15. 分からなくても
「そもそも北よりも、他の交渉を進めなければならない議案など、幾らでもあるだろうが」
忌まわし気な顔から吐き出される低い声も苛立ちが伝わるほど刺々しい。
どうやら今回の一件、ベルナールなりのきちんとした考えがあったようだ。それに、外交の話となるとレオノラには何とも言えないが、恐らくこれはどちらが正解ということもない。
己の私欲の為ではなく、国の外交問題に取り組む、いかにも宰相らしい仕事ぶりではないか。
「それを、どいつもこいつも帝国に阿りおって。女帝のご機嫌取りしか頭にないのか!」
「帝国との取引も重要なのでは…?」
「程度の問題だ。こと北との関税まで、南との兼ね合いを無視して下げる必要がどこにある。あと1、2年待てば良いだけだろうが」
その後も、いかに諸外国との兼ね合いが大事か、帝国ばかり気にするのは愚かだ、と力説するベルナールの言葉に、レオノラはじっと耳を傾ける。
なるほど、なるほど。とレオノラは納得した様に頷き、夕食の最後に出たプリンをゴクリと飲み込む。いつの間にやら、デザートを完食するまで話していたようだ。
やはり、外交の高度な駆け引きのことは、今のレオノラには分からない。
きっとベルナールの力説は一方の意見で、きっと対抗しているフェザシエーラ公爵達には彼らで、関税引き下げに関する利点を幾らでも語れるのだろう。
どちらが正解という話でも、どちらが悪ということでもない。
ならば…
「そうなのですね。今度の議会、うまく行くといいですね。応援してます」
ベルナールの話が一区切りつくのを待ち、レオノラは少し姿勢を正しながら二コリと微笑んだ。
「難しいことは分からないですが、ベルナール様の主張にも一理あると思います。それに私はベルナール様の味方なので」
「…………はっ!?」
そのレオノラの言葉が予想外だったのか、たっぷり数秒経った後、ベルナールがポカンと口を開けたまま奇妙な声を上げた。
そのあまりの反応に、そこまで変なことを言っただろうか、とレオノラは若干不安になる。
しかしベルナールにとってみれば、これは初めての言葉だった。こんな風に屈託なく、応援するなどと言われたことは、記憶の限り一度もない。
だから、レオノラに対して悪態をつくのが、普段より数秒遅れたのだ。
「き、きさまに応援などされたところで、どうもなりゃっ、んだろう!!」
勢いのまま声を張り上げたベルナールは、そのまま乱暴に椅子から立ち上がると今度こそ食堂から出て行ってしまった。今までに見たことがないほどの速足で。
苛立ちを含んだ空気をまき散らしながら遠ざかっていく背中を、止める暇もない。
あまりの事に呆気に取られたレオノラは、そのまま暫くベルナールの消えた扉から視線を動かせなかった。
言葉と態度だけみれば、心ないひどい言葉だ。折角応援すると言ったのに、冷たい言葉で突き放された。
しかし、レオノラの目に映ったのは、口の端がへにゃりと曲がり、赤くなった顔を隠すように手で覆っていたベルナールの横顔。大声だったせいで、噛んだのもきちんと聞こえた。
どことなく気まずい空気が充満する食堂で、レオノラは意を決して後ろを振り返る。その先には、事の一部始終をレオノラと一緒に見ていたニクソンが、同じようにポカンと口を開けて立っていた。
「ニクソンさん。間違ってたら訂正してください……。ベルナール様のあれって、もしかして、照れてたりしますか?」
「私も初めて見ますので、憶測となってしまいますが。ですが間違いなく、照れてらっしゃったのかと」
付き合いの長いニクソンが言うならきっとそうなのだろう。
(か、かわ……かわいいいいい)
思わずにやける口元を隠すこともせず、レオノラは深く溜息を吐き出した。
まさか、こんなことでベルナールの照れ顔が拝めるとは。いや、まだ確定した訳ではないのだが。しかしそれにしても、レオノラのたったあれだけの言葉に照れる姿は、なんとも言えない可愛らしさがある。普段は絶対に見られない反応を、自分の言葉が引き出したのだという事実にもにやける口が抑えられない。
「折角なので、お部屋までお顔を見に行きませんか?」
「奥様!それだけはどうかご容赦を!」
高揚する気分のまま立ち上がったレオノラは、全力で自分を止めるニクソンの必死に形相に、渋々だが諦めることにした。
ベルナール様は思い切り噛みました。
読んでくださりありがとうございます。
ブックマーク登録や評価などいただけると励みになります。




