6-16.“おっさん”がもうひとり
書き上げるの間に合いませんでした(爆)。
ゴメンしてー( ̄∀ ̄;
(執筆完了時刻20時35分)
「ねえミカエラ」
「なァん?」
「ドゥリンダナに触るだけ、ってのもダメなの?」
とある日、いつものトレーニングの最中にふとレギーナの目に入ってきたのが、トレーニングルームまで持ってきてそこに置いてあるドゥリンダナであった。目に見える位置に置いていないとレギーナが落ち着かなくなるため、基本的にはミカエラかアルベルトが常に持ち運んでいるのだ。
今それを持って素振りするなり稽古するなりしてしまえば、以前よりも技量が落ちてしまう可能性が高い。それはすでにミカエラに言われたことでレギーナも理解している。だが触ってみる事すら不可能なのだろうか。
「なん、なんか気になる事でもあったと?」
レギーナの様子から、単なるワガママで聞き分けのないことを言っているわけではないらしいと見て取って、ミカエラはその真意を問う。
「ただの勘なんだけど、今なら何か掴めそうな気がするのよね」
「んー、鞘から抜かんけりゃ良かっちゃない?」
レギーナの表情と反応を見て、ミカエラは許可を与えた。それを受けて、アルベルトが壁際に置いてあるドゥリンダナを取りに行き、レギーナに手渡した。
ミカエラもレギーナもこういう時の直感には自信があるし、感覚的にそれを大事にもしている。アルベルトもここまでの付き合いでそれはよく分かっているので、いちいち疑問を差し挟む事もない。そしてレギーナが、今や信頼を通り越して恋慕を抱いている彼がドゥリンダナに触れることを拒否するはずもないため、彼も今ではすっかり宝剣に触り放題である。
まあだからといって、人の得物に気安く触れるアルベルトではないわけだが。
そんなわけで彼から手渡されたドゥリンダナをしばし眺めたレギーナは、何を思ったのかいきなり鞘から引き抜いた。
《おお、ようやく感動のご対面ってやつだねえ。はじめましてだね、わが子孫どの》
いきなり脳裏に響いた中年男性の声に、レギーナがぴしりと固まった。
「えっ、な、誰!?」
《誰、とはご挨拶だなあ。君のご先祖にして無二の相棒のこのドゥリンダナに向かって、他に言うことがあるん》
「姫ちゃん!?抜いたらつまらんて!」
「待ってミカエラさん、なんか様子がおかしそうだよ?」
「ご、ご先祖ですって!?貴方一体誰なのよ!?」
《具体的に誰かと聞かれると……まあオジサンも困っちゃうんだけどねえ。なにしろ記憶があやふやでねえ》
「あやふやなのに、私が子孫だってどうして分かるのよ!?」
「……もしかして、宝剣と会話してる……?」
「マジで!?ほんならようやっと“覚醒”できる、っちゅうことかいね!?」
驚きのあまりすっかり周りが見えなくなっているレギーナと、説明が一切ないので推測するしかないアルベルトとミカエラ。ちなみにふたりにはドゥリンダナの“声”は聞こえていない。
《そこはほら、血の繋がりってやつだからねえ》
「…………もしかして貴方、イリオスの王家の誰かなの!?」
《ああ……懐かしい名を聞いたねえ。そうそう、オジサン故郷を守って戦死しちゃったんだったよ》
「まさか……“きらめく兜の大英雄”なの!?」
きらめく兜の大英雄、と言えば現在のイリシャの地に伝わる神話において該当するのはひとりだけである。都市国家イリオス最後の王の第一王子で、下に18人もの弟妹を持ち、イリオス史上最高の英雄として攻め寄せたへレーン人たちの大軍に真っ向から挑んで一歩も引かなかった勇者だ。その名をヘカトルという。
だが彼はへレーン人側の勇者であった不死身の英雄アキレッススとの一騎打ちに敗北し、討ち取られてしまう。それを機にイリオスは劣勢となり、最後は神話に名高い“神託の木馬”によって攻め落とされてしまうのだ。
そのあたりの経緯は英雄叙事詩『イーリオス』に詳しくまとめられ、散逸することなく現代にまで伝わっている。かのアサンドロス大王も愛読したというその叙事詩において、“きらめく兜の大英雄”は敵ながらも正義を重んじる威風堂々たる人物として描かれており、ともすれば彼を倒した英雄アキレッススのほうが情け容赦のない人物とされることすらある。
そのヘカトルは、イリオスの守護神から与えられた護国の宝剣ドゥリンダナを手に戦ったとされている。そして彼の死後ドゥリンダナは弟王子のひとりによって回収され、イリオス陥落後にその弟王子とともに南海を越えて竜脚半島にもたらされたと伝わっているのだ。
「……私の知ってる“きらめく兜の大英雄”と貴方とじゃ、だいぶ印象が違うんだけど?」
《そう言われてもねえ。後世でなんと言われてるかなんて、オジサンの知ったことじゃないんだけどねえ》
「それはまあ、そうかも知れないけど」
《オジサンは単に、痛む足腰を引きずって困った弟の尻拭いを頑張っただけだからねえ》
「ちょっと!イメージ壊すようなこと言わないでよ!」
そもそもへレーン人たちの都市国家が連合してイリオスを攻めたのは、イリオスの王子のひとりアレクサンドロスが当時の最高の美女と謳われた都市国家ラケダイモーンの姫を、女神の神託を盾に拉致して連れ去ったせいである。すでに結婚していたその姫を奪還するために、姫の夫を中心に有力都市国家の諸都市が連合してアカエイア同盟を結成し、10年に及ぶ長い戦いの末にイリオスを攻め滅ぼして姫を取り戻したのだ。
アレクサンドロス王子に神託を与えた女神がイリオスの守護神のひとりであったがために、ヘカトルをはじめとするイリオス王家は一丸となってアカエイア同盟軍に対抗したわけだ。その結果、王位継承間近だった英雄ヘカトルは最前線に立つために王位継承を後回しにして、その挙げ句に戦死してしまったのである。
確かに『イーリオス』において、若き英雄アキレッススに立ちはだかる経験豊富な英雄としてヘカトルは描かれているけれども、今ドゥリンダナから聞こえてくる“声”は、どう聞いても人生に疲れきったただのオジサンのぼやきにしか聞こえない。
《だって強かったんだもん、アイツ。ええと、名前なんだっけ》
「……不死身の英雄アキレッススのこと?」
《ああそう、それそれ、そんな名前。いや不死身とか絶対ズルでしょ。こっちはもう半分足腰立たなくなってきててあとは玉座でのんびりしようとか思ってたのにさあ》
「……だったら前線に行かなきゃ良かったじゃないの」
《だって兵士も民もオジサンが前線に立たなきゃ戦えない、なんて言うんだもん。行くしかないじゃない?》
威風堂々たる正義の英雄はどこに行ったのか。
《頑張って戦ったのに結局戦死しちゃうわ、愛剣は別の弟が持ち逃げしちゃうわ、可愛い息子は殺されちゃうわ、気がついたら愛剣に意識が乗り移っちゃってるわで、もう散々だよねえ。オジサンなんか悪いことしたのかねえ?》
「いや……そんな事言われても」
「姫ちゃん姫ちゃん」
ここで、話に加われないまま様子を見ているしかなかったミカエラが、レギーナに歩み寄ってその肩を叩いた。
「え、なによ?」
「もしかして今、宝剣と話しよるん?」
「そうだけど。……ああ、そっか、あなたには聞こえてなかったのね」
「まあそらよかけど。会話できよるんなら聞かないかんことのあるっちゃないと?」
レギーナがハッとした表情になった。
そう、彼女はドゥリンダナに聞かねばならない事がある。それをすっかり忘れていたのだ。
「ねえ、宝剣に聞きたいことがあったんだけど」
《ほいほい、なにかな。オジサンに答えられることなら何でも答えちゃうよ?》
「……そのノリの軽さって、どうにかならないわけ?」
《んーこればっかりはオジサンの性格だからねえ。生まれてこの方もう、えーと、何年経ったかな》
「いえ違ったわ、そんな事はどうでもいいのよ」
《どうでもいいとは酷いじゃないか。オジサンの長ーい人生、いやもう“剣生”って言った方が》
「そんな事より、“覚醒”に到る条件を聞きたいのよ私は!」
《そんな事って、2回も言うことないじゃないか》
「ホントにどうでもいいから、それ。それより質問に答えて!」
心なしかショボンとする雰囲気の伝わってくるドゥリンダナ。だが一瞬の沈黙のあと、“彼”は口を開いた。
《……“覚醒”、あー、宝剣の?》
「それ以外に何があるっていうのよ!」
蛇王に一度敗北した以上、レギーナのレベルアップは必須と言える。だが[請願]による身体的なリニューアルの影響で、彼女は今、元の身体よりもパフォーマンスが落ちた状態にある。
だが、もしも宝剣の“覚醒”を会得できたなら、あるいは身体的なレベルダウンをも補えるのではないか。そうであれば、蛇王との再戦も想定よりもずっと早く実現するかも知れないのだ。
《んーとね》
緊張感のないのんびりした口調で、ドゥリンダナは告げた。
《今のお嬢ちゃんは、やっと条件を満たしただけだからねえ》
「条件って、“覚醒”の?」
《そう。だからオジサンの声も聞こえるようになったでしょ》
「……どんな条件だったのよ」
《お嬢ちゃん、1回死にかけたでしょ》
ドゥリンダナの語る“覚醒”に到るための条件、すなわち“慧眼”を開くための条件とは、「臨死体験、もしくはそれに準ずるもの」だという。
確かにレギーナはここまでの人生で、死に瀕した経験がまだなかった。王女としてはもちろんあり得ないし、勇者候補としてもこれまでで最大のピンチだったのは、2年前にトロールチャンピオンと一騎打ちして片手片足を砕かれながらも辛くも勝利した時である。
あの時も瀕死と言える大怪我だったが、それでも意識ははっきりしていたしミカエラがすぐに[治癒]を施して事なきを得たため、“臨死体験”にはカウントされなかったのだろう。
「……じゃあ、私が蛇王に殺されかけたことで、ようやくその条件を満たしたってこと?」
《そうなるねえ。それまでの2回は条件を満たすには至らなかったって事になるね》
2回、と言われてレギーナは首を傾げて。
「……あ、もしかして銀麗の毒で死にかけた、あれも含まれてるの?」
《そりゃあもちろん。宝剣を手に入れてから死に瀕したのはその2回だけでしょ》
「その2回と今回で、何が違ったっていうの?」
《生死の境を彷徨った時間の違い、と言えばいいかな》
要するに、トロールチャンピオンとの死闘では、戦闘終了後にレギーナの意識がまだあるうちにミカエラの[治癒]を受けることができたため、重傷だったが大事には至らなかった。そして銀麗の用いた毒で人事不省に陥った際は、アルベルトの持っていた解毒薬の残りをすぐに処方されたことで、こちらも大事には至らなかったわけだ。
だが蛇王戦の後は本当にいつ死んでもおかしくない状態で、というか状況証拠的には一度死んですらいた。その危地から脱するために、ミカエラによる[請願]が必要なほどだったのだ。そしてそれでもなお、容態を安定させるために王都アスパード・ダナの神教神殿に運び込んで、高位神徒たちの総力を挙げての治療を施さなければならなかった。
「…………そこまでの体験が必要だっていうのなら、“覚醒”するのって普通に無理じゃない?」
普通、そんな体験をした者の大半はそのまま死んでしまうに違いない。そして死んでしまえば覚醒も何もあったものではない。
いくら宝剣が、その覚醒に到れる者が勇者級の実力者だけだとしても、それでは過去に覚醒に至れた者の方が少ないのではないか。
《そりゃあね。覚醒以上は神の領域に片足突っ込むわけだからね》
「……どういうこと?」
《覚醒、つまり“慧眼”の説明はどこまで聞いているかな?》
「たしか、物事の本質を見る目、だったかしら」
《んー、どうやらお嬢ちゃんの理解度がまだ足りなさそうだねえ。それをきちんと学んで、完全に理解したら、多分“慧眼”も開くと思うよー》
「えっ、ちょっと、あなたと会話できたら開かせてくれるんじゃないの!?」
《世の中そんなに都合良くは無いってことだねー。剣の修行も、勇者の実力を高めるのも、結局は同じことでしょ?》
それはまあ、確かに。それを言われるとレギーナも反論しづらい。
《じゃ、頑張って。条件は満たしたから、あとは会得するだけだね》
その言葉を最後に、宝剣は沈黙した。日々の雑談くらいなら応じるからねー、とどうでもいいことだけ言い残して。
「…………あー、話の終わったごたんね?」
唐突に無言になって、手に持つドゥリンダナを睨むように見つめたまま固まってしまったレギーナに、ミカエラが恐る恐る声をかけた。宝剣との会話はレギーナにだけしか聞こえていなかったから、ミカエラもアルベルトも一切口を挟めず見守るしかできなかったのだ。
「で、どうなん?“覚醒”できそうなん?」
「………………。」
親友には一言も応えないまま、レギーナはドゥリンダナを鞘に戻した。
「——っこの、バカ剣!」
そうしておもむろに、宝剣を床に投げつけたのである。
《あいたァ!》
「あんたなんかしばらく触ってあげないんだからね!」
完全にただの八つ当たりであった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は15日の予定です。次はちゃんと更新時間守るから!
頑張って書くから見捨てないでー!(懇願)




