非でも確保しておかなければ。
「私はこの後も仕事の話がある。いいか。挨拶回りは終わった。貴様は余計なことはせずに、大人しくしていろ」
”大人しく”の部分を強調して吐き捨てたベルナールは、そのままバルコニーから会場に戻ったかと思えば人込みの中へと消えてしまった。
取り残されたレオノラは、肌寒いバルコニーでフゥと溜息を吐く。
夫に酷い言葉を投げられ、放置されてしまった哀れな妻の状態なのだが、そんなことで気落ちしていては悪役推しは勤まらない。
そもそも、ベルナールの言葉など所詮、右から左だ。
(よし。アレクに挨拶できたことだし。あとは舞踏会を楽しんでもいいよね)
何もするな、とキツく睨むベルナールの監視も離れたことだし。と、レオノラは晴れやかな気分で、新しく仕立てたドレスの裾を持ち上げ、華やかな会場へと舞い戻った。




