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11. 招待

 おせっかいオバチャンの友人はおせっかいオバチャン、ということなのか。

 ヘンデル夫人への挨拶が終わったあと、レオノラもお茶会の中で挨拶へと向かったのだが。誰も彼もがヘンデル夫人と同じ様なことを言ってくるのだ。


 ゲルツ宰相との結婚は苦労が多いだろう。辛いのではないか。可哀そうだ。

 揃って誰もが悪気が無さそうなのが、余計にショックである。


 貴婦人方の蛇宰相への評判は元から良くなかったのだろうが、そこへ来て新妻への冷遇を隠しもしなければ、世間の目はもっと冷たくなる。


 そんなこんなで、途中からレオノラも少し疲れを覚え。ついでに小腹が空いたのもあり、夫人方から離れて庭園の奥の方に置かれた菓子達へ足を向けた。


 そこに設置されたテーブルでは、薔薇の生垣を背景に、山積みにされた綺麗なケーキがキラキラと輝いている。

 レオノラが目を輝かせながらどれにしようかと悩み、とりあえず一番上の小さなイチゴケーキを一つ小皿に取った時、背後に人の気配を感じた。


「少しよろしいかしら?」


 キツイ印象の声に振り向けば、レオノラと同年代だろう若いご令嬢が三人、それぞれ笑みを浮かべて立っていた。若干年齢層が高めなこの会場にしては珍しい。


「初めまして。ミシェル・アーノルシュトよ」

「ポーラ・フローベルクと申します」

「ナンシー・ライラックで~す」


 名乗られた家名に、レオノラはお茶会の前に必死に覚えた参加者名簿を思い出す。


 気の強そうな釣り目と濡れた様な黒髪のミシェルは、大手の商会を運営するアーノルシュト子爵家の夫人。

 少し色素は薄く、まるで透けるような金色の巻き毛と、計算され尽くしビシッと完璧なカーテシーのポーラは、歴史と伝統あるフローベルク伯爵家の夫人。

 そして、ふにゃりと柔らかく何処かあざとい笑みで首を傾げるウェーブの掛かった茶髪のナンシーは、武の名門ライラック伯爵家の夫人。


 三者三様の挨拶だが、一応身分は辺境伯出身で侯爵夫人のレオノラの方が高い。貴族のマナーとしては無作法だが、それを咎める気にはならず、レオノラは手に取ったケーキを脇に置いて丁寧に淑女の礼を取る。


「レオノラ・ゲルツと申します」

「無作法をお詫びするわ、レオノラ様。ただ、貴方にどうしてもお話があるの」


 キツめの声に、レオノラが不安に眉を寄せる間もなく、ミシェルが一歩前へ進み出た。


「貴方を、私達の”同盟”に招待するわ」

「……はい?」


 何を急に言われたのか、とレオノラが目を瞬けば、その反応にミシェルは満足したように口の端を釣り上げる。


「詳しくお話するから、よろしければあちらへどうぞ」


 そう言って案内されたのは、庭園の端の方に設けられた席。会場は立食形式だが、まばらにテーブルと椅子も用意されていて、好きな様にお喋りができるようになっていた。

 その内の一つに落ち着いたところで、レオノラは用意されたお茶から視線を上げる。


「えっと、同盟、というのは何の同盟ですか?」

「ウフフ。私には分かったわよ。貴方もこちら側の人間だってね」


 得意気に笑みを浮かべるミシェルの横には、ポーラが完璧な姿勢で、ナンシーがふわふわとあどけない様子で、それぞれ紅茶を飲んでいた。

 いったいこれはなんなのだろう?

 不安な気持ちを落ち着かせようと、レオノラはそっと紅茶を一口含む。


「私達の同盟はね。ズバリ、”旦那様と仲良く愛し愛されたい”同盟よ!」

「ブハッ!」


 思わずお茶を吹き出してしまった。咄嗟に横を向いたので白いテーブルクロスを汚さず、地面に紅茶の沁みが広がるだけになったのは不幸中の幸いだが。

 その様子に、ミシェルがキッ!と眉を吊り上げ、元々キツめの表情が更に険しくなる。


「何か文句でも?」


 不満気なミシェルの横で、クスッと笑ったナンシーが声を上げた。


「だから言ってるのに~。名前がダサいって」

「同盟の結成はミシェル様が決めたのですから、命名権があるのはミシェル様ですわ」


 すかさずポーラが横から付け足すが、レオノラはそれどころではない。

 気管支に入った紅茶をゲホゲホと咳き込んで追い出すと、恐る恐る顔を上げた。


「えっと、すみません。あまりの名前のインパクトに、思わず…」

「名前は分かりやすい方がいいの!趣旨が伝わるのが一番大切でしょ」


 自信満々に言うミシェルだが、確かに何の同盟か、名前だけで分かった。

 分かったが、レオノラにはまだ疑問が残る。


「あの、それで、どうして私をその同盟に?」

「貴方、ゲルツ宰相様と夫婦円満になりたいんじゃなくて?」

「だから、どうしてそれが分かったんですか?」

「だって、宰相様との結婚を”可哀想”って言われて、すっごく微妙な顔をしていたわ」


 レオノラの表情の変化を、遠目からでも完璧に見抜き、その真意まで汲み取ったミシェル。そのしてやったりと言った表情に、ポーラとナンシーは深く頷いた。


「ミシェル様はそういうところが明敏でいらっしゃいますから」

「目敏いよ~。賢いよ~。怖いよ~」

「大きなお世話よ!」


 ピシャリと言い放ったミシェルが、またクルリとレオノラに向き直る。


「私達はね、政略結婚でも旦那様と仲良くしたいと思って、お互い知恵を出し合ってきたの。お蔭で三人とも、今は旦那様と仲良しよ」

「漸くポーラが旦那さんとラブラブになったからね~。これで全員」

「皆様には非常に助けられましたわ。三人で協力すれば、なんとかなるものですわね」


 それぞれ個性的な彼女達に圧倒されるレオノラを前に、 早く応えろ、とばかりにミシェルがフンと鼻を鳴らす。

 しかし、あの短い時間でレオノラがベルナールと仲良くしたい、と見抜いたミシェルの目は本物だし、ポーラとナンシーは惚気話を混ぜて同盟の利点をアピールしてくる。


 ミシェルの言っていた通り、名前で趣旨が分かるのは重要だ。おかげでレオノラは入るか否か、即座に決断できた。


 ガッと横のミシェルの手を掴んでその瞳を真剣に見つめ返す。


「お願いします!入れて!」

「そうこなくっちゃ!」


 ミシェルはレオノラの手を握り返すと、また自信に満ちた笑みを浮かべた。



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