5-23.宝剣の能力開花に必要なこと
「宝剣の“開放”に関して、貴女はどのように習得なされたのか、お聞かせ願えますか?」
「継承した時から普通に使えていたわよ。まあ習熟には相応の期間が必要だったけれど」
「それは素晴らしい。普通は修練を積んで宝剣に認められなければ、“開放”すらままならぬものなのですがね」
「おそらくだけれど、私がイリオスの王の末裔だったということ……じゃないかしら」
「なるほど。貴女はエトルリアの王女と聞き及んでおりますが、その血筋のどこかにイリオス王家の血が混ざっているのでしょうな」
宿の裏手の仕合からやや時が経ち。部屋で湯浴みと着替えを済ませてしばし寛いだあと、宿の食事室で随行の騎士たちと晩食を共にして。今レギーナたちは食事室に隣接する談話室の一室に集まっていた。同席するのは蒼薔薇騎士団の面々にアルベルトと銀麗、それにロスタムとラフシャーン。侍女のニカとアルミタも控えている。
“覚醒”の条件についてレギーナが詳しく聞きたがったため、晩食のあとにこうして集まって、今彼女たちはロスタムに話を聞いているところだ。
ドゥリンダナは元々、現在のアナトリアのある地にかつて存在したイリオスという都市国家に、その当時のイリオスの守護神から与えられた護国の剣であると伝わっている。イリオスが現在のイリシャの地に住まうヘレーン人たちの都市国家の連合軍に滅ぼされたイリオス戦役の際、ドゥリンダナは王族のひとりに持ち出され、南海の海上に逃れて行き着いた先が現在のマグナ・グラエキア、つまり竜脚半島南部であった。
以来ドゥリンダナはその地に新たに王国を築いたイリオス人、及び原住民である古代ロマヌム人やエトルリア人、シュラクサイ人たちの守護剣となり、それら民族が連合して興した古代ロマヌム帝国の興亡を経て現在はエトルリア連邦の国宝となっている。
つまりレギーナがドゥリンダナを継承したのは、勇者であることとは関係なくエトルリアの王族であるからだ。エトルリア連邦の主要民族はエトルリア人、つまりレギーナの実家であるヴィスコット家もエトルリア人であり、その先祖のどこかにイリオス王家の血が交わっていてもなんの不思議もない。
「それはいいけれど、あなたがさっき言っていた、その……」
「“慧眼”ですか」
「そう、それ。それって一体なんなの?」
レギーナにとっては、というかこの場の西方出身者の誰にも聞き馴染みのない言葉である。[翻言]を通して聞けば華国語であることくらいは分かるが、それ以上はサッパリである。
「ふむ……。では“天眼”は分かりますかな?」
「それも知らないわ」
首を傾げるレギーナに、さすがにロスタムも驚きを隠せない。
「“天眼”は“開放”を会得する条件なのですが……。まあ、継承時点で会得していたのならご存じないのも無理はない、だが……」
「というか、他の継承者からもそんな話は聞いたことがないし、過去の継承者の残した文献にも特に記されてはいなかったわ」
“旋剣”の継承者の先代勇者ユーリも、“魔剣”の継承者であるザラックも、レギーナの知る限りそんな話はしていなかった。まあザラックの場合はほとんど“魔剣”を活用していないらしいから開放すら出来ていないのかも知れないが、“覚醒”まで至っているユーリの説明でも抽象的だったので、もしかすると感覚だけでなんとかしてしまった可能性もある。
だが、レギーナのその返答にロスタムは驚いて眼を瞠った。
「なんと。⸺という事は、西方には伝わっていないのかも知れませんな」
ロスタムによれば、宝剣の能力解放には三段階あるという。最初が“開放”、次が“覚醒”、さらにその上に“真化”と呼ばれるものがあるらしい。ただし“真化”は東方世界の長い歴史の中でも到達できた者がほとんどいないらしく、記録にほぼ残っていない幻の能力であるという。
その三段階の能力解放を達成するために、宝剣の継承者にも自身の能力の解放が求められるという。それを“眼”と称する。内なる自身の潜在能力を見つめ、解き放ち、宝剣の能力解放に耐え得る力を身につけるために、内なる眼を開く必要があるのだそうだ。
まず開放のために必要なのが“天眼”だ。これは遠近・前後・内外・昼夜・上下に妨げなく見通す眼力のこと。ただし因縁によって成り立つ仮象のみを見る“眼”であり実相までは見通せない。
覚醒するためには“慧眼”を開くことが必要になる。これは天眼を超えて物事の本質を見抜く力、実相を見通す眼力のことを指す。つまり、慧眼を開いて初めて宝剣はその真なる姿を顕す事ができるという。
「真なる姿……」
「その通り。宝剣は“覚醒”して初めて本来の能力が発揮できると言われております」
つまりレギーナは、今のままではドゥリンダナの真価を発揮できていないという事になる。
「でも、一体どうすれば……」
「貴女はもう“慧眼”を開くだけなのですから、宝剣に語り掛ければよろしいかと。きっと応えてくれるでしょう」
「宝剣と会話するなんて、考えたことも無かったわね……」
顎に手を当てて、レギーナは俯き加減で黙り込んでしまった。だがすぐに顔を上げて、見た先はアルベルト。
「ねえ、あなたは何か知らないの?」
「いや、知るわけないじゃないか。宝剣なんて触ったこともないのに」
「おいちゃんが知っとったら、とうになんか言うとろうもんて」
「だってあなたユーリ様の盟友なんでしょう?それに東方のことにもやたら詳しいし。本当に何も知らないわけ?」
「いくら俺でも、何でも知ってるわけじゃないからね?」
「えー。知らないんだ……」
ちょっとそれは無茶振りが過ぎるってもんですよ勇者様。
ちなみに、宝剣が“真化”するために必要になるのは“法眼”という。法眼は慧眼を超えて、つまり実相以上の本質である真理を見通せる眼力のことである。ただし歴史上でも法眼の体得者はほとんどいなかったとされ、数少ない体現者も詳細を書き残していないため、具体的にどのようなものであるかよく知られていないという。
「お前は、どうやってその慧眼とやらを開いたんだロスタム」
「私の場合はあまり参考にはならんと思うが……」
詳しいだけあって、ロスタムはすでに“慧眼”を開いているという。
「いいから言ってみろ」
「……輝剣の方から、語りかけてきたのだ」
だが本人が懸念した通り、レギーナの参考にはならなそうである。
「そもそも私は、エスティーム卿から継承した時点で彼女の意思を託されていたからな。おそらくそれも影響したのだろう」
つまり彼は、先代継承者から輝剣を受け継いだことで、半ば自動的に輝剣からも認められたということのようである。
「……チッ、役に立たんな」
「だから言っただろう」
「開くだけなら、吾もできるが」
「できるの!?」
話を聞いていた銀麗が何気なく呟いて、それにレギーナが目ざとく反応した。
「気功の習得にも通ずるのでな、華国では一端の武術者ならば大半が“天眼”を開いておる。達人級であれば“慧眼”もそれなりにおるはずだ」
「じゃああなたは?」
「吾も開いておるのは“天眼”までだ。母が戻ってきて吾が成人すれば、“慧眼”の修行をつけてもらえる約束だったのだが」
だが銀麗の母である朧華は旅に出たまま戻っていない。待ちきれずに探しに出た銀麗は騙され奴隷に落とされて、今はアルベルトの契約奴隷になっている。
「ていうかそれなら、ますますあなたが知ってなきゃおかしいわよ!」
「だから、俺は別に朧華さんからもなんにも教わってないってば!」
アルベルトが朧華に習った気功はいずれも初歩のもので、特に“天眼”を開かなくても容易に習得できるものばかりだった。その中でも彼が覚えられたのは外気功の発勁と、内気功の瞬歩だけである。
もしアルベルトが朧華から“天眼”や“慧眼”の手ほどきを受けていれば、18年も一人前のまま燻ってたりなどしていなかったことだろう。
「…………ダメかぁ」
ということで、レギーナは自力で“慧眼”を会得するほかなさそうである。
「まあ、焦って身につくものでもないのでね、気長に取り組まれるとよろしかろう。⸺蛇王の討伐前に“慧眼”の会得を目指されるなら、及ばずながら助力も吝かではありませぬが」
「…………結構よ。いつ会得できるかも分からないのに、そんなに時間をかけていられないもの」
少し考えて結局、レギーナはロスタムの申し出を辞退した。確かに“慧眼”を会得して宝剣の真の能力を発揮できるようになれば蛇王戦に向けて大きな戦力増強になるのは間違いなかったが、彼女は不要と判断した。
西方世界の歴代勇者たちに“慧眼”の詳細が伝わっていないという事は、それを会得せずとも蛇王の封印が可能だったという事に他ならない。というか、そもそも歴代勇者の中で宝剣の継承者のほうが少数派なのだ。であるならば、いつになるか分からない“慧眼”の会得のために余計な時間を費やすべきでないと、そう彼女は考えたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時は少し遡り、蒼薔薇騎士団とラフシャーンの部隊がアスパード・ダナを出発したその夜のこと。
『……ほう。西方の勇者が、ついに王都を出立したか』
「はい。予定では3日かけてレイテヘランに至り、ポロウルの登山口からかの方の御元を目指すことになりましょう」
窓もなく薄暗い、閉ざされた石造りの部屋の中。明かりと呼べるものは小さな燭台に灯した炎ひとつだけで、中の人影が浮かび上がることすらない。しかもその炎は人の頭ほどもあろうかという大きな球形の水晶を照らしていて、そこにかろうじて、フードを目深に被った性別不明の人の顔が映りこんでいるだけだ。
黒いフードは大きく、人物の頭部全体を覆っていて、顔と言っても映っているのは鼻と口元だけである。髪も目も映らぬのであれば、性別も人相も判別できないのも道理であろう。
いや、フードだけではない。水晶の前に座る人物は真っ黒なローブを着て全身を覆い隠しているのだ。ほぼ暗闇の中にあって黒いローブで身を隠しているのなら、小さな炎ひとつでは姿が浮かび上がらぬのも当然というものだろう。
『ふむ、ならばこちらももてなしの準備をせねばならぬな。蛇神様にもお伝えせねば』
声のひとつは、どうやら水晶の球から聞こえてくるようである。という事は黒フードの人物が、魔術を用いてどこか別の場所にいる何者かと交信している、ということになろうか。
「わたくしは、いかが致しましょう」
黒フードがうやうやしい口調で水晶の向こうに伺いを立てる。
『そなたは引き続き潜伏しておくがよい。今後も僭主どもの動向を調べて、報せてもらわねばならぬゆえにな』
「御意。我らが指導者様のお命じのままに」
『うむ。これからも我が教団のために、しかと尽くすがよい』
「はっ!」
『「全ては蛇神様の御為に!」』
水晶の向こうの声と、黒フードの声が綺麗に重なった。直後、水晶球が急に輝きを失くしてそのまま沈黙する。魔術を解いて通信を終えたのだろう。
黒フードの人物は燭台を手に取ると、小さな炎を吹き消した。
そうして、部屋は真闇に呑まれた。
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