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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第六章】人の奇縁がつなぐもの
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6-19.やるべきは内省と自己把握

エピソードタイトルはもしかしたら変更するかもです。投稿30分前に書き上がったばかりで推敲が足りてないので(爆)。


あと、前回のタイトルを「〜したものの」から「〜した彼女」に変更しました。




 その時、応接室の扉が控えめにノックされた。壁際に控えていた侍女アルターフが素早く扉を開けて対応すると、そこにいたのはこの場に同席していなかった侍女アルミタである。


「アルミタ、どうしました?」

「それが……副王(ビダクシャー)殿下がお出でになられて……」


 アルターフはすぐさま極星宮の主人であるレギーナとその客人である朧華(ロウファ)に副王メフルナーズの来訪を告げ、レギーナも直ちにお通しするようにと命じた。それを受けてジャワドとアルターフがこの場をサーラーに任せ、メフルナーズを案内するため慌ただしく応接室を出て行った。


 実は朧華が突然来訪したことで、離宮を貸し与えられているレギーナだけでなく、離宮の責任者である宮殿秘書(ダビーレ・サラーイ)ジャワドと侍女頭ドフテバンダグ・サラールサーラーに加えてジャワドの補佐である侍従フーマンと、サーラーの補佐であるアルターフまでもがこの面会の場に立ち会ってしまっていた。そのため朧華の来訪を聞いて慌ててやって来たメフルナーズに対応できる者がおらず、残った面々の中でもっとも社会的地位のあるアルミタがメフルナーズの取り次ぎを担う羽目になってしまったのだ。

 いかに国賓級の重要人物である朧華が先触れも無しに押しかけてきたからとはいえ、これは離宮を任されているジャワドやサーラーらのミスであり、普段は冷静沈着な彼らが慌てるのも無理はない。らしからぬ失態に顔色(がんしょく)を悪くするサーラーを見て、少しだけ取りなしてやろうとレギーナは心に決めた。



 メフルナーズはジャワドに案内されて、すぐに応接室にやって来た。彼女は侍従と侍女をひとりずつ連れており、その後ろにはなんとロスタムの姿まである。


「朧華さま!」

「ああ、最初に謁見しなければならないところを順番を無視して申し訳ないね、副王殿下」

「そんな事はどうでもよいのです!よくぞご無事で!」


 どうでも良くはないのだが、それよりもご無事で(・・・・)とはどういう事だろうか。メフルナーズは朧華が5年も姿をくらましていた事に関して、何か知っているとでもいうのか。


「いやあ、転移陣で飛ばされた時にはどうしようかと思ったけどね」


 対して朧華は、特に気にした風もない。


 メフルナーズが来たことで、アルベルトやミカエラたちは席を立ってレギーナの後ろに侍立した。レギーナはその空いた席にメフルナーズを勧めて、彼女は慌ただしくも優雅に腰を下ろした。

 なおレギーナは上座を空けようとしたのだが、それには及ばぬとメフルナーズに言われたため彼女は上座に座ったままである。ちなみにロスタムはメフルナーズの後ろに侍立している。


「英傑さま、転移陣とは?」

「ん?ああ、朧華(ロウファ)でいいよ勇者どの。呼びにくいだろう?」

「畏まりました、朧華さま。わたくしのこともレギーナとお呼び下さい」

「承った、レギーナ姫」

「今のわたくしはエトルリアの姫としてではなく、勇者として参っておりますゆえ、どうぞわたくしのこともただのレギーナと」

「なるほど。では今後はレギーナどのとお呼びしよう」

「はい。——それで、朧華さまはその転移陣とやらでいずこかに飛ばされた……のですか?」


 重ねて問われ、朧華はニカッと屈託なく笑った。


「いやあ、とある屍王(しおう)を追ってたんだけどさ、うっかり太古の魔法陣(・・・)を踏んじゃってね。見たことのない場所に飛ばされたと思ったら、どうやら未知の新大陸だったみたいでねえ」


 要するに朧華は東方世界に点在する、古代魔術文明時代の霊遺物(アーティファクト)である、転移の魔法陣を誤って起動させてしまったのだという。東方世界では太古の昔、まだ世界に魔法があった時代に各地を結ぶ移動用の魔法陣が利用されていて、それは現代でもいくつか起動状態で遺っているのだそうだ。

 朧華が踏んだ魔法陣はまだその存在を知られておらず、さらには本来あるはずの魔法陣を守る建物もすでに崩壊してなくなっていたという。それゆえ彼女も警戒せずに踏み込んでしまったらしい。

 大英傑の失跡(しっせき)の一報にリ・カルンはじめ各国は驚愕し、総力を挙げて捜索したもののその行方は杳として掴めなかったのだ。その朧華がひょっこり戻ってきたとあれば、それは驚くのも無理はない。


 いやー戻ってくるのに苦労したよ、とあっけらかんと語る朧華に、メフルナーズもレギーナも唖然とするほかはない。


「み、未知の新大陸……ですの!?」

「だ、大丈夫だったのですか!?」

「大丈夫だったから、今ここにこうしているんだけどね」


 朧華はたったひとりで新大陸を踏破し、自ら作った船に乗って大海を越えて南方大陸にたどり着き、さらに徒歩でジャジーラトの地まで北上して、そこから“縮地”を使ってリ・カルンを素通りして再度屍王を探し出し、討ち果たして華国に戻ったのだという。

 そうして懐かしい故郷の虎岈(こか)(こく)に戻ってみれば、残してきた娘の姿が見当たらない。郷の大人たちの制止を振り切り出て行ったと聞いて、旅に出る前に話して聞かせた覚えのあるリ・カルンに行ったのではないかと再び“縮地”で飛んできたのだそうだ。

 ざっと聞くだけでも一生を使い果たしそうな大冒険である。初めて耳にする新大陸とやらもそうだが、朧華が自分で作ったという船で渡った南方大陸というのも、レギーナたち西方人にとってみれば最北端の“神国ミスライム”と呼ばれる国のことしか知見がないのだ。それも、神国の存在は南海を越えて経済交流のあるエトルリアとマグナ・グラエキアくらいしか知らないはずで、南方大陸つまり南方世界そのものが西方世界にとっては謎に包まれているのである。


 さすがは東方、いや世界屈指の大英傑である。たったひとりで4年にも及ぶそれほどの大冒険を経験してなお、平然と笑っているのだから。


「…………はあ。相変わらず豪快でいらっしゃるのね、朧華さまは」

「まあそれなりに長く生きてるからね、これでも」


 長く生きてれば経験する、なんてレベルではないのだが。


「だけどそう言う副王殿下だって、なかなか波乱万丈な人生を送っているだろう?」

「わたくしの経験した程度のことなど、御身の足元にも及びませんわ」


 メフルナーズだって弟とともに王都を追われ、数年間の流浪の逃亡生活を強いられた人生ではあるのだが。でもさすがに朧華ほどではないと断言できよう。


「……わたくしはどうやら、まだまだ経験が足らないようです。蛇王に歯が立たなかったのも当然だったのですね」


 レギーナが口惜しそうにため息をついた。

 このふたりに比べれば、レギーナの人生など順風満帆もいいところである。エトルリアの王女として生まれ、幼い頃から勇者を目指すと公言し、その通りに勇者候補となって順調に到達者(ハイエスト)まで駆け上がってきた。敵と戦って完敗したのは蛇王戦が初めてのことであり、それまで挫折らしい挫折のひとつも経験してこなかった。

 決して長いとは言えない自己の19年の人生が、彼女たちの波乱万丈の人生経験と比べると、なんだか途端に薄っぺらく感じてしまう。


「まあそこはね」


 朧華が苦笑する。


「挫折など経験せずとも、世に名君として名を残した王などいくらでもおりますわ。それに一度の失敗を挽回できずに無残に屍を晒した王も、また多いものです」

「貴女が蛇王に敗れた話は聞いているよ。でも今こうして無事に生きて戻って、再起しようとしているだろう?その経験こそが貴女を強くする。何も悲観することなどないよ」


「……お二方とも、お心遣い痛み入ります」


 現在25歳になるメフルナーズと、本人は決して年齢を明かそうとしないがアルベルトより3歳歳上の朧華と。人生の先輩たちから温かな言葉をもらい、感じ入るとともに再起への想いを一層強くするレギーナである。


「朧華さま、改めてお願い致します。どうかわたくしに、“慧眼(えげん)”の修行をつけては頂けませんか」

「元よりそのつもりだよ。まずは、貴女の今の実力を見せてもらってもいいかな?」


 そうしてレギーナたちは、離宮の北側にある鍛錬場に移動することとなった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 極星宮の北側に広がる鍛錬場は、宮殿の北部に位置する3つの離宮、すなわち北西の天蠍宮(サライェ・サダウェズ)、北の極星宮サライェ・アバクスター、北東の獅子宮(サライェ・ミヤン)の三宮の警備を担当する警護騎士たちの合同の訓練施設だ。とはいえ現在は天蠍宮がまだ建設中で、完成している獅子宮には逗留客がおらず警護の人員も最低限しか配備されていないため、事実上極星宮を警護する騎士たちの専用のようになっている。

 そこに集うは勇者レギーナと蒼薔薇騎士団、アルベルト、朧華と銀麗の母娘(おやこ)、それに副王メフルナーズと諸将(スパーフベダン)の将(・スパーフベド)ロスタム。そのほか、警護のためにサーサン隊の騎士10名も集まっており、メフルナーズのふたりの従者と離宮侍女のアルターフも随従している。

 なお、もうひとつのスーラ隊は極星宮そのものの警護に残ってこの場には来ていない。


 アルベルトの手には鞘に収められた宝剣ドゥリンダナ。突然の朧華の訪問によって予定外ではあるものの、レギーナは今から、約1ヶ月ぶりにドゥリンダナを振るうのだ。


「ミカエラ、大丈夫かしら……」

「分からん。けどやるしかないやん?」


 元々、レギーナのレベルが実際どれほど落ちているのかは武器を振るってみなければ分からない。だがレベルダウンを極力抑えるために、レギーナもミカエラもやれるだけのことはやって来た。日々の鍛錬で身体はしっかり引き締まり、蛇王戦に赴く以前よりも仕上がっているくらいだ。だから今はそれを信じるしかない。

 アルベルトからドゥリンダナを手渡され、レギーナの表情に緊張が帯びる。その脳裏に《お、ようやくオジサンを使う気になったかい?》と能天気な声が響いてきた。


 ドゥリンダナを抜き放ち、鞘だけをアルベルトに預けたレギーナが向き直った先に不規則に立っているのは、人体に見立てて鎧を着せた木偶人形たち。それに正対し、全身に気を漲らせつつも力を抜いて自然体に、瞳を閉じてしばし精神統一するレギーナ。

 じりじりと照りつける真夏の太陽の下、朧華やロスタムらが静かに見守る中、レギーナがカッと目を開く。そして同時にドゥリンダナを“開放”した。


 一瞬にしてレギーナの姿が消えた。次の瞬間、木偶の一体が胴を真横から両断されて吹っ飛んだ。


 袈裟斬り、逆袈裟、横一文字、そして大上段からの真っ向斬り。

 斬撃音とともに次々と斬り飛ばされてゆく木偶人形。あっという間に全ての人形が両断され、それが全て地に落ちると同時に、レギーナの姿も木偶人形群の向こうに現れた。

 誰かが何か口を開く前に、その姿が再びかき消える。その次の瞬間にはレギーナはもとの位置、ミカエラの目の前に戻ってきていた。


「姫ちゃん、どげん(どう)?」


「……思い通りに動けはしたわ。でも、思った(・・・)()()には(・・)動けなかった(・・・・・・)わね」


 それはつまり、鍛錬の成果もあって身体は意志の通りに動かせたということ。そして同時に、脳裏に思い描いていたのと同等のパフォーマンスが発揮出来なかったということ。

 やはり彼女のレベルはダウンしていたのだ。こう動く、と思い描いた通りに身体が動かせたにもかかわらず、結果に満足出来なかったというのはそういう事である。


「でも、俺の目には今までと遜色なかったように見えたよ」

「それはアルさんが見慣れてない(・・・・・・)せいやね。ウチの目からもちょっと(・・・・)時間の(・・・)かかった(・・・・)ごと(ように)見えたけん、やっぱレベルは落ちとるね」

「…………やっぱり、そうよね」

「ばってん想定よりかは落ち幅は少なかろうて思うばい。“達人(マスター)”で留まっとるっちゃない?」


 実際に武器を手に取る前に、基礎鍛錬で身体の経験値をできるだけ戻す。その選択は間違ってなかったと胸を撫で下ろすミカエラである。とはいえどこまで落ちているか、どれほど戻せているかは実際見るまで彼女にも分からなかったから、それが判明した今後は鍛錬のやり方も変えていく必要がある。


「……なるほど、分かった」


 そしてそれまで黙って見ていた朧華が、小さく頷いた。


「レギーナどのには、まず“天眼(てんげん)”の理解を深めるところから始めてもらおうか」


 そうして彼女は、レギーナたちの予想もしなかった一言を発したのであった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は10月6日です。

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