21. 公爵令息の将来は
攻略対象と悪役蛇宰相が相対し、お互いを睨み合っている。
美形でイケメンで王子様顔である攻略対象は、美しく輝く青い瞳に炎を宿し、強く真剣な顔で真っ直ぐと。
対して悪役蛇宰相は、ヒョロリと細身の輪郭に更に影を落とし、嫌味っぽく首を傾けながら、これまた嫌味ったらしく薄い笑みが貼り付いていた。しかし、ギョロリと光る緑眼は憎らしそうな色を秘めている。
(わっ!わぁ!!ああああ最高っ!!)
ほんの数秒間の睨み合い。挨拶の場において、無言でいられるギリギリの時間。口を開く前に臨戦態勢を取る、ほんの一時の間。
その数秒間、レオノラは目の前の絵面に一瞬で心を奪われ、ポカンと口を開けて見惚れてしまう。ジュルリ、と無意識に分泌された涎が口の端から零れそうになり慌てて正気に戻った。
(あ、あぶなっ!)
溢れところだった涎を咄嗟に飲み込んでいると、またしても強引に腕ごと引かれベルナールの背後に隠された。
「これはこれは、フェザシエーラ公爵令息殿。奇遇ですな。今宵はご挨拶する暇は無いと思っていたが」
「ゲルツ宰相。後ろめたいことがあるから私と顔を合わせたくないだけなのではないか?」
「また異なことを。後ろめたいとは一体なんのことか」
「貴方がどんな手を使って関税据え置きを議会で押し通したか、知らないとでも?」
「関税については議員の過半数が私に賛同した。それだけのこと」
途端に苦虫を噛みつぶしたように表情を歪めたアレクが、ギリッと拳を握る音が響く。
北の国から輸入する毛織物の取引を帝国が増やしたことを機に、我が王国で関税を引き下げようと議会で案が上がった。フェザシエーラ公爵は関税引き下げに賛成を示していたが、ベルナールは南の国との取引の兼ね合いを見て今は見送るべきだと主張していた。
関税の引き下げと据え置きで議論は収拾がつかず。最終的に議会で評決が行われることになり、票の買収に勤しんだベルナールの勝利となったのだ。
「よくもそんな風に…国益を損なう行ないだと、自覚はないのか!」
「生憎と、国益の何たるかが分からない小僧に、一から説明してやる程暇ではないものでしてな。では失礼す、」
「あの、アレク・フェザシエーラ様!」
方向を変えようとしたベルナールを押しのけ、レオノラは無理やりアレクとベルナールの間に体を割り込ませた。
そのまま、まさに一触即発と言わんばかりに険悪だった空気を破るべく、とびきりの笑顔を浮かべる。
「初めまして。レオノラ・ゲルツと申します」
「なっ!?」
横から怒りのオーラが投げつけられるが気にしない。今日初めてするまともな挨拶と共に、淑女の礼をとってみせた。
ヒーローとヴィランの夢の共演は、レオノラにとって文字通り垂涎ものだ。ここにヒロインが居ないことだけがなんとも悔しいが、それは追々拝めるだろう。
元々これだけ険悪な二人の間に、可憐なヒロインが放り込まれれば、この何倍もビリビリと緊張感のある画が完成する筈。
だがしかし、忘れていけないのは、それをそのまま放置していればベルナールは崖落下エンドへ直進していくということだ。
それを防ぐ為にも、アレクとの関係を、出会い頭に舌打ちが響くような状態から何とか改善しなければ。
なにせこのイケメン、アレク・フェザシエーラ。公爵家の嫡男である彼は、ゲーム通りに展開が進めば、未来では王配に、そうでなければ国王になる可能性が、非常に高い若者なのである。
しかしそれをレオノラが知っているのはゲームの知識からであり、現状では誰もがその可能性は低いと見ている。つまり、アレクと敵対しない為には、レオノラが動くしかないのだ。
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