6-27.さらなる新事実
【お詫び】
2週も飛ばしてホント申し訳ありませんでしたっ!(土下座)
いえね、ちょっと他作品の改稿作業が立て込んでましてね。そっちにかかりきりだったものですから、ハイ。
なんで改稿なんてしてるのか……っていうのは、まだ口に出せないのが辛いとこではあるんですけどね……!
とりあえずは更新再開です!年内はもう落とさないよう頑張ります!
ところで、前回のタイトルから続き回数を削除しました。まあそうなるかなとは思ってたんだけど、今回が転生疑惑とあんまり関係なくなっちゃったので(^_^;
「解決ムードのところ申し訳ないんだが」
力強く復活したレギーナの姿に沸き立つミカエラやアルベルトたちの背に、冷ややかな朧華の声がかかる。
「朧華さん、どうしたんだい?」
「この瘴気がどこにあったのか、聞いていただろう?」
彼女の顔つきは、その声と同じく固かった。
「——まさか」
それを聞いて、ミカエラの顔が青ざめる。
朧華が握りしめている瘴気は、細く長い針のように見えた。その針から瘴気が煙のように湧き出し、彼女の拳にまとわりつくように蟠っている。
「これは、レギーナどのの霊核に打ち込まれていたんだよ」
「……つまり、私の霊核に傷がついている、という事ですね」
事態の深刻さを理解したレギーナも、厳しい表情を浮かべて応えた。
「正確にはちょっと違うかな。まあ、霊核というものは物理的な実体のあるものではないから、解釈の違いってものもあるとは思うんだが」
「……つまり?」
「少年、自分で視たほうが早い。——今の君なら視えるはずだよ」
そう言われて、アルベルトはレギーナを見た。愛しい彼に凝視されて、途端にレギーナがモジモジし始めるが、「ちょっと動かないで」と言われて赤面した。
「……!これ……!」
そうして凝視すること、しばし。
アルベルトの顔がみるみる青ざめてゆく。
「なん、どげんしたとアルさん」
「いや……これは……」
天眼を確実にモノにしつつあるアルベルトの目には、レギーナの霊核がしっかり捉えられていた。それは彼女の心根を映したかのような美しい真円の球体で、だが、その表面には——
「大きなヒビが……入ってる……」
「——!?」
それは、キズなどという生易しいものではなかった。
アルベルトが見たレギーナの霊核には、まるでそれを分断するかのように、縦に大きな亀裂が走っていた。おそらくは表面だけで、完全に割れてしまってはいないのだろう。もしも割れていたなら、レギーナは間違いなく今この世に存在できていないはずだから。
だがそれでも、これでは、あまりにも——
「朧華さん……」
「君の言いたいことは分かるぞ、少年。これではもう戦えないと、そう言いたいのだろう?」
「——!?」
霊核とは、生物の肉体を構成する根幹元素である魔力を、その肉体の形に留めておく核の役割を果たすもの。それが失われれば肉体は形を失い、霧散して、魔力に還ってしまうしかない。そしてそうなれば依代を失った魂は、現世を離れて輪廻の輪に乗ってしまう。
つまり、死だ。
この世界で“死”とは、あくまでも魔力の在り方を示すもの。霊炉が加齢などにより衰えて、体内で魔力を生成できなくなれば“霊核”が維持できなくなり死に至る。逆に言えば、“霊核”が砕けて魔力を肉体として維持できなくなっても同じことである。
霊核があり、それを中心とした肉体があって初めて“魂”が肉体に宿り、そうして“生命”となるのだ。霊核と肉体と魂、その全てが揃っていなければ現世で生命は維持できない。これは魔物などでも同じことであり、だからこそ冒険者たちは魔物の霊核を砕くことを目指すのだ。
霊核に亀裂が入っていたところで、人類が普通に日常生活を送るだけならばほとんど問題になることもないだろう。大病や重篤な怪我など、心身に障碍を抱えながら生きている人の多くは、霊核に傷があるから身体の不調から逃れられないのだとされている。そして、それでもそうした人々は生きているのだ。
だが、レギーナは勇者だ。
勇者とは人類の敵に立ち向かう者で、人々の剣となり盾となって死を恐れず戦う存在である。つまり、常人よりもずっと、霊核に傷を受けたり砕かれる危険性が高いのだ。
その彼女の霊核に、すでにこれほどの傷を負っているのだ。もしこの状態で再び蛇王と戦えば、奴は必ずや彼女の霊核にとどめを刺そうとしてくるに違いない。そうして砕かれてしまえば、どれほど優勢だったとしても彼女の生命は消失し、敗れるしかないのだ。
「朧華さん、これ、治せないかな」
「傷ついた霊核が修復された例というのはなくはないね。だが、どうすれば治るのかは、まだ明確にはなっていないな」
つまりレギーナは最悪の場合、この状態のまま蛇王と戦わねばならないということになる。
「そんな……!」
「問題ないわ」
ミカエラが青ざめるその横で、だがレギーナは落ち着いていた。
「要は私が、霊核を砕かれるほどのダメージを負わなければいいだけ。そういうことでしょう?」
「まあ、そうだけれど。だが言うは易しだぞレギーナどの」
「死を恐れているようでは“勇者”は名乗れませんから。——それに、仮に私が失敗したとしても、まだヴォルフとリチャードがいるわ」
「いやそうやけど……!」
「もちろん、私だって死ぬつもりなんて無いわよ。でも霊核に傷なんてなくたって死ぬ時には死ぬんだから、気にしても始まらないわ」
静かに決意を口にするレギーナの覚悟は決まっているように見えた。だが、それでもミカエラは躊躇ってしまう。
親友を死なせたくないと彼女が考えるのも無理からぬことである。それを抜きにしても、霊核の損傷という、常人にはない大きなハンデを負ってしまったレギーナを、むざむざ死地に送り出していいものか、とてもではないが即断はできなかった。
「ねえミカエラ」
「…………姫ちゃん」
「私たちは、どこまでも一緒よ。そうじゃない?」
強い瞳で見つめられ、ミカエラは今さらながら思い知る。
「あーもう!姫ちゃん言い出したら聞かんっちゃけん、もう!」
「ふふ。頼りにしてるわよ」
勇者であるレギーナの生命を永らえさせるのは、元よりメンバーの法術師であるミカエラの役目なのだ。その勇者が覚悟を決めているのなら、彼女にできることはそれに付き従い、勇者を死なせないために最善を尽くすことだけだ。
「では、話はまとまったということでいいかな。あとはコレの始末だけど。——娘々」
「心得た。——[破邪]」
レギーナの覚悟を見届けた朧華が、隣に立つ銀麗に声をかけ、銀麗が詠唱とともに母の拳に掌底を繰り出した。パキンと音がして、朧華が握りしめたままだった拳を開くと、彼女の手の中に握られていた瘴気の針が粉々に砕けていて、その残骸だけが残されていた。
と、見る間にそれがサラサラと崩れてあっという間に塵となり、そして消滅していった。それとともに蟠っていた瘴気の靄も、空気に溶けて消えるように霧散してゆく。
「「……えっ」」
レギーナとミカエラの驚きが、表情まで含めて綺麗にハモった。
「えっ待って、インリー、あなた白加護なの!?」
「そうだが。——あれ、言っておらなんだか?」
「いや聞いとらんし初耳やし。アルさん知っとったん?」
「いや、そう言えば俺も聞いてなかったな」
何食わぬ顔の銀麗と、驚くレギーナたち。
「あー、虎の嬢ちゃん、パッと見じゃあなんの加護かよう分かれへんな」
ナーンに言われるまでもない。銀麗の瞳は輝きを帯びた暗めの灰褐色にしか見えないから、あらかじめ聞いていなければ、おそらく黒加護だと誤認する者が多いだろう。
「この子はちょっと珍しくてね。白と黒と銀の加護持ちなんだよね」
「三重加護!?」
「白と黒と……銀!?」
魔力の加護と言えば、黒青赤黄白の五色しかないはずである。それなのに銀とは。
「あれ、西方世界では知られていないのかな?加護と言えば黒青赤黄白金銀の七色だろう?」
「「「金銀!?」」」
「あー、昔ユーリはんが金と銀の加護持ち探しとったな、そう言えば」
「えっそうなのナーンさん?」
「アル坊知らへんか?いや知らんか。“輝ける五色の風”に改名する前のことやねんけど」
西方世界では、まだ専門の研究者以外にはほとんど知られていないが、魔力の加護には基本の五色以外にも金と銀の二色があるとされている。最新研究によれば特定の条件下でしか発現しないとされていて、人口比率的にほとんど所持者がいないため、それで知られていないのだ。
アナスタシアを失い、アルベルトが脱退して、ユーリはパーティを再編する必要に迫られた。その際に古代ロマヌム帝国時代の古い文献で金銀の加護の存在を知り、全ての加護を揃えて“七色の風”に改名しようとしたことがあった。
しかし結局、そう都合よく見つかるはずもなく。アナスタシアの代わりに赤加護のマスタングを加えて、黒のネフェル、青のマリア、黄のナーン、白のユーリで“五色”となったわけだ。
「そう言えば確か、ネフェルさんのお姉さんが銀加護だって聞いた憶えがあるね」
「あー、言うとったな」
「あの頃は、エルフだから人間とは違う加護があるんだろう、としか思わなかったけど」
「ネフェル様の姉君って……確か」
「エルフの女王、森都シルウァステラの主にして、七賢人のひとり“銀森の賢者”シルレシルラワレイファス様、よね」
「ネフェルさんは確か『シルラ姉さま』って呼んでたね」
“輝ける五色の風”の黒加護担当にして狩人であったエルフの少女、ネフェルことネフェルランリル。まあ少女とはいえエルフなので、パーティでは圧倒的に最年長だったのだが、その彼女が姉と慕うのが“銀森の賢者”ことシルレシルラワレイファスである。
ネフェルもそうだが、シルラも見た目は20歳前後の、レギーナやミカエラらと同年代にしか見えない容姿をしている。だが年齢の話を人間がするとエルフは途端に機嫌を損ねるので、その点注意が必要である。現にネフェルも、勇者パーティで活動していた時は頑なに年齢非公表を貫いていて、だからアルベルトも彼女の正確な年齢は知らなかったりする。
そのシルラが、現在知られている中では西方世界で唯一の“銀加護”である。俗説では、エルフは陰神の愛し子だから特別な加護を持つのだ、と言われている。
「金加護が多いんはアレや、古代ロマヌム帝国の皇室の血筋」
「……そう言えば、リュクサンブール大公家の縁者には金の瞳を持つ人が多いって聞いたことあるわね」
「けど、ガリオンのレティシア公女は“加護なし”っちゅう話やん?」
ガリオン王国のノルマンド公爵家、そのひとり娘であるレティシアは母方からリュクサンブール家の血を受け継いでいて、見事な金の瞳を持つことで知られている。だがその彼女は、これも珍しいことだが、魔力の加護を持たない“加護なしの公女”としても有名であった。
ちなみに彼女はフェル暦675年度、つまり今年の賢者の学院“知識の塔”の首席卒塔者である。レギーナたちの卒塔と入れ替わりに入塔したので、直接の面識はないものの後輩に当たる。
「あー、そら多分、大公家のご意向で加護のこと伏せられとるんちゃうか。知らんけど」
そう言われれば有りそうな話ではある。レティシアだけでなく、リュクサンブール家自体が金加護などと公表したこともなかった。
「でも、じゃあ、人間以外では金銀の加護って何かあるかしら?」
「それは分かりやすいだろう?陽神と陰神だよ」
「……朧華さま、陽神は黄加護で、陰神は白加護では」
「西方ではそう言われているのかな?でも東方ではそういう認識だよ。——というか、レギーナどのも金の加護を持っているじゃないか」
「…………えっ?」
「黄加護だけでは、そんな輝きを含んだ色にはならないはずだよ」
そう言われて絶句するレギーナである。だが。
「……確かにそう言われれば、ヴィスコット家にも古代ロマヌム皇室の血が入っているはずだわ」
「ばってん、2世陛下はそげな輝いた瞳はしとらんやったよね?」
「でも、大レギーナもやっぱり瞳が輝いていたわ」
実のところレギーナの血には、ほんの微量だが古代ロマヌム帝国の皇室の血が混ざっている。それは大レギーナの生家であるサヴォイア家も同様だ。
サヴォイア家は古代ロマヌム帝国時代から続く旧公爵家である。200年ほど前に共和制に移行した現在のヘルバティア共和国、その前身であるシュヴィーツラ王国の西南の端にあった、小さな公国を支配していたことで知られている。現在のサヴォイア家は、貴族としての身分は失ったものの、ヘルバティア共和国の元老院議員として存続している。
「加護は一定量の含有がなければ、発現はしても発動はしない。だからレギーナどのも、金加護こそ持つものの発動はしていないんじゃないか?」
魔力の加護は一定量、具体的には三割の含有で発動する。例えばミカエラは赤と青の加護をそれぞれ四割以上持つため、どちらも発動している。
世のほとんどの人々は複数の加護をその身に宿しているが、その大半は発動に至っている加護は一種類だけだ。だから、ミカエラのような重複加護は珍しいとされている。
「……インリーって、三重加護だと仰いました?」
「あー、ようやくそこに戻ってきたね。この子は白と黒と銀を綺麗に三割ずつ持っていてね」
「白は四割だぞ母者」
「それでまあ、本人は白加護を名乗っているというわけさ」
「だから吾が[破邪]を使えても、なんの不思議もないわけだ勇者殿」
「…………インリー」
「む?」
瞳を輝かせたレギーナが、銀麗の両手をがっしりと握る。
「あなた、蒼薔薇騎士団に入らない!?」
そうして、誰にも相談しないまま、彼女は銀麗への勧誘を口走ったのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そう言えば、勇者レイナの生まれ変わりって話はもういいのかな」
「ええんちゃうか?どうせ確かめる手段なんぞあれへんし」
「いや、そうかも知れないけどさ……」
「姫ちゃんは姫ちゃんやけん、それでいいとよ、アルさん」
「まあ、ミカエラさんまでそう言うのなら」
ということで、レギーナの転生者疑惑はあくまでも疑惑のまま、一旦棚上げされることになったのだった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は15日の予定です。これから書きます(爆)。
(安定の自転車操業感)
そしてレギーナさんが、昔懐かしの某『B.B』みたいになってきてしまいました(笑)。




