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5-27.蛇王顕現

 封印の洞窟は、見たところ何の変哲もないただの(・・・)洞窟(・・)だった。明らかに自然にできた山体の裂け目で、だが封印という人工物(・・・)があるせいか中は5人が横並びに立てる程度には広く、天井も高く、床面は歩きやすいよう均されている。

 その洞窟を入ってすぐのところに、不自然に拡張された空間があった。


「ここは……」

「人工的に掘り広げられた形跡があるわね」

「蛇王に挑むパーティは、ここで最終的な準備を済ませるんだ」

「そうなんだ。じゃああなた達も?」

輝ける虹の風(おれたち)はここで一泊して、翌朝に挑んだんだよね」


「……こげんとこでよう一泊しきった(できた)ね?」

「朝から登山したって言ったでしょ、魔物に囲まれてなかなか進めなくて、ここまで辿り着いた時にはもう陽が沈んでたんだよね」


 日没を受けて輝ける虹の風は、比較的安全なこの場所でキャンプを張って一夜を明かした。もちろん[囲界]で限定した空間を[結界]で強固化し、[遮界]で覆い隠して安全を確保した上でのことである。

 そうして翌朝になって封印内に入り、蛇王との戦闘に臨んだのだ。


「実はその時は、勝てずに一度撤退したんだよね」

「勝てなかったの!?」

「そうなんだよ。俺たちの直前に失敗して全滅したパーティがいてね、その人たちの魔力(マナ)を取り込んで蛇王が力を増していたんだ。それで一旦ハグマターナまで退いて、鍛え直してから改めて再挑戦したんだよね」


 ユーリと“輝ける虹の風”は最初から蛇王討伐に選ばれたわけではなく、当時の最有力パーティの全滅を受けて翌年に再指名された次発パーティであった。最初の勇者候補パーティは全滅した上で魔力として取り込まれてしまっており、彼らを取り込んで力を増していた蛇王には歯が立たず、メンバーの死亡など重大な被害が出る前にユーリは早々と撤退を決断し、そして全員で協力して逃げ延びたのである。

 アルベルトが景季(かげすえ)の店で段平を見たのも、朧華(ロウファ)の元で気功の修行をしたのも、(チェン)大人に料理を習ったのも、全て最初の敗戦から再挑戦までの間の出来事である。ユーリや他のメンバーもそれぞれ自己を鍛え直し、そうして強くなった彼らは再挑戦で見事に再封印を成し遂げたのだ。


「そう、だったの……」

「それで凱旋まで1年(ちこ)うもかかったったい」

「実はそうなんだよね」


 憧れでもある先輩勇者ユーリ。手合わせでまだ一度も勝てたことのないそのユーリでさえ蛇王には一度敗北しているというその事実に、レギーナの顔が強張る。もちろん彼女の知る今のユーリとは違って、当時は彼もまだ若く未熟だったのだろうが、それでもショックは大きい。


「だから、くれぐれも油断しないようにね。特に蛇王はどんな卑怯な手段でも平気で繰り出してくるから」


「そうね……分かったわ」


「で、この洞窟なんだけど封印までは一本道で、魔物なんかも出てこないから」


 説明を加えつつ、アルベルトは蒼薔薇騎士団を先導して歩き出す。


「そうなん?」

「多分だけど、封印の聖なる魔力が悪しきものを寄せ付けないんだと思うよ」

「確かに、その可能性はあり得るわね」

「実際、俺達は封印の境界を素通りできるけど、蛇王を含めて闇の眷属は近寄ることさえ難しいみたいだし」

「まあ封印っちゅうのはそういうモンやしね」


 つまり、仮に歯が立たずに撤退を選択したとしても、封印の境界近くまで退くことさえできれば逃げ切れるということだ。


「それで、この洞窟ってどれだけ深いの?」

「程々に長いけど、そこまで深くはないよ。そろそろ下り坂になるけど、そこを降りきったら封印の境界が見えてくるよ」


 アルベルトの言うとおり、しばらく歩くと下り坂が現れた。さほど急勾配でもないので普通に歩いて降りられそうである。

 下り坂自体はそこそこ長かったが、体力を消耗するほどではなかった。駆け出しのパーティならともかく、ベテランのアルベルトと実力者揃いの蒼薔薇騎士団にとっては何ほどのものもない。


「これが……封印の境界ね」


 そしてその先に、青白く淡い光を放つ空間があった。洞窟の中には照明になるようなものがないためクレアが[光源]を出していたが、それを消すとよりはっきりと確認することができる。

 よく見れば洞窟の壁面に青白く光る筋が確認できた。つまりそこが境界面ということになる。


「さすが、神代からある封印やね。ちかっぱい(ものすごく)強固な術式の組まれとるごたる」


 メンバー中でもっとも封印関係に詳しいミカエラが唸る。ミカエラ単身ではもちろん、儀式魔術を組んだとしても現代の魔術では再現できそうにないとのこと。


「まあこれも、神々の神異(しんい)なんだろうね」

「真竜を封じているのだから、当然そう考えるべきでしょうね」


 つまり、討伐に失敗して万が一この封印を破られてしまったら、封印を再度組むのは事実上不可能ということになる。蛇王討伐に挑むパーティの責任は重大なのだ。


 アルベルトが封印に歩み寄り、右腕を前に出して触れた。その腕が封印の中に入り込んで見えなくなるのに合わせて、境界面にふわりと波紋が広がる。


「ホントに素通りできるのね」


 一旦引き抜いた彼の腕が何ともないのを見て、レギーナが感嘆したように呟いた。


「さて、ここから先は蛇王のテリトリーになるんだけど。みんな、覚悟はいいかい」


 確認するように、全員の顔を見渡してアルベルトが言った。

 それを受けて蒼薔薇騎士団の全員が、覚悟の表情を浮かべて頷く。


「確認するまでもないわ」

「そのためにここまで来たっちゃもんね」

「このまま戻る選択肢など無いと、貴方も解っているでしょう?」

「がんばる」


「でもその前に、レギーナさんはもう一度ドゥリンダナに語りかけてみた方がいいんじゃないかな」

「何回やっても同じだと思うわ。全然応じてくれる気配がないもの」


 一転してため息まじりのレギーナ。彼女はスルトと別れたあと、洞窟に入る前の休憩中や洞窟に入ってからも、幾度もドゥリンダナとの対話を試みていたが一度も成功していなかった。声に出しても、念じても、魔力(マナ)を通してみても結果が変わらなかったので、彼女はもう蛇王戦の前に覚醒に至るのは諦めていた。

 それでも求められるままに、レギーナはドゥリンダナを掲げて今一度対話を試みる。


「……やっぱりダメね。なんにも聞こえないわ」

「うーん、ダメかぁ」

「なんかもうひとつ、必要な手順のあるとかも知れんね」

「もどかしいけど、そう簡単に上手く行けば苦労しないわ」


「じゃあ、封印内に入る前に装備と防御魔術の最後の確認をしておこうか」


 アルベルトにそう言われて、彼女たちは三種の防御魔術、すなわち[物理防御(ブロック)]と[魔術防御(バリア)]、それに[魔力抵抗(レジスト)]を現状の最大レベルであるレベル7で発動させた。アルベルトは霊力が足らないこともあり、ミカエラが[物理防御]と[魔術防御]をそれぞれレベル7で発動させて[付与]してやった。彼の霊力は[破邪]をはじめ有用な場面があり得るため、敢えて温存させておく。

 それから、直接戦うことになるレギーナのドゥリンダナにクレアの[浄化]とアルベルトの[破邪]をそれぞれ付与して[固定]しておく。彼女の鎧は部分鎧だが真銀(ミスリル)製で、魔術による様々な防護効果が元から付与されているらしく、こちらには特に対策しなかった。

 さらにミカエラとクレアはあらかじめ詠唱して、魔方陣を作成して自身の身に付与した。こうすることで放つ魔術が全て自動的に、魔方陣で強化され威力アップに繋がるという。


「何が起こるか分からないから、可能な限り全てを全力で」

「ばってんどれだけ長引くか分からんし、魔力切れば起こしたら死ぬけん加減はせんと」

「そのあたりは、戦いつつ様子を見るしかないでしょうね」

「あと多分、蛇王が色々言ってくると思うけど相手したらダメだからね」

「分かってるわ。対話や和解が可能な相手ではないんだから、何を言われてもこちらを惑わす奸計でしかないってことよね」

「ていうかそもそも、最初は実体化してない可能性が高いから。不意打ちには注意して」

「……ああ、そうね。『どんな卑怯な手でも使ってくる』ってあなた言ってたわね」

「ほんなら、[感知]も先にかけとこうかね」


 そうして準備を整えた彼女たちは、アルベルトを先頭に封印内に足を踏み入れたのである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 境界面の付近で感じていた清浄な空気は歩くほどに薄れ、代わりに重苦しい瘴気(ミアスマ)が足元から纏わりついてくるような錯覚に襲われる。


「瘴気が濃いわね」

「さすがに、蛇王ともなると格の違うばい」

「不快だわ。まるで窒息しそうなほど」

「[浄化]しとく…?」


「浄化はやめておいた方がいいよ。キリがないし、そもそもこの状態に少しでも慣れておかないと長くは戦えないからね」

「……そっか。蛇王と戦ってる間は瘴気(これ)とも戦わなくちゃダメってことね」

「そういう事だね」


 話をしつつ進む間にも、瘴気はどんどんその濃さを増してゆく。


「おとうさん、[陽光]でこれ減らせないかな」

「どうだろう。試してみてもいいかも知れないね」

「[陽光]だったら、私?覚えてないんだけど」

「黄加護の加護魔術だから、レギーナさんが覚えてないのなら使えないね」


 歩くごとに瘴気はますます濃くなり、息苦しさを覚えるほどになっていく。必然的に会話も止まりがちになる。


「おかしいな……前はここまで濃くなかったはずだけど」

「まさか、蛇王が力を取り戻してるってこと!?」

「分からないけど。⸺あ、そこを曲がればいよいよ“蛇王の間”だから」


 そう言われてつい立ち止まってしまった。互いに顔を見合わせて頷き合い、そうして彼女たちは広間に踏み込んだ。


 思った以上に広大な空間だった。天井は高く、壁は遠く、床面は平らで、存分に戦えそうである。岩肌のむき出しになった壁面には誰が設えたのか、ここまでには見られなかった篝火台がいくつも備えられ、炎が灯っている。壁面のところどころに、さらに奥に通ずるであろう裂け目がいくつか見えているが、その中は闇に呑まれてどうなっているのか分からない。

 レギーナたちが入ってきた通路もそうした裂け目のひとつのようだが、広げられているのか明らかに他の裂け目とは様相が異なる。仮に撤退する事になったとしても退がる先を間違えずに済みそうなのがありがたい。


 そして、対面の最奥部に石造りの玉座(・・)が見えた。そこに瘴気が纏わりついていると彼女たちが認識した瞬間。


『我が城へようこそ、勇者よ』


 それ(・・)が座っていた。


 ビリビリと肌を貫かんばかりの重苦しさと息苦しさに、彼女たちは誰も動けない。呼吸すらおぼつかず、流れ出る冷や汗が止まらない。

 本物の魔王(・・・・・)とはこれほどのものなのか。スルトの威圧がまだ生易しいものだったとすら感じてしまう。


 パン!


 手を叩く音に、ハッと我に返る。


「気をしっかり。呑まれたらダメだよ」


 アルベルトであった。さすがに一度、いや二度もこれ(・・)と対峙しただけのことはある。

 おそらく今の拍手に[破邪]が込められていたのだろう。一気に呼吸が通り身体も動くようになったのを実感できる。


「っ、ありがとう、助かったわ」

「言ったでしょ、もう蛇王の(・・・)テリトリー(・・・・・)だ、って」


 確かに言われた。油断していたと言われても反論できない。


 改めてレギーナはそれを見た。

 やや遠目だが、それは確かに人の形をしていた。まるで巨人族(フィルボルグ)かと見まごうほどの巨体が膝を組み、肘掛けに肘をついて拳に頬を乗せている。盛り上がったその肩から生えた(・・・)二匹の蛇が、ゆっくりと鎌首をもたげた。


 間違いなく、それこそが蛇王であった。


いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は28日です。


とうとう蛇王の元までたどり着きました。

次回、バトルスタート!

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