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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第六章】人の奇縁がつなぐもの
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6-9.新規二名様ご案内(1)

「ひめさまー!」


 警護の騎士たちの制止を振り切り寝室に飛び込んできた小さな人影は、捕まえようとする騎士たち、アルベルトやミカエラたちの腕をもかいくぐり、そう叫びながら飛び込んだ。

 ベッドの上で上体を起こして呆然としたままの、レギーナの胸に。


「ひめさまひめさまひめさま!」

「えっ……ライ!?」

「お会いしとうございましたー!」


 その人影は小柄な、10歳から12歳ぐらいのあどけない少年だった。きちんと糊の効いた白いシャツに折り目の付いた黒のショートスボンを穿いて、それを黒いサスペンダーで吊るしている。身なりがしっかりしていて、一見すると年少の侍従、つまり侍童(じどう)に見えた。

 驚くレギーナを尻目に、少年は上掛けに覆われたレギーナの腰に跨る形で座り込み、ごく自然な流れるような動作で彼女の背に手を回して抱きついて、彼女の盛り上がった胸に顔を(うず)めた。埋めただけでなく顔をグリグリと谷間に押し付けて、しかも深呼吸までしている。


「ちょっ、コラ、吸うな!あと痛い!痛いから!」


 どうやら身体がまだ万全でないレギーナが痛がるほど力を込めて抱きついているようだ。彼女が慌てて引き離そうとするが、少年はなかなか離れない。


「もー、ライ、あんた全然変わらんねえ」

「えっミカエラさん、知ってる子?」


 呆れたように苦笑するミカエラに、アルベルトが驚いて尋ねる。


「あーアルさんは知らんよね。この子はライ。ライラリルレイビスって()うて、エトルリアの王宮で姫ちゃんの専属侍従しとった子やね」


 呆れと苦笑とがないまぜになったような表情のミカエラ。ふとアルベルトが気付くと、ヴィオレもクレアも同じような顔をしてライと呼ばれた少年を眺めている。いやまあクレアの表情には嫌悪のほうが濃いが。

 彼女たちの様子からレギーナに危害を加えるような人物ではないと見て取って、ようやくアルベルトも安堵に胸を撫で下ろす。


「せやけど、なんちゅうか、色々とツッコミ所多すぎなんとちゃうか?」


 ナーンが違う意味で呆れている。まあ普通の侍従は自分の仕える姫に抱きついてその胸を吸ったりしないわけで。


「だから一旦離れなさいよライ!痛いってば!」

「あっごめんなさいひめさま」


 レギーナの強めの抗議に、ライと呼ばれた少年がようやく顔を上げて腕を解く。


「お詫びしますひめさま」

「あっ、ちょっ」


 だが彼はそのままレギーナの両頬をその小さな両手で挟み、そのまま顔を近付けてキスをした。

 そう、唇と唇で、ぶちゅっと。


「ん……あむ、んぷ」


 それどころか彼は慣れた感じで顔をやや傾けて、彼女の唇をこじ開けたかと思えば舌を差し込んだではないか。

 そのまま驚くレギーナの抵抗を封じるかのように舌を絡ませ、唾液を吸い、唇をついばんではまた深く濃厚なキスを繰り返す。何度も何度も。


「いやいやいやいや何しとんねん!」

「わああああ!」


 おっさんふたりが慌てるも、慌てたのはそのふたりだけ。ヴィオレは顔を背けて見ないふりしているし、クレアは不快げに目を逸らすし、ミカエラは目元を片手で覆って呆れの色を濃くするが、誰もライをすぐには止めようとはしなかった。


「あーもう、ライ!相変わらずやなあんた!大概で離れりーよ!」


 結局、見ていられなくなったミカエラが襟首を掴んで引き剥がしにかかり、それでようやくライはレギーナから離れてベッドから下ろされた。

 ちなみに当のレギーナはというとキスされた時点でほぼ無抵抗にされるがままで、引き離されたら離されたで頬を染めて目つきがとろんとして、すっかり放心してしまっている。はふぅ、と漏れた吐息がはっきりと蕩けていた。


 いやむっちゃ堪能しとるやないか。


「もうミカエラさま、せっかくいいところだったのに!」

「普段からやめえ(やめろ)て言いよったろうもんて!」

「えー、そうでしたっけ?」


「あの……ミカエラさん……その子、ライくん……だっけ?」


「あー。あんね、アルさん。気ぃ悪うせんのって(しないで)欲しいっちゃけど」

「………………ハッ。あ、違、違うのよアル!この子は違うの!」


 泣いて求婚までしてきた故国の王女に、実は侍従の恋人がいた。今のアルベルトに見えている状況を端的に説明すればそういう事になる。そのことに気付いてミカエラが申し訳なさそうに声を上げ、次いでレギーナが焦りまくった声を出す。


「ライはくさ、姫ちゃんが生まれたときからずーっと専属で仕えとったエトルリア王宮の侍童なんよ。やけんちょっと、色々と距離感のおかしかっちゃけど」


 いや今のはさすがに、距離感が(・・・・)おかしい(・・・・)などという表現で済ませていいとは思えないが。


「えっでも…………生まれた時から?」

「そう!そうなの!」

「子供にしか見えんめえばってん、よう見てん、あの子の耳」

「……耳?」


 言われてよく見ると、ふわふわサラサラのやや長めの亜麻色の髪の間からチラチラ見える、ライの耳の先が若干、というか明確に尖っている。

 それは明らかに人間(アースリング)には見られない特徴で。


「ライは昔、大レギーナ様がまだ子供やった頃に拾ってきたハーフリングなんよ。こげん見えて、ヴィスコット家に仕えてもう40年以上経っとるとげな」

「そうなのかい!?」


 どう見ても10歳から12歳ぐらいにしか見えないのに、まさかの歳上でした。


「えっ、でも、ハーフリング……?」



 ハーフリング。人間(アースリング)森妖精(エルフ)との間に生まれた混血児の呼び名のひとつである。

 人間とエルフとの間の混血児のうち、人間社会で育った者をハーフエルフ、エルフ社会で育った者をハーフリングと呼ぶ。とはいえそう呼び分けているのは人間たちで、エルフはどちらもハーフリングと称するのだが。


 エルフという人種は神話に語られる“銀の人類(アルゲントゥム)”の末裔とされる種族で、華奢な体躯に優美な美貌を備え、長く尖った耳が特徴的である。人類種族でもっとも魔術の素養が高く、好んで森の中に住み、狩猟や採集で生計を立てていて、俗に森妖精とも呼ばれている。

 だがその一方でエルフは、神々が自分たちに似せて作ったとされる人類種族の中でも神々の姿をもっともよく再現しているとも言われていて、そのせいかプライドが高く他の種族と馴れ合うことをよしとしない。非常に長命で基本的には環境の変化を好まず排他的で、魔術の素養に乏しい人間(アースリング)を特に嫌う傾向があるのがエルフという種族である。


 だがそんなエルフにも、中には人間の街に出てきて冒険者になったり、出会った人間と恋に落ちて夫婦となる者が稀にいる。前者でもっとも著名なのが先代勇者パーティ“輝ける五色の風”の狩人(かりうど)だった、ネフェルことネフェルランリルである。


 遺伝子が似通っているため、人間とエルフとの間には子が生まれる。人間社会に出てきて人間と夫婦になったのであれば、子育ても人間社会の中で行われる。そうして育った混血児をハーフエルフと呼ぶ。

 だがエルフの森や集落に人間の方が近付いて、そこに住むエルフと恋に落ちることも時にはある。その場合にはエルフの集落の外れか近い場所に居を構えエルフの社会で子を育てることになるが、そうした混血児たち、つまりハーフリングがエルフの社会に受け入れられることは絶対に(・・・)無い(・・)

 人間社会で育つハーフエルフも混血児、つまり人間の子とは違うということでいじめなどに遭いがちである。だがエルフ社会で育てられるハーフリングに向けられる迫害はその比ではない。半生物(ハーフリング)という侮蔑に満ちた呼び名がそれを雄弁に物語っている。


 ハーフエルフはともかく、ハーフリングで無事に成人を迎えられるものはほぼ存在しないとすら言われている。それほどに激しい差別、侮辱、暴行虐待などありとあらゆる害意を向けられて、大半が最終的に親ともども殺されるのだ。仮に運良く大人になるまで生き残れたとしても、彼らは心に傷を受け闇を抱えて凶暴な性格になりやすく、多くが瘴気に飲まれて闇妖精(ダークエルフ)に堕ちるとも言われている。

 目の前のこの、ちょっと……いやだいぶ主と距離感がおかしいものの性格的に捻れたところが見当たらず善良そうに見える少年が、そのハーフリングなのだと言われても違和感しかない。



 目の前のライと呼ばれた侍童がそれだと知って、アルベルトの表情に痛ましげな感情が乗る。それを見て、彼が何を思ったか正確に理解しつつ、ミカエラは説明を続ける。


「ウチも話で聞いたり、記録を読んだりしただけやけん詳しくは知らんばってん、あん子もだいぶ酷い目に遭ったらしゅうてくさ。娘時分の大レギーナ様が拾った時には独りきりで死にかけとったげな」

「そうなんだね……」


 ライの両親は見つからなかった。推測に過ぎないが、おそらくライを逃がすために犠牲になったのだろう。そして瀕死の状態で発見されたライ自身も、全身に酷い暴行の痕跡を残していた。

 それを哀れに思った大レギーナ、つまりレギーナの祖母が両親に頼み込み、ライは彼女の実家に連れ帰られて治療と療養を施され、彼女の侍童として仕えることになった。そうして大レギーナがヴィスコット家に輿入れした際にも随従し、以後三代にわたってエトルリア王宮で主に女性王族の侍童を務めているという。


「でも、それならそれでどうして彼がここに?」

「あっ、そうやん!ライ!あんたなんしげ(何しに)こっち来たとね!?」

「…………あっ、そうよライ!あなた王宮のお勤めはどうしたのよ!」


 三代にわたってエトルリア王宮に仕えているはずの彼が、なぜ今東方リ・カルンの王都アスパード・ダナにある極星宮まで来ているのか。当然のその疑問をアルベルトが口にして、それでようやくミカエラも、レギーナもそのことに気がついた。


「ひめさまのお世話はぼくのお仕事なのです!」


 だが胸を張るライに満面の笑顔でそう断言され、彼女たちは鼻白んだように黙ってしまう。その隙に彼は再びベッドに上がり込んで、レギーナに抱きついてしまった。


「お風呂もお手洗いもお着替えも、全部ぼくがお世話します!」

「風呂はアカンのとちゃうか?」

「いや全部ダメでしょ」

「うん……あのね、ライ」

「はい!何ですかひめさま!」

「あなたどうやってここまで来たのよ?」

「神殿の“転移の間”です!」

「陛下のお許しは頂いたの?」

「はい!お暇を頂きました!」


 いやそれって、首になったとかそういう話では?


「あー、詳しい話は僕から説明させて頂きます」


 聞き慣れぬ声が扉の方から聞こえて、その場の全員がそちらを見ると、開いたままの扉からひとりの青年が入ってきたところだった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は28日です。

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物語のギミックとしてなんでしょうけど、行動的にアウトじゃない?  世界の倫理観とかわからないけど、血統とかそれなりに大事にするなら王族回りに近寄らせちゃダメな行動してるし、これを世話役、教育係にしてる…
[一言] このキャラは駄目だな。 幾ら迫害あったかもだけど40過ぎてこれは引く
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