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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第六章】人の奇縁がつなぐもの
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6-6.おっさんが増えました

「ほんま、スンマセンっしたああぁぁぁ!」


 アルベルトとヴィオレにお縄になり連行された先の極星宮サライェ・アバクスター一階の応接室で、恥も外聞もなくドゲザして全面的に謝罪に追い込まれているのはもちろんナーンである。

 謝罪を受けるのは車椅子に座るレギーナと、その隣で彼女を庇うように立つミカエラとアルベルト、それに両脇のソファに座るヴィオレとクレアだ。


「……話は分かったわ。私の敗報を聞きつけて記事にして、『西方通信』の一面に載せて世界に広めたのは貴方……ってことでいいのね、ナーン様?」


 眉間を揉みながらレギーナが口を開いた。彼女もまさか先代勇者の仲間、つまり先輩(・・)に醜聞を広められるなどとは思いもしなかったので頭が痛い。

 さすがに来客(・・)と会うということで、彼女は極星宮に戻ってから初めて、簡素ながらもエトルリア王族の格式を備えたデイドレスに身を包んでいる。髪留めが失くなってしまったから、蒼髪はハーフアップにまとめただけだが。


「堪忍してェな!ほんの出来心やったんや!」

「どうせスクープだ、ガッポリ儲かるわ、なんて思ったんでしょ」

「いやそらもう大反響で笑い止まらへんかったわ!ってアル坊余計なこと言いなや!」


「…………ナーン様?」

「ひぃ!」


 レギーナにジト目で睨まれて、ナーンが情けない悲鳴を漏らす。


「それで、どうやってその情報仕入れたの?」

「そそそそれは……」

「ここまで来といて黙秘やら出来るわけないばい、ナーン様」

「そ、そないなこと言うたかて……!」


 情報ギルドにおいて、記事の取材方法や情報源は秘匿情報であり守秘義務が適用される。一応、その最低限の良識は持ち合わせてはいるようだが。


「まあ、言わないなら言わないでもいいけど。でもナーン様?貴方ってエトルリア(我が国)の男爵位をお持ちよね?」


 レギーナにそう指摘されると、みるみるうちにナーンの顔が蒼白になってゆく。

 そう。彼は“輝ける五色の風”での活躍を評価されて、故郷ニャンヴァで一代男爵として叙されている。つまりはれっきとしたエトルリア貴族なのだ。

 そして彼の目の前の車椅子に座るのは勇者にしてエトルリア王女(・・・・・・・)のレギーナその人である。それはすなわちナーンの主君筋ということで。


「残念だけど陛下にご報告申し上げなくてはね。()()の身で(・・・)王族の(・・・)名声を(・・・)貶めた(・・・)のだから」

「陛下も大激怒しんしゃる(なさる)やろねえ」

「ままま待ってェな!」

「一代男爵位の剥奪は当然として——」

「人の不労所得取り上げるて、そないな無体なこと言わんといてェな!」

「いや普通に懲役と収監とかあり得るっちゃないと?」

「うげぇ!?」

「陛下のお怒りを思えば、極刑があっても不思議ではないわねえ」

「きょきょきょ極っ……!?」

「そもそもこの10年間、男爵としては何も仕事してないわけだしね」

「いやいや、ん〜なことあるかいな………………ホンマや!?」


(((((全然、反省してない()、この人)))))


 蒼薔薇騎士団とアルベルトの全員の心の声が、ピタリとハモった。それほどまでに印象最悪の、ナーンとの出会いであった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「さて、本当にどうしてくれましょうかね」


 目の前でドゲザしたままのナーンに対して、レギーナはうっそりと微笑(わら)って宣告したものである。


「やっぱりこの罪滅ぼしは、働いて返してもらうとしましょうか」

「は……働くて」

「決まってるじゃない。私が蛇王と再戦して勝つまで、きっちりサポートしてもらうわ!」

「そ、そらあんまりや!今さら蛇王なんぞに関わりとうないがな!」

「じゃあ、国元に強制送還して陛下の御裁可を仰ぐしかないわね」

「いけずや!この(ひぃ)さんいけずや!」


 などと涙目で抗議されても。強制労働は嫌、強制送還も嫌ではあまりに虫が良すぎるというものである。


「ナーンさん、それはちょっとワガママが過ぎるんじゃないかな」

「そない言わんとアル坊からも何とか言うたってェな!」

「誠心誠意働きます、ってさ」

「人の言葉を勝手に捻じ曲げたらアカーン!」


 涙目になりつつも、アルベルトにはしっかり強めの抗議を忘れないナーンに、呆れと軽蔑の色を濃くしながらもレギーナはアルベルトに目を向ける。


「ねえ、この人って昔からこうなの?」

「うーん、まあトラブルメーカーではあったね」

「ほほーう。ほんなら生半可な罰じゃあ足らんっちゅうことやね」

「そもそも、行方くらませて東方世界(こんなとこ)まで来てるのも、多分働きたくないからだと思うんだよね」

「あああアル坊!?勝手に人の心ん中決めつけんのやめェや!」

「でも間違ってないでしょ?どうせナーンさんのことだから勇者パーティの名声で身動き取れなくなるのが嫌で、だから逃げ出したんでしょ?」


 そう言われ、ナーンがぐっと押し黙る。

 彼の最大の誤算、それはナーンの性格をよく知るアルベルトが蒼薔薇騎士団に付いていた事である。事実上初対面に等しいレギーナ以下の蒼薔薇騎士団の面々であれば、ナーンはその舌先三寸で言いくるめられる自信があった。だがアルベルトがいる以上そうもいかない。

 そもそも実際のところ、アルベルトが指摘した通りであった。西方世界に留まっていればどこへ行こうとも“輝ける五色の風”の名声がついて回り、本来の探索者(スカウト)としての身動きにすら差し障る。故郷ニャンヴァでの一代男爵位を断りきれなかったのなどその典型であった。

 だからこそ彼は、そうした肩書が意味をなさない東方世界に舞い戻ってきたのだ。そうして自分のやりたいことだけやるために情報屋を始め、それが軌道に乗ったところで余計な横槍を入れられぬよう自ら情報ギルドに加盟申請し、そうして今は情報ギルドのアスパード・ダナ支部長の座に収まっている。


「多分だけど、王都(この街)に情報ギルドの支部を開いたのもナーンさんだよね?ここには西方の金融ギルドもあるから男爵の俸禄も受け取れるし、生活資金は確保できるからこっちでは働いても働かなくても問題なくて、好きな時に好きなだけ、思う存分情報を操って生きていられる。⸺そんなとこじゃない?」

「………………」

「つくづく呆れ返るわね」


「ばってん、10年も帰って来とらんのによう男爵位ば剥奪されんやったよね」


 そのミカエラの疑問はもっともだ。


「そりゃそうよ。ナーン様が叙されたのは終身一代(・・・・)男爵(・・)だもの」

「…………知っとったんか(ひぃ)さん」

「知らないはずないでしょう?これでも長く王位継承権1位だったんだから、国内の全貴族の情報くらい頭に入れてるわ」


 3世の世継ぎである現在2歳のダニエルが生まれるまで、つまり3年前まで、レギーナがエトルリア唯一の王位継承権者であった。だから彼女は〈賢者の学院〉に留学する前から王太子教育も受けていた。そして力の塔を首席で卒塔できるほどの頭脳を持つ彼女が、その王太子教育で学んだことを忘れるはずもない。

 そもそもナーンが叙爵された式典には、王位継承者として当時9歳のレギーナも出席していたのだ。そういう意味でも、彼女が覚えているのは必然と言えた。


「多分、それだけじゃないと思うな」

「……どういうこと?」


 隣で眉間を揉んでいるアルベルトの呟きに、レギーナが顔を向けた。


「レギーナさんって、子供の頃から勇者になるって公言してたんだよね?」

「そうね、物心ついた頃にはもう言ってたと思うわ」

「ななな何の話やろか!?オレさっぱり分からへんなあ!?」

「俺まだ何も言ってないよナーンさん」


「あー、語るに落ちたっちゅうやつや」

「やっぱり強制送還だね。陛下に嘘ついてたってことだから」

「ははは働かせて頂きますよって!やから送還だけは!それだけは堪忍してェな!」


 ついに逃げ場を失って、無条件降伏に追い込まれてしまったナーンである。


 要するに彼は、レギーナが幼少期からの夢を叶えて本当に勇者になった場合に備え、あらかじめ東方世界で彼女の活動を助けるための地均し(・・・)をすると称してエトルリアを離れたのだ。

 10年前の当時、まだ9歳のレギーナが勇者になれるかどうか予測も立たなかった段階で、優秀な姫ならきっと勇者候補になれる、勇者パーティにいた自分なら分かる、そして勇者候補になれば蛇王の再封印のために東方に行くのだから、自分が先に行って彼女が動きやすいよう下地を整えておく。ナーンはそう言って当時の国王ヴィスコット2世と密約を結んだ上で、誰にも知らせず東方世界に渡ったのである。

 それが実は口実に過ぎず、望む自由を得るための虚言だったと現国王ヴィスコット3世に知られれば、本当に冗談ではなく極刑もあり得る。それを避けるためには、もうナーンにはレギーナをサポートして働くという選択肢しか残っていなかった。


「ナーンさん」

「な、なんやアル坊」

「口約束ってナーンさんの得意技(・・・)だったよね?」

「いい要らんこと言いなやアホォ!」


 ナーンの性格の長所も欠点も知り尽くしたアルベルトによって、彼は最後の逃げ道さえも閉ざされてしまったのであった。

 こうして彼はレギーナの用意した契約誓紙に署名させられ、[制約]の制限付きで蒼薔薇騎士団に仕えることになった。制約を破れば、今度こそヴィスコット3世にナーンの虚言が通告される事になる。


「くうううう、サインしたないなあ!」

「いい加減諦めなよナーンさん。ネングの納め時、ってやつでしょ」

「それもマリアの口癖やないか!ジブンほんまアル坊やな!」

「あたり前のことをそんな堂々とツッコんでないで、早くサインしなさいよ」

「ていうかそのマリア婚約しよったで!フラレよったんかアル坊ザマァないな!」

「う、うるさいな!」

「あら。アル、は私と結婚するからいいのよ」


「…………なんやて!?」


「詳しい話を教えるつもりはないよナーンさん。知りたかったらまずレギーナさんの信用を勝ち取らなきゃ」

「なんやそれむっちゃ知りたいわ!いけず言わんと教えてェな!」

「じゃあサインしなよ」

「したらええんやな!そんなんお安い御用や!」


(うわ、アルさん上手いこと言いくるめおったばい)

(さすがアル、ね!『サインしたら教える』なんて一言も言わなかったわ!)


「ほれサインしたで!洗いざらい教えェや!」

「サインしろとは言ったけど、サインしたら教えるなんて俺一言も言ってないよ?」

「ぐああ!またしても引っかかったんかオレェ!」


(なんかよう分からんばってん、仲良さそうやなあ)

(アル、に任せておけば、ナーン様の手綱を握っておけそうね。さすがだわ!)


 かくしてナーンも極星宮に居を移し、アルベルトとともにレギーナの復活と蛇王との再戦をサポートすることとなった。“チーム蒼薔薇騎士団”にもようやく、アルベルト以外の男性メンバーが加わったわけである。

 とはいえ彼はアルベルトより7歳も歳上、つまりおっさんが増えただけである。むしろナーンのせいで平均年齢が上がってしまった。


「いやオレ、アスパード・ダナ(こっち)に家あんねんけど」

「ナーンさんを自由にさせといたらまた色々と悪さをしでかすからダメだね。帰さないよ」

「くうう、自分(オノレ)の人望のなさが恨めしいわあ!」






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は7月7日です。



【余談】

蒼薔薇騎士団、レギーナ19歳ミカエラ19歳クレア13歳ヴィオレ29歳で平均年齢は20歳でした。そこにアルベルト35歳が加わって“チーム蒼薔薇騎士団”は平均年齢が23歳になっていて、さらにナーン42歳が入ったことで平均年齢は26歳を超えました(爆)。おっさんらのせいで平均年齢爆上がりっていう(爆笑)。

まあ銀麗(インリー)15歳も頭数に含めるなら平均年齢は24歳台で落ち着きますけどね!


【小ネタ】

ちなみにナーン氏は“輝ける虹の風(五色の風)”時代は「ナーン・ヤネン」という名(本名)で活動していました。それがエトルリア王宮から終身一代男爵に叙されてエトルリアの貴族称である「ディ」を下賜されて、それで今は「ナーン・ディ・ヤネン」を名乗っているというわけです。

だから別に「何やねん」が「何でやねん」になったわけではないからね!(爆笑)


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